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悪意の再誕 ①
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ギルド祭の翌日、真司や文香をはじめとした関係者全員が集められオルトリンデから説明が始まった。
「昨晩、北門の襲撃に紛れて弥生が攫われました」
初耳なのは夜音と糸子だが、まずは聞いてからと口を閉じておとなしく椅子に座ったまま聞いている。
牡丹、真司、文香は昨日のうちにオルトリンデとキズナから事情を聴かされていたが、改めて聞くとやはり堪えるのか俯いていた。
「今日以降、真司、文香。お前たちは必ず牡丹と一緒に行動しろ……良いな」
全身に包帯や絆創膏を巻いているキズナが三人に言い含める。
さすがの牡丹も真剣な面持ちのまま頷いた。
「カタリナさん、あなたのお姉さんが回復したら協力をお願いできますか?」
「無論です。今回は私にも落ち度がありますので協力は惜しみません」
オルトリンデの執務室の壁に寄りかかってカタリナが請け負う、場違いのように綺麗なメイド服姿だがそこらかしこに装備した重火器や刃物の数々がメイドとは何ぞやと弥生なら突っ込んでいるところだ。
「助かります。キズナ、エキドナは?」
「姉貴は音信不通だ、自発的に戻るのを祈るしかねぇな……戦力としてなら洞爺の爺さんを当てにするしかねぇ」
「……それしかありませんね。糸子、貴女の眷属が弥生を守り切れる可能性は?」
糸子が親指を口元に寄せて歯で傷をつける。血が滲んだ指を床につけて丸を書くとぼわん、と白い煙と共に小型犬くらいの大きさの蜘蛛が現れた。
「この子、ジェノサイド君なんだけど……実は私の眷属の蜘蛛の中でも相当強い子なの。それが歯が立たなかったって言ってるからあんまり期待できないかも、ただ……」
「ただ?」
「何匹かはいつも弥生ちゃんの髪の中とかで遊んでいるから、この子が辿れはすると思う」
「そうですか……無目的に探すよりはかなり期待が持てますね……」
とは言うものの、ジェノサイド君の状態は酷い。
足が数本欠けて胴体には大きく斬られた跡が痛々しかった。眼も2つ潰されており生きてるのが不思議な状態である。
そんなジェノサイド君を文香が撫でて労わる。姉を守るためにこれだけの傷を負っても糸子の元へ最速で走ってきたのを聞いていたからだ。
「それと、今朝になって空挺騎士団の騎士……イストの遺体が現場近くの民家の壁にはりつけにされた状態で見つかりました」
オルトリンデのその言葉に、全員が息をのむ。
「彼女は私の命令で密かに弥生の護衛をお願いしていました。昨晩キズナから一報を受けた後に連絡を取ろうと探したのですが見つからず……」
この国の空挺騎士は飛竜に乗っていなくてもかなり強い、空気の薄い上空でも動けるように鍛えた獣人や魔族がメインの騎士団だ。
それを気づかれないように正面から倒すのは至難の業である事は誰もがわかる。
しかもイストはおそらく弥生の護衛として常時気を張っていたに違いない、それを殺害したのだ。
「おそらくですが……」
その犯人の名をオルトリンデが口にしようとすると、キズナが手を上げて制する。
「やったのはクワイエットだ」
その声は真司と文香ですら背筋が冷える声音で、はっきりと紡がれた。
なんだかんだとこのメンツの中ではキズナとオルトリンデが接する機会が多い、それなのに見破れなかったという事実が彼女たちに重くのしかかる。
特に、共に弥生を守れるようにと鍛えた張本人であるキズナの心中は言い表せないほど複雑だ。
「真司、文香……先に言っておく。俺は次にクワイエットに会ったら問答無用で斬り捨てる」
それはキズナの決意とクワイエットに対して誰かが情を出して……弥生の生命に危険が及ぶ可能性を排除するのに必要な宣言だ。
「キズナ姉……」
「キズナおねえちゃん……」
顔を上げた二人をまっすぐに見つめるキズナは気づく、昨晩泣きはらした文香の頬。捜索隊に加わるために自分のできる事を徹夜で考え抜いた真司の眼の下のクマ。
「必ず、弥生を助け出す。この銃と刀に誓って」
両手で真司と文香の頭を抱え込むキズナが誓う。そのキズナからする土と血の匂いに真司は目を伏せ、文香は嗚咽を上げる。
とは言え、手掛かりが少ない。
どうするかと思案しつつ、キズナは顔を上げる。
「まずは手掛かりを探しましょう。キズナ、貴女も同行してください。クワイエットの宿舎を調べます。それと……夜音」
「なに?」
「ギルドに不安を抱かせるのは得策ではありません、弥生の姿を真似る事は出来ますか?」
「……そうね、クワイエット一人だとは限んないものね。わかった」
そう言って夜音が椅子から立ち上がり、くるりと身を回すとあっという間に背が伸び弥生そっくりの姿になった。真司と文香でさえ違いを見つけるのは難しい。
「お化け屋敷のために練習してたのが良かったわね、うれしくないけど……声はどうにもできないからこのままでいい?」
「上出来です。弥生の部屋で仕事をしているふりをしていてください……寝ないように」
「おっけー、じゃあ分身でもいいわね。本体は牡丹と一緒に文香たちの護衛につくわ」
「助かります……糸子さんは」
「あの……希望させてもらえるなら、キズナさんと一緒に同行させていただけませんか?」
糸子の意外な申し出にオルトリンデが首を傾げる。
普段であれば戦いに向いている性格とは言えない糸子が言いだしたのだから。
「私の眷属は私の子供も同然です……ちゃんとお礼参りをしなければなりませんから」
ふふ……と口をゆがめる糸子が顔を上げてオルトリンデに微笑む。そこでようやくオルトリンデは気づいた……糸子がぶちぎれている。だって開いた眼が蜘蛛の複眼そのものだった。
「……お願いします」
普段おとなしい人ほど怒らせると怖い。その実例を目の当たりにしてオルトリンデはそうとしか言えず。許可を出すしかなかった。
横目でキズナを見ると構わないと言わんばかりにうなづいているので、任せる事にする。
「では、時間との勝負です。クワイエットは徒歩で移動していると思われますのでそこまで早くは動けません、が……背後に何が絡んでいるかもわかっていないので各自慎重に行動を……では、解散!」
オルトリンデの号令と共にそれぞれやるべきことのために動き始めた。
しかし、オルトリンデももう一つ気を付けるべきことがあった。あの規格外の姉を持つ弟と妹がおとなしく人任せにするわけがない事、そしてその護衛についている二人はおとなしく言いつけを守る相手ではない事を。
「昨晩、北門の襲撃に紛れて弥生が攫われました」
初耳なのは夜音と糸子だが、まずは聞いてからと口を閉じておとなしく椅子に座ったまま聞いている。
牡丹、真司、文香は昨日のうちにオルトリンデとキズナから事情を聴かされていたが、改めて聞くとやはり堪えるのか俯いていた。
「今日以降、真司、文香。お前たちは必ず牡丹と一緒に行動しろ……良いな」
全身に包帯や絆創膏を巻いているキズナが三人に言い含める。
さすがの牡丹も真剣な面持ちのまま頷いた。
「カタリナさん、あなたのお姉さんが回復したら協力をお願いできますか?」
「無論です。今回は私にも落ち度がありますので協力は惜しみません」
オルトリンデの執務室の壁に寄りかかってカタリナが請け負う、場違いのように綺麗なメイド服姿だがそこらかしこに装備した重火器や刃物の数々がメイドとは何ぞやと弥生なら突っ込んでいるところだ。
「助かります。キズナ、エキドナは?」
「姉貴は音信不通だ、自発的に戻るのを祈るしかねぇな……戦力としてなら洞爺の爺さんを当てにするしかねぇ」
「……それしかありませんね。糸子、貴女の眷属が弥生を守り切れる可能性は?」
糸子が親指を口元に寄せて歯で傷をつける。血が滲んだ指を床につけて丸を書くとぼわん、と白い煙と共に小型犬くらいの大きさの蜘蛛が現れた。
「この子、ジェノサイド君なんだけど……実は私の眷属の蜘蛛の中でも相当強い子なの。それが歯が立たなかったって言ってるからあんまり期待できないかも、ただ……」
「ただ?」
「何匹かはいつも弥生ちゃんの髪の中とかで遊んでいるから、この子が辿れはすると思う」
「そうですか……無目的に探すよりはかなり期待が持てますね……」
とは言うものの、ジェノサイド君の状態は酷い。
足が数本欠けて胴体には大きく斬られた跡が痛々しかった。眼も2つ潰されており生きてるのが不思議な状態である。
そんなジェノサイド君を文香が撫でて労わる。姉を守るためにこれだけの傷を負っても糸子の元へ最速で走ってきたのを聞いていたからだ。
「それと、今朝になって空挺騎士団の騎士……イストの遺体が現場近くの民家の壁にはりつけにされた状態で見つかりました」
オルトリンデのその言葉に、全員が息をのむ。
「彼女は私の命令で密かに弥生の護衛をお願いしていました。昨晩キズナから一報を受けた後に連絡を取ろうと探したのですが見つからず……」
この国の空挺騎士は飛竜に乗っていなくてもかなり強い、空気の薄い上空でも動けるように鍛えた獣人や魔族がメインの騎士団だ。
それを気づかれないように正面から倒すのは至難の業である事は誰もがわかる。
しかもイストはおそらく弥生の護衛として常時気を張っていたに違いない、それを殺害したのだ。
「おそらくですが……」
その犯人の名をオルトリンデが口にしようとすると、キズナが手を上げて制する。
「やったのはクワイエットだ」
その声は真司と文香ですら背筋が冷える声音で、はっきりと紡がれた。
なんだかんだとこのメンツの中ではキズナとオルトリンデが接する機会が多い、それなのに見破れなかったという事実が彼女たちに重くのしかかる。
特に、共に弥生を守れるようにと鍛えた張本人であるキズナの心中は言い表せないほど複雑だ。
「真司、文香……先に言っておく。俺は次にクワイエットに会ったら問答無用で斬り捨てる」
それはキズナの決意とクワイエットに対して誰かが情を出して……弥生の生命に危険が及ぶ可能性を排除するのに必要な宣言だ。
「キズナ姉……」
「キズナおねえちゃん……」
顔を上げた二人をまっすぐに見つめるキズナは気づく、昨晩泣きはらした文香の頬。捜索隊に加わるために自分のできる事を徹夜で考え抜いた真司の眼の下のクマ。
「必ず、弥生を助け出す。この銃と刀に誓って」
両手で真司と文香の頭を抱え込むキズナが誓う。そのキズナからする土と血の匂いに真司は目を伏せ、文香は嗚咽を上げる。
とは言え、手掛かりが少ない。
どうするかと思案しつつ、キズナは顔を上げる。
「まずは手掛かりを探しましょう。キズナ、貴女も同行してください。クワイエットの宿舎を調べます。それと……夜音」
「なに?」
「ギルドに不安を抱かせるのは得策ではありません、弥生の姿を真似る事は出来ますか?」
「……そうね、クワイエット一人だとは限んないものね。わかった」
そう言って夜音が椅子から立ち上がり、くるりと身を回すとあっという間に背が伸び弥生そっくりの姿になった。真司と文香でさえ違いを見つけるのは難しい。
「お化け屋敷のために練習してたのが良かったわね、うれしくないけど……声はどうにもできないからこのままでいい?」
「上出来です。弥生の部屋で仕事をしているふりをしていてください……寝ないように」
「おっけー、じゃあ分身でもいいわね。本体は牡丹と一緒に文香たちの護衛につくわ」
「助かります……糸子さんは」
「あの……希望させてもらえるなら、キズナさんと一緒に同行させていただけませんか?」
糸子の意外な申し出にオルトリンデが首を傾げる。
普段であれば戦いに向いている性格とは言えない糸子が言いだしたのだから。
「私の眷属は私の子供も同然です……ちゃんとお礼参りをしなければなりませんから」
ふふ……と口をゆがめる糸子が顔を上げてオルトリンデに微笑む。そこでようやくオルトリンデは気づいた……糸子がぶちぎれている。だって開いた眼が蜘蛛の複眼そのものだった。
「……お願いします」
普段おとなしい人ほど怒らせると怖い。その実例を目の当たりにしてオルトリンデはそうとしか言えず。許可を出すしかなかった。
横目でキズナを見ると構わないと言わんばかりにうなづいているので、任せる事にする。
「では、時間との勝負です。クワイエットは徒歩で移動していると思われますのでそこまで早くは動けません、が……背後に何が絡んでいるかもわかっていないので各自慎重に行動を……では、解散!」
オルトリンデの号令と共にそれぞれやるべきことのために動き始めた。
しかし、オルトリンデももう一つ気を付けるべきことがあった。あの規格外の姉を持つ弟と妹がおとなしく人任せにするわけがない事、そしてその護衛についている二人はおとなしく言いつけを守る相手ではない事を。
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