長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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新たな怪異ちょんぱさん

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「……即復活とか、あんた身体どうなってるのよ」
「上から8」
「そっちじゃないわよ、興味が無いわよ、平常運転過ぎて怖いわよ」

 ぶつくさとすっかり静かになった議員会館の廊下を歩きながら夜音がぼやく。
 服装も目的自体はすでに果たしていたのでいつものパンクファッションに戻していた。

「もうすぐ再戦ね。今度はあの顔面ぶち抜くわ」

 真司の回復魔法で一瞬にして全快した牡丹が虚空を拳で打ち抜く。
 服がところどころ裂けていたりする以外は元気いっぱいの牡丹さんである。そもそも真司の所に着いた時ほとんど怪我は治っていたので真司の服をくんかくんかしてなぜか最初よりはつらつとしていたりした。

「本当に洞爺達大丈夫かしら。あたしの分体無しでもどうにかなるの?」
「大丈夫よ、洞爺さんが負ける事は万が一にもあり得ないから」
「そりゃあ確かに洞爺は強いけどさ……」
「だってあの人……」

 ――がたん! ばたばたばたばた!!

「うん?」

 夜音と牡丹が議員会館に戻ってきた途端に響いた轟音の後、フクロウの鳴き声くらいしかBGMにならなかったのに急に何かが這いずってくる気配がする。
 
「何か来るわね」
「そうね……」

 この時の夜音と牡丹はまさか洞爺達がゾンビちょんぱを取り逃がすなんてことは想像だにしていないので普通に警戒していた。それに……

「まあ、幽霊は隣に実物があるから怖くないわ……Gじゃないことを祈りましょう」
「あんた、私が妖怪だって認識ある? ノット幽霊アイム怪異!!」
「英語力は零点ね」
「こいつ、いつか絶対泣かす……」

 がささ……とちょうど階段へ続く廊下の曲がり角では止まったようだった。

「どうする?」
「迷い込んだ野良猫だとかだったらかわいそうだし、そっと近づこうか……」

 そろりそろりと足音を立てない様に、いつの間にか牡丹など靴を脱いで両手に持ちながらゆっくりと進んでいる。
 窓の外から差し込む月明かりで目を凝らせば牡丹でも歩くのには苦労しない、夜音も牡丹と一緒に忍び足でその先に待つ可愛い出会いを楽しもうとしていた。

「そういえばあんた……気配とか感じたりしないのかしら?」
「同じ怪異同士だったら判るけど……別に洞爺達みたいな戦闘民族じゃないわよあたしは」
「そう、人間を脅かすのにそういうのがあれば便利ねって思っただけ」
「……なんで急に」

 唐突な質問に夜音は訝しがりながらも曲がり角まであと少し、という所まで来る。

「あ」

 牡丹が不意に声を上げた。

「?」

 そんなことしたら猫が逃げるではないか。夜音は振り返って無言の抗議をする。
 しかし、何か違和感があった。牡丹に振り返る時視界に何か……黒い物が見えた気がした。

「……(影かしら?)」

 それに何故か牡丹が足を止めている。幽霊じゃあるまいし……とちょっとウキウキで先にお猫様を愛でるのだ。
 そろーり、そろりと服の衣擦れにも気を使い。
 曲がり角にひょい、と首を出した。

「……やあ」

 目が合った。
 グリンと右の眼球だけが痙攣するように小刻みに明後日を向き……血走った左目が夜音のこげ茶の瞳とばっちり視線を交わす。
 血でべっとりと額に張り付く金髪、口内の歯は見るも無残にボロボロで……。

「それ、ちょんぱよ」

 夜音の数メートル背後から牡丹が低い声で囁いてきた。

「よく……も、やってくれたね」

 夜音の視線が生首の背後、ところどころ骨がのぞき……ゾンビの映画さながらの人体模型の出来損ないが這いつくばるというか転がっているというか……。
 平たく言えばお化けと遭遇したようなものである。

「き」
「き?」

 そして日本の伝統的妖怪、知名度もトップクラス、妖怪経験も豊富な大ベテラン怪異である座敷童の家鳴夜音さんは……………………………………幽霊が苦手である。

 夜音の可愛らしい真ん丸の瞳がきゅっと瞳孔をすぼませて、目尻に光る物が溜まり、口元が左右に引き伸ばされ……すう、と肺の容量一杯に空気を取り込み始めた。

「夜音、怖い? ねえ怖い?」

 牡丹の声などもはや届かない。恐怖は全てを塗りつぶして外へ放たれるのだ。
 悲鳴という形で。

「きゃああああああああああああああ!?」

 耳を劈く様な大絶叫は洞爺達にも、何なら弥生や空に待機しているレンにまで届く。

 ぴしぃ!
 
 窓ガラスにヒビが入るほどの高音大音量な夜音さんミラクルボイスは約一分続いた。
 
「激しいわね」

 確信犯だった牡丹が耳を両手で押さえながらぼやく。
 ほんの悪戯のつもりで気づいていたが言わなかった。なんか弱弱しい気配だし多分敗走して命からがらだろうと推察もしている。
 同時に夜音なら出会い頭でも蹴るなり殴るなりで冷静に対処すると思ってたら……乙女全開だった。

「ぐあっ」

 誤算だったのはゾンビちょんぱも同じで、どうにかしてやり過ごしたい所を顔を合わせるなり叫ばれたのだからたまったものでは無い。
 その上ここで逃げられたとしてもしつこさを身に染みて実感した牡丹と夜音ではすぐに追いつかれる。八方塞がりのゾンビちょんぱだった。

「夜音、夜音……そろそろ」

 ぼろぼろと滂沱の涙をこぼして音響兵器になっちゃった夜音さんの肩を牡丹(はんにん)が揺さぶる。理由はもちろん五月蠅くなったから……自分が犯人なのになんとも自分勝手。

「いぃぃぃぃぃやあああああああああああああああああ!!!!」

 その手を牡丹の物だと認識する余裕もない絶不調の夜音。
 肩に置かれた牡丹の右手をむんず、と掴んだ。

「え?」

 ひゅお、と牡丹の耳に風切り音が鳴ったと思ったら視界が切り替わっていた。

 ――どこん!!

 因果応報、牡丹は夜音の鈍器としてゾンビちょんぱに叩きつけられる。これ『も』予想外だったのかゾンビちょんぱは声一つ上げる暇もなく廊下の奥へと吹っ飛んでいった。

「やよいぃぃ……こわいぃぃ! たすけてぇぇぇ!!」

 ちなみにプランZの発動条件は……精鋭が一人でも戦線離脱。つまり弥生に救援を求める事が条件だったりする。
 
「これ、私のせいじゃないわよね」

 大きなたんこぶを生やしながら、牡丹はどうやって夜音を落ち着かせるか途方に暮れるのだった。
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