最強暗部の隠居生活 〜金髪幼妻、時々、不穏〜

灰色サレナ

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1章

16:文月灯子

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「く、お……前触れなく落ちるとか。気分が悪いぜ」

 蓮夜の当身で瞬時に意識を刈り取られた海藤は窓辺に立つ灯子を見て、上手く行ったことを確信する。
 頭を振りながら立ち上がると、窓の外がすでに真っ暗になりつつあり……結構な時間が経っていると理解した。

「おい、斬鬼はどうした?」

 自分が生きている事が何よりの証拠だが、灯子に向かい蓮夜の結末を確認する。

「さあ、消えた」

 そっけない灯子の言葉に、海藤は顔を顰めた。
 床に落ちている帽子を拾いながら……海藤は開けっ放しになっている灯子の目の前の窓に手をかけ、ビルの外を見回すが……そこには蓮夜の姿はない。代わりに、二階の辺りの壁にきらりと光る蓮夜の日本刀が刺さっていた。

「……撃ったのか?」
「ええ、腹の辺りに」

 ――がちゃん

 江戸末期に作られた握り発火式の『芥砲』と言う銃を灯子は床に落とす。
 お世辞にも命中精度は高くなく、暗器として用いられることが主だった。

 しかし、その銃は海藤が改造したもので弾丸はライフル弾。一発限りの必殺武器である。
 そんなものをなぜ、灯子が持っていたのか。

「大したもんだ、大の大人が束になっても敵わないあの斬鬼に致命傷を加えたんだ……もっと喜べよ?」
「死んだと思う?」

 胡乱げなまなざしのまま、灯子は窓の外を見つめたまま海藤に問う。

「あれで生きてるんなら本当に化け物だ。そうだなぁ……大方あの刀を壁に刺して、足場代わりに逃げおおせたんだろうが、あの弾丸は肉を裂くからな。簡単には治らねぇ」

 わざわざ銃身に溝を掘り、突起をつけた弾丸を装填している。
 体内で回転する弾丸がどうなるのか……作った海藤ですら食らいたくないものだ。

「そう、なら良いわ。約束通りに私は国を出る……DT・ホウの所へ連れて行きなさい……」

 父と母の仇を討った後、灯子は海藤に礼代わりにアメリカへと渡る方法を欲した。
 闇狩りはアメリカ大使の手掛けたと知っていたので、そんなに難しくないとは思ったが……海藤はあっさりと約束してくれる。灯子自身、英語もしゃべれるので何かと目立つ日本より向こうの方が暮らしやすいと思う。

 そんな灯子に海藤はにやにやしながらサングラスをずらし、灯子に告げた。

「ああ良いぜ。どうせお前は重罪人だ……無実の爺を事もあろうか銃で撃ったんだからよ」
「仇討ちよ……無実って……どういう意味よ」

 それは海藤の巧妙な策。
 海藤は母と父が死んだあの夜、二人を殺したのは誰なのかと灯子に問う。それに対し灯子はそれを探すためにその身を闇の世界に投じたと話した……。

「ああ、そのままの意味だぜ。月夜連はお前の父、先代アメリカ大使をその妻の文月菖蒲も殺してはいない……」
「何を言ってるの! あんたが言ったんじゃあない!! あの場に、燃え盛る屋敷に月夜連が居たって」
「居たとは言った。しかし、殺したかどうかと俺が言ったか?」
「はぁ!?」

 先ほどまでの虚無感は消え失せ、灯子の目に怒りの火が灯る。
 海藤の思わせぶりな物言い、しかし、あの惨状を正確に知っていた事を含めて……灯子は月夜連が己の父と母を殺したと思った。

「あの時の死んでいた兵隊はな? お前や父と母を守るための人員じゃねぇんだよ……くくっ」

 それはそれは愉しそうに、海藤は続ける。

「アメリカ政府に睨まれて帰国命令を無視したのが……お前の父親さ。何をやったか知らねぇが、大きいものに巻かれるくらいの柔軟さはもっといた方が良かったのになぁ! その点、あの女好きは大したものだ……小物だが立ち振る舞いは弁えてるんだからよ」
「じゃ、じゃあなんで……蓮夜は」

 間違いなく、蓮夜は灯子に問われて狼狽えた。
 それも、海藤には察しがついている。

「だってよぉ……月夜連は要請が遅れたせいで『護れなかったんだ』から。そりゃあ話しづらいだろうよ!! あの時の生き残りには!! ぎゃははははは!」

 この一週間、海藤は月夜連を狙って付け回していた。正確には、己の仇である水無月連夜を……そこでわかったことは多くないが、必要な情報は得ている。

 一つ、恐ろしく強い。
 恐らく正面からでは軍隊も敵わないと思われた。

 一つ、恐ろしく世間知らずである。
 銀行に行ってお金も降ろせず、かといってどうすればいいのかも分からず途方に暮れていた。詐欺師にとってはカモにしかならない。

 ここから、海藤は一計を案じた。
 もしかしたら……殺すだけなら簡単に蓮夜は殺せるのでは? と。
 そして、ここまで情報が揃えば……。

「アンタ、達……力じゃかなわないから……あたしを!!」

 灯子はかなり真実に近い所まで、辿り着く。 
 
「言ったじゃないか……奴は人じゃない、鬼だ……手段なんぞ選んでられるか」
「卑怯者!」
「誉め言葉をありがとうよ、さて……次はお前だな」
「このっ!」

 とっさに体当たりをして窓から突き落とそうとする灯子だったが、いかんせん非力な少女でしかない。無造作に海藤は顔を殴りつけ、紙屑の様に吹き飛ばす。

「まあ大人しくしておけ、まだ終わってないんだからよ」

 そのまま倒れた灯子を何回も、執拗に、念入りに海藤は蹴りつけた。
 鈍い打撃音と灯子のうめき声が増えるごとに、口の端から血を流し、顔を腫らす。

「悲鳴一つ上げないのは大した根性だ。なあに、ちゃんと大使様の所へ連れてってやる……その後はどうなるか知らんがな」

 珍しい同じ国の姿をした少女だ、DT・ホウはきっと高く買うだろう。
 上手くいけばさらに銃器を提供してくれるかもしれない、そうしたら今度こそ……この国を……。海藤の心中にどす黒くも赤く燃える欲が込み上げる。
 あの時は、横浜の時はたった一人の蓮夜に全滅させられた。
 その後に知った月夜連も、今は解体されその人員の多くが東京から離れている。

「くっくっく……今度こそ、今度こそ……面白くなりそうだ」

 もとより日本にさしたる興味の無い大使、表舞台でも動く幻陽社も担当官は手負い。
 軍部も月夜連の解体直後でもあり神経をとがらせているが……自分たち闇狩りの動きはつかめていないはずであった。

「蓮夜は……あれぐらいじゃ、死なない」
「俺もそう思う、だが……お前ひとりでも奴を釣れたんだ……傷を癒す間など与える気はねぇよ」
「どういう……こと」

 口の中の血をぺっと吐きだしながら、灯子は情報を集めようとする。
 しかし、海藤は灯子の賢さを知っている……同時に若さゆえの早とちりや未熟さも。

「さあな、お前はこれ以上知る必要は無い……どうせあの大使様に壊されるんだからな。ここまでご苦労だった……文月灯子。日陰に足を踏み入れたんだ、ふさわしい末路へ案内してやる」

 灯子の髪を片手で無造作につかみ、海藤は軽々と灯子を無理やり立たせる。
 そして……サングラスを外して灯子の青い目を覗き込む……その視線を睨み返すつもりだった灯子は息を呑む。

「ひっ」

 真っ暗だった。
 ただただ私欲と、恨み、つらみを内包し……狂気に染まった黒。
 海藤が冠する闇狩り……その名にふさわしい眼差しだった。

「さて、まずはお前らが買った家の周辺からか」

 にやりと笑い灯子の怯え様に満足した海藤は、そのまま灯子の髪を持って引きずり……闇へと消える。
 月島の港は緩やかに凪いだ海に星を映し、静かに波を返した。
 まるで、何かの前触れの様に。
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