最強暗部の隠居生活 〜金髪幼妻、時々、不穏〜

灰色サレナ

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1章

39:はじめまし……て?

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「これが嬢ちゃんの父親が最後に住んでいた家に残されていた遺品だ。大半は本だったがな……」

 綺麗に整頓された荷物保管庫にはもともと証拠品として押収されていた前日本大使であった灯子の父親の私物が整然と並べられている。

 その前で何も言わず灯子は手を合わせて、瞑目した。

 その心中は誰もが察し、蓮夜もキッドも神妙な面持ちでその遺品に目を落とす。

 きっと誠実でおとなしい性格だったのだろう。
 日用品として使われていたであろう万年筆や衣服はどれもついさっきまで洗濯に出されていたり、手入れを欠かしてないように……いつでも使えるような感じだった。

「これは……」

 そんな中、ひときわ目を引いたのは数か所の穴が空いた一着のスーツと一組の女性用の着物。

 蓮夜は覚えていた。

「最後に着ていた……」
「ああ、流石にそのままじゃと思ってな……悪いが綺麗にクリーニングさせてもらった」
「……感謝する」

 鮮血で染まり、一色になった衣服は元の色がこんなに鮮やかかと複雑な心境の蓮夜。
 目を開けた灯子がその服を手に取り、何を思うのか……それは2人にはわからない。

「おい、俺はタバコが吸いてぇ。付き合えジジイ……嬢ちゃん。気が済んだら玄関まで来ると良い……」
「ああ、では灯子……後でな」

 わかりやすく気を利かせて、キッドは蓮夜を連れて保管室から出ていった。

 ほんのりと冷えた空気が淀む地下の廊下を並んで歩き、2人はなんとなく口を開くのをためらう。
 かつ、かつ……と規則正しい足音が響く中、キッドは口にタバコを咥えおもむろに火を灯した。

「随分堂々としてるじゃねぇか」
「灯子が驚くのでな……」
「そうか」

 響く音は一組で、普段からラバーソウルを履いているキッドは以前なら聞くはずのない蓮夜の足音について触れる。

「もう日陰者ではないからのう」
「よく言うぜ……まあ、元からそうだったか」
「うん?」
「向いてねぇって話さ。気にすんな」

 要領を得ないキッドの言葉に首を傾げる蓮夜、どうも馬鹿にしてるわけではなさそうなのだがと妙に落ち着かない。

「なにか飲むか? レモネードかコーラしかねぇがな」
「水は?」
「そこらの馬の飲み場から直接飲めよ……腹壊すだろうがな」
「……この国に住めない理由がもう一つ増えたの」
「……嘆願状でも書くか。きれいな水道引いてくれって」

 普段のやり取りからはかけ離れた静かな会話、一階に戻り行き交うFBIや市民としても過ごす職員の声が入り交じる中でも……2人の時間は切り取られたように穏やかだった。

「そういや、礼を言ってなかった……ありがとよ」
「何もしとらんよ、否……できておらんかった」
「それはこっちの台詞だ……無実の国民を死なせちまったからな」
「こういう時はいつも……気が晴れぬの。一本くれぬか?」
「……とっておきにするか、無実が証明された記念に」

 そう言ってキッドは火をつけたばかりのタバコをブーツの裏で消して、少しだけ先をちぎりコートのポケットに押し込んだ。

「ギャングの連中から巻き上げた上物だ。ほれ」

 そのまま胸のポケットから銀色のシガレットケースを取り出して、中の葉巻から一本を蓮夜に渡す。

「やっぱりこっちのほうがいいのう」
「わかってるじゃねえか。紙巻きはなんかちげぇんだよな……」

 ぶちりと葉巻の先を噛みちぎり、その辺に吐き捨てて力なく笑いながらキッドは自分の葉巻……そして律儀に葉巻の先を切り落とした蓮夜へ火を貸す。

 歩きながらもうもうと立ち込める紫煙を引き連れて、ビルの玄関から表に出ると西海岸の強い日差しが二人の目を刺した。

「ふう……」
「一段落、か……」
「そうじゃの……時にキッド。灯子が楽しめそうな場所はしらぬか? せっかく来たのじゃから少し観光でもしようと思っての」
「呑気なもんだぜ……まあ、俺も散々日本で遊ばせてもらったしな……案内に新人をつける。鉄道でワシントン観光でもしろよ、博物館ができたらしい」
「ほほう、それは灯子が喜びそうじゃ」

 日本でも少しづつ活動写真を始めとして海外の文化が広まり娯楽が充実しつつある。しかし、本場ならではの……と思っていた蓮夜にとってキッドの提案は的を得ていた。

「ただ、ニューヨークやロスは今はやめとけ。バカどもが幅を利かせていて危なっかしい」
「何じゃ、儂の心配か?」
「寝言言ってんじゃねぇ。ギャング共が心配なんだよ」
「……?」
「本気でわかんねぇって顔すんじゃねぇよ!? 死体だらけの街になるっつぅの!!」
「物騒じゃのう」
「てめぇがな!?」

 ぜぇ、はあと肩で息をしながらキッドが叫ぶ、何事かと周りの通行人が注目するが……キッドを見ると「ああ、いつもか……」みたいに顔から表情を失い、そそくさとその場から離れていく。

 正しい判断である。

「まあ、数年がかりになるだろうが静かになったらまた来りゃいいさ。ぶち込むための『檻』を準備してるところだからよ」
「ほう?」
「アルカトラズに楽園を用意してやるぜ。連中のな」
「なにか手伝うか? 数カ月程度ならば居ても構わんしな」
「いらねぇ、せっかく身軽になったんだ。のんびりしろよ」
「身軽だからこそじゃ、世界大戦を止めた際に互いに借りができておるしの……まだ身体が動くうちに帰しとかぬと落ち着かぬのでな」

 ぷかぷかと頭上へ向けて煙の輪っかを何個も何個も浮かべては、ふう……と自分の息で虚空に散らす蓮夜は懐かしいものを思い出すかのように目を細めて髭を撫でる。

「……忘れちまえそんなもん。そうだな、その時は声を掛ける」

 キッドは帽子に手を当て、目深に被り直すとほんの僅かに口角を上げた。

「ではアテにせぬまま待っていようかの……」
「そうしとけ……と、まあその前に野暮用は頼むかも知れねぇがな」
「そうしておこう。野暮用?」
「もしかしたらの話だ」
「ふむ……」

 それから2人はなんとなく会話が続かず、ただただ並んでぼんやりと空を仰ぐ。

 そんな時間が十分程続くと、蓮夜がポツリと口を開く。

「明るいな」
「何だ急に」
「ここ数ヶ月、日向を毎日見ているんだが……飽きぬもんじゃ」
「そうか? クソ暑い単なる空じゃねぇか」
「日本にはの、四季がある……春夏秋冬その空にはいろいろな顔があるのじゃよ。儂は長年知らぬまま生きてきてしまったからの……」

 ああ、とキッドは言葉を飲み込む。
 昔、蓮夜本人から幼い時から月夜連合で剣を学んでいた事を聞いていた。

 言葉が上手いわけではないキッドがどう返していいか思案していると、ビルから真っ直ぐ続く道路の先で砂煙が立ち上っているのが視界にはいる。

「うん?」

 その煙は段々と高く、広く、はっきりと大きくなり……。

「なんだ? 近づいてくる」
「む?」

 徐々に鮮明になりながら、悲鳴のような声が乾いた風と一緒に乗ってきた。それは一台の大型トラック……街中に入るなり蛇行をしながらビルへ向かってきていた。

 当たり前のように交差点をノーブレーキで突っ込んできて、何も知らない他の車や歩行者などお構いなし。明らかに様子がおかしかった。

「騒がしいぜ、クソ野郎」
「じゃな、灯子が不安がるからの……手早く行く。掴まれ」

 しゃがみ込んで蓮夜が千里の安全装置を外す。そんな蓮夜の剣帯を左手でむんずと掴みキッドは右足のホルスターから拳銃を抜く。
 
「俺は上、てめぇは正面から蹴って止めろ。いいな」
「承知」

 徐々にはっきりと見えてきた黒いトラックは後部に繋いだコンテナを振り回しながら明らかにこのビルを狙っていた。
 そうとなれば手加減はいらないとキッドと蓮夜は先程までの弛緩した眼差しから保安官と暗部の顔つきに切り替わる。

「いの一番、発破!!」

 ガツン! と右足の踵を地面に叩きつけ空へと……

「うおっ!?」
「うぬっ!?」

 飛び立たず、中途半端に軽く飛んで2人は無様に地面に転ぶ。悲惨なのは顔面からダイブしたキッドで目を吊り上げて口の中の砂を吐き捨てながら怒鳴った。

「何やってんだ!!」
「着火せん……おい、小僧……お主これ」
「ああん?」
「発破のための着火機構が壊れとる」
「なん………………ああああ!?」
「このバカモン!! 千里が壊れとる!!」

 ……先日のじゃれ合いで右足の千里が壊れたのである。
 もちろん原因はキッドの銃弾。

「……左は?」
「儂だけならともかくお前は走れ」
「はい」

 出力の足らない千里の推進力ではどう頑張っても短距離を跳ねるぐらいにしかならないし、と言外に添えキッドを捨てる蓮夜。

 その原因が自分だと即座に思い至ったキッドは唯々諾々と蓮夜の剣帯から手を離す。

「正面から止めるのはきついのう」
「ちと遠いがタイヤを撃つ、コンテナだけ切り離せるか?」
「やってみよう。行くぞ」

 ものすごい勢いで迫る大型トラックを睨み、蓮夜とキッドは気を取り直して走り出した。
 が……

「思ったよりでかいのう!」
「長距離輸送用だからな!!」

 遠目では分かりづらいその大きさが把握できてくると、流石に蓮夜もキッドも顔が引きつる。
 戦車砲並みの蓮夜の蹴りならば止まるだろうが、これは簡単には止まらなそうだと。

「仕方ない、進路だけでも変える。どちらにすればいい」
「……右はガソリンスタンドだ」
「……左じゃの!!」

 微妙に自信がない蓮夜が破れかぶれで左足の千里だけで周り込みながら側面を蹴り飛ばそうと覚悟を決めた時。

 ――アォン!

 騒ぎの中でもはっきりと、通る『狼』の遠吠え。

「穿て」

 蓮夜とキッドの頭上から耳に届いたはっきりとした一言。
 その声の主は2人を追い越し、暴走するトラックの頭上へ向けて……身の丈を大きく超える巨大な双腕をトラックめがけて振り下ろし。

 ――鳴神

 二対の極大パイルバンカーの炎が地を揺らし、一瞬でトラックを地面に縫い付け爆散させる。

 その刹那の光景から遅れて蓮夜とキッドの2人はその衝撃波をまともに受けて後方へふっとばされた。耳がキィンと耳鳴りを起こし雑音が消え……ビルの屋上にまで到達するほどの火柱までかき消すと……。

「何じゃ」
「予定より早い到着だったのか」

 受け身は取ったものの、砂まみれになった服を手で払い……爆心地となったトラックの残骸に立つのは。

「全く、騒がしい街ですね」

 おかっぱ頭に白と朱の巫女装束を纏い、鋼でできた両の腕を地面に突き立てる。

「お久しぶりです蓮夜お爺ちゃん。差し出がましかったでしょうか?」
「お主、なんでここに」

 ここに居るはずのない、蓮夜の……月夜連合の……

「元月夜連、鋼ノ二……神無月あやめ。今はFBI所属ストライプスターのアイアン・メイデンです。お爺ちゃん」
「……キッド?」
「偶然見かけて話しかけたら無職だって言うから……」

 ガシャン、と放熱のためにあやめの両腕から蒸気が吹き出て濃密な霧としてあたりを覆う中。
 齢15の少女は照れくさそうに笑うのだった。
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