最強暗部の隠居生活 〜金髪幼妻、時々、不穏〜

灰色サレナ

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1章

34:グレードアップした船旅(連夜以外)

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「すっごい! みてみて蓮夜! お部屋にガスコンロがある!! シャワーもあるの!」
「ひっひっひ、冷蔵庫もあるから冷たい水も飲み放題さね……いいねぇミードもワインも入ってるじゃないか。今晩はどれを呑もうかね」

 清潔な赤い絨毯じゅうたん、ふかふかのベッド、十人は座れそうな革のソファー……まるで高級ホテルのVIP室で。蓮夜は床に転がされていた……否、自分から寝転んでいた。

「ううう、だいぶマシじゃが……お主らあまり声を張り上げないでくれると助かる」

 豪華客船、サンフランシスコクイーン号はのんびりと予定外の珍客ちんきゃくを追加で載せて出港する。
 昨晩、交易船「しらさぎ」はここ、中継地のハワイの港に寄港きこうした後……役目を果たしたと言わんばかりに海中へ没した。

「シャキッとしなよ、天下の斬鬼がいつまで船の揺れに負けたままなんだい?」
「儂だって好きでこうしておるわけではないのじゃ……」

 そんな蓮夜たちを救ったのはここから先の足と客船と交渉したアンダーテイカーその人である。
 そもそも彼女は案内役を兼ねる警護として蓮夜たちについてきていたので交渉はスムーズだった。

「ではアンダーテイカー様、良い船旅を。他になにかご入用の際は乗務員へ申し付けください」

 彼女らをこのVIP室へ案内したボーイは丁寧にお辞儀をして部屋から出ようとするが、そんな彼にアンダーテイカーは親指でコインを弾き……笑う。

「おい、間抜け。チップを受け取り忘れてるよ。ついでにラム酒を持ってきておくれ」
「おっと! ありがとうございます……しかし、申し訳ございませんアンダーテイカー様。ラム酒は……その。アンダーテイカー様が乗っておられました『しらさぎ』による日本からの補給ができなかったため品切れでございます」

 慌てて放物線を描いたコインを受け取るボーイが申し訳無さそうにアンダーテイカーへ事実を告げる。
 
「なんだって!? じゃあアタシの荷物に……ああああ! 全部飲んじまったじゃないか!? くそっ! あのラム酒は高級品なのに!!」

 そう、三話前で飲み干した二本以外はみんな水没してしまっていた。経費だからと惜しみなく胃の中に収めたのが……今となってはというやつである。

「よく……こんな揺れの中で酒なんぞ飲めるもんじゃ」

 珍しく皮肉を述べる蓮夜にアンダーテイカーはギロリと長い髪の間から見える目を吊り上げた。

「こういう時だからこそ飲むのさね。打ち上げられた魚みたいな年寄りに言われたくないねぇ」
「ちょっと、二人共……喧嘩なんかやめてよね。せっかくの景色が台無しじゃない」
「……なあ斬鬼、このお嬢ちゃんは何者だい? 随分と肝が座ってるじゃないのさ」

 なんか知らないけれどもアンダーテイカーは灯子に頭が上がらない。こう、上手く言えないのだが逆らい難かったりする。

「その点についてはお主と同じじゃな。儂は頭が上がらん」
「情けない、と言えないねぇ。ま、しばらく優雅な船旅を共にするんだ……仲良くやろうじゃないさね」
「足を掴んで引きずらなければの!?」

 基本穏やかな蓮夜が噛みついているのは……アンダーテイカーさんが蓮夜の足をつかんでズルズルと引きずって入船を果たしたからだった。
 さすがの蓮夜もそういう注目のされ方は恥ずかしいし、何なら道すがらにすれ違った乗客や通行人に『なにあれ、間抜けっぽい』とか『何やらかしたんだ』とコソコソ話しているのがバッチリ耳に入ってきたからでもある。

「仕方ないじゃないさね。背負うのは揺れて気持ち悪いから嫌だと言うし……アタシもそこの嬢ちゃんもいつ吐くかもしれないアンタに肩を貸すのは流石に勘弁被るさね」
「せめて担架たんかとかあったじゃろうに!!」
「もっと揺れるさね……」

 これでもアンダーテイカーは気を使ったつもりだった。ぶっちゃけ警護対象でなければ、お得意の鎖付きのひつぎで縛り上げてぶん投げるつもりなのだから。

「ま、昨日よりは顔色が良さそうだしねぇ……明日には自分で立って歩けるんじゃないのかい?」
「そうよ蓮夜、私だって外の景色見たりのんびりしたいわ」
「その点はおぬしに感謝しなければならんの……大分良い。おかしいのう……船酔いなんてしたことないのじゃが」

 豪華客船なだけあってほとんど揺れない床で天井を見上げる蓮夜、昨晩までは目を開けるだけでグラグラと捻じ曲がる視界と胃を直接握られてぶんぶんと振り回されるかのような不快感に苛まれていたが……

「これなら何とかなりそうじゃ」

 今は我慢すれば吐くことはないし頭がふらつく程度まで抑えられている。
 それもすべて、アンダーテイカーの処方した酔い止めの薬のおかげだった。

「漢方だっけか? そいつと組み合わせりゃ船酔いなんか何とでもなさるさね」
「……あなたって本当にお医者さんなのね」
「何だい疑うのかい?」
「いや、だって……その格好」

 まあ、灯子でなくとも葬儀屋の格好をした医者に説得力など皆無だが……なぜかアンダーテイカーは不満がありありと見えている。

「夜を偲ぶ仮の姿って奴さね。格好いいだろう?」
「……どこも忍んでないのう。胸も尻も」
「ああん!? 言うじゃないか寒天頭のくせして!!」
「良いおったな!? 気にしておるのに!!」

 仲いいなぁ……と灯子はぎゃあぎゃあと言い合う二人をほっといて窓から望む大海原とかもめの優雅な滑空を眺める事にした。
 本当にのどかで落ち着くなぁと目を細めていて……ふと気づく。

「ねえ蓮夜ってひょっとしてアンダーテイカーさん知ってるの?」
「む? こ奴は知らんが……FBIは知っておる。今回当てにしたのはそこのキッドと言う古い知り合いじゃ」
「……うちの長官さね。DT・ホウの件で借りができたからね……アタシがエスコートする事になったわけさ」

 はぁぁ……とふかーくため息をついてアンダーテイカーは広いソファーに深々と身を沈めた。
 
「そうなんだ……」
「誤解は晴らさねばならんしな、お主の母上と父上の潔白を直に伝えるのと……」
「前大使の生家だろ? そこの案内もしてやるさね……そこの嬢ちゃんが欲しいってんなら丸ごと名義を嬢ちゃんに移すのも請け負うって長官が言ってたさね」
「そっか……ありがとう。蓮夜」
「なに、どのみち一度顔を出しに行くつもりはあった……ついでのようになってしまって申し訳ないがの」

 ごろりと床で起き上がり、胡坐をかく蓮夜が髭を撫でながら笑う。
 そんな蓮夜に視線を向けて灯子は苦笑いを浮かべた。絶対に『ついで』がキッドへの顔出しなのに……とわかってても口には出さず。

「ま、それはそうとしてあの襲撃はなんだったのかねぇ? 自分たちは海賊だって……のたまってたがアメリカ海軍の軍艦で民間船を襲う位なら……その船売れよってアタシは思ったけど」
「さあのう、海賊の割には武器の扱いが手慣れておったし……儂と灯子じゃなくてお主が目的じゃないのか?」

 暗にアメリカ国内の事情に巻き込むなと釘を刺す蓮夜に、アンダーテイカーはへらへらと笑いながら答えた。

「それこそ好都合、全員葬儀リストに名を連ねるだけさね。国家反逆罪は全員死刑だからねぇ」
「まったく……相変わらず落ち着かぬ国じゃの」
「つい先月クーデター騒ぎを起こした日本に言われたくないねぇ」
「「確かに」」

 耳に痛い返しに蓮夜と灯子の声が重なる。
 
「どのみちこっから先は優雅な船旅だしねぇ。着いたら寄り道しないで拠点へ行くからしっかり休んでおきな」
「うむ」

 そうしてのんびりした船旅は今度こそ、拠点のある西海岸ではなく正反対の『東海岸』へ向かうのだった。
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