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1章

11:闇狩りとななし

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「ずいぶんと物騒な物を往来で振り回す出ないか小僧」

 間一髪、蓮夜が抜いた刀が弾丸を弾く。
 焦げ臭い硝煙の匂いを辺りに振りまき黒づくめの男が硬直した。
 なにせほんの数メートル、必中の弾丸が突き出された刃物に止められる。そんな状況が信じられない。

「なに、ものだ」

 サングラスの奥で見開かれる瞳には蓮夜の穏やかな顔が映る。
 
「なに、と言われればそうじゃなぁ。さっきの男は友人でのう、尋ねたい事があるただの爺よ……その服と銃。早く逃げねば真面目な公務員に立場を明かさねばならぬのではないか? 名に混じる『闇』が泣くぞ?」
「!? お前、どこまで知っている」
「新聞で見た名前くらいは知っておるさ」
「……」

 蓮夜としても降って湧いた既知の危機に引く気はない、自分については市民に浸透している手出し厳禁がある以上暴れる事については迷いはない……が。変な騒ぎを起こしたくはないとも思っている。
 半ばあてずっぽう、後は纏う雰囲気に日陰者の匂いをかぎ取って闇狩りと判断したが、上手く当たったようだ。
 しかし、蓮夜の想像以上に……相手は向こう見ずだった。

「なら話は早い」

 ぴりぴりぴりぴり……!!

 黒づくめの男はスーツの内ポケットから笛を取り出し吹き鳴らす。

「な? 目明しの呼子だと!」

 蓮夜が驚くのは無理もなかった、それは江戸時代から使われている竹製の小さな笛。
 人を呼ぶために鳴らすものだったからだ。

「奴はここで狩る。邪魔立てするならお前も穴だらけだ爺」

 今度慌てる番になったのは蓮夜、細路地で人はいなくとも。住宅や一つ挟んだ通りはまだ行き交う人が居る中で相手は銃の使用を躊躇わない。
 その本気に気づいて蓮夜はとっさに身を翻して電柱の影に隠れる。

 ――ダァン!!

 半瞬遅れて蓮夜が居た地面に弾痕が刻まれた。

「お構いなしか小僧! 関係無い者も!」
「お国の為、不穏の芽を摘む尊い犠牲なり。本望だろう」

 カチャカチャと弾倉に新たな弾丸を装填する音に混じり、低く、冷徹な黒づくめの声が蓮夜の耳に届く。

「その言葉、お主の友や身内にも言えるか?」
「喜んで」

 これは困った、蓮夜は素直に心の中で頭を抱える。
 思った以上に技量云々ではなく覚悟が決まりすぎていた。
 
「なら、止める」

 仕方なく、ちょっと本気で……蓮夜は暴れる事にする。

「大人しく出てくるなら……」

 殺しはしない、黒ずくめがそう言おうとしたその時……

 ぱぁん!

 蓮夜の隠れた電柱を中心に、何かが破裂するような軽い音と共に影が電柱に沿って駆け上がる。

「え?」

 それは白と青の軌跡。
 かろうじて見えたその影は、サングラスのせいで捕えにくく瞬時に視界から消えおおせる。

 タァン!! タタン!

 続く打撃音は黒ずくめの頭上から

「硬いのう」

 しかし、蓮夜の声は男の背後から響く。
 己の手の中にある銃……その銃身が半ばから地面に落ちる音と共に。

 ……キィン

 数舜遅れの斬撃の音。

「は、あ?」

 目の前で起きた事、聞こえてくる音の遅さ、すべてが男を混乱に陥れる。

「お主の技量では追いつけぬよ、すまぬな。覚悟の強さは認めよう」

 左から聞こえる蓮夜の声に、視線を動かすが気配はすでに男の背後に在った。

 ―タタァン……

 その度に遅れてくる破裂音……その正体は。

「せめて、名は名乗ろう」

 蓮夜の足音だった。
 あえて、ゆっくりと、黒ずくめの認識できる速さで地を蹴って飛び上がり……
 それを理解した男が絶句するのを見届けて。
 
「月夜連合、水無月連夜」

 刀の峰を返して引きつった表情を浮かべる男のその額に、刀を振り下ろした。

「ぶげっ!!」

 ぼぐんっ!! と明らかに痛そうな音を轟かせて男が後頭部から地面に叩きつけられる。
 ほんの少し、バウンドした身体はぐったりと力を失い道の真ん中で大の字に四肢を投げうった。

「まあ、誰かを殺したようでもなさそうじゃからな。少し寝ておれ」

 ぱたんと手が地面に着くのを見届けて蓮夜がつぶやく、その視線は道の曲がり角を順に追い……おそらく黒ずくめの仲間と思しき足音を耳で拾っていた。

「ひい、ふう……なんじゃ、思ったより少なそうじゃな」

 明らかにこちらに向かってくるのは二組の足音、とん、とん、と蓮夜はそのリズムに合わせるかのようにその場で軽く跳躍する。

「さて、跳ぶか」

 軽く見上げる蓮夜の視線の先は塀の上や、電柱から突き出た足場用のボルト……本来であれば足場用の脚立などが無いと足が掛けられないが……。

「よっと」

 ひゅん、とその場から忽然と消える蓮夜の居た場所にささやかな砂ぼこりが立つ。
 次の瞬間には風が遅れて蓮夜の後を追って塀の上、電柱のボルト、電線の順に軽い音を立てながら舞い上がった。

「あれじゃな」

 電柱から遥か数メートル高い空中で白髪をたなびかせ、蓮夜は路地を疾走する先ほどと同じような格好の黒ずくめを二人見つける。
 ついでに、ぽかんとこちらを見上げる眼鏡の金髪少女。灯子とその師であり、蓮夜の既知であるナナシが苦笑しているのも見つけた。

「無事じゃな」

 緩く、重力と跳躍力が均衡を取る浮遊感の中……蓮夜は刀を握り返す。
 ホンの僅かに緩む目尻を再び吊り上げ……落下していく。

 その最中、一人は蓮夜の姿を見つけ……瞬時に拳銃を構えた。

「遅い」

 電柱の天辺に足をかけた蓮夜の踏み込みの方が早かった。
 木製の電柱がしなり、目に見えて揺れると同時に一直線に煌めく刃の光が黒ずくめと交差する。

 ズダンッ!

 再び遅れる音を置き去りに、黒ずくめが冗談の様に地面を跳ねて近所の塀に激突した。

「あ……が?」

 黒ずくめの肺から漏れる空気がひゅる、と鳴り……崩れ落ちる。
 その場に駆け付けた仲間がその光景に唖然とする間もなく、今後は下から顎をカチ上げられて縦にくるくると人体が舞った。

「ふう、すまぬが撃たせるわけにはいかんのでな……少々手痛い仕置きだが。いい勉強じゃろう」

 落ちてくる男の真下に先回りした蓮夜の右腕が掲げられる。
 その手にはもはや刀は無く、鞘の中で切子硝子の根付が揺れていた。

 まるで示し合わせたかのように、縦に回転する黒ずくめの背を蓮夜の右腕がやんわりと受け止め……勢いを殺しながら静かに地面に降ろされる。

 しかし……その顔面はひどいもので前歯が上下合わせて四本、綺麗に砕け散り鼻血で頬を真っ赤に染め上げていた。

「意外と重たかったのう……と、これは貰っておくぞ」

 壁にめり込んだ男と地面に寝かされた男の持っていた銃を拾い上げ、蓮夜は袖の中に隠し持つ。
 その緩やかな動きは普段と微塵も変わりなく、息も上がった様子はない。
 そんな蓮夜の元に、包帯だらけの青年……灯子の上司であり師でもあったナナシ。それを支えながら黒ずくめの惨状に怯えつつも呆れている灯子がゆっくりと歩み寄ってきた。

「灯子、すまなかった。怪我はないか?」

 突き飛ばしてしまった時、仕方ないとはいえ結構な勢いだったはずだが……当の本人は首をかしげているばかり。どうやら怪我は無かったのと……正確に何が起きたのかを理解している様子。

「あたしより蓮夜は?」
「見ての通り、何の事は無い……むしろ一番ひどい有様はお主か? ナナシ」

 よく見れば脇腹、右肩、こめかみの包帯から血が滲んで赤黒く染まっており。相当な重傷を負ったものと蓮夜が見立てる。

「三日前まで意識が無かった……起きた途端にこれじゃあやってられねぇな。灯子、良くこの爺さんを連れてきたな……おかげで命拾いした」
「いや、その……」

 割と本気で感謝しつつ、関心もしているナナシとは裏腹に……灯子の目が泳いで言葉を濁しまくる姿に蓮夜が助け舟を出した。

「昨日着の身着のままで儂を見つけるなりお主の捜索を頼みこまれての、放逐された身で暇を持て余していたのでなぁ……まあ、すぐに見つかるとは思ってなかったし。聞けば消息を絶ったのは十日以上も前、保護するかどうか迷っておった。そうじゃな? 灯子」

 両目をつぶり、ゆらりと頭を揺らしながら蓮夜が穏やかに灯子へ語りかけると……蓮夜の意図を理解したのか灯子が早口でまくし立てる。

「そ、そうそう! 持っていた経費使っちゃったけど仕方ないですよね!?」
「あ? ああ、そりゃあ有事の際にと言うかこういう時の為の金だ……別に咎める気もねぇよ。うまく逃げた上に命まで拾ったんだ。お前の働きに文句なんざ一つもねぇ」
「うむうむ、ならば一度……この場を離れるとするか。人も集まってきた」

 蓮夜の言う通り、先ほどの黒ずくめが鳴らした呼子と派手な打撃音で近所の家から主婦や音を聞きつけた野次馬が少しづつ増えてきた。

「そう、ね……一旦戻ろうか?」

 先ほど購入を決めた家に、と灯子が蓮夜に目配せをする。
 今の所は蓮夜たちの行方を見つけるには追跡する他ない、だが。

「それが良かろう……歩けるか? ナナシ」
「歩くしかないだろう。近いのか?」
「……それなりに」
「なら行こう……書置きだけ残しておきてぇ、灯子。書くものはあるか?」
「ある、なんて書く?」
「明日一度戻ると二階の一番奥の病室に貼っておいてくれ」
「わかった」

 そうして三人はひとまずこの場を後にしたのだった。
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