長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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怖くなんてないんだからねっ!

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「こ、こんにちはニーナお姉さん! お化け屋敷入れますか?」

 元気にニーナに声をかけてきたのは小さなドワーフの男の子。ドワーフの種族柄、髪の色が赤みがかった茶色で真ん丸の瞳は黒い宝石のようにキラキラだった。後ろには同い年位のエルフの女の子がおどおどしながらも男の子の手を握ってついてきている。
 即座にニーナは状況を推測して二人の目線に腰を落として、優しく答えた。

「こんにちは、ちょっと待ってね? 良い子に並んで待てるかしら?」
「うん!」

 その子は建築ギルドの職人の子供で良く弥生が出入りしていることもあり、お化け屋敷の事を聞いて来た。お化けが出るのに楽しめるとはどういうことなのか? 聞いた時は良く分からなかったけど彼はちょっとした度胸試しをするいい機会だった。
 実はちょっと気になる子がいて、その子を誘ってギルド祭に来たのは良いが……その先はかなりのノープラン。そんなとき父親の統括ギルドの出し物がおもしろそうだ。とお酒を飲みながら話していたのを覚えておいたのだ。

「ねえ、ニケ君……お化けってなぁに?」
「え? ええと……」
「うふふ、お化けってね? 迷子になっちゃった不死族の人たちなの、だから寂しくてみんなに僕はどこに帰ればいいのーって聞きに来ちゃったの」

 この世界に不死族がいる以上、どうやって幽霊や怪異を説明したものかと弥生が悩んだ末に作り上げた概念。今のところ好評である。

「でもね……」

 光の加減か、ニーナの眼鏡が怪しくきらめく。
 二人の子供が急に雰囲気の変わったニーナに驚いてちょっと後ずさりする。

「中には悪いことをしていないのに悪い人だーって殺されてしまった人や、悪い事が大好きな人が居て悪戯したり迷惑をかけちゃう人もいるんだって……」

 うふふーっと嗤いながらニーナは両手を顔の前でだらりと下げて舌を出す。
 
「こ、怖くなんてないぜ! この間の死霊事件の時みたいにレナを守るんだ!」
「あらぁ、それは頼もしいわね。よかったねレナちゃん」
「ニケ君、ありがとう~」

 微笑ましい子供の勇気にニーナの顔がほころぶ。
 どこかの冒険者二人組とは雲泥の差である。そんな二人に案内役の幽霊……目の所を切り抜いて、ピンク色のリボンを付けたシーツをかぶる文香がご到着。

「次の挑戦者さん♪ こっちらにおいで♪」

 ひょこひょこと左右に揺れる独特な動きでニーナたち三人へ駆け寄る。

「かわいい……」

 エルフのレナちゃん、一瞬で虜になった。
 自分より少し背の低い文香お化けさんはくるりくるりと回って笑っている。そんな彼女の姿を見てニケは少しホッとした。何せ二階から上の大人が入っていくお化け屋敷の方からは悲鳴や泣き声、背筋がぞくっとするような笑い声と言うか奇声が聞こえてくるのだから……

「じゃあ文香お化けさんにちゃんとついていってくださいね? ニケ君、レナちゃん。もしはぐれちゃったらその場を動かないでじっとしている事。おねーさんのお友達、クモクモ君たちが迎えに行くからね」

 ニーナがひょいと手を二人の前に出すとそこには青いリボンを付けて飾り付けられた蜘蛛、クモクモ君がちょこんと鎮座していた。愛嬌たっぷりに文香の真似だろうか? くるくると踊っている。
 
「蜘蛛さんかわいい!」

 最初はおどおどしていたレナもすっかり目をキラキラさせてクモクモ君のダンスに目を奪われた。

「じゃあ文香お化けさん、二人を案内してあげて」

 そうして文香が率いる小さなカップルはお化け屋敷に挑む。
 入口のドアが真っ赤に染まっていたり、中の通路が薄暗かったりしたが相手の顔が見えないほどではなく雰囲気だけの演出にとどめている。

 脅かし方も単純で物陰に隠れていた初等部の子供が黒いシーツをかぶって出てきたり、アルコールで湿らせた脱脂綿に火をつけて針金を使い竿の先につけたものをふよふよ漂わせるといったものだ。
 10分ほど驚いた声や脅かしに来た子が転んで素顔を見せてしまい、笑いを誘ったりと楽しんで進んでいたニケとレナの二名。

「びっくりはするけど……そこまで怖くないな」
「そうだね、ニケ君がいるからなんか楽しいよ!」
「そ、そうか!? それなら……良かった」
「イチャイチャの予感……」
「文香ちゃん!? 言わないで!!」

 お砂糖たっぷりの二人に文香がおなか一杯になってつい本音を言ってしまうと二人は真っ赤になって否定する。隠れている子供たちもうらやましいと思う者、顔は覚えたぞ……と将来有望な者、それぞれだが体験者の子供たちはいつもとは違う刺激にはしゃいでいた。

 のだが……

 ニケがふと、元来た道を振り返る。

「どうしたの? ニケ君」

 文香とレナも立ち止まり、ニケが見る方向に視線を向けた。
 そこには次の参加者もいなければ、丁度脅かし役の子も誰もいないはず。文香も首をかしげて目を凝らす。

「あれ?」

 道の奥、曲がり角の所に何かある。
 ただし仕掛けはみんな子供たちなので必然的に低いはず。それなのに文香の眼はちょうど大人の顔当たりの高さを見ていた。

「文香ちゃん……あれ、なに?」

 レナもその異変に気付く、曲がり角の壁から何かがのぞき込んでいる。
 
「わかんない、文香も知らない」
 
 文香が今までとは違う何かを感じ取り、ニケとレナの手を引いて先に進もうとしたその瞬間。
 のぞき込んでいたなにかは姿を忽然と消した。

「い、行こうぜ」
「うん……」

 きっと最後の脅かしか何かなのだろう、とニケとレナは怖いというよりも不思議な感じを受けて。文香に手を引かれるままに前に向き直る。
 すると……

 ――こつん!

 前を行く文香の額に何かがぶつかった。
 痛む額をさすりながら文香は自然と目線を上に上げる……そこに映るのはカボチャだった。

「うえ? あれぇ? カボチャさんなんか仕掛けたっけ?」

 少なくとも文香の記憶にはない、真司がこっそり混ぜ込んだのだろうか? だとしたら兄の事だ、きっと文香から見てカボチャの後ろ側には目と口をくりぬいたハロウィンの定番が控えている。
 両手でその宙に浮くカボチャをぐるりと回すと、文香の予想通りカボチャの中身をくりぬいて特徴的な口と目をナイフで細工されていた。

「さっきのこれかな?」

 曲がり角から覗いていたもの。しっかり思い出せばなるほど……形はそれっぽい。
 宙から浮いているのは蜘蛛のみんなが糸でどうにかしている。文香はそう結論付けて安心したため息をつく。

「よかった、お兄ちゃんのいたずらかな。ニケ君、レナちゃん。もうすぐ出口だよ!!」

 謎が解ければ怖がる必要はない。
 笑顔を取り戻して文香が改めて先導する。その様子にニケたちも安心してそのカボチャの事は通り過ぎるころにはすっかり記憶の奥底に押しやられた。

「楽しかったね!」
「最後だけ不気味だったけど、面白かった」
「またやるから来てね! はい、お土産♪」

 出口から出た二人にはみんなに配る砂糖を煮詰めて作った文香特製べっこう飴、包み紙でまあるい飴玉が包まれている。 

「ありがとう!」
「やった! お菓子だ!」

 甘い匂いにニケがすぐに気づき、すぐに口に放り込んでしまう。その様子を見てレナも笑い、文香に手を振りながらお化け屋敷を後にする。
 そんな二人が見えなくなって、文香がまた受付で次の人たちを案内しようとスタッフ通路に出た後……カボチャを目撃したものは誰もいなかった。
 
 そもそも……誰もそんなものを仕込んでいないとわかるのは、明後日の事である。
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