長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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雇用……契約というのだろうかコレ

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「無事で何よりだったよ。弥生秘書官」
「起き上がらなくていいですよ! まだ傷がふさがってないって聞きましたから横になっていてください!!」
「獣人はそんなにヤワじゃないさ……これでも空挺騎士団では上から数えた方が序列は高いんだよ? って、何にもできずに気絶した私が言っても説得力が無いか」

 たはは、と苦笑するイスト。
 イストのお見舞いに訪れた弥生もその様子に胸をなでおろす。

 洞爺曰く『ありゃあ手榴弾じゃな。よくあんな至近距離で爆発して死なんかったの』だそうで。面会許可が下りるまでずーーーっと心配していたのである。

「いえ、あれで生きてるのがおかしいらしいですよ。それに、イストさんが爆風から護ってくれたから私はこうして生きてるんです。本当に、ありがとうございました」
「それならジェミニにも会って言ってあげてくれ……あの子は凄いんだ。翼を怪我して、私が気絶しても……ちゃんと飛んでたんだ。私や弥生を落とさないように」
「はい、この後で飛竜宿舎にお邪魔させてもらう予定です。その……ジェミニちゃんの事すみませんでした」
「ちょ、顔を上げてくれ弥生秘書官!! あの子は責務を全うしたんだ。それに引退と言っても民間でのんびり遊覧飛行とかで空は飛べるんだ。安心してくれ」
「え!?」
「ふふ、そうだよね。引退って言うと馬とかみたいに食用とかにまわされるのを想像しちゃうよね。だからそんなに深刻そうな顔してたのか。人族と違って私や飛竜は腕の一本くらい無くたってちょっと不便かな? ぐらいさ」

 そういってイストは病院服の袖をまくり上げて力こぶを作って見せる。
 
「おおお、すごい……え、ちょっと触ってみても?」
「いいよ? 硬いだけだけど」
「じゃあ、失礼します……岩みたい」

 こんもりと盛り上がった筋肉は叩いたら金属音でもしそうなくらいになってて、さすが騎士と弥生がほへぇ、と感嘆の声を上げて撫でまわす。
 それがどうにもくすぐったかったのかイストの頬に朱が差した。

「ちょ、くすぐったい。もう」
「ついつい……えへへ」
「まあそういう事だから気にしないでね? 再来週には騎士団に戻るから良い休暇みたいなものよ。次の飛竜あいぼうが決まるまでは訓練ばかりだし」
「そうですか」

 イストの笑顔にほんの少しだけ寂しそうな声音が混じっていたが、弥生は触れなかった。
 それはきっとイストとジェミニは望んでいない言葉と気持ちだから。

「そういえば、話は変わるんだけど……弥生秘書官。運動音痴なんだって?」

 行ってほしくないベクトルに話が向かった弥生の笑顔が引きつる。
 誰だばらした奴、と脳内を検索するが該当者が多すぎて絞れない。

「なんでも8歳の子供にかけっこで負けたとか」
「事実です」
「あ、本当なんだ……ねえ、今度ミルテアリアに訪問するんでしょ?」
「今絶賛修行中です。時空間魔法で一時間を四十八時間にできませんか?」
「怖い怖い怖いなんで目が死んでるのに笑ってるのよ。ふぅん、その様子じゃあんまり成果がないみたいね……オルトリンデ監理官もああ見えてアウトドア派だから困ってるんじゃない?」

 イストの指摘通りである。オルトリンデにとっては野営も視察対象だ。
 道中も急ぐ日程にはせず割と緩くしてあって、歩いて行く事も多い。

「私が馬にでも乗れればいいんですが……ははは」
「ふうん……その様子だと全く当てがない状態なのね、それならジェミニに乗ったら?」
「え? イストさん、そんなさも当たり前のように言いますけどジェミニって今治療中じゃ」
「弥生一人乗せて歩く位あの子余裕よ。騎士団の竜だもの……昨日からリハビリで中庭に居たみたいだから聞くだけ聞いたら? 多分あの子喜ぶわよ、飛ぶのも好きだけどお散歩とか日向ぼっこ大好きなのんびり屋だから」



 ◆◇――◆◇――◆◇――◆◇――◆◇



「来てしまった。いやまあ、最初から来る予定だったんだけど……これは一体」

 イストに紹介状とジェミニのおやつをもらって、中庭に来た弥生が一番最初に見たのは……真っ黒な竜――レンにもたれかかってお昼寝中の飛竜たちだった。
 
「やあ、ヤヨイじゃないか。今飛行訓練終わって皆休憩中なんだよ……一人で来たの?」
「うん、ジェミニに会いに来たんだけど。どこにいるかな?」
「ジェミニなら中庭の隅っこに作ったハンモックで寝てると思うよ。翼の包帯がとれるまでごろ寝できないから」
「ありがとう、行ってみるね」

 なんだか親子でのんびりしてるようなその光景に、起こすのも悪いなぁと弥生は静かに飛竜のお昼寝ゾーンを迂回して中庭奥のハンモックコーナーへ向かう。

 元々野外コンサートなどの会場にもなる中庭はそれなりに大きく、弥生にとってはちょっとした散歩気分だ。途中で先日会った不死族のメイドさんにいたずらされたりもしたが、目的のハンモック……ではなくジェミニが療養している場所を見つけた。

「ぎゃう?」
「久しぶり、ジェミニ……って、その恰好いづくないの? なんか翼もこう……網で捕まった蝙蝠みたいになってるけど」
「ぎゃう、ぎゃうぅ!……ぎゃぅぅ」
「…………ごめん、ぜんぜんわかんない。多分大丈夫だよ、って言ってるんだろうけど」

 そう言えば意思疎通が言葉では無理だったことに今気づく弥生。

「ぎゃうぅぅ……! ぎゃ!」
「ん? どうしたの? 鼻で地面を……これ、黒板? チョークもある。え、これが欲しいの?」
「ぎゃぅ」

 弥生の言葉にコクコクと頷くジェミニに従い、ケガをした反対の翼の爪に黒板を渡そうとすると……そこにはちょうどチョークがハマりそうな爪具が見えた。

「もしかして字が書ける?」
「ぎゃう」
「……飛竜ってすごい。ちょっと待ってて、ん、ハンモックが意外と邪魔で」

 四苦八苦する弥生を見て、ジェミニは網の中で身を捩って姿勢を整える。
 そのおかげもあって何とかジェミニの爪にチョークを取り付けることに成功した弥生は、A3ほどの大きさの黒板を書きやすいように自分の位置を調整した。

 すると……

『怪我がなくてよかった。イストも生きてる』

 かりかりと実に整った字を書いていくジェミニに弥生が目を丸くする。

「私より字がきれい……」
「ぎゃう『これでも竜生長いので!』」
「あ、これお見舞いのおやつ」
『ありがとう、ビスケット大好きなの……後で食べるね』
「うん、黒板と一緒に後で置いておくね。それで……ちょっとお願いがあって」
『お願い?』

 そう、とイストと話した事を掻い摘んで弥生は説明する。
 ジェミニもおとなしくその経緯を聞いて、納得したように一声鳴いた……どうやら問題なさそうである。

「来週位に隣の国へ訪問する時に乗せて行ってもらえると助かるの、いい?」
『良いよ。向こうに姉妹がいるから久しぶりに会えるのはうれしい。良いリハビリにもなる』
「じゃあ、よろしくお願いします! ジェミニ!」

 これで隣の国へ行くのは何とかなると弥生が浮かれるが、体力づくりの特訓が無くなる訳ではない。
 
『了解、良かったら一緒にのんびりする? このハンモック気持ちいいよ』
「…………ちょっと乗ってみたかった」

 網に手をかけて弥生が「ふんっ!」とよじ登ろうとするが……まあ、しくしくとジェミニの爪でつままれて乗る事になるのは数分後の事である。

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