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1章

26:それぞれの真実

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「蓮夜!!」

 そこら中に鉄の破片やら火のついた生木が爆ぜる中、灯子は必死に走って倒れ込む蓮夜の元へ向かう。途中で同じように捕まっていた女将からレンズにひびが入ってフレームが少し歪んでいたが、灯子の眼鏡をくれたおかげで足元には困らずたどり着いた。

「灯子……感謝、じゃ」

 ふぇっふぇっふぇ、と力無く笑いながらそんな灯子に声を掛ける蓮夜。
 青いコートはすすで黒くなり、無事な所を探すのが困難な程に血で染まっている中で……蓮夜は満足だった。あのビルで見たような仄暗い空虚なまなざしでは無く……人としての光を取り戻した瞳に……。

「か、感謝? 何言ってるのよ! こんなにボロボロになって!」
「いや、のう……お主の誤解をどうやって解くか悩んでて……一番儂にとって難しくてな」
「……は?」

 いやあの、うん。蓮夜さん、その文脈の流れだと灯子の事を考えてて戦いに集中できなかったような言い回しに……。

「……それって私が居なかったらもっと簡単にできたって事?」

 ……灯子さんの目がすぅぅぅぅ、とすぼめられる。

「……違う!! 誤解じゃ!! いや、悩んでたのは本当であってな!? それはこ奴らとは無関係で今ぶった切るからちょっと待っておれ!?」

 そもそもこいつらが原因じゃん! と蓮夜が小鹿のように足をぴくぴくさせながら目を吊り上げて刀を振り上げる……何だ、元気じゃん。

「はあ、良いわ……なんとなくわかった。思ったより元気そうだし」
「うむ、なんかこう……軽くなった」
「……私が撃っちゃったわき腹からめちゃくちゃ血が出てるけど大丈夫?」
「……正直しんどいのう。すまぬが、他に動いてる者は見えるか?」

 それは蓮夜なりに考え、精いっぱい灯子を心配させないようにとの空元気。すでにもう殆どの力を使い果たしているのだ。今この瞬間に銃で狙われたらひとたまりも無い……千里の炸薬も尽きているし。

「ええと……多分、大丈夫。今一緒に捕らわれていた女の人達が男の人達が捕まってる車庫の地下に向かってる」
「……そうか。今更じゃが、無事で何よりじゃ灯子よ」
「……無事ではありませんが?」

 急に、スンッと瞳から光を消す灯子に蓮夜の口がパクパクと何かを紡ごうとして……諦める。

「や、闇狩りの連中に何か……」
「私、ナニモミテナイ、キイテナイ、イエナイ」
「……」

 とりあえず、殴られたり蹴られたりはしたようだが……その心配の言葉が紡げないくらい灯子はぶつぶつと遠くを見て繰り返していた。話題は変えた方が良さそうだと蓮夜ですら察しがついてしまう。

「しかし、お主眼鏡無しで良くあそこから海藤の銃を撃ち抜いたの……さすがに驚いたぞ」
「へ?」

 あの瞬間、ダイナマイトの爆風で千里の軌道が乱され……一巻の終わりかと思っていた蓮夜は遠くの大使館の二階から何とか刀を自分に渡す方法を考える灯子を偶然見つけた。
 だからこそ、会話を引き延ばしたが……目論見を見破られ。最早これまでの窮地を救った狙撃は蓮夜ですら驚愕したのだ。

「私、投げる距離を稼ぐために二階に上がったけど……銃なんて撃ってないわよ? そもそも眼鏡無かったからぼんやりと青い点が蓮夜だろうなって、なげたんだけ……ど?」
「ふむ……」

 言われてみればあの銃撃は真横から飛んできた、方向から見て大使館からだったのは確かだが……角度はほぼ水平……位置が合わなかった。
 髭を撫でながら蓮夜は考えるが……すぐ諦める。それよりもやる事があった。

「まあよい、灯子……改めてあの日の真実を、聞いてくれるか?」
「あの日の……」

 前大使の襲撃事件。
 その事だとすぐわかり、灯子は頷く……。

「あれはのう……」

 蓮夜が海藤から聞いた事を踏まえて……推測が混じるがと前置きをしながら……滔々と話し始める。

 前大使は無実だった事、海藤達がすでに国内では死亡扱いでアメリカに売られた後……何者かが手引きをして日本を害そうとした事、それを察した灯子の父親である前大使が止めようとしたが……逆に海藤達の手によりアメリカに反旗を翻した裏切者として……嵌められた事。

 それを知った前大使が日本に保護を求めたが……一歩遅く、保護に向かった蓮夜達が駆け付けた頃には……前大使とその妻は死んでおり、火の海になった大使の住んでいる館でアメリカ軍と戦闘になって蓮夜達が撃退した。

 蓮夜はゆっくりと、正直に話していた……それを灯子は一言一言を噛みしめるように胸にしまう。
 父はやはり無実だった……。
 母も無実だった……。

「私は……あの日、図書室に居たの。本が好きで、そのまま寝ちゃって……気が付いたら周りは火の海になってて……」

 その後の事は、灯子はよく覚えていない……銃声と怒号が聞こえ。
 窓から逃げた後……走り続けて、少し離れた所で振り返ると……屋根に立つ人影とそれを塗りつぶす炎……倒れている銃で武装したアメリカ兵。
 
 このままでは自分は殺されると、両親の無事を願いながら走り続け……橋の下で疲れ果てたのだった。

「そうじゃったか、良く……生き延びた。ほれ、その首謀者がそこの海藤じゃ」

 ぽん、と灯子の頭に手を置き……ゆっくりと、優しく撫でながら。
 蓮夜は顎で大の字になって倒れている海藤を示す。

「あの時の事を、知ってて当然だったのね。こいつが仕組んだのだから……」
「まったくもって……厄介な相手じゃ。儂にとっては」
「……私も騙された」

 海藤は強敵だった。それは間違いない……入念に下調べをして蓮夜に対しての仕掛けを用意した上に……アドリブで灯子を騙して蓮夜を撃たせたり……。

「儂一人ではやられていたかもしれんな。戦車まで持ち出すとは思わなんだ」
「私はむしろ……戦車を用意しても蓮夜が倒せないという証明にびっくりしてるんだけど……あの戦車の中大丈夫なの?」
「人は避けて斬った。怪我くらいはしてるじゃろうが」

 もはや原型など留めていない戦車の中から聞こえるうめき声が蓮夜の言葉を真実だと灯子に示す。
 
「なるべく死人は出したくないしの。戦車に踏まれたもの助かるなら……助けたいのう」
「優しいのね」
「いや、生きてないと裁きができんからの」
「……それはそう」
「まあ、その沙汰が要らぬ者はこの場で一人おる。灯子、こ奴をどうしたい?」

 しっかりと意識を奪い、起きる気配の無い海藤に対し蓮夜は灯子に問いかける。
 すでにここまでの騒ぎを起こした海藤には死刑以外の道は無い。

「どうって?」
「儂のこの刀なら、ただ振り下ろすだけで良い。任せる」

 蓮夜はゆっくりとその刀を灯子に手渡す。私怨を晴らすのであれば絶好の機会だと……それに。

「ここは大使館の中じゃ……このままだとこ奴はアメリカに戻されて、そこから調べが始まってしまう……どうなるかはわからぬ」

 もしかしたら、何かの細工をして無罪放免となる可能性だって無い訳では無い……千載一遇のチャンスと言える。
 それを言外に察した灯子は蓮夜から刀を受け取った。
 その刀は思ったよりも軽く……きらりと根付が揺れる。

 五分程そうしていただろうか?
 灯子はじっと海藤を見つめ、おもむろに刀を振り上げた。

 ――カキン。

 海藤の頭から数十センチほど離れた石畳に、その刃を振り下ろす。

「良いのか?」
「……正直に言えば。ここで殺したい」
「……」
「でも、それは……きっとお父さんもお母さんも。望んでない、多分こう言う……民意に任せる、って」
「そうか、それなら良い。では……皆で帰るとするか」

 ふう、と息を吐き……蓮夜は笑みを浮かべた。
 
「試したの?」
「試したと言えば……試したかの。儂らは……月夜連合には掟があってな……その身を闇に置くかどうかは本人の意思であるべきと」
「蓮夜は……選んだの?」
「さあのう、何分四十年以上も前じゃから覚えておらぬ」

 はぐらかしたな、と灯子がジト目で蓮夜を睨むが……追及に移る前にがやがやと騒がしい声が大使館を取り囲み始める。
 流石に人が集まって来たかと蓮夜はその場を離れようと灯子に告げるが……その必要は無かった。

「おうおうおう! 随分と老朽化が進んだようじゃねぇか! 更地にして立て直してやりに来たぜ!! ついでにお前らが連れてきた連中も返してもらいに来たぜ!!」

 おおおおおーーーっ!! と蓮夜に聞き覚えのある濁声に続いて鬨の声を上げる群衆が、ぶち壊れた正門からなだれ込んでくる。
 
「翁殿……」

 その先頭をのっしのっしと歩きながら、耳ざとく蓮夜の声を聞きつけ近寄る翁。
 その口元はにやにやとキセルを咥え、ずんっと仁王立ちする。

「遅参したぜ。随分と雑だな寒天頭……もうちっと綺麗に片せよ、転んじまう」
「良く言いますわい。そこから一歩踏み出してくだされ、足が三本になって杖代わりになりますぞ?」

 ひいっ! なんてこと言うのよ! と灯子が慌てて海藤に振り下ろした刀を引っ込めて蓮夜に押し付けた。その声に翁がさらに笑う。

「随分と可愛い声だな。寒天頭、年上を敬う優しさってもんがてめぇには足りねぇ。その嬢ちゃんの爪の垢でも煎じて飲みやがれってんだ」
「生憎、歩くのも億劫でしてな……斬るのは次の機会としましょう」
「かっかっか、やれるもんならやってみろ。ところで捕まってる連中は?」

 首をぐるりと回して翁が蓮夜に問うと、答えを言う必要も無く車庫の辺りで歓声が上がる。
 
「おうおうおう、無事で何よりだ。おめぇはどうだ? 寒天頭」
「今すぐ布団に入りたい所です。後は任せても?」
「……そうか、ずいぶんやられた様だな。任せておけ、嬢ちゃん。この寒天頭を連れて戻ってろ。表に一台車が待っている」
「は、はい……蓮夜。歩ける?」
「ああ、大丈夫じゃ……」

 戦いは終わった。
 後は任せても良いとなったら……蓮夜の身体は急激に疲れと痛みを訴え始める。灯子の肩を借り……歓声を上げる人の流れを静かに逆行する二人……中には蓮夜に感謝を伝える者もいたが、返事もそこそこに表通りに出る。

 そこには翁が言った通り、一台の車が待っていて……後ろの席が開く。
 
「蓮夜! 無事だったか……灯子も」

 出てきたのはぼさぼさ頭に着流しを纏った東京七区四番官のナナシであった。
 もはやこの流れは止められないと諦めて、翁について来たのだ……きっと疲弊しているであろう蓮夜の回収のために。

「ナナシ……すまんな」
「後で言いたい事が山ほどある……灯子、無事で何よりだが……わかってるな」
「わかってる」
「なら良い……乗れ。まずは爺さんの治療だ」

 眉根を寄せて、声を押さえているが……そのナナシの仕草は優しく、心配していたことがわかる。
 そんな時、一向に声がかかる。

「爺さん! 嬢ちゃん!」

 その声は蓮夜に家を紹介した女将だった。
 慌ててきたのだろう、パタパタと早足で蓮夜と灯子に駆け寄ってくる。

「ありがとうよ。灯子ちゃん、爺さんが必ず来るって一生懸命牢の皆を励ましてたんだよ……ありがとうね」
「そうか、女将……迷惑をかけた。もう大丈夫じゃ」
「何言ってんだい、悪いのはあの黒づくめと……変態大使だろう? みんなも用が済んだら返すから、後で改めて礼を言わせておくれ。あんた、頼んだよ」

 そう言って、女将は足早に群衆へと帰っていく。
 どうやら一言いいたかっただけの様で、囃し立てる翁に一喝をする声がこちらにまで届いて来た。

「やれやれ……元気なもんじゃ」
「爺さんほどじゃないけどな……どうすんだよこれ。いや、もう考えるのはやめよう……俺、この件が片付いたら幻陽社やめるんだ……」
「……やめられなさそう」

 ナナシの言葉、それがフラグと呼ばれるまでまだまだ時間が必要だが……灯子の的確な突っ込みと、いい加減に限界を迎えている蓮夜が笑う。
 
 そうして……日を跨ごうかと言う頃。
 ようやくアメリカ大使館跡地は……静かになったのであった。

 
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