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統括ギルド改め『闇を覗く覚悟はあるのか』②
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ヤスリンはそもそも冒険者にはなりたくなかった。
村で面倒くさがりの兄と一緒に警備でもしていたかった。
「ひぃ……な、なんで建物の中にツタが生えてるっすか? あにきーーー! どこでやんすぅ!?」
あの何にもない都市と都市をつなぐ中継の村は退屈だが、悪くはない。少なくともあの見慣れていた清潔感あふれる統括ギルドの中が薄暗く、不気味で、時折視界の端をよぎる謎の影が居る事に比べれば!!
後悔だけが公開できるほど溢れてくる!!
「おかしいっす……この魔眼の魔法具に魔力が反応しないっす」
実はヤスリンが冒険者として生計を立てる際に一度魔物と戦ったことがあった。
その結果は悲惨で初めての戦いで命を落とすところだった。青いリスと金髪の幼女が現れて助けられなければ……。
「今まで反応しなかったことなかったのに……やっぱり魔法を使ってないって事っすか!? ひっ!!」
騒々しく喚きながら案内の矢印に沿って進む。
あまりにも怖かったため案内役を放置して進んできてしまったが、万が一はぐれてしまった事の事を考慮してだろう。きれいな字でこちらにお進みください。順路。と壁に描かれていた。
「それにしてもさっきから足元が寒いっすね……なんなんすかねこの霧と言うか靄」
丁度足首辺りまでを靄が覆っており、廊下の床は見えない。
そして時折響くうめき声や何か固い物を落とす音……。
「まだ最初の部屋にすらたどり着けないっす……こんなに遠かったすか? あにきぃ、どこにいるんすか」
頼りにしている兄貴分も居ない、タネも仕掛けもあるはずなのに恐怖感が半端じゃない統括ギルド。踏み入れて僅か5分でヤスリンの心は折れかけていた。
すでに金貨などどうでもいい、早く終わらせたいと願っている。
「それに、なんで来た道が真っ暗になっているんすか……戻れないでやんす」
そう、退路すら断たれていた。
踵を返し戻ろうとするとなぜか手や足が引っ張られるようにして動けなくなるのだ。
その時には決まって、カサカサ……カサカサ……と何かが這いずるかの様に微かな物音が恐怖をあおる。
「とりあえず進むでやんす……」
戻れないからには進むしかない、仕方なくヤスリンは足を動かして普段は書記官が各ギルドの提出書類を処理する事務室にたどり着く。
「……処理室……事務室じゃないんすか?」
普段は不死族の清掃員さんが綺麗に磨き上げているプレートが歪な形になって、掠れるような筆跡で書いてある。まるで何十年と放置されたかのように。
「ま、まあいいでやんす……開けるっすよ」
引き戸になっているドアノブに手をかけると、ほんのりと生暖かい……
「き、気味が悪いっす……」
からからと小気味いい音を立てて、ここだけはいつも通りの動きを見せるドアは簡単に開く。
そこに広がるのは朽ち果てる寸前の机が乱雑に並べられている光景。どの机も書類と思しき紙が長い年月をかけて積み重なっていて、ハサミやナイフが突き立てられていた。
「な、何がしたいんすかコレ……」
ごくり、とつばを飲み込むとヤスリンの視界に一枚の紙がひらりと舞い込んでくる。
何気なくその紙を拾うと……
「……免罪事項その一、処理室にある第二資料室のファイルを返却せよ」
そう書いてあった。
「免罪……って何のことっすか? 訳わかんないっす……無視して次の部屋に行くっす」
――ォォォオオ
ヤスリンがクシャっと紙を丸めて投げ捨てると同時に、どこからか低い唸り声が響いてくる。
「ど、どうせこけおどしっす……怖いだけなら進む邪魔はできないはずっす」
もちろんシステム的にはその通りなのだが、ペナルティが無い訳ではない。
「……で、でもどこへ行ったらいいんすかね?」
そう、壁の案内が在ったのはこの処理室まで。この先に行くには指示通りファイルを第二資料室に持っていくか……それとも……
――ひっく……ひっく……
「泣き声……こっちっすか?」
一番手前の机の下から聞こえてくる泣き声の出所を探るべく、ヤスリンが無防備に机の下をのぞくと誰もいない。
しかし、間違いなくここから泣き声はしていた。
肩から二の腕に掛けてヤスリンを覆う鳥肌、こんなことを魔法も無しに仕込んでいるとはもはや信じられない。それに……先ほどから唇が渇いてしょうがない……。
…………
「リ、リタイアってどうすればいいんっすかね?」
数十秒、机の下を眺めていても暗すぎてただ気分が滅入ってきたヤスリンが弱音を漏らした。
そんな彼に追い打ちをかけるのはどこからともなく聞こえてくるうめき声。
「と、とりあえずここから出るっす」
机の下から視線を上げて進もうとするとそこには……
「みちに……まよっちゃったの」
眼球は垂れ下がり、かろうじて顔につながり……鼻は無く、火傷と思しき跡が痛々しく走る顔。
しゃがれて聞き取りにくい声が放たれる口腔は歯が何本も欠けていて……
「ひゃ……」
ただただ喉を風が通り過ぎるような悲鳴を上げて、ヤスリンの身体が完全に止まる。
「あなたも……まよったの?」
生臭い吐息とぽたり、ぽたりと零れる唾液がこれを現実だと主張する。
小刻みに震える足に力が入らない。ヤスリンの脳が完全に現状を受け入れられなかった。
「一緒に……逝かない?」
できる訳がなかった。
「くび、くびが……」
「そう、なの……私、身体をどこかに置いて来ちゃった迷子なの」
「あ、ああああああああああ!!!???」
絶叫が処理室を支配する。
何の音もしなかった、数秒前にはその机の上には何もなかったはずなのに。ヤスリンが顔を上げるとそこにあるのは生首が……。
恐怖は……まだこれからだ。
村で面倒くさがりの兄と一緒に警備でもしていたかった。
「ひぃ……な、なんで建物の中にツタが生えてるっすか? あにきーーー! どこでやんすぅ!?」
あの何にもない都市と都市をつなぐ中継の村は退屈だが、悪くはない。少なくともあの見慣れていた清潔感あふれる統括ギルドの中が薄暗く、不気味で、時折視界の端をよぎる謎の影が居る事に比べれば!!
後悔だけが公開できるほど溢れてくる!!
「おかしいっす……この魔眼の魔法具に魔力が反応しないっす」
実はヤスリンが冒険者として生計を立てる際に一度魔物と戦ったことがあった。
その結果は悲惨で初めての戦いで命を落とすところだった。青いリスと金髪の幼女が現れて助けられなければ……。
「今まで反応しなかったことなかったのに……やっぱり魔法を使ってないって事っすか!? ひっ!!」
騒々しく喚きながら案内の矢印に沿って進む。
あまりにも怖かったため案内役を放置して進んできてしまったが、万が一はぐれてしまった事の事を考慮してだろう。きれいな字でこちらにお進みください。順路。と壁に描かれていた。
「それにしてもさっきから足元が寒いっすね……なんなんすかねこの霧と言うか靄」
丁度足首辺りまでを靄が覆っており、廊下の床は見えない。
そして時折響くうめき声や何か固い物を落とす音……。
「まだ最初の部屋にすらたどり着けないっす……こんなに遠かったすか? あにきぃ、どこにいるんすか」
頼りにしている兄貴分も居ない、タネも仕掛けもあるはずなのに恐怖感が半端じゃない統括ギルド。踏み入れて僅か5分でヤスリンの心は折れかけていた。
すでに金貨などどうでもいい、早く終わらせたいと願っている。
「それに、なんで来た道が真っ暗になっているんすか……戻れないでやんす」
そう、退路すら断たれていた。
踵を返し戻ろうとするとなぜか手や足が引っ張られるようにして動けなくなるのだ。
その時には決まって、カサカサ……カサカサ……と何かが這いずるかの様に微かな物音が恐怖をあおる。
「とりあえず進むでやんす……」
戻れないからには進むしかない、仕方なくヤスリンは足を動かして普段は書記官が各ギルドの提出書類を処理する事務室にたどり着く。
「……処理室……事務室じゃないんすか?」
普段は不死族の清掃員さんが綺麗に磨き上げているプレートが歪な形になって、掠れるような筆跡で書いてある。まるで何十年と放置されたかのように。
「ま、まあいいでやんす……開けるっすよ」
引き戸になっているドアノブに手をかけると、ほんのりと生暖かい……
「き、気味が悪いっす……」
からからと小気味いい音を立てて、ここだけはいつも通りの動きを見せるドアは簡単に開く。
そこに広がるのは朽ち果てる寸前の机が乱雑に並べられている光景。どの机も書類と思しき紙が長い年月をかけて積み重なっていて、ハサミやナイフが突き立てられていた。
「な、何がしたいんすかコレ……」
ごくり、とつばを飲み込むとヤスリンの視界に一枚の紙がひらりと舞い込んでくる。
何気なくその紙を拾うと……
「……免罪事項その一、処理室にある第二資料室のファイルを返却せよ」
そう書いてあった。
「免罪……って何のことっすか? 訳わかんないっす……無視して次の部屋に行くっす」
――ォォォオオ
ヤスリンがクシャっと紙を丸めて投げ捨てると同時に、どこからか低い唸り声が響いてくる。
「ど、どうせこけおどしっす……怖いだけなら進む邪魔はできないはずっす」
もちろんシステム的にはその通りなのだが、ペナルティが無い訳ではない。
「……で、でもどこへ行ったらいいんすかね?」
そう、壁の案内が在ったのはこの処理室まで。この先に行くには指示通りファイルを第二資料室に持っていくか……それとも……
――ひっく……ひっく……
「泣き声……こっちっすか?」
一番手前の机の下から聞こえてくる泣き声の出所を探るべく、ヤスリンが無防備に机の下をのぞくと誰もいない。
しかし、間違いなくここから泣き声はしていた。
肩から二の腕に掛けてヤスリンを覆う鳥肌、こんなことを魔法も無しに仕込んでいるとはもはや信じられない。それに……先ほどから唇が渇いてしょうがない……。
…………
「リ、リタイアってどうすればいいんっすかね?」
数十秒、机の下を眺めていても暗すぎてただ気分が滅入ってきたヤスリンが弱音を漏らした。
そんな彼に追い打ちをかけるのはどこからともなく聞こえてくるうめき声。
「と、とりあえずここから出るっす」
机の下から視線を上げて進もうとするとそこには……
「みちに……まよっちゃったの」
眼球は垂れ下がり、かろうじて顔につながり……鼻は無く、火傷と思しき跡が痛々しく走る顔。
しゃがれて聞き取りにくい声が放たれる口腔は歯が何本も欠けていて……
「ひゃ……」
ただただ喉を風が通り過ぎるような悲鳴を上げて、ヤスリンの身体が完全に止まる。
「あなたも……まよったの?」
生臭い吐息とぽたり、ぽたりと零れる唾液がこれを現実だと主張する。
小刻みに震える足に力が入らない。ヤスリンの脳が完全に現状を受け入れられなかった。
「一緒に……逝かない?」
できる訳がなかった。
「くび、くびが……」
「そう、なの……私、身体をどこかに置いて来ちゃった迷子なの」
「あ、ああああああああああ!!!???」
絶叫が処理室を支配する。
何の音もしなかった、数秒前にはその机の上には何もなかったはずなのに。ヤスリンが顔を上げるとそこにあるのは生首が……。
恐怖は……まだこれからだ。
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