長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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夢で見たのは……

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 静かな闇の世界で上も下も無い中、夜ノ華は目を開ける。

 ゆらり、ふわり、と……風もないのに身体は揺らぐ。まるで海の中で浮かんでいるみたいに……

「弥生」

 急に、娘の顔が見たくなって呟くと汗水垂らしてお弁当を運んでいる弥生が虚空に浮かぶ。

「真司」

 長男の名を呼ぶ……今度はあれだけ勉強が嫌いで飄々としていた真司が寒さに耐えながら一心不乱に勉強をしていた。

「文香」

 末の娘は兄や姉の精一杯の助けになろうとタンポポを摘んだり、つくしを取ったりしていた。

「なん、で」

 そこに浮かんできた光景はいずれも昔住んでいた日本の光景ではなく、夜ノ華の実家がある岩手の小さな町だ。あんなに寂れた漁港があってたまるか、見間違えるはずがない。
 それに長年住んでいたのだから言える。あの町は移住には向かない、閉鎖的で子供であろうがよそ者には厳しい土地だ。

「なんで」

 ここに自分たちがいるという事は当然、死亡保険も降りる。幸太郎の弟が身元引受人を請け負ってくれると思っていた。しかし、何らかの理由でその保険が受け取れない状況にでもなったのか? いやいやそれなら施設だってある。どうしてこんなことになったのか夜ノ華には全く想像もつかなかった。

「助けなきゃ!!」

 しかし、身体は動くけどそこにどう介入すればいいのか分からない。
 
「幸太郎!」

 頼りになる夫もここには居ない。

「お願い……あの子達に、会わせて!!」

 ……………………
 …………………………名を

「…………誰の?」

 ――あなたが知る、誰かの名。

「誰かって……」

 ――思い出せるはずだよ。ここはそういう場所

 夜ノ華はどこかぼんやりした思考の中で必死に誰の名を呼べばいいのか記憶を探る。
 もう亡くなってしまった両親? 信頼のおける親友? 夫?
 必死に考えて……もしかしたら、とその名を呼ぶ。


「おでん?」


 ――なぜそのチョイス? しかも猫!?


 絶対にありえない夫の壊滅的センスで名付けられてしまった不憫な飼い猫の名前。
 流石の謎の声も驚く、しかし……そのおかげで夜ノ華に余裕が生まれる。

「いや、うん……あたしも無いなぁと思う」

 ――――そうだった……こういう人だった。

「ふぅん……またあなたに会える?」

 淡い期待を夜ノ華はのんびりと、友人に送るような声音で言葉に乗せる。

 すると……黒一色の世界に初めて他の色がぽつんと光った。



 ――それはどうかしら? でも……

 

 そして明確になる言葉。

 明らかな声の高さとしっかりとした口調。そして柔らかい響き……。



「絶対に……会えるから。諦めないで」



 夜ノ華にとって一番懐かしくて、甘くて、取り戻したいあの日の思い出。

 夢の中であろうと、走馬燈であろうと、決して姿を見せてくれない……大好きな家族の姿。



「皆……」



 最後まで夜ノ華が言い切るのを待たずに世界は色を取り戻す。



「必ず見つけるから……」



 ――うん!!



 きっとこの夢を忘れる。夜ノ華はそんな確信を持っていたが……それでも……



「それまで…………待ってて」



 目が覚めたらレティシアに馬乗りにされていた。
 問答無用で振り上げられた平手で往復ビンタをされていた。ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん……

「……夜ノ華! 目を覚ましなさい!!」
「ひぬ、ひんひゃう」
「あら?」

 もはや痛いを通り越して熱さが感じられる痛烈な衝撃が秒間16回の速度で夜ノ華を襲っていた。
 心地よい夢のオチは酷い物で、夜ノ華のほっぺたは餌を詰め込めるだけ詰め込んだシマリスの様に膨れ上がり、リンゴの様に真っ赤……哀れである。

「うわぁ……こりゃ酷い」

 覗き込んだ灰斗が笑いを必死で堪えながらつぶやく。

「往復ビンタの手の動きが見えなかったなぁ……生きてるかい? 夜ノ華」
「カオ、パンパン……」

 力加減を間違えてしまわないかと幸太郎は冷や冷やしていたがどうやら大丈夫だと胸をなでおろした。バニは物珍しそうに夜ノ華のほっぺたを指先でつんつんとつついて本人に睨まれているがやめる気はなさそうだ。
 
「レティ……あたしを殺す気なのかしら?」
「そんなわけありませんわ! 貴女急に倒れたんですのよ? いくら呼び掛けても起きなくて……灰斗さんが頬を叩いてみれば、と」
「灰斗さん?」

 じとぉ……と目線だけを動かして夜ノ華が灰斗を睨むと観念したかのように口を開いた。

「仕方ないじゃないですか。石を飲み込んだ直後にぶっ倒れたんですから……本当ならレティシアさんにおなかを殴ってもらって吐いてもらおうかと提案するところだったんですよ」
「さすがに僕や灰斗がやるわけにもいかなくて……消去法でレティシアさんだったんだ」

 幸太郎も灰斗を擁護するが……

「いや、一番頼んでほしくないところに頼まないでよ!?」
「ひどいですわ夜ノ華、ちゃんと私貫通しないように気を付けましたのに!?」
「ほらぁ!? 気を付けるポイントがおかしいんだって!! 死ぬからね!? あたし生身の人間一般人、おーけー!?」
「もう!! 心配しましたのに!!」

 むにぃぃ、と馬乗りのまんまレティシアが夜ノ華のほっぺたを両手で引っ張る。

「ヤノカ……ホッペヤワラカイ」

 のんびりしたバニの追撃に泣くに泣けない夜ノ華だが、彼女はレティシアの弱点もわかっていた。
 悟られない様にゆっくりと両掌を彼女の腕の付け根、脇へと伸ばす。

「ひゅひゃへ(くらえ)」

 決意のこもった眼差しをレティシアが気づいた時にはもう遅く、容赦なく夜ノ華はレティシアの脇をくすぐり始めた。

「や? ひゃん!? ちょ、あははは!! や、やめて!? わたくし」

 ほっぺたを叩かれた回数はカウントしていないが、等価交換で返さねばならない。
 攻守逆転した女同士の戦いは切って落とされたが、男性陣はその時点で碌なことにならないと判断したのか。いまだに恨みつらみを声に出しながら刀を打っているボルドックの元へと避難するのだった。
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