長女は家族を養いたい！ ～凍死から始まるお仕事冒険記～

開戦！ ベルトリア共和国 ③

　牡丹は早々に離脱してしまった。しかし、彼女の行動が無ければ全滅だった。
　起き上がってきた命名『ゾンビちょんぱ』は左手をかざしてエキドナと牡丹目掛けて何・か・を放った。
　全身が総毛だつような悪寒を感じた牡丹がその身を盾にしなければエキドナが消し飛ばされていたかもしれない。真っ白に染まる視界の中、牡丹が「ごめん、これ無理」とつぶやきを残して水平に吹っ飛んで言った。それ以降、思い出したかのように起き上がってはゾンビちょんぱが放つ攻撃を数回相殺して……先ほどぱたりと動かなくなった。

「洞爺！　スイッチ！」
「うむっ！」

　連撃で両手を抑えたエキドナが洞爺に号令をかける。
　即座に洞爺はエキドナの死角からゾンビちょんぱへ刀を振るった。

「煩わしいなぁ」

　青年から見て左下から斬り上げられた洞爺の刀は避けようがなく、軽々とその肋骨と肺を切り裂く。
　本来であれば血が噴き出して大怪我となるはずなのにその身は切断面から内臓をのぞかせるだけだった。

「うえええ、きもちわるっ！」
　
　夜音はそれを見るたびうんざりしながら気持ち悪さと戦う。座敷童……と言うか妖怪であってもそのグロテスクな光景は受け付けない。なるべく見ない様にと気を使いながら立ち回るがその身軽さはいかんなく発揮されていた。

「くそっ、その面何発ぶちこみゃ黙らせられるんだよっ！！」

　タタン！！　と軽快な発砲音で隙あらば頭部に弾丸を叩きこむキズナが毒づく。

「キズナ！　言葉遣いが悪いよ！　おねーさんは悲しいねぇ！？」
「良いから弾頂戴！！　もう無くなりそう！」

　――パチン！

　指が鳴らされる音に反応して狩場の全員が身構える。
　次の瞬間、どう見ても死体でしかない青白い顔の青年を中心に爆風のような衝撃が全員を襲った。

「牡丹！！」

　一人だけ、受け身も取らずに床を転がる牡丹がとうとう壁に激突し、血だまりが広がる。

「あたしが行く」
「そのまま弥生の所まで避難を！！」
「うい！！」

　だんだんと追い詰められていくエキドナ達、最初は良かったのだ。
　緩慢な動きをする青年を無造作に叩き、斬ると動きを止めて暫く死んでいるのだが……少しするとむくりと起き上がる。そして段々と動きが良くなっていった。

「逃がさないヨ。そいつは厄介だから」

　ぶん、と左腕を振るうと青年の動きに合わせて不可視の何かが牡丹へ向かう。

「ぬん！！」

　それを勘だけで斬る洞爺。先ほどからこの繰り返しである。
　エキドナですらも理解できないその攻撃を、洞爺と牡丹はどうやってるのか皆目見当もつかないが相殺していた。

「イラつくなぁ……爺の癖に一番動くじゃないか」
「離脱するよ！　キズナン援護！！」
「言われなくても！！」

　最後の１０発が詰まった弾倉を銃に叩きこんでキズナが乱射する。
　最初の頃は同士討ちにならない様に気を使っていたが、洞爺と牡丹は流れ弾すら避けるし避けられなければ斬ったり叩き落したので……無視することにした。

　軽快な発砲音と共に身体を穿たれているゾンビちょんぱの服はすでに上半身が焼け落ちて、半裸の状態だ。

「姉貴！！　次っ！」
「もう無い！　援護するから斬れ！！」
「あいよっ！！」

　――カキンッ！

　１０発を瞬く間に撃ち切って銃の遊底スライドが止まる。
　即座にキズナはスライドを戻して足に括り付けたホルスターへ叩き込む。

「……あっちぃ」

　若干どころかホルスター越しでも伝わる熱さに顔を顰めつつも、腰に差した打ち刀を抜く。

「洞爺、なるべくうちの妹斬らないであげて！！」
「愚問じゃ！」

　ちょうどゾンビちょんぱを前後で挟み込むように洞爺とキズナが位置を取った。
　
「行くぜ！」
「うむ！！」

　くひ、と気味の悪い笑みを浮かべてゾンビちょんぱはぎょろりと眼球を動かして二人を値踏みする。
　これだけ良いようにやられていても、彼は実に元気に動いていた。
　例え全身の血液が流れだしても、心臓が破壊されても、頭蓋の中が鉛と骨の欠片で埋め尽くされても……意識もはっきりし、変わらず思考し、五感をそのままに。

「もういいかナ」

　準備が必要だった、そしてできるだけ相手の手札をさらしたかったのだ。

「洞爺、キズナ！　散開ブレイク！！」
「なんじゃ！？」
「ぐぬっ！　今からって時に！」

　その場で靴底を床に叩きつけるように急制動、焦げ臭い匂いを立ち昇らせながらキズナと洞爺はゾンビちょんぱから距離をとる。

「感が良いねぇ……嫌いだよ、まがい物」

　その言葉を残し、ゾンビちょんぱは足を鳴らす。

「まがい物？」

　エキドナがその言葉を聞き、疑問をいだくが……一旦保留した。
　とにかくこの訳の分からない敵を制圧……は諦めて抹殺しなきゃいけないからだ。

「二個め」

　そういってゾンビちょんぱは嗤う。
　その直後、洞爺とキズナの目には巻き戻されるように肉体を再生して……目鼻立ちが整った顔。青い瞳、綺麗に映える金髪。

「腕が」

　エキドナはその光景を途中からではあったが観測して記録する。

「面妖な」

　ぎり、と刀を握る手に洞爺は力がこもる。
　
「姉貴よりしぶといとか……悪夢じゃん」

　流石にあれだけ攻撃した後に全回復なかったことにされてあきれ果てるキズナ。

「いよいよやんなきゃダメかな？」
　
　口元を引きつらせながらエキドナは覚悟を決めた。