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1章

37:日米の仕方ねぇジジイ達

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「ぬおっ!?」

 飛び上がって即座に蓮夜は最初から左右どちらかに避けるつもりだった。しかし、眼の前でカウボーイハットを被って、くたびれた焦げ茶のジャケットを羽織る金髪の老人は胸のバッジと両手に構えた短銃身のショットガンを蓮夜に向け、ためらいなく轟音ごうおんを響かせる。

 少年のように楽しそうな笑顔を浮かべながら。

「くたばれジジイ!」
「させるかジジイ!」

 とっさに蓮夜は無理やり左足を屋上の縁に叩きつけるように踏み込み、上昇の加速を図る。
 間一髪、数発の散弾が蓮夜の袴の裾を掠めて行った。

 これにはキッドも一瞬目を見張る。
 左右であれば次の行動を取るための足場が存在するため、どちらかに動くと予想していたが……空中での方向転換のための装備である千里を無効化されている現状で蓮夜が上を選ぶとは思わなかった。

 そのせいで一瞬反応が遅れてしまう。
 そこを見逃す蓮夜ではない、腰から抜いた二本の刀子とうすを両手で投げ放った。

「やべ」

 反射的に左右へ向けようとして開いた隙を狙って飛来した刃物を、キッドは無理やり撃ち落とそうとしたが蓮夜の刀子のほうが早く……キッドのジャケットを貫き安楽椅子の隙間にめり込むようにはまり込んだ。

「う、お!?」

 てっきりお腹をぶち抜かれるかと思ったキッドは反射的に身をちぢこませてしまう。

「一般人にあたったらどうするつもりじゃ小僧!」
「んなヘマするかよ!」

 それを狙ってだろう、蓮夜は右足を振り上げながらくるくると……縦回転でキッドへ真っ逆さまに落ちて来た。

「まぶし」

 ちょうどお昼時の太陽を背にした蓮夜の姿を直視しようとしてキッドの目がくらむ。
 とっさに次発を撃とうとするが……ジャケットが邪魔をして腕が上がらない。

「下はちゃんと避難しておろうな? 歯を食いしばれ!」
「ちょ! まてよ!!」

 ――ズガンっ!!

 たっぷりと落下速度、遠心力をありったけ載せた蓮夜のカカト落としがキッドの胸ぐらめがけて振り落とされる。

 もはや何が激突したのだろうかと皆目見当もつかないほどの鈍い打撃音は周囲の空気を震わせ、安楽椅子を粉々に砕き、キッドを屋上の床へと叩きつけるだけにとどまらず……声にならないうめきを漏らすキッドごと、更に蓮夜はその場で身を弛めて追撃の踏み込みを行った。

「埋める手間、省いてくれよう」

 そのまま屋上の床は蓮夜の踏み込みに耐えきれず陥没し、二人を階下へと案内する。

「きゃあ!?」
「うわっ!! 降ってきたぁ!!」

 ちょうどそこはFBIの職員が机に隠れているところのど真ん中、瓦礫と一緒に落ちてきて大の字になるキッドとそれを踏みつけたまま立っている蓮夜を見て悲鳴がビルに鳴り響いた。

「くっそ、非常識じゃねぇか。入口は下だぜジジイ」
「煙となんとかは高いところが好きと言うじゃろう? お主のことじゃ、どうせ最上階じゃろうと思うてな」
「ちげぇよ、あの高さだからてめぇを狙えたんだよ。一人で突破されるとは思わなかったぜ」

 軽く咳をしてキッドは呆れたように蓮夜の顔を見上げる。正直言って全身死ぬほど痛いが意地でもそれを顔に出す気はなく、皮肉そうに口の端を上げる。

「しっかり急所狙いで撃ちおって……儂じゃなかったら死んでおるぞ」
「そっちこそ馬鹿みたいな蹴りでヒデェ目にあわせてくれるじゃねぇか……」

 結構蓮夜は病院送りぐらいは良いかと本気で蹴ったつもりなのだが、一向にへらず口が収まらないキッドを見て……実は思いのほか自分が歳を食って弱くなったのかと微妙に傷ついていた。
 心なしか髭がへにょんとしなびた感じがする蓮夜だが、キッドの痩せ我慢が上手いだけでしっかりと肋骨にヒビが入っていたりする。

「おう、お前ら出てこいよ……この枯れた木みてぇなジジイが日本の月夜連合……協力組織の最強馬鹿だ。強いけど馬鹿だ」

 大事なことなので2度言っておいたのだが、何故かキッドの胸元にかかる蓮夜の足裏から伝わる圧力が強くなった気がする。

不躾ぶしつけな来訪申し訳ない。日本の元月夜連合に所属しておった『鋼の一』、水無月蓮夜と申す。お主らの長である引き金が異常に軽い保安官の古い友人でな……ちょっと今から友として1階まで行って積もる話でもしようかと思っておるのじゃ」

 みしみしと音を立て始める蓮夜の足元に周りのFBIの職員も口元が引きつり始めた。キッドの秘書が恐る恐る憧れの侍こと、蓮夜の顔を覗き見ると……笑ってなかった。否、嗤っていた。

 あ、これ怒ってる。

 誰がみても蓮夜は頬を膨らませて口元をへの字に曲げて……

「ぷふっ」

 子どもみたいな怒り方につい、吹き出してしまう。
 でもそんな場合ではないキッドは必死で止めようと早口で蓮夜にがなり立てていた。

「お前同じやり方でぶち抜いたらマジで留置所にぶち込むからな!! 次は上半身だけこのフロアに取り残されちまうっての!!」
「そうかそうか、儂より低い背がまた小さくなるのか。そう言えばお主、以前俺は下半身で生きているとか儂の仲間に酔っ払ってのたまっておったな……本当かどうか確かめるとしよう」

 ついにはキッドの背中が床をゆっくりと沈ませ始める。
 とうとう根負けしてキッドは両手をバタバタさせて蓮夜に謝った。

「悪かった!! 悪かったぁ!! オメェが腑抜けてねぇか確認しただけだっての!! ちょっと遊んでみたかっただけだっての!! 頼むから足をどけろ! 鋼鉄の扉を蹴り破る凶器をさっさとどけてくれ!!」
「まったく、住民にいらん混乱をもたらしおって……同じ暗部として情けないのう」

 どちらかというとそっちのほうが蓮夜は怒っているのだが、キッドは目を丸くしてゲラゲラと笑い始める。
 
「……おい、マリア! お前やっぱすげぇな。発想が突拍子もねぇ。見事にこいつ勘違いしてやがるぜ」
「恐縮です、長官」
「なんじゃ……儂、変なこと言ったか?」

 きょとんとする蓮夜に秘書のマリアは種明かしを始めた。

「蓮夜様、ご安心を……この田舎町丸ごとFBIの職員『だけで』構成される活動拠点としております」
「なに!?」

 ……ビルの前で飲んだくれていた女性も、車の上で騒いでいた男も? 日本とはスケールが違う米国の暗部秘匿方法。
 完全に隠すのが難しいなら……街そのものを暗部にしてしまえということらしい。

「アタシがこの格好で歩いても誰も無関心だっただろう? 古式ゆかしき葬儀屋が今の御時世いるわきゃない。西部開拓時代じゃないんだ」
「うわっ!! 蓮夜やりすぎ……ごめんなさいキッドさん。蓮夜ったら!! いくらなんでも暴れすぎ!! いつもののほほんとした貴方はどこでお茶してるの!!」

 騒々しい灯子の非難がフロアに飛び込んできた。ビルに刺さった刀はアンダーテイカーが鎖で回収したのだろう、ズルズルと切っ先を引きずりながら灯子が持ってきている。
 途端にそれまで剣呑だった蓮夜の気配が反転した。わかりやすく肩をすくめさせ、バタバタとキッドから降りてその場で正座してちょこんと……これから叱られますと言わんばかりにうなだれる。

「す、すまぬ。つい」
「つい、じゃないの!! あーあ……天井にでっかい穴開けちゃって……ええと、ごめんなさいキッドさん。修理費はちゃんと出しますから」
「……おい斬鬼。いくらなんでもこれは日米共通で犯罪じゃねぇのか?」

 ニヤニヤして、場を和ませようと天井の事と合わせて灯子を見ながら蓮夜に告げたが……。

「どうやら死にたいようだなクソジジイ、灯子……刀を返してくれぬか? アンダーテイカー本職の時間ぞ」

 キッド、地雷を踏む。
 あ、と灯子が止める間も無く蓮夜はひょいと彼女がもってきた刀を手に取ると、鬼の形相でその切っ先をキッドの鼻先一ミリで静止させた。

「長官の葬儀はまだ先の予定さね。鬱陶うっとうしい髭だけ落として勘弁してくれないかい? 自慢の髭らしく毎日手入れを欠かしてないさね」
「ちっ、命拾いしたな」
「……蓮夜、完全に悪役の言う言葉じゃないのそれ」

 アンダーテイカーが内心で冷や汗をかきつつ妥協案を蓮夜に提案したことで、キッドの命は助かる……のだろうか?
 周りの職員もキッドがこれ以上失言しませんようにと祈る。

「くっ、殺せ……」
「長官!? 髭ぐらいまた生やしてもろて!?」

 まさかの判断に秘書の口調も見事に崩れた。
 しかし、蓮夜は至って真剣に真剣をちゃきっと鳴らし……

「良い覚悟じゃ、痛みなど感じぬ。心安らかに」

 すっと振り上げる。

「蓮夜、そこから毛筋ほどでも刀を動かしたら牛鍋は半年禁止だからね?」

 白けた目で灯子が切り札を切ると、流石に蓮夜も悪ふざけが過ぎたと一瞬で頭を冷やして刀をどけた。

「……怪我はないかキッド。アンダーテイカー、怪我の様子を見てやってはくれまいか?」
「俺の命が飯より軽いんだが!?」
「自業自得さね……ま、元気そうで何よりさ。これで任務完了で良いかい? 長官」
「アンダーテイカー、遅刻分は船の一件で帳消しにしてやる……次の任務だ。俺の手当が終わったらな」
「了解さね長官、マリア。ビルに棺をぶら下げるから二、三日うるさいかもしれないが良いかねぇ?」
「一週間休暇の後で構わねぇよ!!」
 
 騒々しい到着に灯子は誰にも見えないように、こっそりとため息を付く。言動はアレだけど比較的落ち着いた雰囲気で割と真面目なアンダーテイカーと話していて、しっかりした組織なのかもと思っていただけに……蓋を開けてみれば蓮夜と翁を足して二で割ったような銃使いの老人がトップだという。

「とりあえず、水が飲みたいなぁ」
「良ければ冷えたコーラがありますけど。一緒に飲みません? なんかわたしも疲れちゃって……甘いものが飲みたいです」
「ありがとう……行く」

 同じ金髪碧眼の灯子とキッドの秘書、マリアはなんとなくお互い苦労してそうだなぁと妙な共感を得てうるさいジジイ二人をアンダーテイカーに押し付けるべく連れ立って階下の酒場へと向かうのだった。
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