長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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開戦! ベルトリア共和国 ①

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「やあ、こんばんは……いらっしゃい」

 暗闇からその声は届いた。
 行政府のトップ、首相の執務室に居るのは当然だがその国の首相でありせいぜいその秘書位しか他にはいない。しかし、今は違う……この国をこっそりと玩具にする黒幕の青年が居た。

「夜分遅く失礼します。ウェイランド鍛冶国家、統括ギルド監理官直下の秘書官。日下部弥生と申します。この度は謁見の許可をいただきましてありがとうございます」

 樫の木で作られたドアを開けて暗い室内に入ってきた女の子の姿は廊下の明かりで逆光になっていて影にしか見えなかった。

「どうぞどうぞ遠慮なく入っていいよー」
「失礼いたします……ずいぶんと暗いですね」
「ああ、そっかもう夜だしね。灯りがいるよね」

 ぱちん、と青年は指を鳴らして部屋のランタンに火を灯す。
 あの時見た黒髪で地味な服装の弥生が居た、さあどうしてやろうかと青年のテンションは一気に上がった。同時に油断なく弥生の後ろに誰かいないか。何人いるのか一度窓の外も見渡すが特に見当たらない。魔力も感じないし……考えにくいが本当に一人かもしれなかった。

「魔法、ですか?」

 揺らめく明かりが五つ、相手の動向を見るにはちょうどいい程度に部屋が明るく照らされる。
 一人は執務机に足を投げ出してふんぞり返る金髪の青年。
 その顔にはすらっと整った目鼻立ちで笑みが浮かんでいた。

「魔法、魔法ねぇ……そうだね。魔法だよ」

 ほんの少し含みがあるような答えを青年は返す。

「それで、ライゼン首相はどちらでしょうか?」
「ここにいるよ。でもまあ、用があるのは僕の方なんだよね。久しぶりだね弥生ちゃん、前回は寝起きでテンション高かったからさぁ怖がらせちゃった気がするんだよ! でも大丈夫、一回血を全部入れ替えてすこぶる元気だからさ。ちょっとお話したいんだよね」

 実際青年は弥生に興味があった。あの状況下で何の変哲もなさそうなただの人間が取れる行動などたかが知れているのに、割と冷静に対応していたのが興味深い。
 ぜひぜひいろいろと実験して飽きたらポイ。をしたかった。

「私はライゼン首相にお話があります。そもそも貴方は誰なのかもこちらは把握しておりませんのでお話しする理由も必要性も感じません」

 入室して以後、弥生は伏し目がちに青年と話している。
 これは事前にクワイエットから聞いていた魔眼対策も兼ねていた。
 
「生意気だねぇ。まあいいや、僕はそうだねぇ……英雄だよ。うん、いいね英雄。英雄色を好むというし僕にぴったりだ!」

 あははは、と何がおかしいのか笑い声をあげて自分を英雄とのたまう青年。

「じゃあ、これから英雄って呼べばいいですか?」
「いやいや、君は僕の事『ご主人様』だよ? 今から君は僕の玩具だし」
「……」
「何からしようかな? 実はまだどうしようか決めてなかったんだよね! 人間ってどれくらいで壊れるのかの加減が難しくてさ。腕とか足くらいなら取り換えてもいいよね? どんな味するのか味見位しないと」
「無理……」
「うん?」
「いえ、なんでも……」

 そこでようやく自称英雄の青年がふと気づく。

「……ねえ、君そんなに髪の毛長かったっけ?」

 顔を伏せたままの弥生の髪は表情を完全に覆い隠す。しかも腰を折った状態でずっとしゃべっているのはなんか不自然である。

「少しイメージチェンジをしようと思って」
「なんで顔を上げないのかな?」
「首相の許可を得ていませんので」
「ふぅん……じゃあ、なんで来たのかな? 護衛も連れずに……僕の首を切ったあの野郎は来てるんだろう?」
「居りません。今ここにいるのは私だけです」
「……本当に? え、逆に困るな。ゲームをしようと思ってたのに」
「すでに始まってますよ?」
「うん?」

 英雄は周りを見渡すが自分と目の前の弥生、そして足元に倒れているライゼンしかいない。
 窓の外は相変わらず暗闇が広がっているだけで、静かな夜だ。

「誰もいないじゃないか。嘘はいけないと……」

 ぎしり、と軋む椅子から身を起こし。青年は立ち上がる。
 それと同時に弥生は顔を上げた。

「悪者だから良いんだぜ?」

 ほの暗いランプの明かりを照り返す青く澄んだ瞳で青年を射抜いて、嗤う。

「だれ?」

 その眼は青年が知る弥生の物ではない。こんな猛獣のような笑みは浮かべていなかった。

「てめえに豚箱送りにされた美少女だよ!!」

 たんっ!
 スカートを翻して弥生の変装をしたキズナが跳躍する。

「ああ、珍しい物を持ってた子か」

 すぐに正体を見破った青年は慌てず迫りくるキズナを見て、興味を失った。
 
「一発その面に蹴りくれてやりてぇって志願したんだ! もらっとけくそイケメン!」
 
 ぐるりと腰をひねって右足の踵を青年の顔面目掛けて突きだす。その速度は見事の一言で、ひゅおっ! と音を立てて目標を捉えるかと思われた……が。

「要らないよ。僕はあの玩具が良いんだ」

 ぱちんっ!!
 青年が指を鳴らすと青年の眼前まで迫った靴の底が猛烈な勢いではじけ飛ぶ。
 まるで爆発のような衝撃がキズナの足を伝わって全身を打った。

「んなっ!?」

 後ろへ流されながらもキズナは受け身を取る。
 猛烈な痛みは無視して、すぐに行動をとれるように突き出した足と反対側の左足から着地、そのままさらに後転して体勢を立て直す。

「今回は召喚も使役もしてないから簡単には僕にさわれないよ?」
「大丈夫、もうすでに障ってるわ」
「うん?」

 面倒くさそうに青年が両手を広げた瞬間、部屋の明かりが一斉に消え。
 闇に覆われた部屋でキズナ以外の声が

「私の悪戯はしつこいわよ?」

 実はこっそり弥生に変装したキズナの後ろに隠れていた夜音がこそこそとライゼン首相に耳打ちしたり、青年の後ろに控えていたのだ。

「姉貴! やれっ!」

 ほんの僅かに青年の気がキズナからそれた時、キズナは打ち合わせ通りに叫ぶ。
 首相の執務室真下にスタンバイしている姉へと。

『あいよ』

 次の瞬間、青年と夜音の立っている床が爆発音とともに崩れた。
 地味だが予めエキドナは下の階の天井に爆薬を仕込んでいたりする。

「こんな手で……」

 ひょい、とその場から飛びのいて逃れようとした青年の足元が……滑った。

「え!?」

 間抜けにも転倒し、崩落する床に巻き込まれて青年は無様に消えていく。

「言ったじゃん、障ったって」

 うひひ、と黒い着物の夜音が崩落範囲ギリギリのところで嗤う。

「オマケよ」

 キズナは憮然とした表情のまま豪華で重厚感のある机を前蹴りで穴に落とす。
 右手のひらを耳に当て、穴に顔を近づけると……ほんの少しの落下音の後に聞こえた『ぐえっ!』という声が届く。

「うし、命中」
「じゃあ私この人避難させるから白と黒の私によろしくね。キズナン」
「おっけー、任された」

 そしてキズナは弥生から借りた服を破り捨てようとして……やっぱりやめて丁寧に脱ぐ。
 別にどうなっても大丈夫だと言ってたが、ほぼ無傷の服を破るのはなんか躊躇われたらしい。

「これ、弥生に返しといて」
「意外と律儀だよねキズナン」
「物は大事にしろってパパがうるさいのよ……」

 かちゃかちゃと下に着こんでいた服のベルトなどを調整してキズナは先ほど空いた穴にひょいっと飛び込む。

「だ、大丈夫なのか?」
 
 夜音に言われるがまま沈黙を保ち続けていたライゼンがつぶやく。

「平気よ、それより早く離れないと消し炭になっちゃうから逃げるわね」
「あ、ああ……」

 さっそく階下の大広間からは派手な破砕音などが聞こえ始めて、夜音はパタパタと草履の音を響かせて執務室からライゼンを救出する。

「なんか手応えなかったわね」

 もうちょっと警戒して罠でもあるかと思っていたのだが、夜音が呆れるくらいに無防備なあの青年。
 ほんの少しの引っ掛かりを覚えつつも夜音は現場から離れるのだった。
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