上 下
31 / 38
本編

第二十五話 新たなる我が家

しおりを挟む
「はぁっ!はぁっ!」
 田んぼの中の一本道を、わたしは息を切らして駆けていく。
「敬美ちゃん、今日は随分と急いでるわねぇ・・・・」
 いつもなら立ち話する近所のおばあちゃんも無視して、わたしは過去最高の末脚で家の庭に飛び込んだ。
「ただいま!」
 これまた過去最高の声量で叫ぶと、半切りにしたドラム缶で炭火を熾していたおじいちゃんが振り返る。
「お帰り、敬美」
「おじいちゃん!馬運車は⁉」
 息が上がったまま問うと、おじいちゃんは愉快そうに笑って言った。
「安心しなさい。まだ来てないよ」
「良かったぁ・・・・」
 わたしがホッとしていると、家の縁側から気の抜けた声が聞こえる。
「敬美ちゃ~ん!」
 その声の方向を見ると、真っ昼間から缶ビールと日本酒の瓶を開け、だらしなく寝ころんだ男の人。
「時雄さん、また飲んでるんですか⁉」
 わたしが言うと、時雄さんはその髭面をなでながら笑う。
「今日は祝いの日だからな。敬美ちゃんの初めての馬の日」
「だとしても、昼間から酒かっ食らうのはいかがなものかと思います」
 わたしが言うと、時雄さんが大きく笑った。
「ウォッカじゃないだけいいと思ってほしいね」
 わたしは大きくため息をつくと、縁側に鞄を置く。
 ガラッ
 玄関を開けると、そこはだだっ広い土間。夏だから火は入ってないけど、鋳物製の薪ストーブが鎮座している。
「春!ただいま!」
 土間に入って右側。二頭分作られている厩舎の片方から、葦毛のペルシュロンが顔を出した。
「よしよし・・・」
 この子はおじいちゃんの愛馬、春。その顔をなでると、わたしは居間においてある仏壇の前に座る。
「お父さん・・・・」
 遺影の中のお父さんは、春の顔を抱えて微笑んでいた。
「わたし、お父さんみたいな馬方になります!」
 と、その時・・・・
「ヴヒヒヒヒ~ン!」
 春が大きくいななく。それと同時に、エンジンの音がわたしの耳に入った。
「来た!」
 わたしが外に出ると、さっきまで縁側にいた時雄さんがビデオカメラを構えてわたしを撮っている。

 ブロロロロロ・・・・・

 田んぼの間の細い道を、巨大な馬運車がゆっくりと走ってきた。

 キィー・・・・

 ゆっくりと止まり、バック運転で家の敷地内に入ってくる馬運車。
「おじいちゃん!」
 わたしはおじいちゃんに問いかけた。
「あの馬運車に、わたしの馬が乗ってるんだよね?」
「そうだ。これから敬美と毎日を過ごして、敬美の相棒になる馬だよ」
 おじいちゃんは半切りにしたドラム缶に炭火を熾し、そのうえで猪肉を焼きながら言う。
 そして、馬運車の扉が開いた。






「栞奈ちゃん・・・・」
 狼森運送の馬運車の荷台。わたし―春峰あさひは、キタノコクオーの引手を握る栞奈ちゃんの頭に手を置いた。
「大丈夫ですよ」
 栞奈ちゃんがにっこりと笑う。
「わたしだって、コクオーとは笑ってお別れしたいですから」
 ゆっくりと、馬運車の扉が開いた。
「行こう。コクオー」








「ハッ!」
 馬運車から現れた馬体に、わたし―板野敬美は息をのむ。
「綺麗・・・・」
 ビロードのような美しい青毛の毛並みに覆われた体には、筋肉が隆々と盛り上がり、その大きな顔をキリっと大流星が貫いていた。
「お前のためにじっくり見定めた馬だ。大事にしなさい」
 そういうおじいちゃんに、わたしはさらに問いかける。
「おじいちゃんが探してくれたの?」
「そうだ、年齢は四歳。できる限り長く、敬美といられるようにしたんだ」
 おじいちゃんはうなずくと、馬を引くお姉さんたちに会釈をした。
「ありがとう!」
 わたしはそう言うと、ゆっくりと馬の方に歩みを進める。
 そして、馬から三歩くらい離れたところで立ち止まった。
「初めまして」
 馬を引くのは、高校生くらいのすっごく綺麗なお姉さん二人。その二人に向かって、しっかりと頭を下げる。
「これからこの馬の飼い主になる、板野敬美と言います」
「初めまして」
 わたしから見て左側、馬の手綱を持ったポニーテールの人が会釈をする。
「わたしは福島県立南相馬高校野馬追部の木地小屋栞奈。これまで三か月間、この馬―キタノコクオーのお世話をしてきました」
「わたしは春峰あさひ。栞奈ちゃんの補佐でコクオーのお世話をしてたの。よろしく」
 栞奈さんの反対側で手綱を取るショートカットのお姉さんが言う。
「はい、よろしくお願いします!」
 わたしが頭を下げると、二人はコクオーを庭の繋ぎ場につないだ。
(この子がわたしの馬・・・・・)
 そっとその鼻に触れる。

 グイッグイッ・・・・

 コクオーがわたしに顔を擦り付けてきた。
「うわっ!」
 甘えてるとはいえ、輓馬の力はすごく、わたしは少しふらつく。そうしていると、後ろから声をかけられた。
「敬美ちゃん。ちょっといい?」
「はい、どうしましt・・・・・」
 そう言って振り向いた瞬間、わたしの顔は栞奈さんの胸に埋まる。
「あの、栞奈さん?」
 わたしが言うと、栞奈さんがわたしの頭に顔をうずめた。
 じわっと、涙の感触が頭に伝わる。
「ごめんなさい。本当は笑ってお別れするつもりだったんだけど、我慢できなくて・・・・」
 わたしは無言で手を回すと、栞奈さんを抱きしめた。
「あの子のこと、どうかよろしくお願いします・・・・・」
 栞奈さんが泣きながら言う。
「安心してください」
 わたしはそう言って、栞奈さんの背中をそっとさすった。
「コクオーは、わたしが死ぬまでお世話します。絶対に幸せにすると誓いましょう」
「ありがとう・・・・」
 栞奈さんの胸から、確かなぬくもりが伝わってくる。
(あぁ・・・・・)
 わたしは心の中で、後ろで鼻を鳴らす青毛馬のことを考えた。
(この人にお世話された馬は、きっと幸せだったんだろうな・・・・・)
 そして、栞奈さんはゆっくりと抱擁を解く。
「そうだ。コクオーの健康手帳忘れてた」
 目元を赤くしながら、ポケットから黄色い表紙の手帳を取り出した。
「南相馬市野馬追部厩舎から、三春町板野家に移動・・・・っと」
 記入が終わった手帳をわたしに差し出す。
「改めて、コクオーのことをよろしくお願いします」
「わかりました」
 わたしはそう言って、健康手帳を受け取った。
「じゃあね」
 栞奈さんがわたしに背を向け、仲間たちの元へ去っていく。その様子をボーっと眺めていると・・・・・

 ぺらっ

 健康手帳のページの間から、一枚の紙が地面に落ちた。
「あっ・・・・」
 急いで拾って四つ折りを開くと、そこにはシャーペンでびっしりと、だけど丁寧に書かれた文字。
『コクオーは基本的に大人しい馬です。人が大好きなので、毎日いっぱい話しかけて、スキンシップをとってあげてください。』
『萩が大好きでよく食べます。いいことができた日にはご褒美にあげてください。萩以外だと、ニンジンとリンゴ、梨もすきです。』
 こんな感じで、コクオーに関することがA4の紙一枚にびっしりと書き連ねてあった。
「・・・・・」
 これを見ているだけで、コクオーがいかに愛されてきたかが分かる。
「栞奈さん」
 わたしは栞奈さんの背中を見つめてつぶやいた。
「わたしは、あなたのようなホースマンになります」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ハピネスカット-葵-

えんびあゆ
キャラ文芸
美容室「ハピネスカット」を舞台に、人々を幸せにするためのカットを得意とする美容師・藤井葵が、訪れるお客様の髪を切りながら心に寄り添い、悩みを解消し新しい一歩を踏み出す手助けをしていく物語。 お客様の個性を大切にしたカットは単なる外見の変化にとどまらず、心の内側にも変化をもたらします。 人生の分岐点に立つ若者、再出発を誓う大人、悩める親子...多様な人々の物語が、葵の手を通じてつながっていく群像劇。 時に笑い、たまに泣いて、稀に怒ったり。 髪を切るその瞬間に、人が持つ新しい自分への期待や勇気を紡ぐ心温まるストーリー。 ―――新しい髪型、新しい物語。葵が紡ぐ、幸せのカットはまだまだ続く。

ハレマ・ハレオは、ハーレまない!~億り人になった俺に美少女達が寄ってくる?だが俺は絶対にハーレムなんて作らない~

長月 鳥
キャラ文芸
 W高校1年生の晴間晴雄(ハレマハレオ)は、宝くじの当選で億り人となった。  だが、彼は喜ばない。  それは「日本にも一夫多妻制があればいいのになぁ」が口癖だった父親の存在が起因する。  株で儲け、一代で財を成した父親の晴間舘雄(ハレマダテオ)は、金と女に溺れた。特に女性関係は酷く、あらゆる国と地域に100名以上の愛人が居たと見られる。  以前は、ごく平凡で慎ましく幸せな3人家族だった……だが、大金を手にした父親は、都心に豪邸を構えると、金遣いが荒くなり態度も大きく変わり、妻のカエデに手を上げるようになった。いつしか住み家は、人目も憚らず愛人を何人も連れ込むハーレムと化し酒池肉林が繰り返された。やがて妻を追い出し、親権を手にしておきながら、一人息子のハレオまでも安アパートへと追いやった。  ハレオは、憎しみを抱きつつも父親からの家賃や生活面での援助を受け続けた。義務教育が終わるその日まで。  そして、高校入学のその日、父親は他界した。  死因は【腹上死】。  死因だけでも親族を騒然とさせたが、それだけでは無かった。  借金こそ無かったものの、父親ダテオの資産は0、一文無し。  愛人達に、その全てを注ぎ込み、果てたのだ。  それを聞いたハレオは誓う。    「金は人をダメにする、女は男をダメにする」  「金も女も信用しない、父親みたいになってたまるか」  「俺は絶対にハーレムなんて作らない、俺は絶対ハーレまない!!」  最後の誓いの意味は分からないが……。  この日より、ハレオと金、そして女達との戦いが始まった。  そんな思いとは裏腹に、ハレオの周りには、幼馴染やクラスの人気者、アイドルや複数の妹達が現れる。  果たして彼女たちの目的は、ハレオの当選金か、はたまた真実の愛か。  お金と女、数多の煩悩に翻弄されるハレマハレオの高校生活が、今、始まる。

処理中です...