長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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本祭! 格闘大会!! ⑥ メイド対メイド

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 異様だった。
 これは格闘大会であって、断じて家事勝負などではない。
 今年の大会は記念大会だ。にぎやかしも参加するであろうが……そんなに多くはない、はず。
 観客もそう思っていたはずだ。しかし、現実は無常だった……色物参加者2号、3号はここに居た。
 
 一人は青みがかった銀髪の魔族の女性、ミニなスカートにホワイトプリムを身に着けてこれでもかとメイドだと主張するカタリナ。
 もう一人は本当に何を考えてこうしたのかわからない本物の家政婦となった牡丹、少しでも動けばお尻が丸見えになりそうなタイトミニのスカートに改造したメイド服を纏う馬……変態さんです。

「ええーと、今年はどうなってるんだろうな!? 次はメイドさんVSメイドさんだ!!」

 モーリアは先ほどの事故案件文香のやらかしを何とかその超解説術で場を収め、気を取り直した直後のこれである。

「お待ちください、訂正がございます」
「な、なんでしょうか?」

 清楚な物腰にモーリアが反射的に畏まる。
 そんな彼の言葉を待って、カタリナは会場に響き渡る様に高らかに言葉を紡ぐ。

「私は……御姉様の奴隷メイドです!! ただのメイドにあらず!! 御姉様に身も心も滅私奉公し、ただ一人の主のために仕えるど・れ・い・メイドです!! そこの所、お間違えの無きようお願いいたします」

 内容はとてもじゃないが会場中の誰もが思う。

 ――お前の姉は鬼畜か

「はい、見間違いじゃなかったんですね。申し訳ありませんでした……」

 モーリアはできればスルーしたかったのだが、自分から誇らしげに主張されてしまっては……もうどうしようもないので最低限のやり取りだけで傷を最小限にとどめようとする。だって子供だってこの大会楽しみにしてるもん!! 
 
「ふふ……」

 カタリナのとてもお子様に説明の困る主張を聞いて、もう一人のどうしようもないメイドが笑みを浮かべる。
 モーリアは気づいていた。

 こいつは同類だと。

「上から83.7、56.4、84.3、ね」

 なんのこっちゃ。

「!? まさか……」
「ふふふ……」

 唐突な牡丹の発言に、カタリナが即座にその意味を理解する。
 服の上からでも正確に採寸した己の身体データ、すなわちそれは……戦いはすでに始まっているぞ。と言う牡丹の宣言だった。

 ちなみにモーリアさん、審判に良い感じで試合始めちゃってくださいと手信号で伝え始める。

「82、57、88……くっ……」

 カタリナが初めて額に汗をにじませた。どうやっても小数点以下が割り出せないのだ。

「あーその……試合、開始で」

 審判が右手を上げて、試合開始を告げる。
 もうグダグダな始まり方だが、ここで始めないと残りの試合がどんどん時間的に圧すのだ。

 しかし、ここから後の大会に語り継がれる戦いが始まる。

 ――ズガンッ!!

 左手を無造作に突き出すだけの突き。
 その牡丹の拳をカタリナは平然と右手で受け止めた、言葉にすればそれだけなのだが……速度が違う。審判の右手が上がり切ったと同時に牡丹はカタリナへ突っ込んでいた。

 一拍遅れてふわり、と審判の頬に風が触れる。

 唐突ともいえる牡丹の一撃に、カタリナはただただ目を細めて振り払う。

「溜めを必要としないでこの威力、なかなか危険な技量をお持ちですね……くっ、やはり小数点以下は判断がつきません!」
「お尻からまずは見定めると判断しやすいわよ……最速に近い攻撃を最短で防ぐ……合理的ね。私と相性が悪そうだわ」

 振り払われた手を再度抜き手に変えて牡丹は躊躇わず顔面を狙った。
 カタリナの言う通り、牡丹の攻撃には溜める動作が無く基本的に最短、最速を主眼に置いた戦い方である。

 カタリナは首を傾げるようにその指を避けて、御返しです。とだらりと下げていた左の掌を牡丹のお腹に添えてほんの数センチ、突き入れる。
 
 ――ズンッ!

 牡丹の視界が二重にブレて、胃液が逆流しそうなほどに内臓が暴れる。
 腹筋を絞めて耐える暇もなく牡丹がたたらを踏んで距離を取った。

「うぷっ……ぐ、寸勁……じゃないわね。吐きそう」
「真似をさせていただきました。バッジは壊れておりませんか?」
「……ふう、貴女冗談も上手いのね。この通りよ」

 牡丹は躊躇いなくスカートをまくり上げてパンツに括り付けたバッジを……
 それを目の当たりにしたカタリナの目が見開かれる!

「くっ! つよ、い!」

 がくんっ! と膝を折り悔しそうに歯がしみするカタリナのバッジはホワイトプリムの端っこだ。
 
「ふふふ、私はこの後で全方位に土下座もするわよ……ごめんなさいと!」
「それは……万が一私に勝てたら行うのがよろしいかと」

 カタリナの胸中を炎が駆け巡る。
 悔しいが認めざるを得ない、牡丹は好敵手であると……それと同時に牡丹も普段はここまで張り合う事のない自分に驚きつつ。素直にカタリナの技量を認めていた。

「そうね、貴女に負けた時は……全裸で土下座よ!!」
「なっ! 勝っても負けても……己にご褒美……だと!」

 そろそろ皆、会場の観客も解説者のモーリアも気づいていた。
 何やってんだこの二人。

「貴女は何を物怖じしてるのかしら? まるで失うものがある様に見えるけど?」
「くっ、何故そんなに牡丹様は私の事を……」
「くだらない、私は退屈なのが嫌いなだけよ……来なさい。私が貴女を解き放ってあげるわ」
「牡丹……様」

 感動的なまでに燃え上がる二人とは正反対に会場は冷めきっていて、どうでもいいから戦ってくれませんか? 崩れ落ちたカタリナは黒い下着だし、いまだにスカートをまくり上げたままの牡丹は淡い水色と……互いに示し合わせたかのように髪の色に似通った色のパンツを丸出しのままなのだ。

「さあ、来なさい。貴方の実力はそんなもんじゃないはずよ!」
「ええ……不詳、御姉様の変態奴隷メイド! カタリナ! 参ります!!」

 すっくと立ちあがるカタリナの眼に迷いはなかった。そのすみ切った眼差しを受け、なぜか歴戦の戦士のように左手でくいくいっと挑発する牡丹。波長が合う変態同志はひたすらに真剣だった。

 そして、それ故に……強者は強者を認め合う。
 初手はカタリナだった。

 手加減、それは格下相手に行うもの。彼女の中ですでに牡丹は己と同等、もしくは格上と認識された。そうであれば礼儀として挑む側から攻める。

 右足に体重をかけ、ほんの少しねじる様につま先に力を込めた。牡丹もカタリナの動作に唇の端を笑みの形にし両足を軽く開き、へその少し下に意識を集中する。
 ひゅるりと、季節にふさわしい少し肌寒い風が一陣……二人の間を駆け抜けた時。

 ――くしゅん!

 観客席の誰かのくしゃみが合図だった。

 カタリナが右足を起点に低い姿勢で牡丹に突っ込む、一歩一歩が凄まじい音を立てて彼女の身を前へ前へと推し進める。彼女はほんの数歩で速度の頂点に達すると同時に、牡丹はそのまま体をねじり、右腕を振り上げた。
 奇しくもカタリナが速度に乗せたのは自分の右肘、左腕を後ろにそらすように下げ、右足の踏み込みと同時に肘を掬い上げるように前へと突き出す。八極拳の基本技、攉打頂肘かくだちょうちゅうをカタリナなりにアレンジした突進技だ。

 ――ガッ!!

 カタリナの滑らかな体重移動により一点を刺すような技を、牡丹は針の糸を通すようなダウンブローで右肩を殴りつけた。
 鈍い打撃音と牡丹の拳に走る痛み、しかし牡丹はそれだけにとどまらず無理やり押し込むように腰をひねり。脚を振り上げその身を宙に回す。

 これにはカタリナも一瞬、意図が読めず。ほんの僅かに右足の力を抜く。
 風を裂く牡丹の左脚が綺麗な半弧を描き、スカートがひらめくと折りたたまれた右膝が吸い込まれるようにカタリナのこめかみめがけて迫る。気が付いたカタリナが声を上げるが……。

「しまっ!」

 反応はできても防御の姿勢を取る事もかなわず、牡丹のカウンターがカタリナの頭を打ち抜く。
 足の力を緩めたのが災いして、凄まじい打撃音と共に水平にカタリナが吹っ飛ぶ。

 そのまま数メートル、闘技場の床に投げ出されて二回、三回と転がり砂埃をまき散らし倒れこむ……。

「……硬いわね。へし折るつもりだったんだけど」

 すたん、と左手を床に当てて。牡丹は倒れるカタリナから目線を外さずに着地したが……その右膝は赤く跡が残り、無視できないしびれが残った。
 カタリナは当たる直前己の角を盾としたのだ。

「そう、簡単に折られては……御姉様に叱られてしまいます」

 むくり、と身を起こすカタリナが満足そうに笑う。軽く頭を振るとぱっぱと服に着いた砂を落とす。
 あれだけの勢いで蹴りつけてもダメージは少ない、牡丹がますます好戦的な笑みを深くする。
 
「……カタリナさん、強いのね」
で結構でございます。牡丹様」
「なら私も牡丹で良いわ。カタリナ」
「……わかりました。牡丹」

 互いに体勢を整えると、二人は示し合わせたかのように激突する。
 カタリナが曲芸のようにその全身を使い蹴り上げれば、牡丹は左腕を水平に突き出して渾身の正拳突きで殴り止め。
 牡丹が速度に任せて観客が目で追いきれないほどの乱打を放てば、カタリナが華麗にその間を縫い進み起点となる肘や肩を拳で打ち抜き止めた。

 そうかと思えば会場内を縦横無尽に移動し、互いに死角を突こうと背中合わせから回し蹴りが交差する。

「すげぇ……」

 いつの間にか冷え切った会場は静かな熱を帯びていた。
 それは観客だけではなく、他の出場者も同じで……最初は良い物が見れるぞと助平根性丸出しの男性陣が、今ではどうやってあの二人に対抗できるのかを真剣な眼差しで見つめる。
 まるでドラムロールのように響くリズミカルな破壊音は彼女らの歓喜の声のようだった。

「会場の皆、見てるよな? 見ているよな!? 何なんだこのメイドたち!!」

 冗談のように映える黒と銀の武闘はモーリアに解説の隙すら与えない。
 時間にしてほんの数分で彼女らは本来の意味での格闘大会を演出した。のだが……

「あ」

 ひらりと審判の足元に一枚の布切れが落ちる。
 それは淡い水色で、三角形をつないだような形……しかも出場者のバッジがくっついており。

「む?」
「ん?」

 それに気づいたカタリナと牡丹が動きを止める。
 審判が拾い上げたそのバッジは牡丹の番号が書かれていた。

「……し、勝者! カタリナ!!」

 そう、バッジには死亡回避のために強力な防御術式が施されている。
 そのバッジが無いと不意の事故で死んでしまう事があるため、外れた場合は失格であった。

「……ここまでのようね」
「……そうですね、良い出会いができました。感謝します牡丹」
「私も久々に楽しかったわ。カタリナ……」

 互いに無事な所を探す方が難しいほどの打撃の痕、本人たちの肉体はともかく服はぼろぼろで胸元やお尻がかろうじて隠れる程度しかメイド服が残っていなかった。

 それでも二人は満足だった。
 そして……

「ここまで来たらもう脱いでもかまわないわね」

 ――タァン!!

「ぷめらっ!?」

 満足気に全裸になろうとした牡丹を統括ギルドの有能な護衛は見逃さなかった。
 脳天に叩き込まれた弾丸に意識を飛ばした牡丹をカタリナが絶妙なタイミングで放り込まれた毛布でくるみ場外へと投げ捨てる。

 どこからともなく現れた大きな蜘蛛がそれを糸でくるくる巻いてぴょーんと去っていくまでがワンセット。いろんな意味で伝説が生まれた瞬間だった。
 

 
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