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1章

22:蓮夜……だよね???(灯子)

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 轟音が鳴り響く中、まるで骸骨が歩いているような足音が木霊する。
 白い漆喰で塗り固められた大使館の壁はすすの黒と炎の赤で彩られ、鼻を突く焦げ臭さを周囲に振りまいていた。

 何も知らない一般の職員は我先にと逃げ惑い、勇敢な警備の兵士は銃を手に取りこの騒ぎの中心へと向かう。

「止まれ! こんな騒ぎを起こしてただで済むと思うなよ!」

 灰色の軍服とライフルを纏う警備主任の軍人が、敷地内をふらりふらりと進む蓮夜を見つけて怒号を上げた。しかし、蓮夜はつまらなそうに一瞥した後……掻き消える。

「は?」

 それでも炎と黒煙の揺らぎがかろうじて警備主任に蓮夜の移動先を遺していった。その先は……。

「案ずるな、儂は闇狩りを斬りに来ただけじゃ……下がれ、勇敢な兵士。何も知らぬ者を逃がせ」
「速い……」

 ほんの一メートル隣に、蓮夜は居た。
 腕を組み、白いおさげを揺らし……暗がりに隠れる表情の中、爛々と光る瞳は何よりも恐ろしく……横目でそれを見た警備主任は背筋を正し、額に汗がにじむ。

「とは言えあまり時間はやれん、奥の大使館はこれから……柱の一つ、壁の一枚残さず瓦礫と化す」
「そ、そんな事はさせ、無い」
「ふうむ、まあ……後でもっと立派なものを建ててやるわい。諦めよ」
「な、に?」

 乾燥と緊張でひりつく喉がうまく声を出せないでいる警備主任の肩に、ぽん、と蓮夜の手が乗せられる。

「それに、壊れるのは儂のせいだけではない」

 そのまま蓮夜の手は、警備主任の肩をむんずとつかみ瓦礫と化した正門に投げ飛ばした。
 あまりにも強い力で飛ばされて、訳も分からないまま警備主任は宙を舞う。その視界の先には黒ずくめの日本人……この大使館の主であるDT・ホウが手掛けた私設軍隊のような連中、闇狩りが銃を手に蓮夜を取り囲むところだった。

 当然、誰がやったかなど明らかな破壊行為に警告など本来は無く……決まりでは射殺も許可されている。蓮夜はすぐにでもハチの巣にされる未来しか警備主任には思いつかなかった。
 しかし、そこから先はコマ送りの様な光景が流れる……何かを叫ぶ黒ずくめの闇狩り、全員が蓮夜に銃口を向けた瞬間……蓮夜は何かを呟き、ぐらりと身体を傾けたと思ったら爆炎と共に消える。

「何だ……」

 それに間に合わず、闇狩りの何人かは発砲してしまい……流れ弾が警備主任に迫った。
 確実に命中するはずの銃弾はささやかな打撃音と遅れて届く軽い衝撃音に阻まれ、あらぬ方向へ拡散する。

「何が……来たんだ?」

 たった一人の日本人の老人、彼がこの国の元暗部最強の男だと知るのは……あと半日後の事だ結局彼は石畳に投げ出され、背中や肩をしたたかに打ったが……無事だった。そして蓮夜の言う通りに周りを逃げ惑う兵士や職員を軒並み避難させて表彰されるのも……まだまだ先だった。



 ◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇


 
 ――大使館、地下牢――


 ずずぅぅぅ……ん

 ぱらぱらと天井から砂が落ちてくる……地響きのような振動が不規則に伝わってきて……身を寄せ合う女たちを怯えさせた。
 そんな中、一人だけ腕を縄で縛られ……壁に貼り付けられている金髪の少女は視線を上に向け……ほっとしたような、それでいて悲しそうな表情を浮かべる。
 
「来てくれた……」

 ビルで誤解から蓮夜を撃ってしまった灯子だ。
 あの後、さんざん暴れて手が付けられないと闇狩りに殴られ……眼鏡は割られてこの大使館の地下牢に手錠で繋がれてしまった。

「貴女が……言っていた侍さん?」

 小さな子供を抱きしめ、優しく撫でる女性が不安を紛らわせようと話しかける。
 数週間前、とある一件で幻陽社に助けを求めた女性だったのだが……ナナシに助けられる寸前で闇狩りに捉えられ……ここに幽閉されていたのだ。
 当時の着の身着のままなので大分汚れたが、上品な着物を身に着けて幼い子供の扱いにも慣れていたため……ここに捉えられている女たちの心の支えになっている。

「そうだと……思う、思ったより早く……来てくれた。あんな事しちゃったのに」
「じゃあ、謝らないと……ね? とってもお強いんでしょう? すぐに来てくれるわ」
「うん、日本で……最強のお爺さん」
「月夜の斬鬼、か……紙芝居でしか知らないけど……」

 鳴り響く地鳴り、時折地震と勘違いするほど激しく揺れる中……女性に一つ疑問が浮かぶ。
 
「確か……斬る、のよ……ねぇ?」

 明らかに爆音と思わしき音も混じる中、斬っているような様子がうかがえなくて……首をかしげる。

「そのはず……だけど。爆弾でも持ってきたのかな」
「ね? 崩れないかしらここ……」
「……そうだ、ちょうどいい。ねえ、私の服の中に針金があるから……とって」
「針金? 嬢ちゃん、ちょっと待っててね。おばさんお姉ちゃんの手伝いをしなきゃいけないの」

 灯子に頼まれて、女性は言われるがまま灯子の服の中に手を突っ込む……。

「そこの下、脇の間に……」

 むにむにと実に柔らかい感触の中を女性の手がまさぐると、指先に固い何かが当たった。

「外国の人って、皆こんなに大きいのかい?? 隠し場所に困らないねぇ」
「さあ、お母さんは……日本人だからとかは別にして、ものすごく大きかった」
「……はい、見つけたよ。これをどうするんだい?」

 苦労して肌に傷をつけない様に慎重に取り出した針金は、鍵の様にあちこち曲がっている10センチほどの長さの物だ。それを灯子は手に渡してもらい、しばらくかちゃかちゃと手元を弄り回す。
 元々手先が非常に器用な上、千差万別手当たり次第に書物を読みふける灯子は簡単な鍵なら構造も頭の中に入っていて、造作もなく開錠できた。
 ほどなくしてかちゃりと軽い音を立てて手錠が外れる。

「いたた、手首に跡が残っちゃう……」

 手錠の跡が赤く残る手首をさすりながら、灯子は久しぶりに自由になった両腕を回す。
 着の身着のままのコートもしわが寄ってしまい、ずいぶんとくたびれた印象だがまだまだ元気だ。

「大したもんだねぇ、幻陽社さんってみんなできるのかい?」

 思ったよりも早く手錠の鍵を外した灯子の手腕に女性は感嘆の声を上げる。

「……うちの上司は苦手っぽい。なんか胃薬を良く飲んでた」

 人を逃がすために鍵開けや簡単な隠形などを履修させられたが、灯子は難なく習得し……ナナシは『神様って不公平だな』とあらぬ方向を見て呟いていたのを思い出す。

 その間も地響きは続き、監視の黒ずくめも慌てて出て行った後は誰一人として戻っては来ない。
 逃げ出すならば今がチャンスと言えた。

「そんな事より、みんな! ここから逃げ出す元気はある?」

 牢はそれぞれ四畳半ほどの座敷牢で区切られていて、いずれも女性が幽閉されていた。
 灯子の声に天井を不安そうに眺めていた者、怖くて泣きだす者も彼女に視線が集まる。

「元月夜連合の月夜の斬鬼が助けに来てくれたわ!」

 その言葉に目を丸くする面々……。
 その中の一人がつぶやく。

「月夜の斬鬼って……紙芝居の?」

 信じられないのも無理はない、月夜連合の解体は大々的に発表されてそういう組織が日本の有事に動いていたという事は知っているし、当然そこで働く者もいただろうことは分かる。
 しかし……それが紙芝居の人気演目の登場人物と言われても……と戸惑うばかりだ。

「あれ?」

 実際に目にしてその強さも知る灯子はともかく、この場にいるほとんどの女子供は懐疑的で……先ほどからの戦闘音に怯えてしまい動こうとしない。

「ねえ、灯子ちゃん……今表に出たら巻き込まれちゃうんじゃない?」
「……確かに」

 まずは戦闘が終わらないと逃げるも何もない、それならばと灯子は動く。
 何もせず、簡単に騙されてしまった先日の件は彼女に行動をもたらした。思考を止めず、できる事をすると。

「皆! 今から牢を開けていくから、逃げる準備を!」

 手にした針金で自分の牢屋のカギを開け、片っ端から別の牢屋の物も外して回る。
 いざ逃げる時に外していたのでは時間もかかる、できる準備をしていくために。

「……そうね」

 そんな灯子の背中を、ナナシに助けられた女性はまぶしい物を見る様に見つめる。
 奇しくも、その背中はナナシが身を挺して彼女を銃弾から守った背中と重なったから。
 
 幼い少女を宥めて促しながら、彼女も牢から出て笑う。
 少なくともこの少女の心の拠り所になれているのだから、大人としてしっかりしなくては。そして、ここから出れたら……ナナシに改めてお礼を言うために。
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