長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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閑話:オルトリンデさん開き直る

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「ベルトリア共和国の議員会館一棟……酒場の代金……なんでしょうねこれ。はは……」

 弥生がまとめた報告書はいつも通りわかりやすくて正確だった。
 もちろんこの裏付けのため現地の建築士に当時の建築費用も確認し、その上従業員さんの私物やら業務用の備品費用までしっかりと計算してある。

「これはもう……国費から出してもらうか。いえ、ただでさえ今回の防御用魔法具もとんでもない値段でしたし……」

 ぎぃ、ときしむ椅子から身を起こし。オルトリンデは窓から中庭を見下ろす。
 そこではほのぼのと初等部の子供たちと戯れる大小さまざまな蜘蛛達が居た。

「……こっちで全額持ちますって言っちゃったしなぁ」
「そもそもウェイランドの予算って今期は相当早く使い切るって聞いてたんだけど?」
「弥生のおかげで建築がはかどりましたからね。あと半年分の予算もとっくに使い切る勢いです」
「…………それって深刻なんじゃあ」
「そう思うならフィン、この酒場代の金貨十枚立て替えておいてください。来年の予算が付くまで」
「そこまでなの?」

 三ヶ国会議が無事(?)終了してライゼンは新しい評議会館を建てるために建築ギルドの有志を連れて一足先に帰国。フィヨルギュンも明日にはミルテアリアに帰る予定だ。

「いや、まあ備蓄がそれなりにありますから困った、程度ではあるんですがね。いっそ放逐しちゃいましょうかね……公庫の鉱物とか」
「流通するならうちの宰相に話を通すけど……何が採れたの?」
「邪竜族の鱗、それも完全な形で数百枚。牙もありますよ?」
「……出所は予想ついてるけど。そんなもんいきなり出したら相手が破産するわよ」
「ですよねぇ……どうです? 一枚持っていきますか?」

 魔力を保有する最高級の素材を気軽にあげるというオルトリンデの申し出にフィヨルギュンは顔を顰める。そんなものを個人で持って帰っても持て余すだけなのだ。

「加工費はうちで持つから魔法師団用の軽い盾を……一枚丸々だと何個作れるのかしら?」
「多分30から35は作れると思いますよ。レンは大型種ですからそれなりに大きいですし」
「じゃあ3枚で100お願い、ベルトリアの派兵する子達にご褒美として支給するわ」
「余ったらフィンの分に加工しますが、希望は?」
「手甲かしら、あの指輪で魔法撃つと私の手まで燃えそうなのよ」
「わかりました。あなたの火力増強は今後必須ですからね。ロハでやりましょう」
「……それでも、あの死霊術師はやばいわよ?」

 そう、フィヨルギュンがこうしてオルトリンデと個人的に話しているのは元ちょんぱ、今はジョン・ドゥと呼ばれる死霊術師の青年の事だ。
 エキドナ曰くあれは似て非なるものらしいが……二人にとっては同じものだと思っていた。
 
「自分と同じ考え方、行動をとる偽物を何人も作れるようですから……厄介な話ですね」
「今回は弥生の案で『いのちをだいじに』らしいけど、エキドナ曰く『本気で僕らの戦い方でやらないと完全に潰すのは難しい』って。できるならあの子達抜きでやりたい所ね……見せたくないわ」
「同感です、洞爺も戦力増加のために奥さんと息子さんを迎えに行ってもらいました」
「で、エキドナは? あの子が戦闘のかなめになるじゃない。三ヶ国会議でも姿見せなかったし」
「戦力増強に家族を見つけるんだと西に向かいました。急に出てったのはほら、中庭の蜘蛛が彼女は大の苦手だそうで……覚悟を決めるまで戻らないだそうです。こんなに可愛いのですがね?」
「いや、あれはびっくりするってば。魔物でアラクネとか人間に似ているのはいたりするけど……自由自在に人型、蜘蛛、半人半蜘蛛……しかも普段は大人しいメイドだとか。統括ギルドは大道芸人の一座でも開くつもり?」
「あながち否定できなくなってきました。幸いよこしまな人物は集まらず、問題児ばかりではありますが善良。ウェイランドの気風にも合いますし、次はどんな仲間が増えるのかなと楽しみになりつつありますよ」
「楽しそうで何よりよ、こっちで見つけたらオルリンに押し付けるわ……私じゃまとめられないわ」
「私だって無理ですよ、あの集団の中心人物は何気に弥生なんですから。あの子が居なかったらそれぞれ好き勝手に動いてこの国に定住なんてできると思えませんから」
「……あの子一番地味で虚弱なのに気が付くと真ん中にいるのよね。本当に不思議」
「人徳……とも違う気がしますが。よほど両親や周りに恵まれたのでしょう……できればその両親を見つけたい所ですが」
「私も国に戻ったら調べてみるわ、名前も容姿もわかってるし」
「頼みます、と言ってもこの大陸には居ない気がしますが……」
「ライゼン坊やの話じゃ一年前に南に向かったらしい位だものね」
「多分向こうも弥生達を探してるんだと思います。迷子の鉄則、その場から動かないを弥生達は守ってますからいつかは出会えるでしょうが……こんな状況では何か事故でもあったら目も当てられません」
「と言う事はクワイエット君も動いてるのよね?」
「……それが。今ベルトリア共和国に帰省中でして……なんでも妹さんの結婚式だそうですよ」
「あら平和。お祝いの品でも送ろうかしら? ベルトリアではお世話になったし」
「ですね。今回頑張ってくれましたし特別手当でも奮発して……」

 のんびりとした雑談をしつつ、このゆったりとした時間を楽しむ二人。
 立場はお互い変わったがこうして過ごす時はまるで昔の様だと、オルトリンデもフィヨルギュンも心を落ちつか――がしゃぁぁぁぁん!!

「なんですっ!?」

 中庭に響き渡る破砕音はもちろん二人にはっきりと聞こえた。
 慌ててフィヨルギュンとオルトリンデが中庭が見下ろせる窓を開けて状況を確認しようとする。そこでは蜘蛛の群れが子供たちを守り、一緒になって遊んでいた飛竜たちが臨戦態勢で音の原因に向き直っていた。

「文香!! 大丈夫ですか!?」

 一番話が通りやすい文香の姿を見つけ、オルトリンデが問いかける。

「大丈夫だよオルちゃん! 牡丹おねーちゃんが壁に刺さってるだけだよー!!」

 見たまんまをオルトリンデに伝える文香、ちょうどオルトリンデの真下辺りに牡丹が下半身だけ突き出して統括ギルドの壁に突き刺さっていた。平常運転である。

「なんだ驚いて損しました。文香、後で掘り起こしておいてあげてください。建築ギルドの人を向かわせるので蜘蛛達と一緒に建物の中へ」
「はーい! みんなー、中で遊ぼうー!」

 号令一家、初等部の生徒たちや蜘蛛達が文香の一声でおとなしく建物の中に入っていく。飛竜たちも建築ギルドの職人さん達が仕事をやりやすいように崩れたレンガの撤去や牡丹の掘り起こしに取り掛かる。その動きにはある種の慣れが見えた。

「……やっぱりあんたも大概よオルリン」
「もう慣れました。邪竜族の鱗も毎月毎月どんどん増えるのでいい加減処理したかったですし、隠してもどうせいつかバレるんです。なるようになるのでしょう」

 達観したオルトリンデの眼差しはフィヨルギュンから見ても澄み切っている。
 爽やかな諦めがその瞳には宿り、もう多少の事では驚かない! と雄弁に語っていた。
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