長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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――熟成する悪意――

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 ――どちゃ……

 食べた、遊んだ、物足りないが仕方がない。
 彼の遊びはいつも何かと誰かを犠牲にする。
 その後始末をする側はそれを見て彼をこう評するだろう、人の皮を被った獣、と。

 今もその哀れな存在を散々弄び、彼は恍惚とした笑みを浮かべながら椅子へ座った。
 上等な革張りの椅子は軽い彼の体重を支え、ひと時の安息をもたらす。

 そんな中、暗い石室で彼は考える。
 ここはどこで、今はいつなのか、そして自分がやるべきことは何なのか。
 
 まずここは日本だ。いや、日本であったというべきか。
 何せ今は彼が経験した最後の戦争から数千年経っていた。おかげでその身一つ以外何にも残っていない。一から全部やり直さなければいけないのだ。

 人類の再進化の道をもう一度お膳立てしなければいけない。
 あの時、間宮桜花とその妹がしつこく邪魔をしてくれたおかげでこんな目にあっているが……本来であれば全世界の英雄と呼ばれるはずだったのに……。
 今でもその記憶は鮮明で衝動的に暴れだしたい気分になる。
 正直八つ当たりをする使い勝手のいい玩具が欲しい。何個か手に入れて遊んでみたりもするのだけど……なんか違うのだ。

「やっぱり、あの女じゃないと駄目だよね……元凶にして聖銀の魔王『間宮桜花』を手に入れなきゃ」

 せっかく引き起こした世界大戦、順調にいけば彼が世界を手に入れるはずだった。
 しかし、横槍は思いもよらない相手から入れられる。

「今度こそあの聖銀の魔王の角が必要だよね……最後の最後で詰めが甘かったからなぁ。今後こそうまくやらなきゃ」

 そう、彼は今度こそ手に入れるつもりだった。
 幸いにも回復に時間がかかるだけで切り札は最初からこちらの手の中にある。
 足りないのは手駒だけだ。

「だからこそちょうどいい道具が欲しいんだけど……魔族でもないくせにあの爺と女、レヴィヤタンの女共より強いとか何の冗談だったんだか。ま、良いか……何千年と経っていて先祖返りかなんかしてるんだろうけど、状況はこっちも把握できて来たからね。もう少しスマートに事を進めるだけさ……なあ? そうだろう?」

 暗闇に問いかける彼の表情は場違いなほどに明るい。
 先日の国を一個乗っ取る作戦はたった一人の女の子、とある国の秘書官と名乗る日下部弥生の指揮でめちゃくちゃにされてしまったが……まったく収穫が無い訳でもなかった。

 例えゾンビ扱いされても、変態扱いされても、事あるごとに首を刎ねられても……この収穫は地味に大きかった。最初は捨てるはずだったけど意外や意外、結構な有用性が見つかって。今では彼のお気に入りの道具になった。

「はい、貴方のためにすべてを奉げます」

 頭を垂れて、闇の中で誰かは傅く。
 その声に抑揚は無い。

「ずいぶんと従順なったね!! あれかい? 大事な物を壊されるのは困るからかな? そうだよね!? はっはーー! やっぱりこういうので縛るのが一番確実でや! うんうん、礼儀正しく仕えてくれてれば……アレは壊さないでおいてあげる。頑張ってあのウェイランドの秘書官を手に入れてよね。あんまり長引くとアレに産ませなきゃいけないからさ」
「っ!! 必ず……連れてきます」
「おっけぇ……楽しみにしておくよ。まあ焦んなくてもいいよ、僕は気が長いし大分、これで」

 彼は椅子に座ったまま、つま先で何かを小突いた。
 背後に控える誰かはその正体を知っている。だからこそ、歯を食いしばって衝動を押さえつける。
 
「ちょっとさ、玩具を補充してくんないかな? 三人とも動かなくなっちゃってつまんないんだ……叫び声も上げないし、鳴きもしなくなっちゃってさ。表の森にでも捨ててきてよ、草花の栄養程度にはなると思うしさ」

 暗い部屋の中で、冷たい床に打ち捨てられているのはいずれも女性だ。
 殴られ、蹴られ、小さな果物ナイフ程度の大きさのナイフで苦痛を味わわせるためだけに刺され……食事も、水も満足に与えられず醜悪な青年の遊びに付き合わされた。

 ぎりっ……と拳を握る誰かの手には血が滲み、それでもただただ青年の言葉に従わざるを得ない。
 そんな自分への怒りはどこにもやり場が無く、狂うこともできない状況なのだ。

「畏まりました。数日、いただけますでしょうか」
「いいよぉ、あ。でもあんまり長いと……つまみ食いするよ。僕、くふふ」
「それはっ!! いえ、迅速に……」

 こちらが狼狽えればそれを肴に彼はまた遊び始める。
 そうなったら飽きるまでまた何日もかかる。それを目の当たりにしただけに、逆らう事は出来なかった。

「もう少ししたら適性のあった玩具の改造が終わるんだ。よかったね、仲間が増えるよ!」
「はい?」
「いいのいいの、出来たら君にも見せるからさ。何なら君の玩具に一個あげるよ……壊れにくいはずだからさ。太っ腹だね僕!! 良い上司の年間一位に輝けるかもしれない!!」
「は、はい……」
「じゃ、そこのゴミはよろしくね」

 そういって青年は椅子から立ち上がり、部屋の奥へと続く廊下へ向かう。

「畏まりました……アーク……様」

 ひらひらと手を振りながら暗闇に溶ける金髪の残滓を見送って、誰かは哀れな犠牲者を一人一人丁寧に抱き上げて並べる。その瞳に光を宿していた頃の面影を見つけるかのように……
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