私は奴隷。勇者に復讐することにした。

千代杜 長門

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今後の相談(改稿しました)

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「くたばれたぬきジジイ!」

心からの叫びと同時に新しく注いだ紅茶をカップごと投げ付ける。

一応気を使ってスラックスに狙いをつけてやった。

「あっつ!?馬鹿野郎、お前シミがついたらどうするっ高いんだぞ!」
「ばーか、ちゃんと洗浄効果のあるところにかけてやっただけありがたいと思えたぬき腹。」
「相変わらず可愛くないなお前は!」
「こらこら、ミーシャちゃん、ダメでしょう?旦那様におイタしたら」

  慌てて布巾で服を拭うおっちゃんを鼻で笑う。
くすくすと笑いながら頭を撫でてくるアイリ姐さんにニヒヒと、笑い返した。3年間でかぶりにかぶった猫?んなもの既に裸足で逃げ出している。

「ほんとに…こんなに可愛げがないから勇者に手を出されずに済んだのか。」
「んだとゴルァ、どう見ても清楚で大人しい女の子だろうが目ん玉腐ってんのか!」
「清楚で大人しい女の子は目ん玉腐るだの紅茶をぶちまけるだろしねーだろうが、ああん?」
  
おっちゃんとまた火花を散らしあってからバカ笑い。はい、お約束お約束。
その間に姐さんが新しくお茶を入れてくれていた。今度は姐さんも一緒に席についてお茶を飲む。

「…なにより、勇者が未成年に手を出すド変態鬼畜野郎じゃなくてよかったですね。勇者に手を出されてたらその場で詰んでましたから。勇者でも英雄でも貴族でも王族でも、お手付きになったからには血を残さないといけないですから。」

姐さんの何気ない言葉に深く同意の意味を示すために何度も頷いた。
この国の法では同意が無い性行為は、目を抉る、性器を切り落とすなどの肉刑が一般的だが、王族や、貴族。英雄や勇者と呼ばれる存在に至っては「優秀な血を残す」という名目で許されることがある。
 今回この国の法で勇者を訴えた場合、必ず勇者は許されただろう。

聖女や聖女の出身国 神聖レガリア の出す救済符によって。

「まあこんな跳ねっ返りのじゃじゃ馬を好き好む変態は多くないだろう。特に未成年だし、混血だし鶏ガラうさぎ娘だしな!」
「ほう?それじゃぁ、私が勇者からどんな扱い受けたか、たっっっっっぷり、話してやろうか?」

 私の死んだ目に失言だと気がついたのかおっちゃんがげほんげほんと咳払いをして、ヘッタクソな愛想笑いを浮かべ手を差し出した。

「いや、また後でにしておこう。さ、今日は疲れただろう。」
「けっ、わざとらしく話変えてんじゃないよ」

こちらとしても長く続けたい会話でもなかったので鼻を鳴らして先を促す。

「へえ、この匂いは香木貨幣か」

首輪に手を伸ばすおっちゃんの手にはことりの卵程の大きさの透明な球体が握られていた。
球体の真ん中には親指の爪ほどの大きさの香木がメダル状に整えられ、この国の象徴、亜龍の
首を討ち取りし聖騎士が彫られている。

それを精油を混ぜた特殊な蝋で固められている。

魔力を通している間だけ自由自在に形を操ることが出来ると性質を持つ蝋は貴族達の中では模造貨幣の見分け兼自身の魔力制御のこまかさや芸術性の高さを見せるための格好の道具らしい。

おっちゃんはそれを鍵の形に変化させていた。

「随分豪華な鍵だな。」
「鍵の形、香木自体の微細な魔力、そして俺の魔力が合わないと鍵があかない特別製だ。」

奴隷の首輪というものは案外大切なもので奴隷としての必要な必要な情報が書いてあり、それがなくなると所有者が好き勝手に書き直して悪用することもある。

おっちゃんの念の入れようはそれを警戒しているのだと察するとやはり大切にされていたのだなぁと照れくさくなった。

「…首輪を外したらすぐに上の階に湯を持っていくから体拭いて、飯食って寝ろ。アイリが連れていくと思うが今日から三日、部屋から出るなよ。窓も覗くな。」

 鍵を差し込むと以外ほどあっさりと私を苦しめていた首輪は外れた。

なんだ、こんなものか。

3年間の最悪の人生の象徴が死んだ蛇のようにぐたりとテーブルの上に横たわる。
それも証拠のうちと高そうな箱に入れられるのを私はぼんやりと見送った。

「アイリ、部屋に案内してやんな。後で部屋に行くからそん時これからの話をしよう。」
「あいよ。ごめんね、迷惑かけて。」
「かまわん、代金はつけておく」

アイリ姐さんの先導に従って行こうとした途端、聞き逃せない一言が呟かれ、思わず振り返る。

「ああん?奴隷商人は奴隷が訴え出たら保護をし、一般市民と同等に敬意を払って接しなければならない。だろ?」
「ばーか、一般市民と同等に敬意を払って適正価格を請求してるだろ。金が払うのが嫌なら働け。事務仕事ならいくらでも部屋に持ち込んでやる」
「この悪徳商人のたぬきジジイめ!。」
「おうおう、なんとでもいえちびっ子」

石鹸代と薪代だと言われると何も言えずにおっちゃんを睨みつけることしかできない。

「法の国から使者が着次第、法の国に行くからそれまでまた「混じり者」たちの世話、頼むぞ」
「働かざる者食うべからず、だろ?」

けっ、とわざと吐きつけるように言うとおっちゃんは仕方ないなぁと変な顔をして頭を撫でてくる。
そのまま脇の下に手を差し込まれ、抱き上げて上下に何度か揺らされる。

所謂、たかいたかいだ。舐めてんのか。

「俺と離れるのがそんなに嫌か?ん?」
「やめろ狸親父。子供じゃねえんだ」
「うさぎ娘はいつまで経っても子供だよっと」
「やめろって言ってんだろっそれにウサギじゃない!私はエルフの子だ!」
「その毛の生えた耳はどう見てもウサギだ性悪猫のうさぎ娘」

正確には一番強く出た血がエルフなだけだが、混血児なんざ一番強く出た血で名乗りを上げるものだ。
腹立ち紛れに顎に膝を入れ 、着地するついでにつま先を思い切り踏みつけてから応接間から出る。
後ろから聞こえる呻き声?知るかんなもん。

「あらあら、仲良しなのは変わらないのね」
「やめてよ、姐さん。たぬき親父は置いといて早く部屋行こう。」
「はいはい。」 

 クスクスと笑いながら先行して案内するアイリの姐さんは相変わらず紅茶の色の髪と目が美しく、濃い茶を基調としたお仕着せもよく似合ってる。

「姐さん、また綺麗になったね」
「そう?貴方が売れたすぐ後にね。あの人とついに祝言をあげてね、今。子供がいるの。だからかしら」
「………え、たぬき親父に子供が?というか子供置いて何してるの」
「大丈夫、みんなで育ててるから。手が空いてる子で面倒見てるわ」

 た ぬ き オ ヤ ジ に 子 供 !!

衝撃の事実に思考が停止するも身体は勝手に動くようで気がついたら案内されていた部屋にいた。

「今日から三日、この部屋があなたの部屋よ」

姐さんが部屋のろうそくに火をともしながら笑顔で告げる。
部屋は私が安心できるようにか、ドアには内側から鍵がかかるようになっていて、木窓を閉めているせいか酷く暗い。
しかし手入れはきちんとされているようで埃臭さなどは気にならなかった。

「それじゃあお湯を持ってくるね。いい子だから部屋から出たらダメよ?」
「あ、姐さん。お湯には」
「分かってるよ、惑わしの幻草を入れて欲しいんでしょ?エルフに獣人に竜人…鼻のきく人たちばかりなのね、勇者のパーティって」
「面倒だけど、よろしく」

気にするなとばかりに手を振ると姐さんは足早に部屋をあとにした。

「やっと…自由になった」

どっと疲れを感じ、部屋に備え付けられたベットに身体を沈める。
いつもの癖で首輪に爪を立てようとして、隷属の首輪はもうついていないことを思い出した。  

「自由…か。」

この3年で私は家族を亡くし、貞操以外の様々なものを奪われた。

手には手枷、足には足枷。首輪に口輪をそれぞれかけられたことがある。

暴力に性的虐待、不当搾取。私は勇者のパーティで債権奴隷、そして未成年にあるまじき扱いを受けた。  

家族は今も、死後の名誉を守られず、辱められている。

「……絶対に許さない」
「あんまりかいてると跡が残っちゃいますよ。」
「…姐さん。」

随分のあいだ過去に囚われていたのか呼びかけられた声にノロノロと顔を上げると、湯を張った大きなタライを足元に置いた姐さんが呆れた顔をしていた。その手には大きな箱をひとつ抱えている。

「言っておきますが、ノックはしました。…もう、先に傷の手当しますよ。ほら、血が出ちゃってる。」
「別に、このくらい」
「他にもあるんでしょう。旦那様からの伝言です。『俺が何年、人の人生切り売りして生きてきたと思ってんだ。隠し事なんざ百年早い。黙って手当受け入れろ。貸しにしてやる』ですって」
「……借金返したばかりのいたいけな子供に貸しを付けるんじゃないって言っておいて」
「はいはい、それじゃあ服を脱いで。ひどい時は治癒の魔石と並行で治療しますからねー。」

強引な姐さんに負けてされるがままに身体を拭かれる。
勇者のパーティにいた時もこまめに拭いてたせいかお湯はそこまで汚れなかった。

「ふふふ、ミーシャちゃんはいつ触ってももちもちぷにぷに。でも結構やつれちゃってますね勇者許しません。隙があったら闇討ちしてあげますからねぇ」
「そしたら聖女様の方頼むよ。勇者なんて女ったらしのヘタレよりも聖女様のがえっぐい」
「あらあら、おいたしたのは聖女の方なの?犯罪奴隷に落ちたら私が買い手を見つけてあげますね」

あちこちねちっこく触り出す姐さんがじっとりと黒い笑顔を滲ませ始めるともはや止めることはできなかった。

「姐さん、姐さん。まあ落ち着こうや」
「あらあら、あらあら、お胸は少し大きくなった?ふふ、女の子ねえ」
「姐さんっ!?マジでやめてくれ」
「可愛いわねぇ、いつになっても小さくて髪の毛も月白色のふわふわロング。もちもちぷにぷにの褐色の肌に黄金色のお目目。ぷるぷるの唇は油もはちみつも塗ってないんでしょう?うふふふっいつ見ても可愛いわぁ。うふふふふふふふ」
「おい狸親父っお前どうせ部屋の外で待ち構えてんだろ!助けて!」
「あらあら、旦那様。女の子の裸を見るなんて万死に値するので入ったらダメよ?」

おっとりして可愛いのにとっても怖い声だなんて器用なことをする姐さん。
外で待っていたおっちゃんがガタガタと音を立てて言い訳めいたことを言い募る。

「あー…ほら、風邪ひいたら可哀想だから早めに解放してやれ…な?」
「頼りにならないな!尻に引かれてるんじゃないよたぬき親父!」
「知るかクソガキ、お前はアイリのお仕置きが分かってないんだ!1ヶ月の小遣いが500ルードにされるんだぞ!」
「きっかり尻に引かれてるんじゃねえか!そこら辺の子供でももう少しもらってんぞ!」
「あらあら、ミーシャちゃん。女の子がそんな言葉遣いしたらだめでしょ?」
「え、いや姐さん。あんまり変なところ触らないでほしいんだけど」
「ふふ、大丈夫体キレイキレイするだけよ?ほらほら暴れちゃだーめっ」
「ちょ、ま……」

結局私が開放されたのは半刻ほど経ったあとだった。


ようやく解放されたときには日の沈む鐘がなる時だった。

「ちょっと、やりすぎちゃいました」

ぺろり、と可愛らしく舌を出してウィンクをしてから部屋を出ていく姉さんに、無駄に高級そうなドレスを着せられた私はぐったりと椅子に座り込んだ。

「…どっと疲れた。」
「大丈夫か。」
「大丈夫だと思うかクソたぬき」
「思わねえからあえて聞いたんだクソ猫」
「…全財産、私に貢いでからくたばれじじい」
「子供が生まれたんだから死ぬわけには行かねえなぁ」
「のろけてんじゃねーよ。」

ニヤニヤと笑うおっちゃんの頭を叩いたところでようやく場の雰囲気が仕切り直された。

「それで、詳しく話を聞こう」
「ああ。勇者と過ごした3年間について話すよ」
「よろしく頼む」

実は奴隷にはいくつか種類がある。

「私の奴隷区分はおぼえているね?」
「当然だろう。誰がお前を売ったと思ってるんだ。債権奴隷の非戦闘、内務区分だろう?」

まず大まかにふたつ。
犯罪を犯した故に落とされる犯罪奴隷。

借金のカタに売られる債権奴隷。

もちろん私は後者だ。

「犯罪を犯していない債権奴隷は法律の国が定めた奴隷の権利保護法であらゆる権利が護られている。」

犯罪奴隷の場合は無期奴隷と懲役奴隷。
そして罪の重さでの重罪奴隷と軽罪奴隷に分かれ、罪の重さによって保護される権利が変わる。
保護される権利も生きる権利ギリギリだ。
死にそうになったら治療を受けられる権利や決められたところでトイレの事情を解決できるなど最低限の権利しか守られない。


「何を当たり前の事言ってんだ。学者に教鞭をとるつもりか。続きを言ってやろうか?奴隷の権利保護法では第一に守られるべきは未成年。彼等が性的、または金銭的に搾取されることは許されぬ。また心身ともに搾取され、暴力を振るわれることも許されぬ。だろ?」

ドヤ顔でこちらを見るおっちゃんに無性にイラつきつつ私はひとつ、頷いた。

「そう、そもそも債権奴隷は、奴隷と名は付いているが画家や音楽家などの技術職が貴族への繋ぎに使うこともあり実際には職業訓練に近い。法的にはなんの瑕疵もないので非道な命令は拒否をすることが出来るし、主人に暴力を振るわれることもない。主人もほとんどの場合借金を返したあとに悪評を建てられるのを恐れて無体を働くことは無い。」

ここからさらに細かく分かれることになる。

戦闘奴隷 

非戦闘奴隷


  文字通り戦うか戦わないかの二択だ。
その二択に加え、債権奴隷の場合は債権の金額、奴隷になった時の年齢、本人の希望などを加味されて職種や仕事の内容を決める。


  今、私が分類されているのは債権奴隷の非戦闘奴隷。
 そして非戦闘奴隷の内、色事を扱わない内務奴隷と呼ばれる区分に分類される。

 これらの奴隷の仕事の区分は奴隷を売る時に交わされる契約書の一番上に書かれているし、売買時に奴隷商人から口頭での説明が義務付けられている。さらに言うなら奴隷の首輪に区分ナンバーが書いてある。

私の場合は債権奴隷(1)ー非戦闘員(2)ー内務奴隷(1)ー1級技能士(1)ー購入時の年齢(9)

   1ー2ー1ー1ー9とナンバリングされる。

 この1級技能士というのは長期雇用される時に給料に色がつく一定の資格持ちということだ。
  私は1級鑑定士、1級書士などの内務特化の資格をいくつか持っている。

 これらの番号は、どんな奴隷商でも共通で、主人やほかの人間が奴隷区分を侵すのは奴隷保護法違反になり、奴隷が借金を返したあと、明るみに出ると罰せられる。

今回私が利用する制度はそれだ。

「勇者は私を戦場に連れていった。」
「馬鹿な、お前が非戦闘奴隷であることは事前に説明したぞ」
「離れたところから鑑定で情報を見抜けば安全だと。最初のうちは家族もいたしね。」
「連れ出しただけで罪になることは最初に説明したはずだ!」

激昴してくれるおっちゃんになんだか和む。

「その説明を聞いてなかったおかげで私がここにいるんじゃないか。」
「お前はまだ未成年だぞ?」
「そうさなぁ目の前で閨事をやられていたり女共にぶん殴られたり、異世界のりしとやらに金をむしられたりしても未成年だな。」
「りしぃ?なんだそれは」
「よくわからん。異世界の制度らしくて奴隷貸付信用金に似てるが…日当の三割を貸付信用金代わりに取るってのは…ぼりすぎだろ?」

 奴隷商人が元金にプラスして払わせる金、それが奴隷貸付信用金。つまり、年間これだけ払うから取り立ては待ってね。という金だ。
これは年に元金の5分。
わたしの場合だと月25万ルードを支払うことになっていた。
それに加え日当が10万7000ルードの日は32100ルード、危険手当込ならそれ以上の金額を吸い取られた。

「これにな、仲間割引で護衛代と食事代で日に一万ルード。さらに日によって色々毟られたさ…聖女様による暴力とその暴力の治療費とかな」
「まさか!しかも護衛代だって?非戦を外に出した挙句そんなものを毟りとるなんて…お前の家族はどうなんだ。あいつらが入れば護衛なんざいらねえだろう。」

おっちゃんの言葉にビクリと身体が震える。
ゴトゴトと暴れ出す心臓を抑え、瞼の裏に飛び散る赤い飛沫を意識の向こうに追いやってからゆっくりと息を吐いた。

「…………なあ。前に勇者が五十を超える化け物を殺したと騒ぎになったろ?」
「あ、嗚呼…三年前にこれぞ異世界の勇者だって話題になったな…たしかお前を売って二月か三月くらいたった…まさかっ。」
「…あいつは、勇者たちは。異獣に襲われた時に私の家族を生贄にして逃げた!あまつさえ命を賭して異獣を殺した家族たちを化け物とひとくくりにした挙句、首を落として異獣の仲間の化け物として王家に献上したっ。…幼子も孕み腹もいた!!」
 
手首に走る重い痛みに自分がテーブルに拳を叩きつけたことを知った。  

「一匹残らずだ。回復やほかの仕事を頼んだ非戦闘員の家族たちも全員戦闘に向かわされた。」
「まさか…救いの勇者と癒しの聖女だぞ?」
「そうだ。勇者は私にあの子達が死んでも新たな獣たちを捕まえればいいと言った。知獣も聖獣も異獣の違いさえ分からないくせにっ。聖女は私に家族たちを喜んで差し出せと言った。人命優先ってなんだ、私のことを人だと扱わなかったくせに何故私を家族たちと死なせてくれなかったんだ!」

目元に感じた熱で自分が泣いていることに気がついた。

「勇者は普段私になんて感情を向けていたと思う?ムラサキノウエ計画だとさ!自分好みの女に育て上げて抱きたいと考えていた!聖女やハーレムの女どもは私が唯一勇者が金を出してまで望んだ存在だからと嫉妬し、見えないところで暴力を奮った。家族たちにもだ!歩き始めたばかりの幼い子が竜人の女に蹴り飛ばされて歩けなくなったこともある!…なあおっちゃん。なんで私を勇者に売ったんだよ。おっちゃんの元で働いてたら、借金は返してなくても家族と幸せに…っ」

それ以上、言葉が出なかった。
わかってる。分かってるんだ。あの時は初対面で社会的地位すらある勇者や聖女の本性を見抜くなんて不可能だし、金を出しているのに断るのが難しいことぐらい。だけどどうしても考えてしまう。
もし、売られなかったら。もし、別の誰かに売られていたら。未来はきっと変わっていた。

「…そんなに手を握りこんでたら爪で怪我するぞ。唇も噛み締めてんじゃねえ。お前は爪も歯も鋭いから傷が残る」

そっと触れてくるおっちゃんの手が暖かくて悲しくて思わず振り払う。

「はっ、商品としての価値が下がるってか」
「馬鹿野郎。お前はもう奴隷のミーシャじゃなくて市民のミーシャだろ。女が体に傷をつけてんじゃねえ」

無駄に落ち着いたおっちゃんの声に荒ぶっていた心が落ち着いていく。

「…うるせえ、こんな時だけ伊達男ぶってんじゃない。たぬきオヤジ。」
「はっ、そうやって毒が吐けるなら充分だ。お前は顔だけは上等なんだから笑っとけ」
「言われなくてもこの顔で勇者を手玉に取ってやったわくそじじい。」

ニヤリ、と無理やり口角を上げてみせるとおっちゃんがもう一度労うように頭を撫でてきた。

「おし、仕切り直しとするか。」
「だね。」
「次は取り乱すなよ。」
「わかってるさ」

そして再開した話し合いは深夜にまで及んだ。
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