長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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統括ギルド改め『闇を覗く覚悟はあるのか』①

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 普段は白を基調としたタイル張りのギルドホールが赤黒く彩られている。
 ちゃんと前日に塗って乾かしているので滑ったりはしないが、少し赤黒くなったところが妙にリアルで……

「……さ、殺人事件の現場見たいっすね。兄貴」
「ふん、作り物だって言ってただろうヤスリン。受付の前からビビってたんじゃあ冒険者の名が泣くぜ」
「さ、さすがでやんす! 万年下から二番目の寄生虫冒険者と呼ばれるアニキサスの兄貴っす!!」
「おいおい、万年最下位のお前でもわかるように事前に調べておいたんだぜ? すげーだろう」

 冒険者と言うよりは浮浪者一歩手前っぽい薄汚れた革鎧、ぼさぼさでいつ手入れしたのかもはや思い出せない金髪……と言うかくすんだ茶髪。きっと普段ご飯が満足に食べられていないであろう長身痩躯のアニキサス。同じようにボロボロの短剣とバンダナを身に着けて、アニキサスと同じようにご飯は満足に食べれていないのだが真ん丸お腹の小柄なヤスリン。

 自他共に認めるウェイランド冒険者ギルドのランク最下位とその一つ上だ。

 そんな彼らが午後一から開催されるギルド祭でなぜ統括ギルドにいるのか?
 それは簡単だった。

「さすが兄貴!! 本当にこのお化け屋敷ってやつをクリアすれば賞金貰えるんでやんすか!?」
「ああ、そのまさかだヤスリン。なんと! 金貨二枚だ!!」

 ちなみに金貨二枚、頑張れば見習いの職人さんが半月ほどで何とか稼げる金額である。
 エキドナさん? 数時間で周辺の魔物を狩ってその倍の金額を手に入れますが何か?

「一年かかってようやく手に入るかどうかの大金でやんすね!! 今日はお水以外が飲めそうっす!!」
「ばっかおまえ! 蜂蜜酒が飲めるぜ!! しかも二杯だ!!」
「一年ぶりでやんす!! 去年はぼさぼさ頭のおっさんが奢ってくれたのが最後っす!!」
「だろう? 一年ぶりの蜂蜜酒だぜ……しかもな、自分の金だ」
「ひゃっはぁぁ! いつもたかってばかりの兄貴からそんなセリフ聞けるなんて! 今日は良い日っす!!」

 ちなみにこのギルド祭。生活インフラに関わる皆さんでも交代制で必ず参加できるように統括ギルドが配慮する。まあそれでも数年に一回はどうやっても参加できない人がいる一方、彼らは少なくとも冒険者になった初年度から一度も参加を欠かしたことのない皆勤賞の冒険者だ。
 それだけに、知り合いと言うか変な意味で有名なのだ。

「あ、アニキサスさん、ヤスリンさん、来ると思ってました」
「受付のニーナさんっす! 今日もキレイっす!」

 受付統括をしているニーナさん、弥生の秘書官就任に奮起して昇格試験を受け……なんと上級職員になったのだ。
 その最初の仕事がこの二人のしょけ……ご案内だ。

「ニーナさん、俺と結婚してカップルコーナーを一緒に回りませんか? もちろん賞金は8対2で!!」

 求婚と言うか……告白されたことは何回かあるニーナさんですが。最低の公開告白をアニキサスからされてもその笑顔は微動だにしない。だって私上級職員ですから!! 後輩になるこの見本になるんですから!!
 そんな意気込みが何故か文字となって見えそうなのだが、鈍い二人には当然見えない。
 
「アニキサスさん、ヤスリンさんと二人でも挑戦できますよ? そうしたら賞金総取りですよ」

 しれっと告白を無視してニーナは誘導を開始する。
 なんでこんな措置がとられるかと言うと、毎年チャレンジ企画を彼らは荒らすから。
 
「さすがニーナさんっす! 兄貴をフリながら俺を亡き者扱いにしたっすよ!!」
「本当に亡くなるかもね……」

 汗びっしょりのヤスリンの耳元に、低い声が響く……。
 落ち着きのないヤスリンがぴたりと動きを止めて背後を振り向く……しかし、そこには誰もいない。

「どうしたんですか? ヤスリンさん」

 変わらぬ笑顔のニーナに声をかけられて、ヤスリンがびくりと肩を震わせる。
 気のせいだったのだろうか? 先ほど聞こえたあの声……ニーナの声に似ていた気がするのだ。

「どうしたヤスリン、今日だけで三つの区画をクリアするんだからぼさっとするんじゃねぇよ」
「あ、兄貴、ごめんでやんす!! 早く行こうっす!!」
「魔法無しでこのお化け屋敷とやらをやってるって触れ込みだからな、お前の眼が頼みなんだぜ? ちゃんとお前が見て魔法が使われてないかを判断するんだからよ!!」
「もちろんでやんす! 使われてたら統括ギルドは嘘ついてたって秘書官を脅して口止め料貰うっす!!」
「正気か?」
「ひぃっ!?」

 聞こえた!! 今度こそヤスリンは飛び上がる。
 低い女の声で正気か? と問われたのだ。

「兄貴!! 兄貴も今聞こえたっすよね!? 正気かって!!」

 そんな必死の彼の主張に、兄貴分のアニキサスは……キョトンとして首をかしげる。

「何言ってんだ? お前大丈夫か? お前の俺を称賛する言葉以外誰がしゃべるってんだよ」

 まだギルド祭開始直後、お昼時と言う事もありまずは露店や家政婦ギルド、調理師ギルドのレストランやカフェが混雑するのが通例で過去最下位しかとったことのない統括ギルドには彼らしかまだ姿を見せていない。

「え? だって……そ、それに兄貴。よく考えたらここ可笑しいっす!! なんでニーナさんしかいないっすか?」
「それは私が受付だからですよ。ヤスリンさん、私が各コースの案内人さんを呼ぶことになってるんです。さ、どのコースに行きますか? 申し訳ありませんけど子供向けの『こわくなんてないからねっ!?』は年齢制限があるのでダメですけど」
「なんか無理して可愛く言ってる感がぬぐえないっす!! 痛いっす」
「私がお前をわからせてやろうか?」

 表情を全く変えぬまま、ニーナさん脅しにかかる。これはこれで恐ろしいがこの声でヤスリンは悟った。さっきまでの声は彼女の声だった。でも、彼女はしゃべってない……。

「今のはお前が悪いし、俺にも聞こえたぞヤスリン……ニーナさん『闇を覗く覚悟はあるのか!』コースで」

 そんな弟分を片手で小突き、アニキサスはスタンダードなコースを選ぶ。
 何かわからない事に挑むときはまずは無難な所から、が彼の身上だった。

「はい、では案内の方をお呼びいたしますから。武器や魔法具、明かりのたぐいを持ってたら『彼女』に預けてくださいね」
「「彼女?」」

 ずり……ずり……

 大階段、その脇に設置されている受付ブースの影から何かを引きずる音が聞こえる。
 
「おあずかり……します」

 それはところどころ紅く染まり、お腹から何か生き物的な物を垂れ下げるウサギのぬいぐるみ……ではなくそれを引きずる幼女だ。
 右腕は無く、片手で自分と同じ大きさのぬいぐるみの頭を掴んで引きずりながら現れた。

「な、なんも持ってねぇっすよ!? 兄貴がこっそり灯りの魔法具持ってるっす!!」
「てめぇ!! ヤスリン!! ばらすんじゃねぇ!!」
「おあずかり……します」

 伏し目がちで、前髪を降ろしているせいでその子の表情は読み取れない。しかし、近づいてくれば近づくほどアニキサスとヤスリンの眼に映るのはその異常さだ。
 思わずアニキサスの隠し持っているものをばらしてしまうほどに、元はとても上等なワンピースのはずだが右肩から先が真っ赤に染まり、ぽた……ぽた……と雫を床にこぼしている。

「おあずかり……します」
「わ、わかった。預ける、ヤスリン! お前も短剣渡せ!!」
「わかったでやんす!!」

 そうして二人が不気味な幼女に短剣と灯りの魔法が描かれた巻物を差し出す。

 ――にやぁ

 三日月の様に裂ける唇。
 そして……

 がしっ!!

 ぶらりと垂れ下がるぬいぐるみの両手がアニキサスとヤスリンの手を預け物と共に掴んだのだ!
 これには二人の背中がぞくり、と何かが走る。

「ぎ」

 かろうじて、アニキサスは悲鳴を堪え。すぐにスクロールから手を放す。
 ヤスリンは悲鳴も上げられずぷるぷると震えながら後ずさっていた。

「ありがとう……ございます」

 ゆっくりと、お礼を言いながら背を向ける幼女の背にアニキサスはつい目を向ける。

「私は三日後に死んでいます……?」

 そう書いてあった。
 ずり……ずり……とぬいぐるみを引きずりながらその幼女は姿を消す。

「さて、アニキサスさん。ヤスリンさん。ご案内しますね?」

 何事もなく彼らの後ろにニーナは現れる。最底辺とは言え冒険者の彼らに気づかれない様に受付嬢が動けるのか? 一瞬疑問に思いつつも、そのニーナの半歩後ろにたたずんでいる案内人の姿にアニキサスは驚愕する。

「彼女が案内役です。ちゃんと後ろについて行ってくださいね? でないと……」
「でないと?」
「帰ってこれないですから……」

 ふいに、表情を落としたかのようにニーナの能面がアニキサスを射抜く。
 そして、幼女が……。

「わたし、みたいにね」

 初めてアニキサスの顔を見上げたぬいぐるみの幼女は……目が、なかった。

「「!!!???」」

 声にならない悲鳴を上げて、アニキサスとヤスリンは大階段を駆け上がる。

「あら? 案内の時点であんなに怖がってたら……途中でリタイアになりそうですね」
「そうね、まあいいんじゃない? 首尾良く『私……綺麗?』の区画へ行っちゃったし」
「……そんなことまでわかるんですね。夜音さんって凄い人?」
「……人じゃなくて妖怪ね。ま、怖がらせるのは私たちの得意分野だからさ……結構楽しい」
「何はともあれ、最初のお客様ご案内です~」

 宴が……始まる。
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