上 下
1 / 12

勇者の奴隷(改稿しました)

しおりを挟む

私はミーシャ。訳あって今は勇者様の奴隷をしている。
50を超える使役獣で家族である獣たちに守られ、生まれ持った鑑定眼と癒し手の力を使い、勇者様の戦うべき敵を決め、パーティメンバー総勢5名の回復を担当する、負担の大きい聖女様の補助をするのが役目。

その日は決められた薬草を収穫して帰ってくる。そんな簡単な依頼のはずだった。


思えばいくらでも違和感はあった。
難易度の割には高い報酬。
村人達の異様な歓迎。
少ない働き手。 
森の中の静けさ。
家族たちの不安そうな顔。

告げても効果はなかった上に、結局何事もなく依頼は終わり、あとは帰るだけだった。

「じゃあみんな!そろそろ帰ろ…うわぁぁあっ」
『ミーシャ伏せなさい!』

勇者の号令にパーティメンバーがぞろぞろと帰路についた途中、優れた聴覚を持つ角と羽を持った兎、ヴォルパーティンガーのマーサに突然背中を押され、私は地面に倒れた。
マーサは後ろ足で立つと私よりも背が高いせいでのしかかられると当然重い。

「マーサ!」
「ガルルァッ」

何をするんだと声をかけようとした途端、私の身体に熱い液体が掛かった。

『舌を噛むなよ!』

身体にかかった液体がマーサの血だと気付いたのはマーサに放り投げられてからだった。

マーサの白く大きい優美な翼は突然現れた黒い塊にもがれ、噴き出した血が雨のように地面を赤く濡らした。
 マーサはもがれた翼の痛みなど気にせず、勇者やパーティメンバーも私と同じように自分から、黒い塊から遠く離れるように投げた。
素早く家族たちが私やパーティメンバーを受け取る。

 我に返った女達が悲鳴が上がる。

『…私の家族を、襲おうとするなんて……許すわけがないでしょう…』

マーサが翼ごと塊を削ぎ落とすように近くの木に身体を叩きつける。

より一層血が噴き出し、黒い塊はそれを喜ぶように身体を震わせた。
血液の量は誰が見ても既に致死量を超えていた。

『…エルダ…ヨーダ。愛し子を守って逃げ…』

何度も体を叩きつけ、ついにマーサはどうっ、とその場に倒れ伏した。

黒い塊は触手のようなものを出しぐちゃぐちゃと音を立ててマーサを取り込んでいく。
その度に獣じみた形へと姿を変えていく。
身体中に生き物の手足や目を付けた醜悪な化け物。

 家族たちがさっ、と散開して異形を警戒するものと、私を守る為に取り囲むものでわかれ、母と呼んで慕っている獣、エルダが私を僅かに下がらせる。
 パーティの面々は戦闘態勢をとることもなく怯えて固まっている。


「マーサ…」
『声を出すな愛し子、マーサはもう助からん。』

 ゴリゴリぐちゃぐちゃと嫌な音が耳にこびりつく。
昨日まで笑い合っていた友が、温もりを分け合っていた家族が突然殺され、餌にされている。
頭がそれ理解することを拒否していた。

『彼奴はマーサに気を取られている。今のうちに逃げるぞ』

母の言葉に頷いた時、横を誰が悲鳴をあげながらかけていった。

「う、うわぁぁあっ」


ハーレムの竜人族の3つ子のひとりが異形に斬りかかったのだと頬に飛んだ異形の血から理解した。

「はは、やった…ぁっあ?」
「アレリーーー!」

勇者が叫ぶ。3つ子の1人は大きなハルバードを使って背中の1部の手足を薙ぎ払うことに成功したことを無邪気に喜んでいたが、異形大きな口に食べられてしまった。膝下しか残らず、残りの部分も一口で食べられた。

 「ガルルァ…」
『こっちに意識を向けたか…馬鹿なことをしてくれたなトカゲ女め』

 アレリーを食べたことでこちらのことを思い出したかのか立ち上がり、振り返る異形。
身体中にあらゆる獣の目や口や手足がぐちゃぐちゃに生えたものはそのままに、大まかな形はマーサのような、ヴォルパーティンガーによく似たになっていた。

「な、なんだよあれは!」

 あまりにも悍ましい見た目の異形に、勇者が間抜けな声を上げたところで、私の家族たちが異形に襲いかかった。

ブチブチとおぞましい音と共に家族たちが異形から飛び出た手足を引きちぎる。

 金属をいくつも叩きつけたような不快な悲鳴に思わず耳を塞ぐ。

痛みを感じるのか異形は暴れ、家族たちの1部が吹き飛ばされる。

『逃げろ愛し子!あれは世界の境界の果てより来たる異物、すべてを破壊することのみを生き甲斐にするもの。お前を庇って戦うことは出来ぬ』

 そばに控えていた星空の瞳と宝石を額に宿す狼のような知獣、マリアが叫んだ。
姉と慕っているその銀の身体は相も変わらず美しいがその顔は険しく歪められている。

「姉さん、でも勇者様たちと力を合わせれば」

勝てるはず。と口の中で呟く、なぜならその為に勇者は呼ばれたのだから。と勇者たちを振り返ると女共は一目散に逃げ出し、離れた所に固まり、勇者は聖女と一緒に引き攣った顔をで立っていた。

「…お前、奴隷。お前のケダモノを時間稼ぎに使いなさい。撤退します」

聖女が私に命じる。

「なっ、私は非戦闘奴隷です!私の所有物である使役獣たちだってこれ以上死なせるわけにも戦闘に参加させるわけにも行きません!それに…勇者様なら倒せるでしょう?」
「え?無理無理無理、ここどこだと思ってんだよ、初心者の森的な場所だろ?なんであんな最終ステージの中ボスみたいなのが出てきてんだよ。倒せるわけねーじゃん」

勇者の言葉に時が止まった気がした。
その間にも私の家族は傷付き、殺された者もいる。

「…っ、ふざけるな!なんで私の家族がお前たちの犠牲にならないといけないんだ!」
「なんて口をきくんですか!」

激昴した私を聖女が蹴り飛ばす。吹き飛ばされかけた身体を姉が咄嗟に支え、母が聖女を睨みつける。

「口の利き方に気をつけなさい犬娘。勇者様に望まれて奴隷になったのにたかだかケダモノの1匹や2匹差し出せずにどうします。…勇者様、ご命令を」
「え、ミーシャへの命令券はないって奴隷商人のおっちゃん言ってたじゃん?」
「緊急時にはあるんですよ。緊急性命令権実行と言えばいい筈です」
「やめろ!」

私の声をかき消すように異形が再び恐ろしい声を挙げた。

「ひ、ひぃっききき緊急性命令権実行!てめえらミーシャの化け物全員でその化け物を殺せ!殺すまで逃げるな!」

裏返った声で最悪の言霊が放たれた。
私の首を閉める首輪が熱を持ち、蜘蛛の巣にも似た黒い魔力の糸を家族たちの身体に絡めていく。

私を支えていた姉と母の身体が強張り、無理やり動かされているようなぎこちなさで私から離れていこうとして咄嗟に抱きついた。しかし獣たちの力には勝てずずりずりと引きづられていく。

「姉さん母さん!耐えて!いかないで!…ぅあっ!?」

主人の命令に逆らう影響か、身体に雷でも流れたような痛みが走り、黒い糸は私の身体にも這わされていく。

「ひっ、ぎぃ…なんで亜空間…勝手に開いて…」

身体の内側をまさぐられるような不快な感触のあと、戦闘時は匿っている回復担当、怪我や病気の者、乳飲み子や妊娠している非戦闘員まで全員強制的に出された。

『愛し子…?』
『これは…っ!?』

そして年寄りから乳飲み子まで引きずられるように異形へと向かっていく。

「…アンニーナ、トレ爺さん!みんな待って!行かないで!…勇者さま、やめさせてください。あの子達が死んでしまう!あの子達は非戦闘員なんだっ見たらわかるだろう!」
「馬鹿野郎っ人命優先に決まってんだろ!化け物同士で殺し合いしてるうちに逃げるぞ!」

 勇者に無理やりマリア姉さんと母さんを抱きしめる腕を引かれる。

『無理をするな愛し子よ』
「やめて!母さん無理なんてしてない…姉さん耐えて!無駄死にだけはさせないっ」
「…ミーシャ、あいつらが死んでもまた新しく集めればいいだろ?な?それに俺達がいるだろ?」

勇者は無駄に整った顔に引きつった笑顔を浮かべる。

「ダメだっ行くな!!」
「いい加減にしなさい!」

聖女に何度も腹を蹴りあげられる。

「あぐっ」
「お前はっいい加減っ勇者様のっ手を煩わせるんじゃない!たかだか獣でしょう!」
『おのれ、我らが愛子に何をするか!』

姉さんが聖女に牙を向き、勇者を巻き込むように鼻で聖女を投げつけた。

身体が宙に浮くほど重い蹴りを何度も叩き込まれても、勇者が聖女を止めることはなく、口から血反吐を吐いた。
肩を何度も蹴り付けられ頭も殴られたせいで意識が朦朧としてくる。 
聖女に痛めつけられた身体、そして膝をついて抱きしめているせいで膝がザリザリと擦られる。
全身が痛い。頭ががんがんする。耳に異形の絶叫がビリビリと響く。だけど家族を失う恐怖には変えられない。

『愛し子我らの愛しい幼子…我らは幼子に守られるなど良しとはしない手を離しなさい』
「い、やだ…母さんたちが死ぬなら…私も連れてって…」
『駄目だよ。未来を紡ぐんだ愛し子』
「いやだ。いやだよ」

駄々をこねるように嫌々と首を降る私。聖女と勇者は姉さんと母さんを警戒しているのか近づいては来なかった。

「…勇者様、奴隷が命令の撤回をしないように命令をすることをお忘れなく。そして早く避難しましょう!この際奴隷は置いていきましょう!」
「あ、ああ。ミーシャ、俺の許可無く化け物たちを撤退させることを禁止する。でもミーシャを置いていくことなんてできない!」
「勇者様!」
「みんなにげっ…ぅ、かはっ」

 勇者の言葉に反応するように首輪が酷く閉まった。

「にっ…ぐ、逃げっ……」

声を出そうとする度に酷くしまっていく。ひゅうひゅうと喉が鳴った。

非戦闘員の家族たちが化け物に牙を、爪を、刃を突き立てては引き剥がされ、噛み砕かれる。
戦うことがない訳ではなく、野生下で縄張りを争うことはある子達だけども、やはりぎこちない。

「っ!?マルコス!マルコス!」

母と姉を抱きしめる私の背中になにかがぶつかってきた。首だけ振り返ると小柄なヴォルパーティンガー。マーサの息子のマルコスだった。角をもがれて致命傷を負っている。

『マルコス!息をするんだ!』
『いとしご…やくそく、まもれなくて…ご、め…』
「ダメだ起きて!だめぇ!」

 あの子はつい先日風邪から治った時に、将来私を背中に乗せて世界を旅してくれると約束してくれた優しい子なのに。

「マルコスっ…嗚呼、勇者様せめて子供たちや非戦闘員たちはどうかっ…戦えないんだ!あの子達は本当に無駄死にになるんだ!」

私の悲鳴にも勇者は奇妙な笑顔を浮かべたまま答えない。

『…愛し子、お別れだ』
「…母さん…?」

母さんが口の中で何かをつぶやくと魔力が煌めき、手がゆっくりと外れた。
素敵な毛並みがすり寄せられ、私の血がベッタリとついてしまった。

「母さん…だめだよ。いかないで」
『我らは永遠の果てで先に待つよ。愛しい子』
「姉さん、いかないで」
『あの子達を無駄死ににしてくれるな。目に焼き付けよお前への愛を、我らの死に様を。』
「いやだ、いやだよ」

母さんが私を優しく咥え、勇者に渡す。姉さんが別れを惜しむように鼻でお別れのキスを送ってきた。
そして振り返ることなく異形に立ち向かい、勇ましい雄叫びを上げた。

『皆の者聞けっこれより我らが愛し子の逃げる時間を稼ぎ、異形を殺す!己が生命、一欠片も残さず愛し子のために燃やし尽くせ!』
『応っ』

獣たちが一斉に雄叫びをあげる。一瞬で動きが変わったことがわかった。

「勇者様!彼らを止めて!マリア姉さん!母さん!父さん!みんなァっ!」
「大丈夫、後で慰めるから!ね?!」

 抵抗する私をなだめ透かすように抱き抱え、勇者は走りだす。周りの女共も蜘蛛を散らすようにに逃げていく。
気遣いのつもりか勇者は私の視界をその手で閉ざした。

「見るな、化け物同士のグロい戦いなんて。」

がりがり、ごりごり。生きたまま骨を砕かれ咀嚼される音がする。
愛する獣たちの末期の声が聴こえる。

(例え世界が敵に回ろうと、お前を守るよ愛しい子)
(愛し子、大好き。)

たった数時間前に交わした会話が酷く懐かしい。
何故私は勇者の元にいて家族の元に居ないのだろう。
何故家族たちは死んでいるのだろう。私を置いて。

「離せこの人でなし!!」

勇者の手を引き剥がし、家族に向かって走り出した。

嫌だ、一緒に生きよう。一緒に死のう。約束したじゃないか。
過去世と現世の生まれは違えども、死ぬ時、そして来世の生まれるときは一緒だと。

『来るなぁ――――――!!』

化け物に吹き飛ばされながら姉が叫んだ。

『逃げろ愛し子!』
『生きろ我が子よ!』

父母と慕っていた獣が化け物の目玉を抉りながら叫ぶ。

耳に届くのはひたすらの愛の言葉。 

「なにしてんだ!化け物たちが食い合いしてる間に逃げるって言ってるだろ!」
「私の家族は化け物じゃない!」

 脚は止まってしまい、勇者に再び抱き抱えられ彼らから離れていく。

 その間も、勇者やその仲間たちには届かない私たちだけの言葉が聴こえてくる。

『子を守って死ぬことこそ我らの誉!!』
『愛しているぞ!』
『戦う力を持たなかった我が愛し子を守って逝くとはなんたる誉れ。』
『強く生きろ!』
『勇者を手玉に取るのよー!』
『怪我はもうしちゃだめだよ。』
『変なもの食べたら駄目だからね!』
『皆の者、一世一代の大勝負、派手に決めようぞ!』
『応!』
『永遠の先でまた逢おう我らの愛し子!』

 愛と別れの言葉は私たちが森を抜けたあと、三日三晩響いた。

 声がひとつずつ消え、ついに聞こえなくなった時、いつの間にか化け物の声も消えていた。

 そして四日目の朝。
私の家族が命を燃やし尽くして殺した異形は、その首を切り落とされ、王家に献上された。

王都の調査団と共に辺りを調査することになり四日ぶりに森の奥地を踏む。

「すげえ…一面、更地になってる。」

散々折檻されてボロボロの身体を引き摺り、向かった別れの土地は穏やかな森から姿を一変させていた。
木は手当り次第になぎ倒され、あちこちに家族が使ったであろう魔法の残滓が漂いそして家族だったものが倒れている。

「父さん…母さん、マリア姉さん…タバサ、アンニーナ…みんな…」

誰一人として原型を留めていない。しかし涙は出なかった。

「…ミーシャちゃん、きちんとお別れしてあげましょうか。」
「…え?」

呆然としている私に王都からきた人族の学者の女性が微笑みかけてきた。

「あるべきものをあるべき姿に。『修復』」

エルサームと名乗った女がゆったりと両手を広げ、朗々と告げると空気が揺らぎ、原型を留めず肉の塊となっていた家族たちがゆっくりと修復されていく。

「綺麗な姿で、お別れしたいでしょう?」
「あ、ありがとうございます…」  

彼女の言葉に何度も頷き中央に集められた家族の亡骸に駆け寄る。
みんな、美しく、誇らしげな顔をしていた。

「私は生きている。生きているぞ。お前達の愛し子は生きている!永遠のその先で誇れ!我が家族たち。お前達は立派に戦い、誇りある死を迎えた!」

父さんや母さんが生きてたらこういう口調で話すだろうと真似をして力強く断言する。一人一人に別れのキスを贈り、幼くして散った子供たちは抱きしめて神に祈りを捧げた。

(どうか永遠の先の幸福が彼らに与えられますように…)

「エルサームさん、獣たちの風習、固有魔法で亡骸を葬ってもいいですか?」
「ええ。聖獣や神獣の眷属も混じってるなら決められた方法でないと転生が出来ないって言われているんだっけ?構わないわ。だけど生態観察のためのスケッチだけは許してね」
「ありがとうございます。」

エルサームさんの言葉に私は深く頭を下げ、もう一度家族のために祈りを捧げた。

「ーホントえげつないよな化け物同士の同士討ち」

手を組み、真剣に祈っていた私の耳に、勇者の声が届いた。

「ええ、勇者様の機転には私、感服致しました」
「勇者くんが逃げろ!って叫んでくれなかったら私たち死んでたもんねー」
「…アレリーは残念だったがあいつも武人だ覚悟はしていただろう」
「なんと!この50を超える獣たちは勇者様がその機転を持って討伐なさったのですか!」

何も知らない役人が感心したように声を上げた。それは周りの人間にもどんどん伝播していく。

「い、いやぁそんなことないけど?」
「いえいえ、勇者様は多勢に無勢と感じると一計を案じてなかまうちをさせたのです!」
「あの時の勇者くん痺れたよォ!」
「いやはやこんな化け物が森に潜んでいたとは…ゾッとしますなぁ。」

一人がマリア姉さんの亡骸を足蹴にする。
それに倣うように人間達が私の家族を足蹴にしていく。

「な…にをいって…?あの獣たちは貴女の使役獣でしょう?」

エルサームさんが手に持った資料を何度も見返している。
きちんと報告はしてあるのかとそんな場違いなことを考えていた。

「やめろよ…」

何度もマリア姉さんを蹴りつける責任者らしい男の肩を引く。

「ん?なんだこのエルフは奴隷は…っ、混血児か!穢らわしい」
「やめろっつってんだろ!」

男を薙ぎ倒し、マリア姉さんの前に両手を広げてたった。

「私の家族を足蹴にするな!」

私の言葉に遠巻きになった調査団たちがコソコソと耳打ちをし合う。

「なんだこの奴隷は…使役獣だったのか?」
「勇者様の奴隷だと…あの傷はどうした。見たところ幼いし戦闘奴隷には見えないが」
「あの子供の使役獣とでも言うのか?星銀狼や羽角兎までいるんだぞ?」

聖女が勇者のそばで物凄い形相でこちらを睨みつけている。知るものか。

「いやぁ、あの子は俺たちのパーティメンバーで、たまたま群れの中に可愛がってた化け物がいたんだよ。だからあーやってナーバスになってるの。お分かり?」
「化け物じゃない!」

私の否定に苛立ったように近くにいた竜人族の一人アレッアさんが私の口を塞いできた。

「まだ子供ゆえに魔物を可愛がるという危険性が分かっていなかったのだろう。済まない場を混乱させた」
「んーっんーっ!」

魔物じゃない。化け物でもない。否定をしたいのに言葉にならない。

「ちょ、ちょっと待ってください!それなら報告と違うじゃないですか!」
「いけないなぁエルサちゃん、いつだって情報は錯綜するもの、変化するものじゃないか」

私の様子にエルサームさんがおかしいと異議を唱えると、調査団の人混みの中から1人の人族の女が出てきた。

「セーイラ…所長」
「初めまして皆さん。知獣研究所所長のセーイラだよ。」

セーイラと名乗った女はエルサームさんの手にあった報告書をその場で燃やした。

「ダメじゃないか、獣たちは剥製にして研究材料にするのに」
「なっ…セーイラ所長!彼らの価値観を尊重すると言ってたじゃないですか!埋葬をしないと」
「何を言っているんだエルちゃん。彼らは貴重な資料。毛の一筋すら余さず私たちが管理し、研究すべきだ」

セーイラの言葉が頭をツルツルと滑っていく。何を言っているんだこいつは。
剥製なんかにしたらみんなが永遠の果てで眠りにつけないじゃないか。
亡骸を一片も残さずもやし尽くして永遠の果てに送るのが私たちの最高の誇りある別れなのに

「やめて!みんなが永遠の果てに行けなくなるっ」
「永遠の果て?果てがないから永遠なんだよ。混血のお嬢さん。ほらみんなグズグズしないで資料を荷馬車に載せて」
「はいっ」

私の家族が無造作に荷馬車に放り投げられて乗せられていく。
私がどんなに騒いでも誰も振り返らない。

「いや!止めて!私たちの誇りを穢さないで!」
「うるさいなぁ…」

アレッアさんに羽交い締めにされている私にセーイラがうんざりとした顔で近づいてきた。
手に注射針をもって。

「うるさいから鎮静剤、うつよ」
「やめろ!」
「大丈夫、私うまいからあっという間に何もわからなくなるよ、副作用は…たまーに人格かわっちゃうくらい?あはっ」

その言葉通りわたしはすぐに何もわからなくなった。
そして意識がはっきりした時には既に1週間が立っていた。

 勇者が知略を尽くして殺した化け物として、家族たちの首は異形の首と共に王城にはこばれた。

「さすが勇者様。50を超える魔獣を皆殺しにするなど」

首は王城に飾られ身体は研究などに使われるという。

「そんな、照れちゃうなぁ」

城ではまだまだ宴が続いていて私も勇者に付き添っていた、廊下には加工された家族たちの生首が剥製として飾られている。
道行く知識人たちが口々に勇者を褒め称える。
嗚呼勇者様、勇者様、勇者様万歳!

(―――――――許さない)
「ショックだよな…あんな化け物たちの戦いを見せられてトラウマになるかと思うよ」

勇者が阿るようにこちらを見やり肩を抱く。
私は引き攣りそうな頬の筋肉を無理やり使い笑みを浮かべた。

「いいえ、ミーシャは大丈夫です」
(―――許さない)

勇者様に守ってもらえて安心したと心にもない事を言い抱きつきながら私は誓った。

(この屈辱は必ず晴らす。)

―――――――――

砂のエルフ特有の銀の髪と褐色の肌。
森のエルフ特有の萌ゆる緑の瞳。
エルフに共通する長いとんがり耳には獣人のように毛が生え、髪の毛と同じ色のフサフサした尻尾まで生えている。
天使族の名残か肩甲骨には謎の膨らみと魔族特有の黒味を帯びた尖った爪。
パッと見はエルフに近いがなんの種族か分からない。それが私。

私はミーシャ。エルストイかけあわせのミーシャ。

 ガリア王国に作られたアリシュー伯爵領内の雑種村で生まれた。父と母は知らない。
 生まれ持ったギフトと才能的技能スキルの多さを買われ、3歳の時にとある貴族へと売り渡された。


そこで基本的な読み書きと豊富な毒物の知識を得て、奥様の小間使い兼毒味係として可愛がられていたが、旦那様の愛人の子供から始まったお家騒動と当時王国内で起こった貴族間抗争でお家は借金を抱え没落。

 私は私のことを嫌っていた愛人の計らいで奴隷商人へと売られた。8歳という歳、魔眼に神の寵愛に才能的技能の数々。さぞかし高く売れただろう。   

 唯一、彼女に感謝出来たことは私の当時、三十を超えたくらいの数の『家族』もまとめ売りをしたのに、非戦闘奴隷として登録をしてくれたことか。

 そして奴隷商人の元で1年、商人の勉強をしてちょこちょこ短期の借り出しアルバイトをこなしちまちまと借金を返済した。

 ちなみに借金の金額は3000万ルード。
上流貴族では金遣いが荒い家だと半月で使い切るらしい金額が、金はいくつかの硬貨で分けられ、一定の数が貯まると上の金額の硬貨と取り替えることが出来る。

ガリア国で使われている硬貨は

聖木貨幣  1000万ルード
香木貨幣   500万ルード
リエッタ金貨  50万ルード
スェード金貨  10万 ルード
アルチェッタ銀貨 1万ルード
センドー銀貨 1000ルード
リエット銅貨 500ルード
ジューンド銅貨100ルード
ゴルド銅貨50ルード

屋台で売られている焼き鳥などが大体ジューンド銅貨3枚分だと言えばわかりやすいだろうか?

今の短期の借り出しの賃金が1日8時間働いてセンドー銀貨7枚にリエット銅貨1枚。
計7500ルード。
その日当を三等分して貯蓄と日常使いと利子の返済に回していた。
余裕がある時に元金は返していた。

 ぶっちゃけ老後ギリギリまで完済のあてなんぞなかったが、諦めたらそこで何もかもが終わってしまう、と教会の元聖職者に励まされ、奴隷商人のおっちゃんの元でいつか跡取りのになるよう勉強と短期の借り出しを繰り返していたら


勇者に買われた。


 そもそも勇者とは何か、から理解のしていなかった私は呆れた表情の聖女様からご教授を受けた。素敵なお言葉と拳で。

 勇者とは、救済の神、人神ウクシュが異界より呼び出し賜る強き者であり、昨今の魔族魔物の荒ぶりを正し人類をより良き方向に調整する云々…。

 つまりは人族が人族のために呼び出した都合のいい異界の人族。


 ちなみに今は邪智暴虐を尽くす魔族の王を倒すために旅をしているらしい。 
そんな話聞いたこともないけど。

「勇者さまぁっ勇者さまぁっ…!」
「…寝れない。」

 勇者と旅をしたら寝れない日が多くなった。
理由は単純。
私が出会った時が異世界からの召喚してすぐなので18。そして今年で21。
召喚の影響か未だに心身ともに若々しいおかげかいつでも夜がお盛んだ。

「リーナーかわいいぞ。リーナー!」

勇者と聖女その他ハーレム要員たちの7名とお盛んな宴(笑)が毎日繰り広げられている。よくもまあ飽きないこと。

正直、聖女様やら神聖な森エルフやらがお盛んだなんて知りたくはなかった。
ちなみに今名前を呼ばれているのは森エルフのリーナーさん。歳を聞くと恐ろしい事になる。

「ミーシャ、寝れないのかい?」
「エルーシャさん。少しだけ…」

 声を掛けてきたのは隠す気があるのか分からないような下着もどきの寝間着を着込んだ竜人族のエルーシャさん。名前が長すぎて覚えられるところだけで許してもらった。

「子供が寝れないのは辛いだろう。消音の結界を貼ってやろう。」
「ありがとうございます」

 なんとも慈愛に満ちた言葉だが遠まわしに、私も向こうに混ざるから早く寝ろという有難いお言葉だ。

 お言葉に甘えて結界を貼ってもらうとようやく静かになり、布団に潜る。
それを見届けたエルーシャさんはいそいそと勇者の元へと向かった。

やっと眠れる。

一人になった部屋で目を閉じると思い出すのは三年前、勇者に買われてからしばらく立ったあの悪夢だ。

 目の前で化け物が家族を食い殺していく夢。

 化け物の首に喰らいついたまま死んだ姉。
母と寄り添うようにして死んだ父。
まだ幼いながらも私を逃がすためだけに命を散らしていく兄弟。
びしゃりと頬を濡らす赤い血の温さ。
耳が痛くなるほどの化け物の咆哮、森の悲鳴。
逃げる時に担がれさりげなく勇者に揉まれた私の胸。

「必ず、屈辱は晴らすから」

 あの日から動き出せないまま私は12歳の誕生日を三日後に迎えることになった。

ーーーーーーー


「おはようミーシャ!いい朝だなぁ」
「おはようございます勇者様」
(あと三日で仮成人か。ぐふふ) 

 とっくに朝日が登り切り、宿の表通りが少し騒がしくなる頃。
隣の部屋から勇者だけが出てくる。
 どれだけお盛んだったのか腰をとんとんと叩いている勇者と挨拶を交わすとふと、勇者の心の声が漏れ聞こえた。どれだけ元気・・なのか。

色欲にまみれて気持ち悪い心の声を私のギフトは敏感に察知して届ける。

「…勇者様。本日のご予定はいかが致しましょうか」
「ん?そうだなぁ…今日はみんなが疲れて寝てるから俺とミーシャで買い物に行こう。」

ぐい、と肩を抱いてくる勇者の手が妙に熱いのが気持ち悪く、やんわりと拒否すると今度は控えめだのなんだの聞こえてくる。控えめに言って気持ち悪い。

「勇者さま、久しぶりの私と勇者さまとの出会いの土地です。ゆっくり廻りましょう」

そして私はゆっくりといつものように微笑みの仮面をかぶった。
しおりを挟む

処理中です...