長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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悪意の再誕 ③

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「……アイツ、不憫すぎねぇか?」

 クワイエットの宿舎に踏み込んだキズナ、オルトリンデ、糸子の三人が最初に見つけたのは綺麗に折りたたまれた数枚の便せんだった。部屋の中心にあるテーブルに置いてあったそれを三人は開いて読んで見た。そこに書かれていたのは無駄に達筆なクワイエットの自戒の言葉と救援願い。
 一応予定通りに行った場合に使う逃走ルート(弥生が絡むので多分変わります。助けて、と走り書きがされている)。

「ああ、妹さんベルトリア共和国に居ましたからね……」

 二枚目の紙を見ると自分がアークによって脅されている事情と経緯が書かれていた。

「とはいえ、イストを殺したのと弥生を攫った罪は償わせなきゃな……」
「私の蜘蛛さんに食べてもらいましょうかぁ?」
「……貴方達、情状酌量って言葉知ってます?」

 三枚目には現在クワイエットの妹がアークに囚われている場所の推測場所と、確認しうるアークの戦力の事が記されている。その中には昨日キズナが相対したディーヴァの事も書いてあったが、出自は分からない事と確認できただけで数百体保有しているらしい。

 オルトリンデの頭越しにキズナと糸子がその手に持った便せんをのぞき込む。

「あれだろ、10年くらい生活が不便とか」
「毎晩毎晩部屋のそこらかしこから物音がする様になって気になって眠れなくなるとか」

 それは単なる制裁と嫌がらせだ。オルトリンデが目頭を指でつまんでため息をつく。
 他に何か手掛かりがないか部屋を見渡すが、元々クワイエットは几帳面であまり物を買わない性格のようで数冊の本が並んだ机とベッド位しかなかった。

「まあ良いです、他には……何もなさそうですね」
「いや、俺が教えた通りなら……」

 キズナが机の引き出しを引っ張り出してその底を覗く。
 そこには……多分こっそりと買った肌色面積が多い煽情的な女性の姿絵が丁寧に張られていた。糊がつかないように封筒を加工して綺麗に収まる様に。

「……減点20だ」

 とは言えクワイエットにとっては大事な物だろう、絵に罪は無いので元通りにして引き出しを閉める。

「後は……ベットの下ですかねぇ?」

 糸子がしゃがみ込んでベッドの下に潜り込むと、丁度真ん中あたりに小さな箱があった。
 
「これかしら?」

 それを取り出してみると、キズナの顔が引きつる。
 
「絶対開けるなよ、それ毒針トラップだ」

 開けようとすると箱の合わせ目に仕込まれた細い針が指を刺すようになっていて、猛毒が仕込まれている。キズナが教えた物だから間違いない。

「ふうむ、クワイエットは本当に寝返ったと思いますか?」
「どういうことだ?」
「いえ……なんかこう、中途半端な気がしまして」
「確かに変に丁寧な手紙を残すだけってのは気持ちが悪いな」

 実際にはかなり悩んでいたクワイエットが適当に残したが故なのだが、普段の行いが几帳面だったので思ったよりも効果的にかく乱の役目を発揮する事となった。
 
「まあ、どんな事情があるにせよクワイエットは隠密と言う立場ですから罪状は一択ですが」
「だろうな、手紙にも妹は利用されただけって書いてあるし……自分の事には触れてねぇな」

 おそらくこれは自分の状況を示すと同時に妹の救出願いだ。自分の命を助けてほしいなどの事は一切なく弥生をできるだけ無事な状態を長引かせるとまで書いてあった。
 つまり、自分を斬り捨てろ。と言う意味にも理解できる。

「キズナ、貴女の事だから心配していませんがちゃんと撃てますか?」
「当然だ。あの野郎は俺がどうするかをしっかりわかってるし叩き込んでいる、釈明の言葉すら言わせねぇ」
「それならいいです。さて……どうしましょうか」

 完全に寝返ってるわけでなければせめて何か手掛かりを残しているかと思ったが、どうやら完全にクワイエットはウェイランドに戻る気はなさそうだ。
 
「とりあえずは描いてある逃走ルートに行ってみませんか? 行った先に私の眷属を残していけば何かあった時にわかりますし」

 確かに糸子の言う通り、間違いなら間違いでも相手が裏をかこうとしても監視役が置けるのは強みだ。しかし、オルトリンデにはまだ桜花が回復していない段階で深追いする事に若干だが不安要素がある。

「いえ、カタリナと桜花に合流します。カタリナの話では桜花ならあの……セントウキでしたっけ? キズナが襲われた相手について調べて情報が取れると言ってましたから」
「……そうだな、戦闘機も厄介だが他に車両兵器とかに鉢合わせると厄介だ、念のためベルトリア共和国方面の衛兵を増やして巡回させよう。俺たちはこの逃走ルートとは逆、ミルテアリアに向かう」
「この逃走ルートはフェイクだと?」
「当たり前だ。こんな素直に書く馬鹿に鍛えたつもりはない」

 実は水で濡らすとちゃんとミルテアリアの逃走ルートが出てくるのだが、誰もそこまで気づかないままクワイエットのなけなしの気遣いがスルーされていく。
 
「とりあえずオルトリンデ、糸子。馬車かなんか移動手段を確保してくれ、飛竜は目立つからできるだけ地味なのが良い」

 いくら移動速度が速い飛竜でも、遮るものが無い上空は目立つ。
 そうなればクワイエットの技量なら完全に雲隠れされてしまうだろう。馬車であっても警戒はされるだろうが何人で追ってるかは隠せる可能性が高い。
 そこまで言われなくてもオルトリンデは理解を示して糸子と二人で向かう事を了承した。

「じゃあ、馬車の調達が終わったら合流しますね」
「キズナさん、何か食べたい物ありますか? 良ければ買っていきますけど」

 糸子の提案にキズナのお腹が鳴る……確かに昨日の夜からバタバタしていて何も食べていない気がする。

「そうだな……なんか腹にたまる物なら何でもいい」
「なんか休日の父親みたいなこと言いますね、キズナは」
「……それはなんか嫌だな。じゃあサンドイッチ、肉が挟まってるのが良い」
「はぁい……じゃあ行きましょうかオルトリンデちゃん」

 二人で連れだってクワイエットの家から出て行った後、何となくキズナが部屋を見回す。
 殺風景で生活感のない部屋の壁の一部に違和感があった。それは目を凝らさなければわからないほどに微かな四角い痕。

「……なんだ?」

 どうせ戻っては来ないだろうと腰に差してあるナイフでその壁の境目をこじ開けてみる。

「お、あたりか?」

 おそらく壁をくりぬいて蓋をしたのだろう、ナイフを梃子にして手前に壁を外すと中には一丁の銃があった。
 それは万が一に使えと渡してあった二発だけ装填されたデリンジャーだった。

「ふう、使えるものは何でも使えと教えたんだが……なんでこいつを持って行かなかったんだか」

 手慣れた様子で中折れ式の銃を点検し、安全装置をかけてポケットに放り込む。
 その置いてあった場所には『すみません』……クワイエットの字でそう書いてあり、だいぶ前からこの日が来ることを覚悟していたことがわかってしまう。

「ちっ……あの頃からすでに寝返ってたって訳か」

 舌打ちをして踵を返すキズナの背はどこか物悲しかった。
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