ミステリー×サークル

藤谷 灯

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2 月曜日の招待状

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 あたしは一年四組になった。
 新生活は不安だらけだったけど、入学式から一週間もたつ頃には、学校にも慣れてくる。
 何よりよかったのは、知ってる子が同じクラスにいたことだった。
「おはよー」
「おっはよー。ねえねえ伊織ちゃん。『ミステリーサークル』って知ってる?」

 月曜日。登校したあたしにそう話しかけてきたのは、隣の席の凛ちゃん。
 三上凛ちゃんは、小学校時代に塾に通っていたときに友だちになった。
 だから実は、あたしのおかしなアレルギー体質についても知っている、数少ない友だちなんだ。
 凛ちゃんが同じ学校で、しかも同じクラスだって知ったときは、すっごくうれしかった。

「えっ何? ミステリーサークル?」
「うん、この学園の有名人たちが所属している同好会らしいよ」
「何それ、クラブ活動? 凛ちゃん、その部に入るの?」

 自分の席について、机の上に鞄を置きながら、あたしは首をかしげた。
 新学期が始まってすぐに体育館でひらかれた部活動紹介のときは、そんな部はなかったような気がするけどな。
 すると凛ちゃんは首を横に振った。

「ううん、違うよ。同小の子に聞いたんだけどね、ミステリーサークルのメンバーが誰かは、極秘なんだって。しかもクラブのメンバーになれるのは、リーダーに選ばれた人だけみたい」
「へえ、何だかすごいね。何するクラブなんだろ」

「あたしが聞いたのは、この学園で発生した心霊事件を解決して、生徒を助けるために作られたんだってウワサだよ。だから特別な力を持った人だけが選ばれるんだって」

「えー、何それ。怖い話が好きな人たちの集まりってこと?」


 あたしはちょっと体を引いた。
 たしかに、うちは霊能者一家であたしも霊が視えるけど――
 視えちゃうぶんだけ、普通の人よりも怖がりかもしれない。
 それにあたしの場合、幽霊を見ること=アレルギーの症状が出るわけで……。

「でも何だか、カッコよくない? 秘密の活動なんて。あー、メンバーに会ってみたいなあ。そういう子の友だちになれたら、ステキじゃない?」
「えー? 凛ちゃんはロマンチックな映画や漫画が好きだから、そう言えるんだよ」
「そうかなあ?」
「あたし、怖いもの嫌いだもん」

 そうだよ。
 だって今のままで、あたしはじゅうぶん毎日がエキサイティングだもん。

「でも伊織ちゃん、霊感強かったでしょ? もしかしたらメンバーに勧誘されるかもよ」
「あはは。まっさかあ」
 言いながら、あたしは鞄から取り出した教科書を机の中へと移した。
 ――カサッ。
(ん?)

 机の中に入れた指先が、何かに触れる。
 ちょっと厚みのある、紙みたいな手触りだった。
(何だろ。こんなの入れておいたっけ?)
 指先に触れたものをつまんでそっと引き出してみる。
 それは、薄い上品な水色の封筒だった。

 封筒の表には――招待状 野呂伊織さま――そう、印刷されていた。

(えっ、な、何これ?)

 くるりとひっくり返すと裏面に印刷されていたのは………

(えええええ〰〰〰〰!?) 

 手の中のものを、反射的にズボッと机の中に突っ込む。

 そんなあたしに気づいて、凛ちゃんが不思議そうにこっちを見てきた。

「どうしたの? 伊織ちゃん」

「な、何でもないよ。あ、あたしトイレに行ってくるね」

 凛ちゃんがうなずいて目をそらしたすきに、あたしはその封筒を制服のジャケットのポケットにつっこんだ。
 トイレの個室にかけこんで、鍵をかける。
 それだけで、もう心臓がばくばくだよ。
 ポケットからゆっくりと封筒を取り出して、あらためてながめる。
(見間違いじゃなかった……)

 なんと封筒の裏面に印刷されていた差出人は――ミステリーサークルだったんだ。
(ミステリーサークルって、実在してたの? でもそんなクラブが、どうしてあたしに?)
 封筒の端をそろそろと破る。
 中に入っていたのは、封筒と同じ薄い水色のカード。
 そこには、こんなメッセージがあったんだ。


 野呂伊織さま 

   あなたを当クラブへ招待いたします。
   入会のご意思があれば、金曜日までに生徒会室まで来られたし。

       ミステリーサークル 









(うーん、どうしよう)
 その日の夜。あたしはベッドに転がって、カードをながめていた。
(これ、あたしがミステリーサークルに招待されてるってことだよね。でも、どうしてあたし? まだ入学したばっかりで、あたしのことなんて、ほとんど知ってる人いないはずなのに)
 考えれば考えるほど、わからなくなってくる。

「あーもう、どうしよ」
 ごろんと寝がえりを打つと、壁かけカレンダーが目に入った。
 今日は月曜日。期限の金曜までは、一週間しかない。
「あっ、そうだ!」
 思い立ったあたしは、自分の部屋から飛び出していた。

 コンコン、と隣の部屋をノックする。
「お姉ちゃん、入ってもいい?」
 数秒の間の後、中から「あー、どうぞ」とかすれた声がした。
 また徹夜で漫画の原稿してたのかな。
「お姉ちゃん、お仕事してた?」
「まあな。どした?」

 長い髪をひっつめにして液晶タブレットに向かっていたお姉ちゃんは、椅子をぐるりとまわしてふりむいた。
 タブレットの画面に表示されている描きかけのシーンは、悪霊におそわれた主人公が逃げまどうところ。
 八尋お姉ちゃんの仕事は人気ホラー漫画家なんだ。

「ちょっと相談しても大丈夫?」
 あたし、お姉ちゃんの目のクマの濃さで、どれだけ締め切りが近いかわかるようになってきちゃったんだよね。
 今日は相当にヤバいときの濃さだ。
 するとお姉ちゃんは、ふはっと笑った。

「締め切りが近いのはたしかだけど、かわいい妹とちょっとおしゃべりする時間もないような仕事の仕方はしてないよ。そこに座りな」
 言われるままに、あたしはお姉ちゃんのベッドにぽすんと腰をおろした。
「で、どうした? 折り入って話なんて、珍しいじゃないか」
「あ、あのね……お姉ちゃん、『ミステリーサークル』って知ってる?」
「は?」
 マグカップのさめたコーヒーをすすりながら、お姉ちゃんは目をぱちぱちした。
「ミステリーサークル? 何だそれ」

「うちの学校にあるクラブなんだって」
「さあ、聞いたことがないな。あたしがいたときにはなかったと思うけど」
 ぼりぼり頭をかきながら、お姉ちゃんは首をかしげる。
「で、それがどうした? 入部したくて迷ってるのか?」
「ううん。部活じゃないみたいなの」
「は?」
「これ、見て」
 あたしは机の中に入ってた封筒とカードを差し出す。
 凛ちゃんから聞いた話も説明し終わった後、お姉ちゃんはカードをひらひらさせながら言った。

「はあー……なるほどねえ」
「ねえ、どう思う? 無視したほうがいいかな?」
「どうして? 面白そうじゃん」
 お姉ちゃんは、ニヤリと片方の口の端を上げて笑う。
 漂ってきたのは、オレンジみたいなにおい。
(あっ、これ、お姉ちゃんがワクワクしているときのにおいだ)

「なるほどなるほど。むかし流行した『ミステリーサークル』と、ミステリーのサークル……つまり『奇妙なことを研究する同好会』って意味をかけてるんだね」
「ちょっと待って、どういう意味? ミステリーサークルって?」

「イオリは知らないかもしれないけど、ミステリーサークルっていうのはね、今から二十年以上前にブームになったオカルト現象なんだ。イギリスの麦畑にとつじょとして奇妙な幾何学的な図形が現れてね、宇宙人がUFOで作っただの、自然に発生したプラズマのせいだの、すごく話題になったんだ。テレビで特集が組まれるくらいね」

「へええ~。知らなかった」
「実にいいじゃないか。あたしだったら即加入するね。楽しそうじゃん」
「もー、お姉ちゃんに聞いたのが失敗だったよ」
「そう怒るなって。これはもしかしたら、伊織にとってはチャンスかもしれないぞ」
「あたしにとっての、チャンス?」
「そう。伊織の世界を広げてくれるチャンスさ」
(そんなこと言われても、よくわかんないよ……)
 するとまるであたしが考えていることを見透かしたみたいに、お姉ちゃんはまたニヤリとした。
「伊織はさあ、自分なんてたいした力はないとか、こんな体質なんてめんどうなことばっかりだとか、そんなふうに考えがちだろ?」
 だって実際、そうだもん。
「でも、あたしは全然そんなことはないと思ってるよ」
「えー、そうかなあ」
「もちろん。いつか伊織が、もっと自分のすばらしさに気づいて、もっと自分のことを好きになってくれたらいいなあって思ってる」

 お姉ちゃんはあたしの隣に移ってきて、あたしをぎゅっと抱きしめた。
 オレンジみたいなお姉ちゃんのにおいが、甘くなる。
 あたしのことを大切に思ってくれてるときのにおいだ。大好き。
 思わずお姉ちゃんに胸に顔をうずめると、お姉ちゃんが笑った。

「でも自分らしさに気づくには、まず他人のことを知る必要がある。伊織はもっと、いろんな人と会って、いろんな世界を見たほうがいいと思うんだ」
「そうかなあ……」

 お姉ちゃんの胸に顔を押しつけたまま、もごもご言うと、お姉ちゃんはあたしの頭をぐりぐりなでた。
「まあ、肩の力を抜いて気楽に決めたらいいよ。もし伊織を悲しい目に遭わせるようなやつらなら、どっちみちアタシがぶっ飛ばしてやるから安心しな」
「お姉ちゃん、空手の有段者だったよね。あんまりシャレにならないんだけど……」
 思わずそうつぶやくと、お姉ちゃんは豪快に笑って、あたしをぎゅっと抱きしめ直したのだった。


 
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