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4 水曜日の化け猫
しおりを挟む(海人先輩って、変な人だったなあ。カッコいいけど。まあ、もう会うこともないよね)
次の日には、そう思ってたんだけど。
「やあ伊織ちゃん、今帰り?」
(どーして!?)
放課後、靴箱の前にいたのは海人先輩。
あたしに気づいて笑顔になり、さっと手を上げる。
「二日続けて会うなんて、偶然だね」
「そ、そうですね」
つられてそう言ったものの、ほっぺが引きつった。
う、うーん。そんな偶然、あるのかなあ?
だけどきのうとは違って、今日の先輩は一人じゃなかった。
隣にもう一人、男子がいたんだ。
短めの黒髪にがっしりした体つきで、背が高い。名札のラインは、三年生のもの。
「あっ」
びっくりして、つい反射的に指さしちゃった。
「もしかして……生徒会長!?」
「よく知ってるね」と、少し驚いたような海人先輩。
(いやいや、だって入学式で生徒代表のあいさつしてたし)
「黒沢雄馬だ。よろしく」
黒沢先輩はそう言って、礼儀正しく会釈した。
「あっ、野呂伊織です」
壇上であいさつを読み上げているときと、ファミレスに入ってきたときに、二回とも遠目に見ていただけだけど、そのときの印象は何となく怖い人だった。
にこりともしないし、いかつい感じの顔だから。
でもこうやって近くで話してみると、別に怒っているわけじゃないとわかる。
その声はとても落ち着いてたし、何より怒っているにおいはしてこなかったから。
「雄馬とぼくは従兄弟どうしなんだ」
「はあ……」
「ねえ、せっかくだから一緒に帰ろうよ。これも何かの縁だし」
「はあ?」
「雄馬も、今日は生徒会の用事もないだろ」
「まあ、そうだな」
「よし決まり。じゃあ帰ろ」
海人先輩は勝手にどんどん決めてしまう。
「ちょっと待ってください、どうしてあたしまで――」
「え? だって伊織ちゃんとぼく、もう友だちだよね」
「へ?」
(どうしてこうなったんだろ……)
こうして数分後、あたしは首をかしげながらも、三人で道を歩いているのだった。
うちの学園の生徒が、追い抜きざまにちらっとあたしたちのことを見ていく。
そりゃそうだよね。
学年バラバラだし、どういう取り合わせだろうって思われてるのかな。
それとも先輩たちは従兄弟どうしだって言ってたからいつも一緒で、そこに見慣れないあたしがくっついているのを、不思議に思われてるのかな。
目立つ二人にはさまれてるせいで、周りの目線が痛いよー。
「でさ、それでその子に転送してもらったメッセージがこれ」
「おまえ、またその悪いクセ出したのか。あんま新入生に迷惑かけるなよ」
「かけてないよー。平気平気」
二人はさっきから、そんな話をしてる。きのうの件かな。
「ね、伊織ちゃん?」
「へっ?」
「ぼく、別にあの子たちに迷惑かけてないよね?」
「はい? あ、ああ、そうですね」
つられてそう返事しちゃう。
だけど黒沢先輩は、うさんくさい人を見るような目を海人先輩に向けた。
「伊織ちゃん、こいつに気をつかわなくていいからな。こいつ本家の跡取りでおぼっちゃん育ちだから、甘やかすとますますつけあがるから」
「えーひどい言われよう」
「真実だろ」
あたしは苦笑い。そのときだった。
風に乗ってあたしの鼻をくすぐったのは――恐怖のにおい。
つめたい鉄さびみたいな、心がざらざらするにおいだ。
「だれか、怖がってる……?」
ぽつりとつぶやくと、黒沢先輩がハッとした顔であたしを見る。
海人先輩が橋の欄干から身を乗り出した。
「こら、危ないだろ」
あせった顔で、黒沢先輩がその肩をつかむ。
だけど海人先輩はまっすぐに水面を指さしていた。
「いた。あそこ。鳴いてる」
「鳴いてる?」
言われて耳を澄ませると、かすかにニャアニャアと鳴き声が聞こえた。
川べりに茂った草のせいで見えにくいけど、ダンボール箱がゆっくりと流れされていっているのが見える。
鳴き声はそこから聞こえてきていた。
「ごめん伊織ちゃん、これちょっと持ってて」
「え」
返事も待たずにあたしに鞄を押しつけると、海人先輩は川へ向かって駆け出していた。
「こらっ、待てバカ!」
あせったように黒沢先輩が言っても、海人先輩はふりむかない。
ひょろっとした見た目だし、図書室で会ったせいであまり運動が得意そうには見えなかったけど、海人先輩はものすごく足が速かった。
たった数秒で、もうかなり離れてしまってる。
あたしたちが追い付いたとき、海人先輩は川岸に到着して、靴と靴下を脱ぎすて、おまけにズボンのすそをまくっているところだった。
さっき見つけたダンボールは、川岸の草にちょうど引っかかって止まっている。
けれど、今にも流れて行っちゃいそう。
「おれが行く! だからおまえらはここを動くな! 絶対だぞ!」
言い残すやいなや、靴のまま先輩は川の流れの中に入って行ってしまった。
川の流れに逆らって大またにざぶざぶ進んだ先輩は、すんでのところで、ダンボール箱のふたをつかむ。
行きと同じようにざぶざぶと流れをかきわけて戻ってきた黒沢先輩が持っていた箱の中では、一匹の猫がニャーニャー鳴いていた。
体は真っ白だけど、鼻を境に目から耳にかけては八の字を書いたような黒い柄がある。 ハチワレ猫っていうやつかな。
ぬれたせいで寒いのか、ぶるぶるふるえる猫はあたしの顔を見上げて、不安そうにニャーと一声、高く鳴いた。
瞳孔がきゅっと三日月みたいに細くなった、その瞬間。
「え」
急に、鼻がムズッとする。
あ、やばい。この感じはいつもの――――
「っくしゅん!」
「大丈夫? 伊織ちゃん」
「あ、はい。っくしゅん!」
どうしよう。アレルギーのくしゃみが止まんないよ。
あたし、知らなかっただけで猫アレルギーだったのかな?
「伊織ちゃん、これ使って」
海人先輩がタオル地のハンカチを差し出してくれる。
タオルでふいてあげると、ハチワレ猫があたしの顔をなめる。
ざりざりした舌がちょっと痛い。
「こら、くすぐったいよ」
「もうくしゃみは大丈夫?」
「ああ、今は大丈夫みたいです」
「そう、よかった。アレルギーって大変だよね」
また、何となく違和感。
最初に名前を呼ばれたときとおんなじ。
あたし、先輩に特別なアレルギー体質のこと、しゃべってないよね?
「ゴロゴロゴロ……」
猫がのどを鳴らしながら、あたしの手に頭をすりつける。
タオルごしに伝わってくるあったかさ。もう大丈夫だね。
「おまえ、見つけてもらえてよかったな。伊織ちゃんにちゃんとお礼を言うんだぞ」
「ニャー」
「こいつ、人間の言葉がわかってるみたい」
海人先輩はあたしたちの前に座ると、猫の頭をなでる。
「こいつ、化け猫だったりして」
「ええー、どうしてそうなるんですか。――ふぇっ、っくゅん!」
もう、どうしてこうなるのよー。やっぱりあたし、猫アレルギーも持ってるのかな?
涙目でぐしぐし鼻をこすりながら見下ろすと、猫はあたしの目を見ながら左右にゆったりとしっぽをゆらしている。
そのしっぽの影が――――二又にわかれていたように見えて、あたしはごしごし目をこすった。
だって、尻尾が二又にわかれるのは、化け猫だって聞いたことがあるから。
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