ミステリー×サークル

藤谷 灯

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3 火曜日のチェーンメール

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「ふわあああぁ~」

 翌日、火曜日の昼休み。
 あたしは朝からあくびが止まらなかった。
 隣の席の凛ちゃんがくすっと笑う。

「今日ずっと眠そうだね、伊織ちゃん。また本に夢中になってて夜ふかし?」
「ちょっと悩みごとがあって、あんまり寝てなくて……ふわああ」

 そう。結局、あれこれ考えちゃって、ゆうべはあんまり眠れなかったんだよね。
 授業中も居眠りしちゃって先生にしかられるし。
 必死に耐えてたけど、昼ごはんを食べたらもう眠くて眠くて。
 どうしてあたしがこんな目にあわないといけないのよ。
 ミステリーサークルって、本当に何ものなの?
 だめだ、このまま座ってたら寝ちゃう……。

「あたし、ちょっと図書室行ってくるね」
 凛ちゃんにそう言い残して、あたしは席を立った。
 

 南園学園の図書館は、すごく大きい。
 小学校のときの何倍も広くて、あたしの好きな冒険小説や推理小説もたくさんあるから、見ているだけでもわくわくする。
(せっかくだから、何か借りていこうかな)
 棚にずらりと並んだ本をながめながら、ゆっくり歩く。
(あ……)

 目についたのは、いちばん上の段にある『星の王子さま』。
(そういえばこの本、小学生のときに読んだ気もするけど、どんな内容だったかな)
 手を伸ばしてみるけど、あたしの身長だと、あとちょっとのところで届かない。
 そのとき、ふわんとあたしの鼻先をミントのにおいがかすめる。
(え? このにおいって――)
 思わず動きを止めたあたしの横から、すっと長い指が伸びてきた。

「これでいい?」

 そう言って、棚から抜いた『星の王子さま』を差し出してきたのは、茶髪のイケメン。

「あっ」

 思わずぽかんと口が開いちゃう。
 この人――あのときファミレスですれ違った『王子』だ!
 間近で見た王子は、ファミレスで見たときよりもはるかにイケメンだった。
 茶髪は染めてるのなかと思ったけど、違う。
 だって眉毛も、瞳に影が落ちるくらいに長いまつ毛も、髪と同じ色だもん。
 アーモンドみたいにきれいな形の目は、近くで見るとほんの少しだけ青みがかっている。
 窓の外から本棚を透かして入ってくるかすかな陽射しが当たって、ゆらゆら。
 水面みたいに光がゆれてる。

「どうしたの?」
 思わず見とれてしまったあたしを不思議に思ったのか、王子はこてんと首をかしげた。

 ううう、ずるい。
 そんなしぐさまでカッコいいぞ。

「あ、ああありがとうごさいましゅ」
 あせってぎくしゃく本を受け取るけど、緊張して噛んじゃった。

 うわーん、はずかしいよう。
 頬が火であぶられたみたいにカアッと熱くなるのがわかる。
 だけど王子はそこにはふれずに、にっこり笑った。
(うわあ……)
 また見とれちゃう。
 この人、笑うと少しだけ目じりが下がって、かわいい雰囲気になるんだ。

「どういたしまして。その本いいよね。ぼくも好きなんだ」


「で、ですよね。あたしもです。昔読んだことがあるんだけど、もう一回読みたくなっちゃって!」
 勢い余って大声の早口になっちゃう。あせったときのあたしの悪いクセ。
 ハッと気づいて手で口を覆って、周りを見回した。
(よかった、近くに人はいなかったみたい)
 そう安心したのもつかの間、棚の向こう側から声が聞こえてくる。

「それホントに『午後四時四十四分のメッセージ』なの?」

 ぎくっ。
 棚の向こうだから見えなかっただけで、近くに人がいたんだ。
 うるさいって思われちゃったかな。
 ここから移動したほうがいいかな。
 ヒヤヒヤしてそんなことを考えてたら、イケメンが先に動いた。
 さっき本を取ってくれた長い指を一本立てて、自分のくちびるに当てる。

「――しいっ」
(え?)

 あたしはまた、ぽかんと口を開いてしまった。
 すると先輩は、ちょいちょいと棚の向こうを指さす。
 あたしたちには気づかず、さっきの女子たちが話し続けている。

「ホントだよ。だってきのうの四時四十四分に来たもん。ほら」
「うそ、マジ?」
(どういうこと? あの人たちの話を聞こうってこと?)

 つられて指さすと、イケメンはにこっと笑った。
(よくわかんないけど……ヘンな人)

 あたしの反応に満足したのか、イケメンは棚の向こうに体を向けて、完全に立ち聞きの体勢。そのせいでイケメンとの距離が近づいて、あたしは飛び上がりそうになった。

「しっ」
 なのにまた、指を立ててそんなことを言われる。
(静かにしろっていうんでしょ。わかってますよ)


 でもこの人、いったい何が目的なんだろ。まさか盗み聞きが趣味とか?
 あたしがそんなことを考えてるなんて知ってか知らずか、イケメンの耳は完全に棚の向こうに集中してるみたい。
 おかげであたしは、じっくりとイケメンを観察することができたんだけど。

 制服の白ジャケットの胸についた名札には『泉王子海人』と書いてあった。
 名札の上に引かれたラインはスカイブルー。
 このラインの色は入学年度ごとに固定なんだって。

 あたしの学年はネイビー、二年生はスカイブルー、三年生はグリーンらしい。
 だからこのイケメンは、いっこ上の二年生ってこと。
 生徒会長って、たしか三年生だよね。
 生徒会長といっしょにいるから、てっきりこの人も三年生だって思ってたよ。

 友だち……なのかな? 
 それとも、この人も生徒会の役員?

「ねえ、どうしよう、これ」

 そこに響いてきた声は、切実そうだった。
 胸がざわざわするようなにおいも漂ってくる。
 これ、焦ってるにおいだ。
 それに、こわがってるにおいが混じってる。

 あ、ほかにも……何だろ、これ。
 すっぱい感じの……ウソついているときのにおい?
 ハッとしてあたしも、棚の向こうに耳を澄ました。

「だってこのメッセージを受信したら、ルールどおり翌日の午後四時四十四分ちょうどに、まだ受信してないない人に送らないと呪われちゃうんでしょ?」
「う、うん。そう聞いたことがあるけど……」
「でも呪われるなんて……いまどき、ねえ? ただの都市伝説じゃない?」

 おっと、そういう話だったんだ。
 これはいわゆる『不幸の手紙』のメッセージ版ってやつかな。
 ちらっと目の前の先輩の顔を見上げると、「そうだよ」と言わんばかりにうなずいた。

 うちは霊能者一家だから、あたしも都市伝説や幽霊について、ちょっとは詳しいんだ。
 怖いからできるだけ関わりたくないけどね。

『不幸の手紙』っていうのは、お父さんお母さんの世代が子どもの頃に流行った怪異。
 一定期間に、同じ内容の手紙を不特定多数の人に送らないと、不幸になる――って意味の文章が書かれた手紙のこと。
 だけど、携帯電話とかパソコンが普及してきたら、みんなもわざわざ手紙を書いて切手を貼って投函することも少なくなったから、手紙の代わりにメールで同じようなものが増えてきたんだって。これが『チェーンメール』ね。

(先輩、この話をあたしに聞かせたかったの? それとも単に、自分が興味あるだけ?)
 視線を棚の向こうに戻しながら、あたしは首をひねった。
 棚に並んだ本の隙間から見える女子は、三人。
 みんな、名札のラインはあたしと同じ、ネイビーだ。
 スマホを持って涙ぐんでるのが、どうやら問題のメッセージを受信した子だね。

「そうかもしれないけど……もし本当に呪われたらやだもん。ねえ、みっちゃんに送ってもいい?」
 そう言ったのは、眼鏡をかけたちょっと地味めなボブヘアのの子。
「え、あたし? あたしはだめよ。だって前にもらったことがあるもん」
「じゃ、じゃあ、マミちゃんは?」
「ごめん。実はあたしもあるんだ」
 ショートカットの子とロングヘアの子に断られて、ボブヘアの子は、スマホを持ったままがっくりと肩を落とした。
「そんな……じゃああたし、呪われちゃうよ!」 

 ひええ……いくら人が少ないからって、だれもいないわけじゃないんだから。
 ほら、カウンターの奥から図書委員がこっちをぎろっとにらんでる。

「そこ、静かにしてください」
(ほら、注意されちゃった)
「は、はい」
 三人はびくっとして、図書室を出ていこうとする。

 その後姿を追うように、先輩も動く。
「行くよ」
「は?」
「は、じゃないよ。行こう。ほら急いで。あの子たち、行っちゃうよ」

 ちょ、ちょっと。意味がわかんないんですが。どうしてあたしが?
 とまどうあたしの手を、なんと先輩はがしっとつかむ。
(えええええ〰〰?)
 そのままあたしは先輩に引きずられるようにして図書室を出てしまったのだった。
 ちょ、ちょっと! まだこの本の貸し出し手続き、済んでないんですけど!

「ねえ、そこのきみたち」
 先輩に話しかけられて、ろうかに出ていた三人はふりむいた。
 だけど全員、ぎょっとしたような顔になる。
 そりゃそうだ。知らない先輩が、女の子と手をつないで追いかけてきたら、あたしだって引いちゃう。

「あの、せんぱ――」
 そろそろ手を離してほしいんですけど。
 そう言いかけたのに、先輩はもうこっちの話なんか聞いちゃいない。
「いきなりごめんね。ちょっといいかな。実はさっき図書室で、きみらの話が聞こえちゃってさ」

「は、はあ……」
「いいですけど」
「……」
 三人の視線は先輩を通り越してこっちに刺さる。
 あ、あたしのせいじゃないもん!
「あの、先輩、そろそろ手……離してもらえませんか」
「手? ああごめんごめん。つい興奮しちゃってさ。ぼく、オカルト事件の話になると周りのことが目に入らなくなっちゃうんだよね」


 にこにこ笑顔で、先輩はパッと手を離した。
(うーん。この人、見た目はすごくカッコいいのに、中身は残念かも)
「あの、あたしたちに何か……用ですか?」

 ロングヘアの子が、おずおずと口を開く。
 三人とも、ファミレスの先輩たちと違って、「王子だ!」なんてはしゃいだりしない。
 それどころか全員、少し警戒している感じ。
 やっぱり一年生だと、まだ先輩のことを知らないのかな。
 それ以前に一連の変な行動で引いちゃったのかもだけど。
 でも漂うビミョーな空気など気にせず、先輩はしゃべり続ける。

「きみたちがさっき図書室で話してた『午後四時四十四分のメッセージ』のことなんだけど、もっと詳しく聞いてもいいかな? メッセージって、スマホのメッセージアプリのことだよね」

 ロングヘアの子が、こくんとうなずく。
 なるほど。この三人の中だと、この子がリーダー格なんだな。
「はい。あたしたち、『レイン』のアプリを使ってるので」

 やっぱりそうなんだ。お父さんたちからチェーンメールの話までは聞いたことあるけど、もうメールからスマホアプリのメッセージに変わってるんだね。
 怪異って、どんどん変わっていくから、生きものみたいだなあ。

「受け取ったメッセージをそっくりそのまま、午後四時四十四分ちょうど誰かに転送しないと、ヨジババが現れて呪われるっていわれてるんです。しかも、メールを受信した次の日の午後四時四十四分ちょうどでなければだめっていう決まりもあるんです」
「へえ。ヨジババのメッセージ版かあ、そんな都市伝説は聞いたことがないよ。興味深いなあ」
「都市伝説?」

 ショートカットの子が首をかしげた。
 うん、と先輩はうなずく。

「都市伝説っていうのはね、いってみれば現代版の怪談かな。ヨジババにはいろんなバリエーションがあるけど、共通しているのは午後四時に特定の場所に行くと現れて襲ってくる怪異のことだね。午後四時にトイレに行くとおばあさんが襲ってくる、ってパターンがメジャーだよ。だけどあくまでわざわざトイレに行かないと会えなかったのに、今はあっちから出向いてくれるんだ。親切になったなあ」

(この人やっぱり変わってる。この言い方だと怪異に会いたいみたいに聞こえるけど……)
 あたしがそんなことを考えていると、先輩はいそいそと上着のポケットからスマホを取り出した。
「『レイン』ならぼくも使ってるよ。ね、ちょっとそのメッセージ、ぼくに送ってよ」
「えええ!?」
「うそ?」
「い、いいんですか?」
 三人ともびっくり。あたしもびっくりだよ。この人、本気?
「全然かまわないよ。さっきも言ったとおり、ぼく、オカルト事件が好きでさ。不幸の手紙とか、チェーンメールを集めてるんだ」
「はあ……」
「そうだ。せっかくだかさ、スマホの時間を午後四時四十四分にいじっちゃってよ。そのまま送ったら、ちゃんとルールどおりぼくに送ったことになるでしょ? きみたちは呪われなくて済むし、ぼくは貴重なコレクションが増えて、一石二鳥じゃん」
「じゃ、じゃあ……」

 眼鏡の子はおずおずと――でもうれしそうにスマホを操作する。
 その顔の前に先輩は自分のスマホを近づけた。

「あ、あの、」
「はい、ぼくのIDこれね」
「あ、はい……」

 イケメンが至近距離まで近づいてきたから、眼鏡の子の顔が真っ赤になる。
 スマホを操作する手も、心なしかふるえてる。
 そりゃそうだよね。中身はちょっと残念だけど、あんなイケメンがくっつきそうな距離に近づいたら、ドキドキするよね。
 あたしは変なことに感心しながら、少し離れて見守っていた。

 そのとき。
 ふっと――いやなにおいがあたしの鼻先をかすめた。
  何かが燃えて焦げたような……でもすごく冷たい感じのにおいだった。

 ぞっとして、腕に鳥肌が立つ。
(な、何? 急に?)
 思わず周りを見回す。近くにいるのはさっきの女子と、先輩だけ。
 だから、においの出元は、すぐにわかった。

(あ――)
 先輩に『午後四時四十四分のメッセージ』を転送しようと、必死にスマホを操作する眼鏡の子を、残りの二人がすごく冷たい目で見ていたの。
(このにおいは、怒ってるときのにおいだ。でも、どうして怒ってるんだろう)

「ピロリン♪」
 先輩のスマホから受信を知らせる音が鳴った。
「はい。これで完了。ご協力ありがとね」
「そんな、こちらこそ……ありがとうございます」
 ほっぺをほんのり赤くして、眼鏡の子が先輩を見上げると、冷たくて焼けるようなにおいはますます強まった。

「こほっ」
 あんまりにおいが強くて、思わずむせる。
 うう。これはきつい。あたしちょっと涙目。
 幽霊アレルギーは出てないけど、においが強くてしんどいよ。
「どうしたの、伊織ちゃん。大丈夫?」

 先輩が心、配そうにあたしの顔をのぞきこんでくる。
「あ、はい。大丈夫で――」
 言いかけて、あれっと思った。
(あたし、先輩に名前教えたっけ?)
 あたしと同じように、名札を見たのかな?


 三人が行ってしまった後、先輩はスマホを楽しそうに見ながら言った。
「へえ、これが『午後四時四十四分のメッセージ』かあ。面白いなあ。今日は得しちゃったよ。コレクションが増えちゃった」

「あの、いいんですか?」
「いいって、何が?」
「あの子たちにメッセージアプリのID、教えてましたよね。みんなに情報、出まわっちゃったら、先輩大変じゃないですか? 先輩、人気者みたいだし――」
「ああ、平気平気。スクショ取ったらブロックしたから」
 さらり。あまりの言葉に、開いた口がふさがらない。

 王子なんて呼ばれて、やさしそうなイケメンで、人なつっこそうだけど……。
 この人、見かけどおりの人じゃないのかも。

「それより伊織ちゃん、気づいてた?」
「は? 何をですか?」
「たぶん、あの眼鏡の子にこのメッセージ送ったの、あの二人のうちどっちかだよ。少なくともグルだろうね」
「先輩も、気づいてたんですか?」

 思わず目をぱちくりすると、先輩は目を細めた。
 あたしは心をにおいで感じる能力があるからだけど、先輩はどうしてわかったの?

「これはあくまでぼくの勘だけどね。ぼくはかなりオカルトに詳しいつもりだけど、『午後四時四十四分のメッセージ』なんて聞いたことがない。もしかしたら単にまだぼくが知らないだけかもしれないけど、あの子たちが考えだしたものだっていう可能性もあると思うな」
「もしかして……あの眼鏡の子にいやがらせするために?」

「そう。アプリのIDなんて、いくらでも偽名で取れるからね。さっきの二人が口をそろえて『自分はもう受信してるから、自分には転送しないで』と言っていたのも不自然だ。仮にこれが本物のチェーンメールの一種だとして、そんなにうまく3分の2が受信するものかな?」

「そっか……そう言われてみると、そうですね」
 なるほどなあ。だとすると、最初にあの棚の向こうから漂ってきた、すっぱいにおい――ウソつきのにおいは、あの二人の心のにおいだったんだ。
「実に面白いよねえ。こうやって、新しい怪異は生まれていくのかな。そう思ったら、ワクワクしない?」

 う、うーん。あたしはそんなに、ワクワクはしないかな。
 怪異なんて怖いし、できれば遭遇したくない。
 ただでさえ、やっかいな幽霊アレルギーなんだもん。視ちゃう前にくしゃみが出るから、何かがいるってわかっちゃうもの。

「じゃあさ、伊織ちゃんはどうして、あの二人がウソをついてると思ったの?」
 ぎくっ。
 ど、どうしよう。まさかこう来るとは考えてなかった。
「それは……」
「うんうん。それは?」
「先輩が眼鏡の子にIDを教えているとき、他の子がものすごい顔でにらんでましたから」
「それだけ? 他には?」

 初対面で、どうしてここまでぐいぐい来るの!?
 でもあたしの体質をぺらぺらしゃべるわけにもいかないし……。
(気味悪がられるのは、いやだもん)
 昔のいやな思い出が、胸をよぎる。

 自分の体から、ずんと重く沈んだにおいがしみだすのがわかった。
 小さい頃はなんにも知らなかったから、「あの人、へんなにおいがするー」なんて言いながら、いろんな人を指さしちゃったっけ。
 それだけならまだしも、「あの人、ざまあみろって思ってる」とか「この人、ウソついてるよ」なんて、その人が思ってることまで当てちゃったもんだから。
 まあ、結果は予想できるよね。
 さんざんしかられたり、気持ち悪いって言われたりしてきたんだ。

 この敏感すぎる鼻のせいで、幽霊アレルギーのくしゃみといい、ろくな目にあってこなかったんだから。
 信用できる人以外には、あたしの特別な体質のこと、絶対にバレちゃいけないんだ。

「それだけですよ。他にはなんにもないです」
「ふうん」
 先輩はまだ納得してないような顔をしていたけど、あたしを追求するのに飽きたのか、スマホに目を戻した。
「それにしても楽しみだなあ。もしこれが本物だとすると、ぼく、呪われちゃうかもね」
「ああ、それなら呪われたりしませんので、大丈夫ですよ」

 つい条件反射で、そう言っちゃった。先輩がきょとんとした顔でこっちを見ていることに気づいて、ハッとする。

「どうしてそんなことがわかるの?」
「そ、それは――」

(やっば〰〰〰〰かんっぜんに無意識だった。失敗した!)
 どうしてかって、そんなことは決まってるもん。
 図書館からここまで、一度もあたしの幽霊アレルギーが反応しなかったらからだよ。

 もしあれが本当に呪われるようなものだったら、あたし今頃、くしゃみと鼻水で大変なことになっているはず。
 あたしが昔流行した不幸の手紙とか携帯電話のチェーンメールについて知ってたのも、実はそのせい。
 過去に両方とも、実際に呪いがこめられたものを見ちゃって、くしゃみが止まらなくなったことがあるんだ。

 どっちも、霊能者であるお父さんに相談しに来たお客さんが持ってたものを、偶然見ちゃったの。
 まあおかげでお父さんも「これは本物だぞ」ってハッキリわかったから対処がしやすかったってほめられたけど。
 呪いで一番ひどいアレルギー症状が出たのは、神社に初詣に行ったときだったかなあ。

 そこの境内の木に、ワラ人形が五寸釘で打ちつけてあってね。
 それを見ちゃったら、くしゃみで大変なことになったの。

 幸い、周りの人たちは寒くてカゼ引いてる子だって思ったみたいだけどね。
 あれはひどかった。呼吸困難になるかと思ったもん。
 もしもいつか、すごく強い呪いや怪異、幽霊に出会ったりしたら、あたし発作で倒れちゃうかもなあ。

「知ってる? 呪いのワラ人形とか不幸の手紙みたいな、呪いを引き起こすっていわれてるものと、その効果についてのエピソードは世の中にはたくさんあるけど、その関係性はハッキリしないものばかりなんだ。有名どころではツタンカーメンの呪いなんかがあるけど、聞いたことはある?」

 あたしがだまってしまったせいか、先輩はしゃべり始めた。
 話がまた広がって横道にそれてるけど、やむなくあたしはうなずく。

「えっと、たしかエジプトでミイラが見つかった、有名な王様ですよね」
「そう。ツタンカーメンの墓を発見したのはイギリスの貴族、カーナボン卿が支援した調査隊なんだけど、ミイラ発見後にカーナボン卿が病気で亡くなってしまうんだ。その後も関係者の中で、亡くなる人が連続したといわれている。一説には犠牲者は20人以上にものぼったとか」
「そんなに?」
「もっとも、実際に死亡が確認されたのは数人だけらしいよ。しかも高齢だったり、もともと持病があったりする人ばかりだったそうだ」
「そうなんですか?」
「うん。こんなふうに実際は呪いが引き金の事件なんか起こっていなかったのに、『ピラミッド内部には殺人カビが生えていた』とか『侵入者はファラオの怒りに触れて呪われたのだ』とか、いかにもそれっぽい仮説が後付けで作られていったんだ。そのせいで、ツタンカーメンの呪いは本当にあったのでは……みんなが思うようになっていったんだね。要するに、何か怖いことが怒って、後から『あれは呪いのせいだったのでは』と考えることで、呪いは広がっていったんだ」
「なるほど……」

「都市伝説には『カシマさん』みたいに『この話を聞いたら呪われる』ってパターンのものも多いけど、そういうのも呪いの典型例だよね。ワラ人形を使った丑の刻参りみたいな古来の呪術もそうだけど、『もしかして呪われるかもしれない』と相手に思わせることができたら、その段階で呪いは成立するんだ。自分が呪われてるかもって思ったら、気になってしょうがないだろ?」
「はい」

 それはそうだ。きっと怖くて怖くて、一秒だって落ち着かないだろうな。

「そうなったらもう、呪いをかけた側は何もする必要がない。相手が勝手に不安になって、落ちこんで、ちょっとしたことにも怯えてケガしたり、思い悩むあまりに体調を崩したりして自滅してくれるってわけ。さっきのメールがいい例だろ?」
「……そうですね」

 もしあのとき、図書室であの話を聞かなかったら。
 こうして先輩があの子たちを追いかけなかったら。
 今頃もまだ、あの眼鏡の子は不安にさいなまれたままだっただろうな。

 キーン、コーン、カーンコーン――――

「あっ」
「あれ」

 ろうかに響く予鈴に、あたしたちはハッと顔を見合わせる。
 けど次の瞬間、あたしの背中に冷や汗がにじんできた。

「やばっ! 次、移動教室だったんだ!」
「そりゃ大変だ」
「それじゃ先輩、これで」
「あっ、ちょっと!」

 ダッシュ寸前だったあたしは、急ブレーキ。

「はい?」
(まだ何かあるの?)
「かいと、だよ」
「え?」

 きょとんとするあたしに、その日一番きれいな笑顔を見せて、先輩は言った。

「ぼくの名前。泉王子せんおうじ海人かいとっていうんだ。また会おうね、野呂伊織ちゃん」

 開け放たれた窓から吹きこむ春の風に乗って、ふわりと香るミントのにおい。
 海人先輩はひらりと手を振ると、ぽかんとしているあたしを置いて、去っていった。




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