長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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そのころのエキドナさん 前編

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 ウェイランドの空挺騎士団、それは隣国三か国の中で唯一の飛竜と共にある騎士団だ。
 主に獣人、人族、エルフの騎士が飛竜を相棒として空の覇権を握る実力者ぞろいで知られている。
 翼を怪我して引退を余儀なくされたものの……その騎士団に所属していた飛竜、ジェミニは並の飛竜や野良の竜程度では追いつけないほどの高度と速度を出せた。

 今も上空4千メートル、小型飛行機と同じくらいの高さを時速400キロほどで飛んでいる。
 がんばればもうちょっと高い所で速い速度も出せるが、長旅なので一番楽な速度と高さを飛んでいた。
 そんなジェミニの背中でエキドナは器用にバランスを取って寝転がっている。

「雲一つないねぇ……こんないい日に何で僕は旅に出てるんだろうねぇ?」

 蜘蛛が怖かった。理由はそれだけだ。

「ぎゃう……(なんで私まで付き合わされてるんだろう……)」

 ウェイランドからはるか南、とんでもなく大きな湖の上を一機と一匹は勢い任せで飛び出してきたことを後悔していた。

「この大陸と言うか……島国だったんだね。なんかどこかで見た気もするんだけど……ジェミニに横断できない海に囲まれてるんじゃ探索のしようが無いよまったく……」
「ぎゃぁう……」
「戻ろうって? 勘弁してよ、あんなわんさか蜘蛛が居る所でどうやって暮らすのさ……」

 筋金入りの蜘蛛嫌い、エキドナは困り果てる。一匹や二匹だったら怯えながらも妹であるキズナが遠ざけてくれたりして事なきを得るが……数万匹はもう完全にホラーだった。
 ぶっちゃけ気絶して一生目が覚めない位に驚いた、感情の機能を一時的にオフにしても無理だった。

「ぎゃう……」
「飛び出した以上、何かしらの成果を持って帰って弥生に直談判する。お願いだからそれまではおねーさんに付き合っておくれ」
「ぎゃううぅ……」

 申し訳ないとエキドナは思っている。思っているけど無理なものは無理なのだ。
 だからこそこの高さで飛んでもらって滅多に使わない短波ソナーと言う広域の探索機能を使って何かめぼしい物、運が良ければ自分の家族や弥生の関係者を見つけようと頑張っている。

 とはいえ、この4日間でわかった事と言えばウェイランドを含めた三つの国はひし形の島に存在していて周りを海に囲まれている。はるか遠くに別の大陸が見えるがジェミニ単独ではあまりに遠くて渡るのは不可能。それこそ洞爺と一緒にいる邪竜族のレンでないと無理。

「……しかし、この湖広いねぇ……なんか見覚えがあるような気がしないでもないんだけど」

 おおよそ680K㎡、パイプのような形に見えなくもない淡水湖だ。
 
「ま、いいか。ジェミニ、ここらで一回休憩しよう」
「ぎゃう」

 ちょうど水筒も残り少なく、軽く振るとちゃぽちゃぽ、と心許ない量しか入ってないのはすぐにわかる。エキドナはそんなに困らないがジェミニが飲む水も余裕をもって確保しておきたい。幸い今までの川や湖は煮沸するだけで十分飲料水として活用できる水質であり、荷物を減らせるいい要因になっていた。

「念のため調べておこうっと……」

 ポケットからピンポン玉くらいの丸い球を取り出して湖に放り投げる。
 エキドナ自身と連動していてソナーを打ってその結果を送るだけのものだ。人や魚、魔物などの反応もちゃんと拾ってくれる。難点が無い訳ではなく、使い捨てなのであまり多用することはできないのが欠点と言えば欠点だった。

「こいつの残りも10を切ったし、いい加減手がかりの一つでも残しとけっての……焔も氷雨もこういう所が抜けてるんだよねぇ」

 ジェミニと言う空からの探索が可能となった現在、予定よりもかなり速いペースで初期探索ができていく。そもそも隠れながら移動することを何年も続けているエキドナの家族はそんな簡単には見つからない。本人たちが良く見ればわかる程度の手がかりを元に追跡していくしかないのだ。

「それとも本当に今探してる範囲には来ていないか……だとしたら相当運が悪いな僕」
「ぎゃう……」
「慰めてくれるのかい、ジェミニは優しいねぇ」

 なでなでと優しくジェミニの背中を撫でている頃、湖に放り込んだ探知装置がデータをエキドナに投げてきた。どうせ大したものはない、魚が居れば焼き魚だなぁ……程度の考えでしかなった。しかし……。

「ん?」

 思ったよりもデータの転送が遅い、いくら広い湖だからって数秒もあれば終わるはず。
 それがまだ10パーセントも送信されてこない。こういう時は2パターン存在している。

「おっかしいな、おねーさんの電波はいつもバリサンだぜぃ?」

 どこのアーカイブから持ってきた言葉かもわからないような表現でジェミニにお願いして高度を下げてもらう。雲の中を突っ切ってる時も電波を阻害する雷も発生してる様子もない、ではなんだ? エキドナの疑問が膨らんでいくだけだった。

「ジェミニ、念のため乱数飛行でよろしく。僕も銃を用意するよ」
「ぎゃっ!(了解)」

 ふらり、ふわりと翼を立てたり左右で角度を変えながら適当な軌道で高度を下げていく。
 念のための措置だが警戒しすぎて困ることは無い、特にこの場所はエキドナもジェミニも初めての場所である。エキドナも手慣れた手つきで大型拳銃の安全装置を解除しておく。

 ひんやりとした雲の中を突っ切って視界に広がる湖を目視で確認していくエキドナの眼にはまだ何も変わったものは映らない。ジェミニもエキドナが見る事が出来ない死霊だとか不死族を見つけたら声を上げる事にしているが特に何もおかしな所はなかった。

「何もなさ過ぎてかえって怖いねこの場合……あ、接続切れた」

 とうとうデータを健気に送っていた端末がご臨終したようで完全に沈黙する。

「ええと……何だこりゃ。水じゃなくて鉱物の反応ばかりじゃないか」

 中途半端なデータでも解析すれば知れる事は多いのでエキドナが地道に推測すると……

「だめだこりゃ、不良品投げちゃったっぽい。ジェミニ、このまま降りていこう」
「ぎゃうぅ」

 解析できた内容から推測するにこの湖の中が金物でいっぱいになっているという荒唐無稽な結果であった。680K㎡、東京ドームでいうと1440万個分の広さのほとんどがそれとは到底思えない。

「湖の底のデータと混ざったのかねぇ……幸い魚とかもいそうだから今日はこのままのんびり釣りでもしながら……」

 不良品とは言え探査機を一個失ってしまった分、何か見つかればいいな位の気持ちでエキドナとジェミニは着地にちょうど良さそうな広場へ降下し始めた。そこには何やら香ばしい匂いが立ち上る焚火がある。

「先客がいるみたいだ、ちょうどいいしあそこに降りよっか」

 ここで野営をしている本人たちは不在の様だが大した問題ではない、どうせ空から降りてくるときに目撃されてて当然。

「ぎゃうっ! ぎゃうぅぅ」

 突然ジェミニがエキドナに吠えた。

「どうしたんだ……い!?」

 ――ひゅん!!

 とっさにエキドナが身をよじり、頬を掠めるだけで飛んでいく飛来物。
 ジェミニが注意を促さなかったら顔面に直撃していたのは誰の目から見ても明らかだった。

「ぎゃうっ!!」
「あいよっ!」

 即座に一人と一匹が気合を入れなおして降下の速度を上げる。
 明らかな狙撃に対して黙って当たってあげられるほど大人しくないのだから。
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