114 / 131
114 告白⑥
しおりを挟む
富樫っちゃんは批評家連中とは付き合わない。映画など好きに見ればいいという考えだから、媚売って雑誌や新聞屋によい記事を書いてもらおうなんてせせこましい、と取材なんかも役者にやらせるクチだ。それなのに、富樫っちゃんの熱狂的な信望者が、思いあまって撮影所に忍び込んで『夜を殺めた姉妹』の台本や小道具を盗んだというのだ。
それからその批評家は仕事を辞めたようで、映画の関連するものを気が触れたように収集し出したらしい。
「すっかり気味が悪くなっちまったらしいですよ、あの人。泥棒なんかに同情はしませんが、何か悪い病気でも拾ったのかねえ。げっそり窶れちゃって、いつも小瓶を握ってブツブツ言ってるんだとか」
撮影所の出入りの新聞屋がそう言ってるのを聞き、小生は「あいつ、あの石を持ってるんじゃないか?」と怖くなった。
あの変な塗料を剥がして形を変えたら、ひとまず呪いのような状況は落ち着いたというのに、あいつは赤い塗料のままの石を持っているのかもしれん。
だが、その批評家は知り合いでもないし、えぐれだあの石を持っているのかとも判斷できぬ。
『夜を殺めた姉妹』を撮った後、結局のところどうしても次の作品が撮れないまま、富樫っちゃんは亡くなった。53歳とまだまだこれからだったのに。
小生は「富樫っちゃんのデスマスクを作る約束をしていた」とご家族に話し、実際にマスクを作った。生前に黄金マスク1体、死後にデスマスク3体。計4体だ。
他の『夜を殺めた姉妹』関連のものと併せてアメリカの美術館に売却して、いかにもそれが初めに作った本体で、他は複製だと匂わせておく。
アメリカのビリーズ美術館の館長は、日本映画かぶれだ。富樫っちゃんのことが大好きらしく、かき集めた11点の『夜を殺めた姉妹』関連品を大変評価して買ってくれた。富樫っちゃんの制作ノートを渡すのは悩んだか、もしも何かが起きた時のためにすべてを破棄するのは良くないと思ってうった。公開する時は指定したページ以外は展示不可としたが、果たしていつまで守ってくれるか。
金塊があったらもっとお金持ちになるかもしれなかったご家族には申し訳ないが、あれは忌まわしいものだ。アメリカに売り飛ばした分のお金をお渡しして、これが富樫っちゃんの気持ちだと言い切ろう。
1体は富樫っちゃんのご家族、1体はアメリカ、1体は資料館、1体は小生の手元。資料館には本来のデスマスクを先に寄贈しておいて、時間を置いて小生の持つ黄金マスクも寄贈する。こちらは出来が良くないので予備として外に出さないように話しておいて展示は必ず先に渡した方にするよう厳命させてもらおう。重さでバレるかな。富樫っちゃんの顔の老け方でバレたら面白いがな。
黄金マスクには『これは制作過程に難がある複製である』というシールを裏に貼っておいた。
アメリカのは『これは一番初めに作ったオリジナルである』と書き、遺族のと資料館に先に渡した方には『2つ目の複製』『3つ目の複製 』というシール。特に嘘ではないが、実際は黄金マスクが一番良く出来たと思う。
あの石が人を惑わすのは何故なのか、惑わされない人がいるのは何故なのか。そこは結局分からなかった。現にあの石が近くにあった時も、黄金マスクが横にあっても、小生には何もない。
泥棒の批評家のやつはどうしただろう。名前が分からず恐縮だが、きっとやつは惑わされたのだろう。あの石の周りには血がついた爪が辺りに転がっていたのだ。そう確信している。
月を見ていると思い出す。もやのように暈がかかった様を人々は雨が降るのかと話すが、小生にはあの石の炎のようにゆらりと悪魔の影が現れたのじゃないかと思って身震いがする。いつか強く発光し、今度こそ小生を悪夢に引きずり込むのでははないか、と。
沢本清彦 拝
――――――――――
それからその批評家は仕事を辞めたようで、映画の関連するものを気が触れたように収集し出したらしい。
「すっかり気味が悪くなっちまったらしいですよ、あの人。泥棒なんかに同情はしませんが、何か悪い病気でも拾ったのかねえ。げっそり窶れちゃって、いつも小瓶を握ってブツブツ言ってるんだとか」
撮影所の出入りの新聞屋がそう言ってるのを聞き、小生は「あいつ、あの石を持ってるんじゃないか?」と怖くなった。
あの変な塗料を剥がして形を変えたら、ひとまず呪いのような状況は落ち着いたというのに、あいつは赤い塗料のままの石を持っているのかもしれん。
だが、その批評家は知り合いでもないし、えぐれだあの石を持っているのかとも判斷できぬ。
『夜を殺めた姉妹』を撮った後、結局のところどうしても次の作品が撮れないまま、富樫っちゃんは亡くなった。53歳とまだまだこれからだったのに。
小生は「富樫っちゃんのデスマスクを作る約束をしていた」とご家族に話し、実際にマスクを作った。生前に黄金マスク1体、死後にデスマスク3体。計4体だ。
他の『夜を殺めた姉妹』関連のものと併せてアメリカの美術館に売却して、いかにもそれが初めに作った本体で、他は複製だと匂わせておく。
アメリカのビリーズ美術館の館長は、日本映画かぶれだ。富樫っちゃんのことが大好きらしく、かき集めた11点の『夜を殺めた姉妹』関連品を大変評価して買ってくれた。富樫っちゃんの制作ノートを渡すのは悩んだか、もしも何かが起きた時のためにすべてを破棄するのは良くないと思ってうった。公開する時は指定したページ以外は展示不可としたが、果たしていつまで守ってくれるか。
金塊があったらもっとお金持ちになるかもしれなかったご家族には申し訳ないが、あれは忌まわしいものだ。アメリカに売り飛ばした分のお金をお渡しして、これが富樫っちゃんの気持ちだと言い切ろう。
1体は富樫っちゃんのご家族、1体はアメリカ、1体は資料館、1体は小生の手元。資料館には本来のデスマスクを先に寄贈しておいて、時間を置いて小生の持つ黄金マスクも寄贈する。こちらは出来が良くないので予備として外に出さないように話しておいて展示は必ず先に渡した方にするよう厳命させてもらおう。重さでバレるかな。富樫っちゃんの顔の老け方でバレたら面白いがな。
黄金マスクには『これは制作過程に難がある複製である』というシールを裏に貼っておいた。
アメリカのは『これは一番初めに作ったオリジナルである』と書き、遺族のと資料館に先に渡した方には『2つ目の複製』『3つ目の複製 』というシール。特に嘘ではないが、実際は黄金マスクが一番良く出来たと思う。
あの石が人を惑わすのは何故なのか、惑わされない人がいるのは何故なのか。そこは結局分からなかった。現にあの石が近くにあった時も、黄金マスクが横にあっても、小生には何もない。
泥棒の批評家のやつはどうしただろう。名前が分からず恐縮だが、きっとやつは惑わされたのだろう。あの石の周りには血がついた爪が辺りに転がっていたのだ。そう確信している。
月を見ていると思い出す。もやのように暈がかかった様を人々は雨が降るのかと話すが、小生にはあの石の炎のようにゆらりと悪魔の影が現れたのじゃないかと思って身震いがする。いつか強く発光し、今度こそ小生を悪夢に引きずり込むのでははないか、と。
沢本清彦 拝
――――――――――
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
失くした記憶
うた
ミステリー
ある事故がきっかけで記憶を失くしたトウゴ。記憶を取り戻そうと頑張ってはいるがかれこれ10年経った。
そんなある日1人の幼なじみと再会し、次第に記憶を取り戻していく。
思い出した記憶に隠された秘密を暴いていく。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ
まみ夜
キャラ文芸
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻(ホラー風味)は現在、更新休止中です。
続きが気になる方は、お気に入り登録をされると再開が通知されて便利かと思います。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
嘘つきカウンセラーの饒舌推理
真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
バージン・クライシス
アーケロン
ミステリー
友人たちと平穏な学園生活を送っていた女子高生が、密かに人身売買裏サイトのオークションに出展され、四千万の値がつけられてしまった。可憐な美少女バージンをめぐって繰り広げられる、熾烈で仁義なきバージン争奪戦!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる