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114 告白⑥

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 富樫っちゃんは批評家連中とは付き合わない。映画など好きに見ればいいという考えだから、媚売って雑誌や新聞屋によい記事を書いてもらおうなんてせせこましい、と取材なんかも役者にやらせるクチだ。それなのに、富樫っちゃんの熱狂的な信望者が、思いあまって撮影所に忍び込んで『夜を殺めた姉妹』の台本や小道具を盗んだというのだ。
 それからその批評家は仕事を辞めたようで、映画の関連するものを気が触れたように収集し出したらしい。

「すっかり気味が悪くなっちまったらしいですよ、あの人。泥棒なんかに同情はしませんが、何か悪い病気でも拾ったのかねえ。げっそり窶れちゃって、いつも小瓶を握ってブツブツ言ってるんだとか」

 撮影所の出入りの新聞屋がそう言ってるのを聞き、小生は「あいつ、あの石を持ってるんじゃないか?」と怖くなった。

 あの変な塗料を剥がして形を変えたら、ひとまず呪いのような状況は落ち着いたというのに、あいつは赤い塗料のままの石を持っているのかもしれん。

 だが、その批評家は知り合いでもないし、えぐれだあの石を持っているのかとも判斷できぬ。

 『夜を殺めた姉妹』を撮った後、結局のところどうしても次の作品が撮れないまま、富樫っちゃんは亡くなった。53歳とまだまだこれからだったのに。

 小生は「富樫っちゃんのデスマスクを作る約束をしていた」とご家族に話し、実際にマスクを作った。生前に黄金マスク1体、死後にデスマスク3体。計4体だ。

 他の『夜を殺めた姉妹』関連のものと併せてアメリカの美術館に売却して、いかにもそれが初めに作った本体で、他は複製だと匂わせておく。

 アメリカのビリーズ美術館の館長は、日本映画かぶれだ。富樫っちゃんのことが大好きらしく、かき集めた11点の『夜を殺めた姉妹』関連品を大変評価して買ってくれた。富樫っちゃんの制作ノートを渡すのは悩んだか、もしも何かが起きた時のためにすべてを破棄するのは良くないと思ってうった。公開する時は指定したページ以外は展示不可としたが、果たしていつまで守ってくれるか。
 金塊があったらもっとお金持ちになるかもしれなかったご家族には申し訳ないが、あれは忌まわしいものだ。アメリカに売り飛ばした分のお金をお渡しして、これが富樫っちゃんの気持ちだと言い切ろう。

 1体は富樫っちゃんのご家族、1体はアメリカ、1体は資料館、1体は小生の手元。資料館には本来のデスマスクを先に寄贈しておいて、時間を置いて小生の持つ黄金マスクも寄贈する。こちらは出来が良くないので予備として外に出さないように話しておいて展示は必ず先に渡した方にするよう厳命させてもらおう。重さでバレるかな。富樫っちゃんの顔の老け方でバレたら面白いがな。

 黄金マスクには『これは制作過程に難がある複製である』というシールを裏に貼っておいた。
 アメリカのは『これは一番初めに作ったオリジナルである』と書き、遺族のと資料館に先に渡した方には『2つ目の複製』『3つ目の複製 』というシール。特に嘘ではないが、実際は黄金マスクが一番良く出来たと思う。

 あの石が人を惑わすのは何故なのか、惑わされない人がいるのは何故なのか。そこは結局分からなかった。現にあの石が近くにあった時も、黄金マスクが横にあっても、小生には何もない。

 泥棒の批評家のやつはどうしただろう。名前が分からず恐縮だが、きっとやつは惑わされたのだろう。あの石の周りには血がついた爪が辺りに転がっていたのだ。そう確信している。

 月を見ていると思い出す。もやのように暈がかかった様を人々は雨が降るのかと話すが、小生にはあの石の炎のようにゆらりと悪魔の影が現れたのじゃないかと思って身震いがする。いつか強く発光し、今度こそ小生を悪夢に引きずり込むのでははないか、と。
 

沢本清彦 拝

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