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1 金曜日の生霊
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「栄えあるこの南園学園に入学されたみなさん、おめでとうございます――」
南園学園の体育館。
壇上で新入生へのお祝いの言葉を読み上げているのは、背が高くてがっしりした体つきの男子。
この学園の生徒会長なんだって。
お姉ちゃんの言葉を信じて、カーディガンを着てきちゃったせいか、あったかくてついうとうと。
実はゆうべ、なかなか眠れなかったんだよね。
平気なつもりだったけど、やっぱり少し緊張してたみたい。
眠気をまぎらわすために、あたしはこっそり周りを観察する。
南園学園の制服は、男女ともに、ネイビーのラインが入った白いジャケットに水色のシャツ。ネイビーのネクタイ。
女子はタータンチェックのスカートに、男子はネイビーのパンツ。
白ジャケットなんてクリーニングが大変よってお母さんは言ってたけど、やっぱりステキだな。
そうしているうちに、入学式はとどこおりなく終わり。
校庭は記念写真を撮ったり、知り合いとおしゃべりをしたりする親子でいっぱいだ。
「お姉ちゃんのときもだけど、今回も立派な式だったわね」
「そうだな。あの生徒会長のあいさつも、なかなかよかった」
「あたし、おなか空いたな」
あたしたちもそんなおしゃべりをしながら校門へと向かう。
周りの親子が、あたしたちのことをチラチラ見ている。
うう、やっぱり……?
あたしはその視線が気になって仕方ない。
だけどお父さんとお母さんは慣れっこなのが、全然気にならないみたい。
「じゃあファミレスに寄りましょうよ」
「いいね。せっかくだからランチ食べて帰ろう」
「ね、ねえ。おうちに帰ってピザとかとらない?」
「何言ってるの。せっかくみんなで出てきたんだから、美味しいもの食べて帰りましょ」
引きぎみのあたしに構わず、お父さんとお母さんはずんずん歩いていってしまったのだった。
あたしたちと同じ考えの親子が多いみたいで、ファミレスの店内は混雑してる。
お店の人に案内されたボックス席に、あたしたちは座った。
ここでも、周りの親子がちらちらこっちを見ては、こそこそと何かを言いあったりしている。
あたしは二人には気づかれない程度に、小さくためいきをついた。
しょうがないよね。
だってうちのお父さんとお母さん、めっちゃ目立つんだもん。
あたしのお父さんの仕事は霊媒師。
ふだんから和服でいることが多いんだけど、特にお気に入りなのは、今日も着ている真っ赤な羽織と着物のセット。
「赤い色は悪いものを祓う力がある、おめでたい色なんだぞ。神社の鳥居が赤いのにも、そういう意味があるんだ」
お父さんはそう言うけど、じろじろ見られるのはけっこうきつい。
だけど目立つのはお父さんだけのせいじゃないんだ。
西洋占星術師が仕事のお母さんは、若い頃からゴスロリファッションが好き。
今日は黒いチュールがたっぷりついたドレスに、厚底の編み上げブーツ。
それがまた、すごく似合ってるんだけどね。
おかげであたしは小さい頃から、周りの視線にさらされて育った。
だけどあたしは二人みたいに華やかな顔立ちじゃないし、立派な力もない。
それに二人みたいにメンタルも強くないから、もし他の人から影でいろいろ言われたら、とてもじゃないけど耐えられないな。
だからあたしは、できるだけ地味に生きようと決めたんだ。
ただでさえこのアレルギー体質のせいで、くしゃみで目立っちゃうことも多いし。
「あたし、ドリンク取ってくる」
二人がメニューとにらめっこしている間に、あたしはお店の入り口近くにあるドリンクバーへと向かった。
ふう~。ようやく周りの目から逃げられたよ。
(コーラとメロンソーダ、どっちにしようかな)
迷っていると、自動ドアがガーッと開いた。
入ってきたのは、同じ南園学園の制服を着た男子二人組だった。
大人っぽいから、先輩かな。
一人はやわらかそうな茶髪で肌の色が白くって、アイドルみたいに整った顔をしてる。
すらっとしたスタイルで、脚が長い。
制服の白ジャケットが、めちゃめちゃ似合ってる。
もう一人は背が高くて、がっしりした体つきの男子。
うちのおねえちゃんみたいに、空手か何かやってるのかなあ。
二人ともすっごくカッコいいから、並んでいると絵になるなあ。
だけど背が高いほうの男子、なーんか見覚えがあるような――
そうしたら、ソフトクリームの機械の前にいた女子たちが「きゃっ」と声を上げた。
「やだあれ、王子じゃない!」
「生徒会長と並ぶと迫力あるねー」
「今日も二人ともイケメン~」
(そっか。どっかで見たことあると思ったら、さっきあいさつを読んでた生徒会長だ)
あたしは納得。
(じゃあ王子っていうのはもう一人のあだ名かな。たしかにイケメンでやさしそうだから、ぴったりかも)
店員さんに案内されて、王子と生徒会長はこっちに近づいてくる。
王子があたしの横を通り過ぎたその一瞬、わずかにミントみたいな香りがした。
(今の、何?)
王子がつけてる香水かな?
でもそんな作り物っぽい感じじゃなくて、やさしいにおいだった。
ミントみたいにすっとするようで、どこか甘い。
これまでにかいだことのない、不思議なにおいだ。
「海のにおい……?」
ほとんど無意識につぶやいていた。
だってなんとなく、夏休みにお父さんに連れていってもらった、海辺の風のにおいに似てたから。
すると、茶髪の先輩が立ち止まった。
(――えっ?)
しかも、こっちをじっと見てくる。
(な、何?)
思わずふりむいてみたけれど、あたしの後ろにあるのは、さっき二人が入ってきた自動ドアだけだし。
もちろん、そこには今はだれもいない。
あわあわしているうち、目が合った――ような気がした。
大きくて澄んだ、形のいい目。
うわあ。この人、本当に王子様みたいにきれいな顔してるんだ。
(あたしを見てる? まさか、ね)
「おい、行くぞ。そんなところに突っ立ってたらじゃまだろ」
けげんそうに首をかしげて、生徒会長が彼の肩をたたく。
「わかった。ごめん」
そう言うと、茶髪の先輩と生徒会長は何事もなかったように行ってしまった。
あたしはホッとして息を吐いた。
(な、何だったんだろ、さっきの。びっくりしたあ)
その間も、女子たちはおしゃべりに盛り上がっている。
あたしと制服は同じだけど名札のラインの色が違うから、きっと先輩たちだな。
「今、王子こっち見てたよね?」
「やーん、今日もステキ」
「そう言えばさ、あいつも王子のこと好きだったんだよね」
茶髪のロングヘアの先輩が言った。
他の先輩もうなずく。
「あんな地味顔のくせに、身の程知らずだよねー」
「もっといじめてやればよかったかもね。二度と王子の前に出られないように」
(なんか、やだな。こういう話する人たちって)
メロンソーダにソフトクリームを乗せて作ったクリームソーダを持って、あたしはお父さんたちのところに戻ろうとした――――ときだった。
ハーブティーのところにいた先輩たちの一人が、急にふらふらとしゃがみこんだんだ。
「ちょっと芽久、大丈夫?」
「どうしたの? 貧血?」
他の先輩たちはおろおろ。
芽久って呼ばれた茶髪ロングの先輩は、声も出せない。
顔色は真っ白で、冷や汗がにじんでる。
(どうしよう。店員さんを呼んであげたほうがいいかな)
そのときだった。
ぼうっ……と、芽久先輩の肩のあたりに、黒いモヤのようなものが浮かび上がった。
じわじわと輪郭がはっきりしていって、それは怖い顔をした女子の姿になった。
あたしたちと同じ、南園学園の制服を着た子だ。
しかも、しゃがみこむ芽久先輩の首をぎりぎりと絞めている。
でも、周りの誰もその姿が見えていないみたい。
それもそのはず。
だって、あれは人間ではないから――――
(やばっ……)
とっさにそう思ったけど、間に合わない。
ツン、ときついにおいがあたしの鼻を鋭く刺す。
それはものすごい憎しみと、うらみのにおいだった。
あたしの全身に、ぶわっと鳥肌が立った。
鼻がムズムズしてくる。
やばっ。
「っ、くしょーいっっ!」
くしゃみをが飛び出たはずみで、持っていたグラスからドリンクがこぼれる。
芽久先輩にとりついて首を絞めていた黒い女子が、強い風に吹かれたようにあおられた。
「は、はっ、くしゅん! っくしゅん!」
鼻のムズムズが全然おさまらない。
立て続けにくしゃみが出るたび、黒い姿の女子はぶわっとあおられ、慌てて先輩に強くしがみつく。
「っくしゅっ!」
ひぇぇぇ~~~~~~……
だけどそのがまんも長く続かなかったみたいで、布を切り裂くようなかん高い悲鳴を残し、吹き飛ばされて消えていったのだった。
(た、助かった……これ以上アレルギー発作が続いたらしんどかったよ)
ぜいぜいと息切れするあたしに、気づいたお母さんが駆け寄ってくる。
「伊織、平気?」
「う、うん」
「これ使いなさい」
お母さんがハンカチをあたしの口元に当ててくれた。
それで鼻と口を押さえながら、あたしは先輩たちを横目でちらっと見る。
「大丈夫、芽久?」
「へーき。急に目の前が真っ暗になって息が苦しくなったけど、貧血だったのかも。なんか急にすっきりした」
「もう、びっくりさせないでよー」
そんなことを言いながら、先輩たちは席に戻っていく。
お母さんがそっと耳打ちしてきた。
「あの茶髪の子、生霊にとりつかれてたわね」
「あれ、生霊だったんだね。いつもの幽霊アレルギーの発作のせいで、ちゃんと見てる余裕なかったけど、すごく怖い顔で先輩の首を絞めてた。すごく強い、憎しみのにおいがしたよ」
「伊織の鼻は敏感だから、人や霊の感情のにおいまで感じちゃうからねえ……」
あのときの生霊の顔とにおいを思い出して、ぞっとする。
そう。実はあたしのアレルギーっていうのは、幽霊アレルギーなんだ。
亡くなった人の幽霊や、生きてる人の生霊などの人間じゃない存在――人ならざるものが近くにいると、くしゃみが出ちゃうの。
花粉症の幽霊版みたいなものだよね。
でもあたしに言わせれば、花粉症のほうがずっとマシだよ。
だって花粉症は、花粉が飛ぶ季節だけがまんすればいいんだもん。
それにひきかえ幽霊アレルギーは、いつどこで出るかわかんないし。
幽霊とあたしの相性しだいで、発作も強くなったり弱くてすんだりもする。
こんな体質、いやになるよ。
もしスギ花粉症になるかわりに幽霊アレルギーじゃなくしてあげるよって神さまに言われたら、きっとあたし、二つ返事でうなずいちゃう。
まあ、さっきみたいにくしゃみの勢い――お父さんは霊能力的な風圧だから、『霊圧』っていうけど――で、除霊みたいなことが偶然できちゃうときもある。
だけどそれだって自分でコントロールできないから、何の役に立ってないも同然だよ。
さっきはたまたま、生霊を吹き飛ばせただけだしね。
「もう平気?」
「うん。ドリンクこぼしちゃったから、お店の人に謝らないと」
えへへと笑うと、お母さんも心配顔から笑顔になった。
あたしの手を引っ張って、立たせてくれる。
「そうね。それはお母さんがお願いしておくから、伊織は席に戻りなさい」
「はーい」
グラスを持って、お父さんが待ってるボックス席に戻る。
「大丈夫だったか、伊織? ありゃあ生霊だったな」
「そうだね。たぶん、あの先輩たちがいじめてた人みたい」
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「そうか。だからあんな強い恨みの念がこもっていたんだな」
「……」
「どうした?」
「うん……何となくね、いじめられてた子がうらみを晴らそうとしていたのを、結果的にあたしがくしゃみの霊圧で吹き飛ばして、邪魔しちゃったわけでしょ。あれでよかったのかな、って思って……」
「よかったに決まってるさ。いじめは悪いことだけど、復讐もよくない。呪いはいずれ自分に返ってくるからな」
お父さんは言いながら、あたしの頭をなでてくれる。
お父さんにそう言ってもらって、ずんと重かったあたしの心の中のモヤも、ようやく晴れていったのだった。
このとき、あたしは全然気づいていなかった。
――さっき王子と呼ばれていた先輩と生徒会長の二人が、ずっとあたしを観察していたことを。
南園学園の体育館。
壇上で新入生へのお祝いの言葉を読み上げているのは、背が高くてがっしりした体つきの男子。
この学園の生徒会長なんだって。
お姉ちゃんの言葉を信じて、カーディガンを着てきちゃったせいか、あったかくてついうとうと。
実はゆうべ、なかなか眠れなかったんだよね。
平気なつもりだったけど、やっぱり少し緊張してたみたい。
眠気をまぎらわすために、あたしはこっそり周りを観察する。
南園学園の制服は、男女ともに、ネイビーのラインが入った白いジャケットに水色のシャツ。ネイビーのネクタイ。
女子はタータンチェックのスカートに、男子はネイビーのパンツ。
白ジャケットなんてクリーニングが大変よってお母さんは言ってたけど、やっぱりステキだな。
そうしているうちに、入学式はとどこおりなく終わり。
校庭は記念写真を撮ったり、知り合いとおしゃべりをしたりする親子でいっぱいだ。
「お姉ちゃんのときもだけど、今回も立派な式だったわね」
「そうだな。あの生徒会長のあいさつも、なかなかよかった」
「あたし、おなか空いたな」
あたしたちもそんなおしゃべりをしながら校門へと向かう。
周りの親子が、あたしたちのことをチラチラ見ている。
うう、やっぱり……?
あたしはその視線が気になって仕方ない。
だけどお父さんとお母さんは慣れっこなのが、全然気にならないみたい。
「じゃあファミレスに寄りましょうよ」
「いいね。せっかくだからランチ食べて帰ろう」
「ね、ねえ。おうちに帰ってピザとかとらない?」
「何言ってるの。せっかくみんなで出てきたんだから、美味しいもの食べて帰りましょ」
引きぎみのあたしに構わず、お父さんとお母さんはずんずん歩いていってしまったのだった。
あたしたちと同じ考えの親子が多いみたいで、ファミレスの店内は混雑してる。
お店の人に案内されたボックス席に、あたしたちは座った。
ここでも、周りの親子がちらちらこっちを見ては、こそこそと何かを言いあったりしている。
あたしは二人には気づかれない程度に、小さくためいきをついた。
しょうがないよね。
だってうちのお父さんとお母さん、めっちゃ目立つんだもん。
あたしのお父さんの仕事は霊媒師。
ふだんから和服でいることが多いんだけど、特にお気に入りなのは、今日も着ている真っ赤な羽織と着物のセット。
「赤い色は悪いものを祓う力がある、おめでたい色なんだぞ。神社の鳥居が赤いのにも、そういう意味があるんだ」
お父さんはそう言うけど、じろじろ見られるのはけっこうきつい。
だけど目立つのはお父さんだけのせいじゃないんだ。
西洋占星術師が仕事のお母さんは、若い頃からゴスロリファッションが好き。
今日は黒いチュールがたっぷりついたドレスに、厚底の編み上げブーツ。
それがまた、すごく似合ってるんだけどね。
おかげであたしは小さい頃から、周りの視線にさらされて育った。
だけどあたしは二人みたいに華やかな顔立ちじゃないし、立派な力もない。
それに二人みたいにメンタルも強くないから、もし他の人から影でいろいろ言われたら、とてもじゃないけど耐えられないな。
だからあたしは、できるだけ地味に生きようと決めたんだ。
ただでさえこのアレルギー体質のせいで、くしゃみで目立っちゃうことも多いし。
「あたし、ドリンク取ってくる」
二人がメニューとにらめっこしている間に、あたしはお店の入り口近くにあるドリンクバーへと向かった。
ふう~。ようやく周りの目から逃げられたよ。
(コーラとメロンソーダ、どっちにしようかな)
迷っていると、自動ドアがガーッと開いた。
入ってきたのは、同じ南園学園の制服を着た男子二人組だった。
大人っぽいから、先輩かな。
一人はやわらかそうな茶髪で肌の色が白くって、アイドルみたいに整った顔をしてる。
すらっとしたスタイルで、脚が長い。
制服の白ジャケットが、めちゃめちゃ似合ってる。
もう一人は背が高くて、がっしりした体つきの男子。
うちのおねえちゃんみたいに、空手か何かやってるのかなあ。
二人ともすっごくカッコいいから、並んでいると絵になるなあ。
だけど背が高いほうの男子、なーんか見覚えがあるような――
そうしたら、ソフトクリームの機械の前にいた女子たちが「きゃっ」と声を上げた。
「やだあれ、王子じゃない!」
「生徒会長と並ぶと迫力あるねー」
「今日も二人ともイケメン~」
(そっか。どっかで見たことあると思ったら、さっきあいさつを読んでた生徒会長だ)
あたしは納得。
(じゃあ王子っていうのはもう一人のあだ名かな。たしかにイケメンでやさしそうだから、ぴったりかも)
店員さんに案内されて、王子と生徒会長はこっちに近づいてくる。
王子があたしの横を通り過ぎたその一瞬、わずかにミントみたいな香りがした。
(今の、何?)
王子がつけてる香水かな?
でもそんな作り物っぽい感じじゃなくて、やさしいにおいだった。
ミントみたいにすっとするようで、どこか甘い。
これまでにかいだことのない、不思議なにおいだ。
「海のにおい……?」
ほとんど無意識につぶやいていた。
だってなんとなく、夏休みにお父さんに連れていってもらった、海辺の風のにおいに似てたから。
すると、茶髪の先輩が立ち止まった。
(――えっ?)
しかも、こっちをじっと見てくる。
(な、何?)
思わずふりむいてみたけれど、あたしの後ろにあるのは、さっき二人が入ってきた自動ドアだけだし。
もちろん、そこには今はだれもいない。
あわあわしているうち、目が合った――ような気がした。
大きくて澄んだ、形のいい目。
うわあ。この人、本当に王子様みたいにきれいな顔してるんだ。
(あたしを見てる? まさか、ね)
「おい、行くぞ。そんなところに突っ立ってたらじゃまだろ」
けげんそうに首をかしげて、生徒会長が彼の肩をたたく。
「わかった。ごめん」
そう言うと、茶髪の先輩と生徒会長は何事もなかったように行ってしまった。
あたしはホッとして息を吐いた。
(な、何だったんだろ、さっきの。びっくりしたあ)
その間も、女子たちはおしゃべりに盛り上がっている。
あたしと制服は同じだけど名札のラインの色が違うから、きっと先輩たちだな。
「今、王子こっち見てたよね?」
「やーん、今日もステキ」
「そう言えばさ、あいつも王子のこと好きだったんだよね」
茶髪のロングヘアの先輩が言った。
他の先輩もうなずく。
「あんな地味顔のくせに、身の程知らずだよねー」
「もっといじめてやればよかったかもね。二度と王子の前に出られないように」
(なんか、やだな。こういう話する人たちって)
メロンソーダにソフトクリームを乗せて作ったクリームソーダを持って、あたしはお父さんたちのところに戻ろうとした――――ときだった。
ハーブティーのところにいた先輩たちの一人が、急にふらふらとしゃがみこんだんだ。
「ちょっと芽久、大丈夫?」
「どうしたの? 貧血?」
他の先輩たちはおろおろ。
芽久って呼ばれた茶髪ロングの先輩は、声も出せない。
顔色は真っ白で、冷や汗がにじんでる。
(どうしよう。店員さんを呼んであげたほうがいいかな)
そのときだった。
ぼうっ……と、芽久先輩の肩のあたりに、黒いモヤのようなものが浮かび上がった。
じわじわと輪郭がはっきりしていって、それは怖い顔をした女子の姿になった。
あたしたちと同じ、南園学園の制服を着た子だ。
しかも、しゃがみこむ芽久先輩の首をぎりぎりと絞めている。
でも、周りの誰もその姿が見えていないみたい。
それもそのはず。
だって、あれは人間ではないから――――
(やばっ……)
とっさにそう思ったけど、間に合わない。
ツン、ときついにおいがあたしの鼻を鋭く刺す。
それはものすごい憎しみと、うらみのにおいだった。
あたしの全身に、ぶわっと鳥肌が立った。
鼻がムズムズしてくる。
やばっ。
「っ、くしょーいっっ!」
くしゃみをが飛び出たはずみで、持っていたグラスからドリンクがこぼれる。
芽久先輩にとりついて首を絞めていた黒い女子が、強い風に吹かれたようにあおられた。
「は、はっ、くしゅん! っくしゅん!」
鼻のムズムズが全然おさまらない。
立て続けにくしゃみが出るたび、黒い姿の女子はぶわっとあおられ、慌てて先輩に強くしがみつく。
「っくしゅっ!」
ひぇぇぇ~~~~~~……
だけどそのがまんも長く続かなかったみたいで、布を切り裂くようなかん高い悲鳴を残し、吹き飛ばされて消えていったのだった。
(た、助かった……これ以上アレルギー発作が続いたらしんどかったよ)
ぜいぜいと息切れするあたしに、気づいたお母さんが駆け寄ってくる。
「伊織、平気?」
「う、うん」
「これ使いなさい」
お母さんがハンカチをあたしの口元に当ててくれた。
それで鼻と口を押さえながら、あたしは先輩たちを横目でちらっと見る。
「大丈夫、芽久?」
「へーき。急に目の前が真っ暗になって息が苦しくなったけど、貧血だったのかも。なんか急にすっきりした」
「もう、びっくりさせないでよー」
そんなことを言いながら、先輩たちは席に戻っていく。
お母さんがそっと耳打ちしてきた。
「あの茶髪の子、生霊にとりつかれてたわね」
「あれ、生霊だったんだね。いつもの幽霊アレルギーの発作のせいで、ちゃんと見てる余裕なかったけど、すごく怖い顔で先輩の首を絞めてた。すごく強い、憎しみのにおいがしたよ」
「伊織の鼻は敏感だから、人や霊の感情のにおいまで感じちゃうからねえ……」
あのときの生霊の顔とにおいを思い出して、ぞっとする。
そう。実はあたしのアレルギーっていうのは、幽霊アレルギーなんだ。
亡くなった人の幽霊や、生きてる人の生霊などの人間じゃない存在――人ならざるものが近くにいると、くしゃみが出ちゃうの。
花粉症の幽霊版みたいなものだよね。
でもあたしに言わせれば、花粉症のほうがずっとマシだよ。
だって花粉症は、花粉が飛ぶ季節だけがまんすればいいんだもん。
それにひきかえ幽霊アレルギーは、いつどこで出るかわかんないし。
幽霊とあたしの相性しだいで、発作も強くなったり弱くてすんだりもする。
こんな体質、いやになるよ。
もしスギ花粉症になるかわりに幽霊アレルギーじゃなくしてあげるよって神さまに言われたら、きっとあたし、二つ返事でうなずいちゃう。
まあ、さっきみたいにくしゃみの勢い――お父さんは霊能力的な風圧だから、『霊圧』っていうけど――で、除霊みたいなことが偶然できちゃうときもある。
だけどそれだって自分でコントロールできないから、何の役に立ってないも同然だよ。
さっきはたまたま、生霊を吹き飛ばせただけだしね。
「もう平気?」
「うん。ドリンクこぼしちゃったから、お店の人に謝らないと」
えへへと笑うと、お母さんも心配顔から笑顔になった。
あたしの手を引っ張って、立たせてくれる。
「そうね。それはお母さんがお願いしておくから、伊織は席に戻りなさい」
「はーい」
グラスを持って、お父さんが待ってるボックス席に戻る。
「大丈夫だったか、伊織? ありゃあ生霊だったな」
「そうだね。たぶん、あの先輩たちがいじめてた人みたい」
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「そうか。だからあんな強い恨みの念がこもっていたんだな」
「……」
「どうした?」
「うん……何となくね、いじめられてた子がうらみを晴らそうとしていたのを、結果的にあたしがくしゃみの霊圧で吹き飛ばして、邪魔しちゃったわけでしょ。あれでよかったのかな、って思って……」
「よかったに決まってるさ。いじめは悪いことだけど、復讐もよくない。呪いはいずれ自分に返ってくるからな」
お父さんは言いながら、あたしの頭をなでてくれる。
お父さんにそう言ってもらって、ずんと重かったあたしの心の中のモヤも、ようやく晴れていったのだった。
このとき、あたしは全然気づいていなかった。
――さっき王子と呼ばれていた先輩と生徒会長の二人が、ずっとあたしを観察していたことを。
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