長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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何事にも例外はある

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「……はて? 監理官室は誰も居ないはずですが」

 糸子が完全蜘蛛化してオルトリンデの執務室を窓からのぞき込む。
 ショートカットとはいえ屋外、なおかつもうすぐ冬が訪れようとしている季節の中。ちょっと寒いが驚かす訳にもいかず……まずは確認する。

 しかし、生憎と窓にはレースのカーテンがひかれてなかなか中の様子がうかがいにくい……実は蜘蛛の視界は人間と視野の違い等はあれど、そんなに機能として変わらなかったりする。
 
「……(なんか大きいものが動いてますねぇ)」

 目を凝らして……8つある眼の内正面の2つで注目すると位置的にクローゼットの辺りに居た。
 人であることは間違いないが背丈から見ると男性のように見える。もしかして自由に統括ギルドの中へ入れる事を良い事に、泥棒でもしようかと言うのであろうか? 糸子は悩む、彼女はまだどこのギルドにも所属していなくて今回は弥生のお手伝いの身分だ。正しい行動は誰かギルド員を捕まえて不審者ありと伝えるべきなのだろうが……空き巣は早ければ数分で仕事を終えて逃げてしまう。

「捕まえてから、誰か呼べばいいかなぁ」

 少なくとも怒られはしないであろう、それに自分は蜘蛛なので足止めとか捕獲は得意中の得意である。
 その気になればだが爆弾だろうが何だろうが糸の中に雁字搦めにして封殺できる強さもあった。
 だから油断とまではいかないけれども、積極的な行動に糸子は出てしまう。

「よぉし、おばさん頑張る!」

 ちなみに十分に20代前半で通じる人間形態の糸子さんです。
 前足で窓を開ける。

 ――かちゃり

 窓の金具が音を立ててしまうが関係ない、外開きのガラス窓を一気に開けて中に侵入!

「ぷあっ!?」

 しかし、一気に開けたことでレースのカーテンが舞い。糸子の顔を塞いでしまう。
 うっかりしていたのもあるが、中にいる相手には逃げる暇を与えてしまうし何より捕えるための糸は口から出すのだ。
 慌てて他の足でカーテンを避ける。

「そこまでです! 泥棒さん!」

 なんかバタバタしながらも視界を確保する糸子が見たのは……

「……クワイエットさん?」

 金髪で目つきが鋭く、どこか隙の無い物腰の隠密。
 最近は弥生の護衛が板についてきたキズナの徹底的な訓練のおかげでめきめきと実力を上げてきた青年だった。

「……誰だ?」

 片方の眉を上げてクワイエットがナイフを構える。
 当然糸子の事は知っているが、完全に蜘蛛の姿になったら他の大きい蜘蛛とさすがに見分けがつかない。

「糸子ですぅ……何をされてたんですか?」
「ああ、オルトリンデ監理官から着替えを持ってきてほしいと頼まれて……」
「そうだったんですかぁ……泥棒さんかと思って蜘蛛の姿で飛び込んだんです」
「なるほど……生憎泥棒ではないかな」

 ほう、と安堵する糸子。いくら一般人に比べて隔絶された強さを持っていても根が小市民なので実は若干緊張もしたし、暴れられたらどうしようとも内心思ってた。
 妖怪だからって怖いものが無い訳ではないのだ。事実、どこか生気を欠いたクワイエットの声はちょっと不気味に感じている。

「ただ……」
「はい?」

 一つ、音を落としたその声に糸子の安堵で降りた眼差しが再び上がる。
 そこに見えるは虚無。

「人では……無いが」

 のっぺりとした皮膚しかなかった。
 つるんとしたそのなめらかさとは裏腹にざらついてこもる青年の声。目が無い、鼻が無い、口が無い、眉が無い。

「ひ!?」

 唐突に、不意打ちされた恐怖は誰であろうと怖い。たとえそれが普段は恐怖を振りまく側であろうとも恐ろしかった。ひきつったささやかな糸子の悲鳴にクワイエットだったものはゆっくりと手を伸ばす。

「ちょうど、顔を、探してたんだ」

 のっぺらぼう。糸子が知らないわけがない、一緒に旅館で働いていたのだ。
 その容姿ゆえに仲居や表立って働く従業員ではないけれども、実は目立つのが大好きなは副業と言うか、それが本業になってしまっていたのだが動画配信サイトの覆面アイドルとして明るく優しく希望を人に届けていた存在。

「ちょっとその顔、クレナイカ?」

 誰が吹き込んだのかその挙動は瞬間瞬間で早くなったり、遅くなったり。
 奇妙な動きで捉えどころが無く、不気味さを助長する。

 ――ぬるり

 ほんの僅かに糸子の前足に触れたクワイエット(?)もとい、のっぺらぼうの手はどろりとした何かが付着していて……率直に言えば気持ち悪かった。

「きやあああああああああああっぁぁぁあああああああああ!!??」

 全身の毛が総毛立ち、糸子の背筋に悪寒が奔り!
 目の前の理解不能な存在を全力で否定するかのような悲鳴を轟かす。

 8本の足をバタバタと動かして、入ってきた窓へと一目散に駆け出した。正体が何であれ関係ない。怖い物は怖いのだから逃げる、シンプルがゆえにわかりやすい行動で糸子は中庭へとダイブした。

「あ」

 ほんの僅か、宙へ飛び出したときに聞こえた男性の素の声にも頓着せず。蜘蛛の糸でどこかへぶら下がる事もせず。ただただ風の爽快感だけが糸子にとっての精神安定剤。数秒後……もちろんだが中庭の休憩していた数名の職員をパニックに陥れる恐怖の連鎖は続いてしまったのだった。

「ようやく一人、先は長いな……すまない。後で必ず埋め合わせはしよう」

 ぺりぺりとクワイエットが顔から剝がしたのは奇しくも糸子さんが蜘蛛の糸で作った伸縮性の膜、それに肌の色に似せるように絵の具を塗ったものだ。もちろん他の誰でもない、クワイエット自身である。

「後、二人……」

 何事もなかったかのようにクワイエットは堂々と監理官執務室の扉を開いて姿を消す。
 ノルマを達成するために……
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