私は奴隷。勇者に復讐することにした。

千代杜 長門

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勇者の奴隷卒業…?(改稿しました)

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『いいかい、常に考えるんだ。危機的状況でも、普段の何気ない一瞬でも観察して、考え続ける。』

そう言って彼はまだ熱い紅茶を飲もうとして舌を火傷した。 
彼はいくつだったか、30は超えたが40にはまだなってなかったはず。そんな、彼との年の差が酷く嫌だった。

『トカゲ先生、猫舌なのに熱い紅茶が好きなんて、難儀だよね…』

猫舌で、朝や寒さに弱い彼をみんなふざけてトカゲ先生の愛称で読んでいた。

『難儀…って、僕そんな言葉教えたっけ?』
『おっちゃんが言ってた』

そうか、と苦笑しながら彼は太陽の匂いのする手で私の頭を撫でた。
手の甲や、右頬、体のあちこちに火傷を負った彼は人族なのに、人神教の聖職者だったのに私たち混血に優しい。

『ミーシャ、常に考えて考えて考え抜くんだ。勇者だろうが聖女だろうが気にせずに出し抜いてお金を貯めなさい。諦めたらそこで終わりなのだから』
『その言葉、好きだよね。諦めずに行動しすぎて奴隷落ちまでしたくせに』
『大人をからかうんじゃありません』

日が登れば私は勇者の元に行かねばならない。未成年の私に欲情する獣の元に。

『トカゲ先生。』
『なんだいミーシャ』
『キス、してもいいよ?』

幼い私の精一杯のお誘いに彼は黙って紅茶を啜った。

『あちっうわ、あつっ!?』

びっくりして手にまでかかってるかっこ悪い彼に気が抜けて笑って拭いてやる。

『さっきも火傷したじゃん…』
『いや、変なこと聞いてきたから』
『嘘じゃないのに…』

おやすみなさいのハグをして彼の太陽の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
これで、最後なんだ。

『大好きだよ。トカゲ先生』
『僕も大好きだよ。我が弟子ミーシャ。』

きっちり線引きをされて、思い切り舌を出す。

『…せんせー。そういうデリカシーの無いところがモテないんだよ!』
『はいはい、そもそも火傷で醜い僕を婿にしようとする女性が奇特ですよー』
『先生が混血なら嫁にしてあげたのに』

この国の法律では人族は人族としか婚姻が出来ない。
私の言葉に先生は悲しい顔で見つめてくる。 

目はどこまでも悲しみに暮れているのに微笑みの形だけは揺らがなくて、それがどうしょうもなく切なくて私は思わず抱きついた。

『人族って変なの、火傷なんてあってもなくても人族の血には変わらないのに』

そういった私に、彼はなんて答えたのか、未だに思い出せない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ミーシャ・エルストイ。11歳
村に売られ、お屋敷に売られ、借金のかたに奴隷商人に売られ、借金地獄の果てに勇者ハーレムの一員やってます。ちくしょうめ。

 デートデートとすぐに出発したがる勇者を説き伏せ、おめかしと称して、奴隷にしては上等な上着とスカートを着込み、獣人に見せるように見せかけの獣の耳の髪飾りを頭につけ、耳は2つにくくった髪の中に隠した。

「ミーシャ、遅れてるけど大丈夫?」
「はい、大丈夫です。勇者様」
「こらこら、勇者って気付かれて騒ぎになったら困るだろう?」
「……そうでした、すみません。マサトシ様」

はにかむように名前を呼べばそれだけで鼻の下を伸ばす勇者。

彼は知らない、歴代の勇者たちは早くて半年、遅くても大体一年半の期間で呼ばれた役目を終えている。

異獣と魔獣の異常発生の原因の排除と魔族の王の殺害。
歴代の勇者は異獣と魔獣の異常発生の原因の排除のみを目的としていたから仕方ない?その原因の排除も出来てないなら意味が無いじゃないか。 

彼は知らない。お偉方や商人たちの一部から『期待外れ』だと呼ばれていることを。

マサトシ・タナーカ。21歳。 

 三年前、恐らく異世界の教育機関だと思われるコーコーという施設の帰りに王国に召喚された勇者であり私のご主人様。

 その手は労働を知らぬ貴族のように柔らかく、傷がない。
 剣も1日最低限しか握らないため#貴族令息_役に立たないボンボン_#のような硬さだ。

 当時はかつて呼び出した勇者のように国を富ませるための様々な知識を有するのでは、と期待されていたが貴族制度の廃止、財源確保の仕方がわからない保険制度、農村などの子供たちの義務教育の徹底など先進的すぎる政策の数々に政局は混乱した。

 さらに色を好むのか女絡みになると無用な口出しが多く、精神も幼稚なため、これ以上の政治的混乱を避けるために予定より一年早く魔物及び異獣の討伐へと出されたある意味いわく付きの勇者。

 性格は意志が薄弱で女好き。一度身のうちに入れた女の言うことはだいたい聞く。そして都合の悪いことは都合よく書き換えるお花畑。
 努力が苦手な自称効率主義

 柔和な目元、柔らかな風貌、若木のようなすらっとした体格、常に仲間の意見に耳を傾ける、誰もが言えないことをズバッと言える、女性に優しい
と、魅力に満ち溢れている。

  どうだ、素敵な男性だろう。む

きっと全てが終わったら王都で貴族の仲間入りして、婿入り相手がよりどりみどりだろう。
 良かったな。勇者。

「ミーシャ、人が多いけど歩きづらくないかい?」
「はい…勇者様のお背中が人混みから守ってくれます」

 三年前、私が奴隷商人のおっちゃんから勇者に買われた街。商業都市テストルテ。
私たちはそこに帰ってきた。

 ハーレムにまたメンバーが加わって、嫉妬した聖女様が勇者との思い出巡りをしたいと閨で擦り寄った結果。勇者はハーレムの女達と出会った街や都市を巡る事を決めたらしい。満場一致で。

その間にこの世界で何人、人が死ぬんだろう、とか考えたりはしないのだろうかこのパーテイは。

 街を離れ、三年も経つが市場の賑わいは変わらず、人混みから勇者を盾にするため勇者の服の裾をつまみながら答えると、調子に乗ったのか手を掴んでくる。

「歩きづらかったらいつでも手を繋ぐし抱きかかえてやるからな。」
「はい。辛かったらお願いします。」

 優しげな言葉の中に多分な下心が含まれているのを誰よりも知っている私は気のない返事をしながら相場を調べるために市場を歩く。もちろん手は外した。

三年前より軒並み値段が上がっている。

「食料、鉄、武器……戦争か」
「何か言ったー?」
「いえなにも、それよりもこちらは裏通りです。人気もないし、危険では?」

 商人や街の人の会話に耳を傾けることに夢中になっていたら、いつの間にか裏通りまで来ていた。
ニヤリと笑う勇者に思わず退路を確認する。

(まだ12歳じゃないから手を出してはくれるなよ)

仮成人、12歳を迎えると『同意の上』の性行為が法律違反にならなくなる。

奴隷の場合、そこはきっちりと線引きされているはずだが勇者たちがその説明を覚えているとは限らない。

むしろ、最近の心の声からして覚えていない可能性の方が強い。

例え同意が無くても同意があったと答えれば同意の上だと判断される。そんなことはゴメンだ。

「みんながいないうちに今回の依頼の危険手当と日当、渡しておかないとなぁって。額が額だし人気のない方がいいでしょう?」

金の入った革袋を手渡しながら、勇者は微笑む。

(そっちか…)

思わず安堵のため息をつきそうになった。

 最近ようやく、女共が見てるところで私に金を渡すとトラブルになるということを学んでくれた勇者に心から感謝をしたい。
この調子で女どもを躾てくれ。無理か。このヘタレめ。
 
「いつもより危ない敵だったから色をつけておいたよ。それとお小遣い。」
「ありがとうございます!」

中身を確認すると危険手当にスート金貨2枚、お小遣いにセンドー銀貨5枚と日当にスート金貨1枚にセンドー銀貨が7枚。
計 31万2000ルード。
頭の中でパチパチと計算機を弾き、勝手に上がりそうになる口角を無理やり押さえつける。

  茶目っ気たっぷりに片目をつぶる彼はこの金額が中流階級の家族なら節約すれば1ヶ月暮らせる金額だと知らないのだろう。

「……でも、私は奴隷です。こんな大金頂けません。」

俯いて首を振ると勇者が頭を撫でてくる。
これがバレたらまたハーレムのメンバーから折檻だろう。

「大丈夫、いつものように危険手当って書いてあるから」
「で、でも…金額も…スリをしたとか疑われたら」
「大丈夫だって、金額もきちんと書いてるよ。ミーシャは不安症だな」

 大丈夫、と頭を撫でられる感触に自分の髪を引きちぎりたくなる。
貼り付けた笑みがひきつる前に、メモを確認して、誰かの目につく前に素早く自分の亜空間にしまい、私は勇者に抱きついた。

「マサトシ様っありがとうございますっ」
「いやいや、シューナがいる時に渡すとまたうるさいから、タイミングいいよね。ミーシャ、シューナが苦手でしょう?」

シューナ様。名前が出た瞬間身体が震える。
人族至上主義の人神教の聖女であるシューナ様は亜人同士の混血の私が嫌いだ。いっそ憎んでいると言ってもいい。


 初めてあった時も勇者のいない所で私と家族を這いつくばらせ、頭を踏みにじり嘲笑っていた性格の悪い聖女様。
 彼女の進言で私や家族が危険な目にあったことは数え切れない。
…彼女の命令のせいで家族たちを殺されたことも。

「……いいえ、聖なる聖女様を苦手だなんて。私は亜人ですので、そんなことを思うこと自体が不敬です」
「…ミーシャ、このパーティの中では身分は不要だと言ってるだろう?」

 御自慢の崇高な精神を語る誇り高き勇者顔を近付けられ、唇を人差し指で押さえられる。触るな。

「…申し訳ございません。」


 しおらしく頭を下げるとあわてたように勇者は私の両肩に手を置いた。 


 いやぁ、身分の気遣いが不要なら私が虐げられている時なんで助けてくれないですかねぇ。

「い、いやいや。苦手な人がいるのは仕方ないよ。女同士色々あるだろうし」
「…申し訳ございません。今日も皆様を置いてきてしまって。あとでなんて言われるか」

 私の言葉にようやく勇者は思い出した。ハーレムの女達の嫉妬深さを。
 勇者は建前上は平等を歌いつつも、私と彼女らの見えない格差は勇者も感じているようでニヤニヤした顔を一気に青ざめさせた。

「嗚呼…シューナ様に何かお渡しにならないと私、また…」

思わせぶりに口を押さえながらそっと呟いた。
 
「パーティの資金、大丈夫でしょうか…」

 そう、嫉妬に狂った女どもは金遣いが荒くなる。もしくは確実に誰かが血を見ることになる。
 大体の場合誰かは私か止めに入った勇者だ。

「そ、そうだ。必需品買う前に自由な買い物の時間にしよう。てか宿に置いてきた子達へのプレゼントっ!選ぶのてつだっ」
「こちら!皆様に内緒で集めた欲しそうなものリストです!それでは欲しかった薬草が安く売られていたのでしつれいしまーーーすっ」

 慌てて肩を掴んでくる勇者の手を振り払い、羊皮紙を相手に押し付けて私はその場を離れた。

(やっと…やっと溜まった。)

 くだらないことで減給されること数え切れず、う っかりと置いておいた財布を仲間に盗まれることも数え切れず。

 異世界の借金の常識だという『りし』という訳の分からないもので勝手に給料を差し引かれ。

 奴隷の金は主人の金と訳の分からない理論の元に勇者にハーレムの女どものプレゼント用の金を徴収されたことも何度もあった。

 貯めたお金をあの手この手で没収しようとする馬鹿共に必死に抗い、だまくらかし、出し抜くのに三年も経ってしまった。
集めた額は借金を全部返しても5年ほど遊んで暮らせるほど!よくやった私!

背中に聞こえる勇者の制止などなんのその、獣人としての脚力、エルフとしての魔力を使った身体強化、勇者のプレゼントの転売を繰り返して買っておいた脚力が上がる魔道具、翼ある靴!

持てる全ての力を使い路地を駆け抜け、壁を駆け抜け、ついでに屋根も駆け抜けて市場に戻る。

「『設定』金は本日中に奴隷商人に完済すると誓う!奴隷の主人の設定を勇者から奴隷商人へ!」

 首輪にかかる魔法に借金を完済することを高らかに宣言し、3年前のあの日からちょいちょい使われた強制命令権を発動されないように手を打った。

その瞬間、3年感、常に首にかかっていた重たく粘つく魔力が消え、身体が軽くなる。

「やー!」

自由という開放感に思わず快哉を上げてしまった。

周りの痛い子を見る目を見て自重する。あんまり目立つわけには行かない。
主人がそばにいない奴隷ほどこの国では無防備な者はいない。

弾む足取りを抑えず、尻尾が無意識にバッサバサと揺れてしまう。

「お、そこの犬獣人の奴隷の嬢ちゃんご機嫌だねぇ、お使いの途中なら何か見ていかないか!」

ダミ声に呼び止められ露天を見てみる。露天には小太りの親父と所せましと並べられた薬瓶。
虫除け、魔物避け、女寄せに男寄せ。香り物ばかりだが欲しかったものがあった。

「おっちゃんいい所に!さすが男前っ、惑わしの幻草の香水頂戴!」
「お、ノリがわかってるねー。あいよっ。何日分さね?」
「1月分!」
「はあ!?行商人が主人なのかい?」
「そんなとこ。ご主人に怒られるから早く!」

 ちなみに先程の勇者との会話は嘘ではない。

 強烈な匂いと幻覚作用のある毒草、惑わしの幻草。
 これは香水にすると一定時間で匂いを変えたり消したりすることで魔物にあとを付けられなくする貴重な薬草なのだ。
一週間分買えば王都の中流階級の人間で1ヶ月くらい余裕を持って生活できるくらいの値段はする。

「それじゃあスート金貨15枚!」
「舐めんなおっちゃん、こっちが子供だからってぼっちゃいけないだろう。スート6枚だ。」
「何を言う、そんなぼるわけ無いだろう?スート12てどうだ。」
「6枚、ゴルド銅貨1枚も譲らないよ。」
「なにおう?それじゃあスート10枚でどうだ!」

 丁々発止と値切り合戦をする。これこれ、これがずっとやりたかった。
 勇者たちの前でやるとはしたないと止められていたのだ。

「無茶ふっかけやがって…それじゃあ端数切ってスート金貨8枚。これでいいか。これ以上はまけられん」
「ここら辺が折り合いだろうね、はい。80000ルード」

きっちりと目の前で数を数えて渡す。

「たしかに。今回のは出来がいいから大切に使うんだぞ」

ぎっちりと香水瓶の入った箱を渡され、ひとつを残し全て亜空間にしまう。
 そして残していた香水のひとつを頭から満遍なくかけた。

「なっ町中でかけるなんて馬鹿かお前は!」

おっちゃんの声に周りの人が訝しげにこちらを見る。

「馬鹿なんて心外だな。ものを確かめるためにこれからほかの奴隷とかくれんぼしながらご主人の元に向かうんだ。じゃあねおっちゃん。」

慌てたように騒ごうとした店主に亜空間から差し出したリエッタ金貨をそっと握らせると、店主はぎょっとしたように私を見つめた。

「お前コレ…」
「ここだけの話主人は特別なお方だ。あとは分かるね?」

あえて多くは語らない。おっちゃんの中で勝手に主人が膨らんでいく。

「……他言無用ってことだな?」
「物分りがいい人は長生きするさ。それじゃあ今度こそじゃあね。」

 こくこくと頷くおっちゃんを尻目に再び私は人混みに溶け込む。
注目を集める前でよかった。

「施しを…施しをください」
「坊や、ちょっとこっちにおいで」

そのまま市場のはずれまで歩き、物乞いをしていた人族の子供を呼び止めた。

「なんだよ獣人」
「坊や腹は減ってないか?」

警戒している子供に腹一杯露天の飯を食べさせる。

「何のつもりだよ」
「1つ頼み事を聞いてほしい」
「薬か?色か?」
「ちがう、奴隷商人の所に行ってほしい」
「俺を売るつもりか!」
「ばーか、伝言を頼みたい。」

ハーレムの獣人の女達を警戒して匂いが完全に変わるまで時間を潰すことにしたが正直アポイントメントがない状態で会える相手でもないので伝言を頼んだ。

 「そ、その後俺を売るつもりだな!」
「売らねえよ!」

馬鹿なこと言ってる子供の尻を蹴飛ばして伝言に行かせる。
どこにでもいる浮浪児だが甘っちょろいところのある奴隷商人のおっちゃんなら助けになってやるだろう。

「奴隷商人のおっちゃん…元気かなぁ」

初めておっちゃんと出会った時のような真っ青な空を見上げながら呟く。
 見た目は悪徳商人のたぬき親父なのにマメな性格で優しかった。
ある意味いい性格していたが。

あそこには色んな人間がいた。

たぬき親父、仲の良かった混血のちび共、たぬき親父にほの字の奇特な胸のでかい姐さん。

そしてトカゲ先生。

「姐さんの紅茶、飲みたいなぁ」

 時折転売用の物品の売買をしながら私はじっくりと時を待った。

――――――――――――――

 久しぶりに帰ってきた奴隷商館はなんだか少し懐かしい。そして傍らに家族たちがいないのがさみしい。  


おっちゃんと、おっちゃんにほの字のアイリ姐さんにお茶を入れて出迎えてもらいながらそんなことをふと思った。
周りには侍女教育の一環なのか年端も行かぬ少女達が取り囲んでいる。おっちゃん、性癖歪めてないよな?大丈夫だよな?

「久しぶりおっちゃん。相変わらずいい茶葉使ってるね。姐さんも美人なのが変わんないね」
「あら、お上手。ミーシャちゃんだけならお茶っ葉もっと高いものにしたらよかったわ。」

そう言って姐さんは控えめに頬に手を当てて困ったように笑った。
  最上級の応接間に通されたのは万が一勇者や聖女を連れてきた時を考えていたのか、入れられたお茶もそこそこ高いものだった。

そこそこ、というところに悪意を感じるが(笑)

「アイリ」
「分かってますよ旦那様。」

姐さんがそっとおっちゃんの後ろに下がり、気配を消したところで改めておっちゃんを見た。
髪の毛を最高級の整髪剤で整え、腹回りは多少痩せた気もするがまだまだふっくらとしている。

これぞ悪徳商人、という見た目をしているのがザイール・ボハメティ。
泣く子も黙る我らが奴隷商人だ。

「…お前、家族はどうした。亜空間か?」

こちらが紅茶を飲み干すまでじろじろと観察してから告げられた一言にカップをソーサーに戻す手が震えた。

「死んだ。一匹残らず。話は坊やから聞いただろ」
「そうか、詳しくはあとで話すんだな。本題の方は…本気か」
「本気だよ。私は勇者たちを相手取って法律の国の規範に則って訴訟を起こす。」

  三年前よりやや儚くなった頭に脂汗を滲ませながらおっちゃんはこちらを見やる。

それに動じずに返すとおっちゃんは姐さん以外の侍女教育の女達を部屋から出した。

「あんまり他人に聞かせるような話でもないだろう。」

 人払いを済ませたのか部屋の外にも人の気配は感じない。
 おっちゃんが何かを呟きながら宝石をゴテゴテとつけた趣味の悪い腕飾りを弄ると、ブゥン、と蜂の羽ばたきのような音がした。
同時になにか不思議な感覚が肌を撫でたので思わず身構える。

「安心しろ、防音と録音の結界だ。」
「…ありがとう。」

多くを話さなくても察してくれるところは流石に商人か。

「…わかった。金は?」
「持ってきてる。借金の3000万ルード。そして訴訟をするためのお金、1500万ルード。亡命用の金2000万ルード、せしめて6500万ルード。きっちり数えてくれ」

金は既にリエッタ金貨で60枚、30枚、40枚に換金してある。
亜空間から取り出した革袋4つを順繰りに確かめたおっちゃんはぎょろりとしたどんぐり眼を今にも溢れんばかりに見開いた。

「…たまげた。お前体でも売ったか」
「なわけないだろ。」
「なら強盗でもしたか家族を使って。」
「債権奴隷は違法行為が一切できない。奴隷商人なのにそれも忘れたかあんたは」

呆れたように首の奴隷首輪を指し示しながら鼻で笑ってやるとおっちゃんは降参とばかりに両手をあげた。

「古今東西、ありとあらゆる儲けを聞いてきたが3年で6500万もの売上を叩き出した12歳なんざ聞いたことがない。錬金術師でもないはずのお前がどうやって無から金を生み出した?」

ぐいっ、と身を乗り出すおっちゃんに仰け反りつつ、顔を押し返す。むさい顔近づけんな。

「簡単さね。あちこちの街で行商じみたことをしただけさ。勇者の御用達ってお言葉が付くがね」
「お前、ほかの商人を脅したのか!」
「バカ言ってんじゃないよ。相手が『配慮』してくれただけさ。勇者様たちの態度を見てね」

 ニヤリと笑う私の言葉におっちゃんも同じく悪どい笑顔を口の端にのせた。

「この性悪奴隷が」
「そんな奴隷を跡取りにしようと育てたのはあんただろ悪徳商人」
「違いない」

実のないやり取りが面白く、ゲラゲラと下品に笑い合うとおっちゃんが再び身体を乗り出して乱暴に撫でてきた。

グラグラと視界が揺れ、その代わりに目頭が熱くなる。

「頑張ったな。大の大人だってこんな借金、3年で返せるやつはいないぞ。さすが愛娘」
「…んだよ、愛娘とか言いつつあんなのに売ってんなよじじい」

照れ隠しに飲んだ紅茶は少しだけしょっぱい気がした。

「あの時点で借金返してないお前が悪い。まあ許せ。こっちも商売だ」

腹を抱えてニヤリと笑うジジイに紅茶をかけた私は悪くないとおもう。
絶対許さん。
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