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後始末は大人の仕事 ②
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「ええと、本当に何で僕が喋れるかと言いますと……僕自身が良く分かってなくて。逆に竜語が難しいなぁって日々困っているというか」
ウェイランド王城、その中庭に集まっている建築ギルドの職人が急ピッチで倉庫を組み立てていた。
その真ん前に、巨大な竜が爪で頭をポリポリと掻いて座っている。
ここ数日で王城の職員たちはだんだん見慣れてきたが、資材を運ぶ商人が来るたびに悲鳴を上げるのはそろそろ考え物だった。
ましてやその竜の前に立って同じように頭を掻いているのはこの国の統括ギルド監理官、オルトリンデである。いつ『ぱっくんちょ』されるのかこの場にいる全員がひやひやしたのはいい思い出だ。
「かしこまらなくていいですよ……洞爺からも聞いていますが、その……本当に邪竜族なのですか?」
「えーと、まあ……そうなんだよね。といってもいきなり暴れたりはしないし、ちゃんと働くから住むのを許してほしいというか」
「安心してください、この数日で貴方がこの国に何かひどいことをするとはだれも思ってませんよ」
「本当!? よかったぁ……トウヤが『おぬし見た目で損するタイプじゃし』って言ってたからもう気が気じゃなくて……」
やたらと人間臭い……もっと具体的に言えば洞爺にそっくりなしぐさで安堵するレン。
これだけ見ると先日の大活躍は一体何だったのだろうか? 見間違いではないのかと自分の記憶を疑いたくなるオルトリンデであった。
「ノルトの民も住んでいますし、おいおい貴方の姿にも皆慣れていきます。安心してください……ようこそウェイランド鍛冶国家へ、歓迎しますよレン」
「世の中捨てたもんじゃないね……大陸から出てよかったよ」
「……本当に死の大地から来たんですか?」
死の大地、そこは未開拓大陸の中で最も危険な場所である。
ウェイランドから東の魔法国家経由で港町に行き、そこから海路で二か月かかってようやくたどり着く……それだけでも大変なのだが、その大陸に上陸した者は例外なく一月未満で謎の病気を発症し……やがて死に至る。例え運良く生きながらえても重篤な後遺症に悩まされることになるのだ。
そのため各国はほとんどその大陸に足を踏み入れることはない、時たま命知らずな探索者が死の大地を目指すが……戻ってきたという報告はここ何十年と報じられていない。
「みんなそういうんだけど……僕もトウヤも病気なんてしたことないんだよね。もちろんカエデもボタンもイオリも……食料も豊富だし、魔物は多いけど僕とトウヤが居るから何とでもなるし」
「今度じっくりお話を聞かせてください……それにしても、食事は本当にそれだけでいいんですか?」
「うん? おなか一杯……ノルトの民ってすごく食べるんだね」
レンの隣に置かれたお盆はもちろんノルトの民用の大きいもの、しかし……それはノルトの民の『子供』用だ。量も人族でいえば文香と同じくらいで……とてもその大きな体を維持できると思えない。
「しかも、ハシ……ですか? 器用に使ってましたよね」
「慣れれば食べやすいよ。お魚の骨も取りやすいし」
「……竜の概念が根こそぎひっくり返りますね」
若干遠い目をしつつ、オルトリンデは手元の書類にレンの名前と種族、居住場所を書き込んでいく。
ちなみに本人の希望というより城にいる空挺騎士団の飛竜達が一糸乱れぬジェスチャーでレンの住む場所を中庭にしてしまった。
世話係のメイドもあらあらうふふとレンを気に入ったのもあるが……大人気だったのだ。
「お箸はトウヤ仕込みだからね、自信があるよ! 後は子供の世話が得意かな……イオリ、カエデとトウヤの息子なんだけど僕もお世話良くしていたから」
「じゃあ統括ギルドで運営してる学校での勤務、と……こんなところでしょうか」
「あ、お金の換金ってできるのかな?」
「おや? 何か持ってるんですか?」
「多分貴重だってボタンが言うから……とっておいたんだ」
「物によりますが買取もしますよ。どれど…………れ?」
レンが腰に下げている革袋から取り出したのは真っ白な板だった。
軽く湾曲しており、磨いた跡がある。
大きさとしては盾とか鎧に加工できそうな強度があったが……オルトリンデの記憶の中に該当する素材はなかった。
仕方なく鍛冶ギルドにでも持っていこうかと思案したが、レンがあっさりとその正体を明かす。
「僕の牙と爪のかけら、それから生え変わった鱗」
建築ギルドの職員もオルトリンデも心臓が止まりかけた。
「いっぱいあって捨ててたんだけど食費の足しにでもなればなーって」
ざくざくと袋から出してくるレン、その中の一枚でもあれば中規模の商店を丸ごと買い取れる最高級品がちょっとした山ほどに積みあがった。
慌ててオルトリンデがレンを止め、その場で働いていた職人に緘口令を通達する。
こんなもの流通されては国庫が空っぽになってしまう! 挙句の果てに他国から戦争でもするつもりかと勘繰られても仕方がない!! と頭痛の種が増えるオルトリンデだ。
「レン、絶対に……絶対にそれを安易に換金しようとしないでくださいね? その袋の中身があればこの国買えちゃいますから」
「う、うん」
「一枚だけ、その一番小さい黒ずんだものだけ買い取ります。それ以外は貴方が誰にも見せないよう保管を」
「あ、はい……んじゃあこの僕の角のかけらを……」
「……………………………………………………え?」
「僕の角のかけら」
「…………………………………………………………………………………………………………なんで?」
「トウヤが間違って僕の角斬っちゃったんだ。すっごく痛かったんだけど磨くとぴかぴかできれいだったから余っていたの持ってきたんだ」
確かに、オルトリンデがレンの角をよーくよく見ると……右の角が少しだけ短い。
竜の角は不変鋼と呼ばれる世界最高高度の鋼で作られた道具でしか削られない、そういわれていたが……斬った。
オルトリンデの中で洞爺がめでたく人外カテゴリーに区分される。
「……レン、給料前払いするのであなたの袋丸ごと王城の保管庫で預かります。ええ、私の目の黒いうちは絶対に世に出させませんとも!?」
ウェイランド王城、その中庭に集まっている建築ギルドの職人が急ピッチで倉庫を組み立てていた。
その真ん前に、巨大な竜が爪で頭をポリポリと掻いて座っている。
ここ数日で王城の職員たちはだんだん見慣れてきたが、資材を運ぶ商人が来るたびに悲鳴を上げるのはそろそろ考え物だった。
ましてやその竜の前に立って同じように頭を掻いているのはこの国の統括ギルド監理官、オルトリンデである。いつ『ぱっくんちょ』されるのかこの場にいる全員がひやひやしたのはいい思い出だ。
「かしこまらなくていいですよ……洞爺からも聞いていますが、その……本当に邪竜族なのですか?」
「えーと、まあ……そうなんだよね。といってもいきなり暴れたりはしないし、ちゃんと働くから住むのを許してほしいというか」
「安心してください、この数日で貴方がこの国に何かひどいことをするとはだれも思ってませんよ」
「本当!? よかったぁ……トウヤが『おぬし見た目で損するタイプじゃし』って言ってたからもう気が気じゃなくて……」
やたらと人間臭い……もっと具体的に言えば洞爺にそっくりなしぐさで安堵するレン。
これだけ見ると先日の大活躍は一体何だったのだろうか? 見間違いではないのかと自分の記憶を疑いたくなるオルトリンデであった。
「ノルトの民も住んでいますし、おいおい貴方の姿にも皆慣れていきます。安心してください……ようこそウェイランド鍛冶国家へ、歓迎しますよレン」
「世の中捨てたもんじゃないね……大陸から出てよかったよ」
「……本当に死の大地から来たんですか?」
死の大地、そこは未開拓大陸の中で最も危険な場所である。
ウェイランドから東の魔法国家経由で港町に行き、そこから海路で二か月かかってようやくたどり着く……それだけでも大変なのだが、その大陸に上陸した者は例外なく一月未満で謎の病気を発症し……やがて死に至る。例え運良く生きながらえても重篤な後遺症に悩まされることになるのだ。
そのため各国はほとんどその大陸に足を踏み入れることはない、時たま命知らずな探索者が死の大地を目指すが……戻ってきたという報告はここ何十年と報じられていない。
「みんなそういうんだけど……僕もトウヤも病気なんてしたことないんだよね。もちろんカエデもボタンもイオリも……食料も豊富だし、魔物は多いけど僕とトウヤが居るから何とでもなるし」
「今度じっくりお話を聞かせてください……それにしても、食事は本当にそれだけでいいんですか?」
「うん? おなか一杯……ノルトの民ってすごく食べるんだね」
レンの隣に置かれたお盆はもちろんノルトの民用の大きいもの、しかし……それはノルトの民の『子供』用だ。量も人族でいえば文香と同じくらいで……とてもその大きな体を維持できると思えない。
「しかも、ハシ……ですか? 器用に使ってましたよね」
「慣れれば食べやすいよ。お魚の骨も取りやすいし」
「……竜の概念が根こそぎひっくり返りますね」
若干遠い目をしつつ、オルトリンデは手元の書類にレンの名前と種族、居住場所を書き込んでいく。
ちなみに本人の希望というより城にいる空挺騎士団の飛竜達が一糸乱れぬジェスチャーでレンの住む場所を中庭にしてしまった。
世話係のメイドもあらあらうふふとレンを気に入ったのもあるが……大人気だったのだ。
「お箸はトウヤ仕込みだからね、自信があるよ! 後は子供の世話が得意かな……イオリ、カエデとトウヤの息子なんだけど僕もお世話良くしていたから」
「じゃあ統括ギルドで運営してる学校での勤務、と……こんなところでしょうか」
「あ、お金の換金ってできるのかな?」
「おや? 何か持ってるんですか?」
「多分貴重だってボタンが言うから……とっておいたんだ」
「物によりますが買取もしますよ。どれど…………れ?」
レンが腰に下げている革袋から取り出したのは真っ白な板だった。
軽く湾曲しており、磨いた跡がある。
大きさとしては盾とか鎧に加工できそうな強度があったが……オルトリンデの記憶の中に該当する素材はなかった。
仕方なく鍛冶ギルドにでも持っていこうかと思案したが、レンがあっさりとその正体を明かす。
「僕の牙と爪のかけら、それから生え変わった鱗」
建築ギルドの職員もオルトリンデも心臓が止まりかけた。
「いっぱいあって捨ててたんだけど食費の足しにでもなればなーって」
ざくざくと袋から出してくるレン、その中の一枚でもあれば中規模の商店を丸ごと買い取れる最高級品がちょっとした山ほどに積みあがった。
慌ててオルトリンデがレンを止め、その場で働いていた職人に緘口令を通達する。
こんなもの流通されては国庫が空っぽになってしまう! 挙句の果てに他国から戦争でもするつもりかと勘繰られても仕方がない!! と頭痛の種が増えるオルトリンデだ。
「レン、絶対に……絶対にそれを安易に換金しようとしないでくださいね? その袋の中身があればこの国買えちゃいますから」
「う、うん」
「一枚だけ、その一番小さい黒ずんだものだけ買い取ります。それ以外は貴方が誰にも見せないよう保管を」
「あ、はい……んじゃあこの僕の角のかけらを……」
「……………………………………………………え?」
「僕の角のかけら」
「…………………………………………………………………………………………………………なんで?」
「トウヤが間違って僕の角斬っちゃったんだ。すっごく痛かったんだけど磨くとぴかぴかできれいだったから余っていたの持ってきたんだ」
確かに、オルトリンデがレンの角をよーくよく見ると……右の角が少しだけ短い。
竜の角は不変鋼と呼ばれる世界最高高度の鋼で作られた道具でしか削られない、そういわれていたが……斬った。
オルトリンデの中で洞爺がめでたく人外カテゴリーに区分される。
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