長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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迷子の迷子の保護者達、貴方の家族はどこですか? ①

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「幸太郎!! 8時!! 距離70!!」
「おう!! 任せろ夜ノ華」

 ぎりり、と弦を引き絞り弓がしなる。矢と並行する視線の先には翼をはばたかせる巨鳥が唸り声をあげていた。幸太郎の愛弓『ストライカー』にとっては70メートルなど目と鼻の先の距離だ。後はその動きに対応して放つだけ。周りの草木の揺れ具合、移動を繰り返す自分の位置、巨鳥の動き……それらすべてを頭の中でイメージする。

「しっ!!」

 脳裏に浮かんだ射撃の線と矢の軌跡が重なる。ひゅん、と風切音を残して矢は駆けた。街道を囲う木々の隙間から除く獲物へと。
 
「ぎゃうぅぅ!」

 刹那の時間を置いて、巨鳥の胴体へ矢が突き刺さる。見事仕留めた一射を確認し、幸太郎は満足げに成果を妻に誇ろうと振り向くが……

 ――ヴォォォ

 両手を振り上げて今まさに幸太郎の頭をぶん殴ろうとしている熊が居た。

「うああああああ!?」
「はいはい、伏せて」

 ひょい、と幸太郎の肩に手を置いて夜ノ華が幸太郎の頭を飛び越える。身長152センチで身軽な彼女はそのまま足を熊の喉元に向けて突き出した。当然だが熊の重量から見たら夜ノ華の体重でどうにかできるものでは無い。単純に幸太郎と自分が距離をとるためだけだ。
 案の定、二人は転がるように熊の腕の範囲から逃れる事は出来る。

「あの熊は私貰うわね。幸太郎は他に居ないか見て置いて」
「おう」

 夜ノ華は熊から視線を外さず、道に落ちていた小石を熊に投げて自分に注意を引く。幸太郎はそんな夜ノ華の反対側へと弓を抱えて走る……若干もたもたとはしていたが。

「よしよし、良い子ね。相手をしてあげるからこっちに来なさい」

 馬車用の街道なのでそこそこ広さはあるが昨晩の雨で湿っている道は砂ぼこりが立ちにくく視界は良好だ。夜ノ華の後を唸り声をあげつつ追いかける熊もその特徴のある彼女の白髪を目印に猛然と追いかける。

「やっぱり馬車とか必要なのかしらね?」

 二人旅だからと徒歩で移動していたがこうして数回ほど襲われると何か乗り物を調達した方がよさそうだと夜ノ華は考える。そのまま少し移動すると街道が途切れて開けた水場が現れた。夜ノ華の目的地はここだ。

「人の気配無し、足場良し、逃げ道良し」

 元々馬車同士がすれ違う際に退避場所として使われているらしく、轍が多く引かれていて踏み固められた街道の道よりも足場が悪い。それでも足場は良いという夜ノ華の狙いはすぐに判明した。
 夜ノ華を狙う熊の速度が急に減速する。

「ヴォォ!」

 その足に絡みつく濡れた草、ぬかるみ爪が立ちにくい地面。力の入れ具合で容易に崩れる重心。
 そう、夜ノ華の狙いはこれだった。身軽で走るのも早い夜ノ華は幸太郎に頼んで靴の裏側に短い鋲を打ってある。中学校、高校と陸上部だった彼女には慣れ親しんだ装備で緩い地面でもそれなりにグリップは保たれた。
 しかし、それだけでは夜ノ華の細腕で熊を倒せるとは限らない。

「さて、と。幸太郎が追いつく前に終わるかしらね?」

 ただ単に殴り倒すとなるとプロのボクサーでも難しい。夜ノ華はタンクトップに半そでのジャケット、ホットパンツに二―ソックスと言う身軽さ重視の服装で防具らしきものは両の腕につけられているなめし革の手甲だけだ。
 その手甲も幸太郎の作品の一つで夜ノ華の肘から二の腕を覆う様に作られていた。強いて言えば防御力を優先したのか少し厚めになっている。

「ちゃんと出来てるのかな~?」

 昨晩出来上がったばかりの手甲の横の部分を腰に振り当てる。その瞬間――ジャキン!! と手甲から三本づつ、長さ20センチほどの爪を模した金属の刃が飛び出した。

「ひゃん!?」

 思いの他良い勢いで飛び出してきたので夜ノ華はちょっとびっくりする。自分でそうなるように作ってもらったのに……。

「び、びっくりした。どうなのかな、ちゃんと切れますように」

 夜ノ華は両手を握り、多少速度を落としつつも彼女目掛けて突進する熊に構えをとる。ぶっつけ本番の試し切りだが壊れたら壊れたで幸太郎が追いついてきて熊を射ってもらえばいい、自分は全力でこのロマン武器『キャットサーベル』を楽しむのだ。と熊に目標を定めた。

「ヴォォル!」

 泥をまき散らしかなりの速度で夜ノ華に肉薄する熊。この辺ではこの熊が食物連鎖の頂点で、今日もこの冬に備えて食料を集めていた。夜ノ華と幸太郎はその邪魔をしたのだから狩る。
 反対に夜ノ華と幸太郎は単純にこの街道を抜けて村へ向かっていただけなので逃げてくれるなら追わない、そんな考えだったので両者の気迫には天と地ほども差があった。

「せーのっ!」

 夜ノ華の両足が地を抉る。いくらスパイクがついているとしてもまあ……滑った。
 バランスを崩して肉薄する熊の真ん前にも拘らず夜ノ華は無様にも顔面から地面に倒れこむ。

「ぶぎゃっ!?」

 どこかの秘書官そっくりの悲鳴を上げて。
 ばっしゃぁ! と盛大に泥をぶちまけたのが幸いしたのか熊の顔にかかり、進路がそれた。これ幸いにと夜ノ華は起き上がるが茶色に染まってしまって泥人形見たくなってしまう。

「もう許さない!」
 
 いや、熊悪くないし。とツッコんでくれる誰かも居ないまま地団太を踏む彼女に大きく迂回しながらも熊はもう一度突っ込んでくる。
 こんどこそ、と夜ノ華は夜ノ華で足元を確認。ある程度力を抜けば滑りはしなさそうだが思いっきり踏み込むのならばそれなりにバランスを考えなければいけない。夜ノ華は軽い分瞬発的にかかる荷重が普段より大きいのでかえって力を抜いたほうが早く動けるはず。と本人は分かっているつもりでもなかなかそう上手くはいかなかった。
 何せ数年前までは専業主婦だったから。

「力を抜いて、良く見る」

 迫りくる敵に呼吸を合わせ、相手の歩調にリズムを重ねる。
 ととん、とつま先でタイミングを測って熊の息遣いが感じられるほどに引き付けた後……夜ノ華は跳んだ。
 重力と跳躍の力がちょうどつり合い僅かな静止の瞬間、熊の顔面を足場にして一回転。
 その刹那に両腕を思い切り振り抜いて熊の背中を爪で切り裂いた。

「やたっ!」

 その僅かな時間に夜ノ華は気を抜いてしまう。
 深々と爪が食い込み切り裂いたものの血をまき散らし、熊は背中に奔る激痛と熱に苦悶の咆哮と単純明快な痛みを紛らわせることを目的にした大暴れをその場で始めてしまった。
 当然夜ノ華は空中で足場もないため……そのでたらめに振り回される熊の四肢が生み出す暴力にそのまんま飛び込むことになる。
 そのことを理解できた時にはもう遅く、喜色満面な笑みから一転。口元を引きつらせながら自由落下へするしかなかった。
 
「ひいいっ!?」

 受け身など取りようもなくこのまま落ちれば自分がハンバーグの材料になる。そんな事しか思いつかない夜ノ華の耳に、呆れたような嘆息が聞こえた気がした。

 ――ぶちっ

 続いて何かがつぶれるような音がささやかに熊の声もその肉体もかっさらっていく。
 
「三十点、ですわよ夜ノ華さん」

 夜ノ華は顔面から地面に突っ込むと同時に採点されたのだった。
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