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本編
第三十三話 お繰り出し
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「ブルルッ、ブルルッ」
「ヴヒヒヒ~ン!」
相馬野馬追、標葉郷騎馬隊の集合場所である浪江町中央公園。標葉郷五十数騎の騎馬が集結し、出陣の時を待っていた。
わたしたち野馬追部が、その公園の中に馬を乗り入れていく。
「南相馬高校野馬追部、副部長源光太以下総勢六騎!ただいま参陣いたしました!」
大声で口上を述べる光太。
「よくぞ参った!」
本陣からの答えを聞くと、わたしたちは騎馬たちの輪に入った。
「ヴヒヴァ~!」
「鬼鹿毛!ステイ!」
仲の悪い馬に喧嘩を売ろうとする鬼鹿毛を結那が抑える。
「友里恵ちゃんも大きくなったな~」
「もう高校生ですから!」
郷大将の孫娘な友里恵は、顔なじみの武者たちから声をかけられまくっていた。
「そっちの子は新入りか?見ない顔だが・・・」
友里恵と話していたうちの一人が、わたしの方に顔を向ける。胴に桔梗紋が描かれた黒色の当世具足と竜の角をかたどった前立て。これまでの経験を刻み込んだようなしわだらけの日焼けした顔に、優しく微笑みながらも鋭さをたたえた目が光っていた。
「はい!春峰あさひと申します」
よろしくお願いいたします。とわたしが頭を下げると、その人は笑いながら口を開く。
「おぉ!もしや、春峰基治殿の孫娘か⁉」
「祖父をご存じなんですか!」
わたしが目を丸くすると、その人はうなずいて続けた。
「そうだ、基治さんには大変世話になった。よろしく伝えておいてほしい」
「そうなんですか。こちらこそ、祖父がお世話になりました」
天照の馬上から頭を下げるわたし。
「その萌黄匂縅の大鎧。基治さんから受け継いだものだろう?本当にあなたは基治さんによく似ておられる」
おお、自己紹介がまだだったな。と言い、その人は自らの肩印を見せる。
「私は標葉郷殿軍者、古舘晴彦と申す。以後よろしく頼む」
「こちらこそ、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」
再び頭を下げるわたし。晴彦さんは豪快に笑った。
「そんなにかしこまらなくともよい。あさひちゃんも大変じゃったろう?何しろ東京からいきなり南相馬に来るとは・・・」
そこまで晴彦さんが言ったところで、こちらに向かって駆けてくる蹄音が聞こえた。
「殿軍者、古舘晴彦殿に申し上げまする!」
わたしたちの前に止まった栗毛馬の上、赤糸縅の胴丸を着た青年がこちらを見て言う。その背には「御使番」つまりは伝令を示す黒字に白一文字の旗指物がはためいていた。
「郷大将殿より、軍議を行うため集合されたいとの言伝を伝えに参りました!」
「相分かった!すぐに向かう宗伝えよ!」
「はっ!」
御使番が走り去るのを見て、晴彦さんも愛馬の腹を蹴る。
「では、あさひちゃん、またどこかで会おう!」
その姿はあっという間に馬群の中へ消えていった。
「出陣!」
「前へ!前に~!」
武者たちの声が響き渡り、馬群が列をなして動き出す。わたしはその蹄音を聞きながら、天照に前進の合図を送った。
「行くぞ!」
「オッシャェ~イ!」
隣の光太と結那も鬨の声を上げてそれぞれの愛馬の腹を蹴る。
「ルル!行くよ!」
「源小梅、雪華!行きます!」
小梅ちゃんと友里恵も、わたしたちに続いて歩き出す。
「行くよ!ユメ!」
「バックアップは任せなさい!カンカン!」
栞奈ちゃんがユメカガミの腹を蹴る。ユメカガミの横では、飼い主の大和が誇らしげにその姿を見つめていた。
「クバン・・・」
正彦がゆっくりとクバンに言う。
「俺がお前の右目になる。だから・・・」
顔を上げると、クバンの腹を力強く足で押した。
「お前は俺の左目になってくれ!行くぞ‼」
「ヴヒヒ~ン!」
クバンが正彦に答えるようにいななく。
色とりどりの旗指物が青空を覆いつくさんばかりにはためき、武者たちの声と蹄音が大地を揺るがす。南相馬が一番盛り上がる時、相馬野馬追が今、幕を開いた。
「カンカン、疲れはどうだ?」
隣で馬を進める正彦が、わたし―木地小屋栞奈に言う。
「ん、大丈夫」
わたしはそう言うと、跨るユメカガミの首筋を軽く撫でた。
「それにしても、初参加で装備一式をそろえてくるとは・・・」
「半分は正彦のじゃん」
そう。わたしの着ている南蛮胴具足は正彦の土狩家から借りたもの。太刀は自分で作ってもらったけど、帯に差した腰刀も、馬上筒にも、土狩家の家紋が刻み込まれている。
「そうだっけ?」
正彦が笑い、光を失った左瞼を掻いた。左目にはいつもの眼帯。兜は南蛮胴と合わせた青銀色の桃型兜で、六芒星の前立てをつけてる。
「そうよ。正彦がいなかったら、こんな立派な鎧着れなかったと思う」
「ちょうどサイズが合う鎧があってよかったよ」
正彦が言うけど、たぶんこの鎧は、わたしのために新調したものだ。わたしの太刀を受け取りに行ったとき、真尋さんの工房にこの鎧があったのを見たし、兜の裏側には今年の日付が刻印されてる。
「なんで・・・・?」
わたしの言葉に首をかしげる正彦。
「なんで、ここまでしてくれるの?」
正直言うと、わたしは正彦と知り合ってそんなに経ってないし、ここまでしてもらうような義理もない。
「う~ん・・・」
正彦がクバンの手綱をもてあそびながら言う。
「・・・『好きだから』って言ったら、どうする?」
「⁉」
わたしの頭の中が、真っ白になった。
「それって・・・どういうこt・・・」
そう訊こうとした瞬間、正彦がクバンのスピードを上げる。
「ちょっと!待ってよ!」
ユメの腹を蹴って正彦を追いかける。道の向こうに、相馬小高神社の鳥居が見えてきた。
「はい、お水だよ」
「ブルルッ!」
冴子お姉ちゃんが差し出した水を、天照が勢い良く飲み干す。
「ありがとうございます」
「いいのいいの」
すっかり空になったバケツを片付ける冴子お姉ちゃん。
「標葉郷総勢五十五騎。ただいま馳せ参じた!」
「よくぞ来られた!」
神社の方では小高郷の出陣式が終わり、標葉郷勢と合流。百騎以上の軍勢を形作っていた。
「あさひ先輩!」
小梅ちゃんが雪華をわたしたちの横に寄せる。鎧と同じ白糸縅の兜に銀色の鍬形を立て、顔の下半分を覆う面頬が凛々しい。
「いよいよですね」
「うん、いよいよだね・・・」
そして、出陣の合図が下された。
ブォォ~!
螺役が法螺貝を吹き鳴らす。
「前に!前進!」
郷大将や指揮官の声が響き渡り、蹄音が大地を揺るがす。
今、標葉郷、小高郷総勢百二十三騎が、雲雀ヶ原祭場地目指して一斉に進軍を開始した。
「ヴヒヒヒ~ン!」
相馬野馬追、標葉郷騎馬隊の集合場所である浪江町中央公園。標葉郷五十数騎の騎馬が集結し、出陣の時を待っていた。
わたしたち野馬追部が、その公園の中に馬を乗り入れていく。
「南相馬高校野馬追部、副部長源光太以下総勢六騎!ただいま参陣いたしました!」
大声で口上を述べる光太。
「よくぞ参った!」
本陣からの答えを聞くと、わたしたちは騎馬たちの輪に入った。
「ヴヒヴァ~!」
「鬼鹿毛!ステイ!」
仲の悪い馬に喧嘩を売ろうとする鬼鹿毛を結那が抑える。
「友里恵ちゃんも大きくなったな~」
「もう高校生ですから!」
郷大将の孫娘な友里恵は、顔なじみの武者たちから声をかけられまくっていた。
「そっちの子は新入りか?見ない顔だが・・・」
友里恵と話していたうちの一人が、わたしの方に顔を向ける。胴に桔梗紋が描かれた黒色の当世具足と竜の角をかたどった前立て。これまでの経験を刻み込んだようなしわだらけの日焼けした顔に、優しく微笑みながらも鋭さをたたえた目が光っていた。
「はい!春峰あさひと申します」
よろしくお願いいたします。とわたしが頭を下げると、その人は笑いながら口を開く。
「おぉ!もしや、春峰基治殿の孫娘か⁉」
「祖父をご存じなんですか!」
わたしが目を丸くすると、その人はうなずいて続けた。
「そうだ、基治さんには大変世話になった。よろしく伝えておいてほしい」
「そうなんですか。こちらこそ、祖父がお世話になりました」
天照の馬上から頭を下げるわたし。
「その萌黄匂縅の大鎧。基治さんから受け継いだものだろう?本当にあなたは基治さんによく似ておられる」
おお、自己紹介がまだだったな。と言い、その人は自らの肩印を見せる。
「私は標葉郷殿軍者、古舘晴彦と申す。以後よろしく頼む」
「こちらこそ、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」
再び頭を下げるわたし。晴彦さんは豪快に笑った。
「そんなにかしこまらなくともよい。あさひちゃんも大変じゃったろう?何しろ東京からいきなり南相馬に来るとは・・・」
そこまで晴彦さんが言ったところで、こちらに向かって駆けてくる蹄音が聞こえた。
「殿軍者、古舘晴彦殿に申し上げまする!」
わたしたちの前に止まった栗毛馬の上、赤糸縅の胴丸を着た青年がこちらを見て言う。その背には「御使番」つまりは伝令を示す黒字に白一文字の旗指物がはためいていた。
「郷大将殿より、軍議を行うため集合されたいとの言伝を伝えに参りました!」
「相分かった!すぐに向かう宗伝えよ!」
「はっ!」
御使番が走り去るのを見て、晴彦さんも愛馬の腹を蹴る。
「では、あさひちゃん、またどこかで会おう!」
その姿はあっという間に馬群の中へ消えていった。
「出陣!」
「前へ!前に~!」
武者たちの声が響き渡り、馬群が列をなして動き出す。わたしはその蹄音を聞きながら、天照に前進の合図を送った。
「行くぞ!」
「オッシャェ~イ!」
隣の光太と結那も鬨の声を上げてそれぞれの愛馬の腹を蹴る。
「ルル!行くよ!」
「源小梅、雪華!行きます!」
小梅ちゃんと友里恵も、わたしたちに続いて歩き出す。
「行くよ!ユメ!」
「バックアップは任せなさい!カンカン!」
栞奈ちゃんがユメカガミの腹を蹴る。ユメカガミの横では、飼い主の大和が誇らしげにその姿を見つめていた。
「クバン・・・」
正彦がゆっくりとクバンに言う。
「俺がお前の右目になる。だから・・・」
顔を上げると、クバンの腹を力強く足で押した。
「お前は俺の左目になってくれ!行くぞ‼」
「ヴヒヒ~ン!」
クバンが正彦に答えるようにいななく。
色とりどりの旗指物が青空を覆いつくさんばかりにはためき、武者たちの声と蹄音が大地を揺るがす。南相馬が一番盛り上がる時、相馬野馬追が今、幕を開いた。
「カンカン、疲れはどうだ?」
隣で馬を進める正彦が、わたし―木地小屋栞奈に言う。
「ん、大丈夫」
わたしはそう言うと、跨るユメカガミの首筋を軽く撫でた。
「それにしても、初参加で装備一式をそろえてくるとは・・・」
「半分は正彦のじゃん」
そう。わたしの着ている南蛮胴具足は正彦の土狩家から借りたもの。太刀は自分で作ってもらったけど、帯に差した腰刀も、馬上筒にも、土狩家の家紋が刻み込まれている。
「そうだっけ?」
正彦が笑い、光を失った左瞼を掻いた。左目にはいつもの眼帯。兜は南蛮胴と合わせた青銀色の桃型兜で、六芒星の前立てをつけてる。
「そうよ。正彦がいなかったら、こんな立派な鎧着れなかったと思う」
「ちょうどサイズが合う鎧があってよかったよ」
正彦が言うけど、たぶんこの鎧は、わたしのために新調したものだ。わたしの太刀を受け取りに行ったとき、真尋さんの工房にこの鎧があったのを見たし、兜の裏側には今年の日付が刻印されてる。
「なんで・・・・?」
わたしの言葉に首をかしげる正彦。
「なんで、ここまでしてくれるの?」
正直言うと、わたしは正彦と知り合ってそんなに経ってないし、ここまでしてもらうような義理もない。
「う~ん・・・」
正彦がクバンの手綱をもてあそびながら言う。
「・・・『好きだから』って言ったら、どうする?」
「⁉」
わたしの頭の中が、真っ白になった。
「それって・・・どういうこt・・・」
そう訊こうとした瞬間、正彦がクバンのスピードを上げる。
「ちょっと!待ってよ!」
ユメの腹を蹴って正彦を追いかける。道の向こうに、相馬小高神社の鳥居が見えてきた。
「はい、お水だよ」
「ブルルッ!」
冴子お姉ちゃんが差し出した水を、天照が勢い良く飲み干す。
「ありがとうございます」
「いいのいいの」
すっかり空になったバケツを片付ける冴子お姉ちゃん。
「標葉郷総勢五十五騎。ただいま馳せ参じた!」
「よくぞ来られた!」
神社の方では小高郷の出陣式が終わり、標葉郷勢と合流。百騎以上の軍勢を形作っていた。
「あさひ先輩!」
小梅ちゃんが雪華をわたしたちの横に寄せる。鎧と同じ白糸縅の兜に銀色の鍬形を立て、顔の下半分を覆う面頬が凛々しい。
「いよいよですね」
「うん、いよいよだね・・・」
そして、出陣の合図が下された。
ブォォ~!
螺役が法螺貝を吹き鳴らす。
「前に!前進!」
郷大将や指揮官の声が響き渡り、蹄音が大地を揺るがす。
今、標葉郷、小高郷総勢百二十三騎が、雲雀ヶ原祭場地目指して一斉に進軍を開始した。
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