長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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王城見学会 ④

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「イストさんっ!!」

 弥生が自分のベルトから手を放してイストの身体を右手で力いっぱい抱きしめる。
 鎧の胸当ても、兜も……無残に砕け散りぐったりと力を失ったイストは訳が分からなかった。

 短剣を男に突き刺す。
 たったそれだけのことを狙ったのに、金髪の男は茶色い球をイストに放り投げて来た。
 邪魔だとばかりに短剣でそれを叩き落そうとしたら目の前が真っ白になり、意識が一瞬だけ途切れ……弥生に抱き留められている。

「か……はっ……」

 弥生、と言葉にしたかったのに口から流れるのは己の血、ごぼりととめどなく喉をせりあがってくる。

「イストさん! イストさん!!」

 弥生がとっさに飛竜のジェミニの手綱を左手でつかんでくれたおかげで、ジェミニが朦朧とする意識の中きりもみで落下する事だけは避けて滑空してくれていた。

「あれぇ、並みの防弾チョッキとかなら軽く貫くんだけど……意外と頑丈だ」

 無理やり飛竜の手綱を操りながら男は感嘆の声を上げる。
 弥生達につかず離れず、からかうように飛びながら。

「もう一匹はどこかへ行っちゃったか……まあいいや、その女の子を壊して遊ぶのが目的だからね。初志貫徹って大事だろ? ねえ?」
「なんなのよ!! あんたはっ!! こんなひどいことして!! 街の騒ぎもあんたなんでしょ!!」

 明確な怒りをもって弥生は激昂する。
 その剣幕に押されるどころかさらに楽しそうな嗤いを響かせる男。

「あたりぃ!! いやぁ、さすがにわかりやすかったかな? でも許してよ、せっかく『角』を手に入れたからいろいろと遊びたくなっちゃったんだ!! あ、ダメだなぁ……自己紹介してなかったよ!! ちゃんと覚えてね? 体にもちゃんとナイフで刻んであげるからさ! 油性ペンだと消えちゃうもん……頭いいよね俺!」

「頭……悪いわよあんた。気持ち悪い」

「ん? 今なんて言ったの? 気持ち悪い?? 誰が? 俺が?」

 風の音にも負けない気味の悪い男の物言いに、思わず弥生の本音がこぼれた。
 その瞬間、ぴたりと男の顔から表情が抜け落ちる。

 不気味な仕草も、聞くに堪えない妄想も、すべてが嘘のように……

 何もかもが男から消えた。

「…………え」

 弥生が思わず口ごもると男は小さな声で何かを繰り返しつぶやき始める。

「し……じゃえ、しんじゃえ…………死んじゃえシンジャエしんじゃえ死んじゃえ死んじゃえしんじゃえシンジャエシンジャエ死んじゃえシンジャエしんじゃえ死んじゃえ死んじゃえしんじゃえシンジャエシンジャエ死んじゃえシンジャエしんじゃえ死んじゃえ死んじゃえしんじゃえシンジャエシンジャエ死んじゃえシンジャエしんじゃえ死んじゃえ死んじゃえしんじゃえシンジャエシンジャエ死んじゃえシンジャエしんじゃえ死んじゃえ死んじゃえしんじゃえシンジャエシンジャエ死んじゃえシンジャエしんじゃえ死んじゃえ死んじゃえしんじゃえシンジャエシンジャエ死んじゃえシンジャエしんじゃえ死んじゃえ死んじゃえしんじゃえシンジャエシンジャエ死んじゃえシンジャエしんじゃえ死んじゃえ死んじゃえしんじゃえシンジャエシンジャエ死んじゃえシンジャエしんじゃえ死んじゃえ死んじゃえしんじゃえシンジャエシンジャエ死んじゃえシンジャエしんじゃえ死んじゃえ死んじゃえしんじゃえシンジャエシンジャエ」

「な、なに……」

「しんじゃえ」

 ジャコッ!!
 
 男は腰の後ろに隠していた凶器。
 弥生にも見たことのあるオートマチックの拳銃を抜いた。

 びゅうびゅうと身体を弄ぼうとする風に一切負けず。初めて明確な意思……殺意をもって男は弥生の眉間に照準した。

「ひっ!!」

 その武器の威力を明確に理解できる弥生の脳裏によぎるのは自らの死。
 一度経験したあの氷漬けよりも容易に自分の未来が想像できるだけに、恐怖は大きかった。

 男はもはや何のためらいもなくその引き金を引くだろう。
 何が琴線に触れたのか、あれだけ固執していた弥生の捕縛をあっさり殺害に切り替えて。

「い、や……いやぁ!!」

 何のとりえもない少女は力いっぱい叫んだ。イストも気を失っており、ジェミニも奇跡的に姿勢を保っているがこのままでは城に激突するのは明白。

 弥生の叫びは地上で避難誘導するオルトリンデの耳に、かすかに届いたが……見上げるオルトリンデとの距離はあまりにも遠く……危機を察したオルトリンデが無意味に手を差し出す。

 すべては終わるかと思われたが。

 ダァン!!

 男の引いた引き金で推進力を与えられた弾丸が正確に弥生の眉間を貫かんとしていた。
 刹那の移動時間に介入できるものはない……はずだった。

 ギィン!!

 金属同士のこすれる耳障りな音。

「神楽流斬術……菖蒲アヤメ

 白と黒、弥生の視界をモノクロに染める介入者は……一振りの刃を携えてジェミニの背に音もなく降り立った。

「何やら状況がとんとつかめんが……神楽一刀流、12代目当主『神楽洞爺カグラトウヤ』。お嬢ちゃんの助太刀をさせてもらおうかのう」

 白い髪を髪ひもでくくり、豊かな髭を風にたなびかせ。
 ゆったりとした黒い作務衣と手製の草履に身を包み、眼光鋭く男を射抜く『侍』が居た。

「年も年じゃ……加減はせぬぞ」

 とんっ

 軽くジェミニの背を草履がたたく。
 たったそれだけで洞爺は男の眼前まで跳躍した。

 我を失っていた男がその速さに気づく間もなく……

「しまいじゃ」

 無造作に洞爺は刀を振るい、男の首を両断した。
 
「あ?」

 ぽーんと落ちていく生首が間の抜けた声で疑問を呈するが……すべては終わっていた。
 洞爺もなんの感慨も持たず、そのままジェミニへ飛び移った。

 あまりにも身軽な老人の所業はその場にいたすべての者に、思考する暇すら与えず事態を収束させてしまう。

「さて、次は……お嬢ちゃん、どうやったら助かるか考えてもらえるかのう? 儂……ここからどうするか考えておらなんだ」

 ――全く!! これだからトウヤはカエデの頭痛の種とか言われるんだよっ!!

 ぽりぽりとこめかみを指で掻く洞爺の物言いに、呆れた竜の救いの手が差し伸ばされた。

 弥生達へまっすぐにはばたく竜の手が。
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