長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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前夜祭を終えて……

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「不満~」

 弥生さんは不機嫌だった。
 
「仕方ねぇだろ、全員リタイヤしたんだから……なんで途中で難易度下げなかったんだよ」

 キズナが老婆の被り物を外しながら、呆れるように弥生に苦言を呈する。
 本日何もすることが無くただただ薄暗い中で待機していた二人は終始雑談で時間をつぶしていた。何なら交代でお昼寝までしてしまっていた。
 誰も来ないので……

「誰か一人位猛者が居ると私は信じていたのに……」
「俺も一人位は来ると思っていたが……」

 悲鳴と嬌声、そして時たま……どんがらがっしゃーんと仕掛けが鳴り響いてくるぐらいだった。

「みんな楽しそうだったなぁ」
「明日は配置転換しようぜ? 明日もこんなに暇じゃ豚になっちまう」

 ぽりぽりとお菓子を齧りながらキズナがぼやく。
 ちょうどそんな時だった。夕方になったことを知らせるお城の鐘が遠くの方から聞こえてくる。
 前夜祭の出し物はこれで終わりとなり、ここからは居酒屋や出店が主役となる時間だ。

「うわぁ……本当に一人も通過者なかったよ」
「やりすぎたんじゃねぇ? この分だと糸子や夜音も暇してそうだな」
「あの二人は喫茶店コーナーでも働いてるから大丈夫だよ」

 むしろ糸子はクワイエットに途中でひどい目に合わされていたりするが……今の二人はそれを知らない。

「交代役も結局来ないじゃねぇか……どうなってんだ?」
「そうなんだよね。くもくもくんネットワークでも返事が無いし」
「どういう仕組みなんだそれ」
「糸電話の要領だよ、ほら……天井に糸が張ってあるでしょ?」

 弥生が指で天井を示すと確かにそこには糸が4本ほどキレイに同じ方向へ張られていた。
 とはいえキズナも弥生に教えられた上で目を凝らさないと気づかない。そしてそれは弥生の待機場所に置いてあるコップに繋がっている。

「ああ、そういやあったな……なんで二本も三本も同じ方向に?」
「並行してあるのは個別回線、直通で受付と中庭、二階の喫茶店だったかな」

 暗がりでもわかる様にコップにはどこに繋がっているかを記してあった。
 しかし、その労力は本日一回も使われないままでは蜘蛛たちも可哀そうである。

「すげぇな……声ちゃんと届くのか?」
「届くよ、結構きれいに聞こえるから便利なんだけど……応答ないんだよね」

 キズナがお昼寝をしているときに何回か各所に連絡を入れたのだが、うんともすんとも言わないのだ。糸が切れてしまったのかとジェノサイド君を呼び出して回線チェックしたが問題は無し、単純に誰も応答しないだけだった。

「……なあ弥生、今気づいたんだけどよ。お前が呼び掛けた時って向こうでなんかこう……呼び鈴みたいに鳴るのか?」
「!?」
「……すまん、聞かなかった事にしてくれ」

 ごくごく単純な答えに弥生が目を見開いて硬直する。
 そりゃそうだ。電話やメールでも通知音が鳴らなければその瞬間には気づかない、糸電話が成立しているのは遊びでお互い常時それを持っているから成り立っていたのだから。

「一回戻ろうか。どうせ誰も来ないし」
「そうだな。誰も来ないもんな」

 答えが判明した所でどっと疲れが襲ってきた二人がすすけた背中を晒して歩き始める。
 早ければ最後の挑戦者が時間切れで案内されて、不死族の皆さんが統括ギルド内の照明をつけて回る手はずになっていた。そうしたら翌日の準備と軽い打ち合わせで解散の流れだ。

「そういやぁ……クワイエットのやつ来なかったな?」
「へ? クワイエット挑戦してるの?」
「ある意味挑戦と言うか、試練と言うか、ご褒美的な?」

 人を驚かすのはちょっとした遊びのような物でキズナなりのクワイエットへの配慮だった。当然実弾がどうのと言うのも脅し半分、それをかいくぐって目標に定めてきたなら気概を買って好きなようにやらせてやろうと思ってたのだが。姿を見せなかった、もしかしてブラフの方へ行ったのかな? と勝手に解釈してキズナは肩をすくめる。

「何それ……クワイエット無事なの?」
「人聞きが悪いぜ。あいつを一人前にしたんだ、褒めてくれてもいい……これでちょっとばかし戦力に厚みが出ただろうさ。ちょんぱ野郎の時には良い肉か……盾になるだろうさ」

 実際クワイエットは回避型の盾として非常に優秀なのだ。
 数発程度ならキズナの銃撃を回避して見せる。

「まあいいけど、あ。灯り持ってきてくれたみたい」

 てくてくと通路を歩いていると奥の曲がり角の所がほんのりと明るく照らされていた。
 その灯りはゆらゆらと揺れながらキズナと弥生の元へゆっくりと近づいてくる。

「あん? なんかおかしくねぇかアレ」

 気づいたのはキズナだった。
 その灯りは本来であれば持っているので顔や体が照らされるはずなのに……いくら遠いとはいえそんな様子が無いのだ。

「言われてみれば、おーい!」

 もしかしたら不死族の人が念動力で浮かせているのかもしれない、そう思って弥生は声をかける。
 しかし、その灯りは弥生の声に気づいた様に一瞬、その場にとどまると忽然と消えた。

「あれ?」
「なんだ?」

 火が消えるようにフッ……と。
 そんな風に消えた灯りに疑問が尽きない二人は顔を見合わせて首をひねる。
 とりあえず向かうしかないのでまっすぐ進んで灯りがあった所にたどり着くも……そこには何かがあった形跡も無ければ油を燃やした匂いも残っていない。

「クワイエットのいたずらか、真司の魔法か?」
「……じゃあなんで脅かしに来ないのかな?」
「だよな……まあいいや。合流して誰かに聞きゃわかるだろ」

 二人が居るのは統括ギルドの三階、オルトリンデや弥生の執務室のちょうど反対側。
 何かの間違いならそれでいい、火を使っていてのトラブルだったら困るがそうでもなさそうだとある意味安堵した二人は何事も無く一階まで戻る。

 ある意味図太いがゆえに事の異常さに気づかないまま……
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