長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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本祭! 格闘大会!! ⑩ 覇者はメイドだった

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「負けたの? 貴女が?」
「ええ、強敵でした……」

 天井から生える首、カタリナが目を泳がせる。
 桜花にしてみれば眩暈のするような言葉であった。こう見えても元々最新鋭の武装を扱い、兵器として育てられてきた究極の兵士のカタリナは魔族になってさらに強い。
 腕や首が千切れようとも数秒足らずで再生し、魔力をそのまま己の身体強化に全振りして大砲はおろかミサイルが直撃してもケロリとしているぶっ壊れ仕様だ。

 牡丹の時ですら悪夢でも見ているのだろうかと呆れたが、とうとう桜花の理解の範疇外となり。頭を抱えるしかない。

「メイドに性別など……そんな事に囚われた私の思考が甘かったのですね」
「意味が分かんない!? 後で詳しく教えてくれない!?」

 まあ、負けてしまったので優勝賞品は諦めるしかない、元々は手に入れば儲けもの程度なのだ。
 そう思って桜花はとりあえず布状にしたEIMSを使ってカタリナを救出する。
 特に何も言わず、桜花が虚空に指を添わせるとしゅるしゅると布がドリルに変わり、ギャリギャリとカタリナが通れる程度の穴を広げ始めた。

「桜花おねえちゃん、すごいね」
「ふふん、自慢の万能ツールよ! 私の唯一無二のアイデンティティ!」
「それが無ければ御姉様は陰キャの爆乳眼鏡と言う属性しかございませんしね」
「そのままセメントで固めていいなら発言を受け入れてやるわよ。義妹」

 辛辣と言うか、負けたのに酷い言い草で桜花を評するカタリナの発言。さすがに目を吊り上げて桜花が反論するが……カタリナの顔を見て桜花の中に疑問が浮かぶ。

「……ねえ、あんた負けたのよね? 何回戦?」
「決勝でございます。それと……このカタリナ、配慮が足らず相手を怒らせてしまいました。恐らく試合とか関係なく追撃が来るかと分析いたしまして……控えめに言って危険じゃないでしょうか?」
「……何をしやがりましたか義妹」
「まさか男だったとは……」

 カタリナは遠い目をしながら先ほどの決勝戦を思い出す。
 つくづくメイドに縁のある格闘大会だと感慨にふけりながらも、牡丹の例があったので油断せず攻め込んでみたら……格が違っていた。
 
 体術に秀でたカタリナと正反対のシンプルな技だけしか使えない相手は、それを究極特化させたかのような鋭さと重さで放ってきていた。
 カタリナの推測では恐らく彼女……ではなく彼は武器を使うのが専門なのだろうと判断している。

「何よ、女装してる相手だったの?」

 桜花の何気ない質問だが、視界の外にいる真司がブルりと身を震わせて若干青ざめていたりした。
 そう、某マリアベルさんの事を思い出したのだがここは弥生達は全員空気を読んで触らない。誰も幸せにならないのだから。

「ええ、不思議なメイド服を着た方でした……なぜか破壊できなかったので魔法の品か何かなのかな。と」
「ふぅん、まあ良いわ。準優勝でもお金はもらえるのよね?」
「……御姉様の言う通りなのですが、少なくとも今は逃げた方が良いかと」

 歯切れの悪いカタリナの言葉に桜花の表情が曇り、キズナが何かやらかしてんのなら撃つぞと目を細める。
 
「何やらかしたのアンタ……ここで正直に言うか言わないかで私の今後がかなり変わってくるんだけど?」
「いえ、私がやらかしたというよりかは審査員の聖女がやらかしました。なんでも決勝の女装メイドは聖女の夫だそうで……」

 ……つまり、カタリナが居なくなった決勝会場は現在痴話喧嘩の真っ最中の可能性が高いということだ。弥生としてはどんな経緯があって夫にメイド服を着せたのか聖女にぜひ問い詰めたいが、妹である文香が服の裾を引っ張って『だめ、職権乱用』とジト目で訴えている。

 一応、マトモ勢であるキズナと真司は大して見かけたわけではないが……女装メイドの彼に心の中で同情を禁じ得なかった。 
 いったい何がどうなって妻からメイド服を着させられた上に、大観衆の前で戦わねばならなかったのか……

「日……日を改めてから貰いに行きましょうか。ついでに今回はアンタ無罪だったのね……ごめんなさい。もうすぐ降ろせるから、何か飲む? がんばったわね。偉い偉い」

 しばらく経ってカタリナを救出し、ついでに牢屋の穴を直してから場所を変えようと衛兵さんの詰め所を出ると弥生達の耳に悲鳴が……闘技場の方から木霊していた。
 何が起こっているのかを確かめに行く度胸は誰もなかったが、翌年からとある国の聖女と夫である国王はその日格闘大会に限り入国不可の措置がとられる事になる。



 ◆◇――――◆◇――――◆◇――――◆◇――――◆◇




「で、連れてきちゃったんですか?」

 統括ギルドの執務室でランプに照らされ揺らめく影、それとお揃いになりながら首をかしげるオルトリンデは今現在、血まみれのゾンビのような恰好から普段のギルド服に着替えた直後に弥生から呼び出されたのだ。
 いつもの事とはいえ……相変わらず誰彼構わず引き寄せてくる状況に彼女はすっかり慣れてしまった。
 とはいえ、頭の痛いことには変わりがないのでため息交じりに窓から覗く城下町を覗く。
 そこには窓の外は宵闇と仄かな灯り、そして明るい喧騒にあふれている。

「ダメだったかな?」

 申し訳なさそうに両手の指を合わせてしょんぼりした声の弥生に、オルトリンデは苦笑を浮かべた。
 どうせ反省はしていないのだが、それ以前にやっていい事と悪い事の区別はついている。なので……

「あったり前でしょうがぁぁ!! くぬ! くぬぅ!!」

 全力でその柔らかそうな弥生の両頬を引っ張った!
 みょーんとかなり強めに。

「いひゃい!? いひゃいよ!?」
「さきに! 許可を! とりなさぁぁい!!」

 ドワーフの血も継いでいるオルトリンデの力は軽く弥生の身体を浮かせる……このままではホッペが伸びるより千切れてしまうのが先かもしれない。
 そんな上司と部下を見守るのは連行と言う口実で一緒について来た桜花である。
 肩をすくめて『そりゃそうよね……』と、口を挟まず大人しくしていた。

「まったく……油断も隙もあったものでは無いですね。キズナが居たのに何の効果もありません」

 ぱっと弥生の顔面を開放するとオルトリンデは桜花を睨む。
 それなりにオルトリンデが殺気も放っているが、桜花は涼しい顔でそのまま受け入れた。心地よい訳ではない、しかし。それなりに修羅場を経験してる身としては本気ではない事もわかってしまって居た。

「可愛い顔して一歩でも動いたらぶっ殺すって顔に書いてあるわよ?」
「なんでこう、肝が据わった人ばかり弥生の周りに集まるんでしょう……弥生七不思議のひとつです」
「オルちゃん!? 私に不思議なんてあると思ったの!?」
「紙体力、紙装甲、悪乗りしなければ優秀、まな板、飛竜使い、蜘蛛使い、腐っている……すみません弥生、7つで足りませんでしたね」
「数の問題じゃないよ!? と言うかしれっと悪口混ぜてるよね!? まな板でブーメランしてるって気づいて!?」
「弥生!? 言っていい事と悪い事があるんですよ!?」

 ついさっきまで、やって良い事と悪い事の区別がついていると思っていた弥生からの逆襲にうろたえるオルトリンデ。ちなみにどう考えても先にライン越えをしたのはオルトリンデの方である。

きじも鳴かずば撃たれまい、だったかな確か」

 ほんの数分、弥生とオルトリンデのやり取りを見ただけで関係性を大体把握する桜花。
 ここに割入っても、彼女らが持たない物を持つ自分では火に油にもなりかねない。そう判断して放置を決め込む。
 どうせ縄で縛られた手と腰縄と言う連行時のお約束みたいな恰好では何もできないし、と。

「よう、窮屈じゃねぇのか? 外してやろうか?」

 そんな桜花に真司と文香を家に送り届けたキズナが声をかけてきた。
 時間的には別れてからそうは経って居ないのだが、想像以上に速い上に……すぐ間近に接近するまで桜花は気づけなかった。

「頼んでいい? 私をそっちのけでじゃれてんだもの……酷い話よね?」
「一週間も一緒に居れば慣れるさ」

 キズナが腰から小さめのナイフを取り出してスパンと縄を斬ってやる。
 大してきつく縛られていたわけではないが桜花の手首にはちょっとだけ跡が残っていた。

「あれは止めないの?」

 軽く手を振ってほぐす桜花が視線で弥生とオルトリンデのじゃれ合いを指す。
 
「ボスと大ボスはいつもあんな感じだから良いんだよ、胸がまな板同士で気が合うらしい」

 なるほど、と納得した桜花だがキズナは失言である。

「「なぁんですってぇ!?」」
「あ、やべ……つい真実を」

 鏡写しのようにぴったりとシンクロした動きで踵を返すキズナをロックオンする二人。
 ちょうど間に挟まれる形になった桜花はたまったものではない。さっさと退避しようと端に寄ろうとするがその頬を掠めるように何かが通過していった。

 すぱぁぁん!

「ひぎゃっ!?」

 その破裂音とキズナの悲鳴はほぼ同時で……桜花の眼にはいつの間にかオルトリンデの手に出現していた鞭に注がれている。

「目にも止まらぬって言うけどほんとに見えないものね」

 軽い風切り音と共に手元で輪っかを作りその小さな手で収めるオルトリンデの様子で何が起きたのかは察した桜花が呆れたように声を上げる。
 その背中でべしゃっと崩れ落ちるのはもちろんキズナだ。

「ぐぉぉぉ……何落ち着いてんだよ……お尻が、お尻が割れる……」
「最初から割れてるわよ」
「比喩だド畜生……いってぇ……」

 両手でお尻を押さえたまま床に伏せるキズナだが、何とか声は出せる。出せるだけだが。
 
「ずいぶんと上官に対する敬意が足りないようですねキズナ」
「私オルちゃんよりはあるのに!!」
「弥生ちゃん、怒るところ……そこなんだ」

 ぶっちゃけ桜花から見ればどっちもどっちと言いたいのをぐっと堪える。
 不用意な一言でキズナと同じ目にはあいたくない。

「空気抵抗がない分……早い……」

 なにが、とは口に出してないがこの状況で煽るキズナもなかなかだったりする。

「とりあえず、仲が良いのは理解できたわ」

 やれやれと首を回して鳴らす桜花がふと窓の外に目をやると、丁度お城を挟んで向こう側。
 北門の辺りがやたらと明るい。かなりの距離はあるが現在はギルド祭の最終日、街中の中心部が明るいならともかく、まだ何か出し物でもしているのかと思ったが……

「妙に赤くない?」

 そう、その灯りは黄色い街灯などの色と違い。
 まるで血の色のように煙と混ざり、どす黒い血しぶきのように闇夜を照らしているのだった。

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