上 下
96 / 131

096 第四のコレクター川真田の告白③

しおりを挟む
 私の引っ越しは滞りなく終わった。三駅ほど都心に近くなったし、おそらく今の方が家賃が高そうな造りだ。良かったといえばそうなのかもしれない。だが、急な引っ越しに伴い、役所への届け出やら演ることが多くて、疲れがどっと出てしまった。
 少し眠ってしまい、気がついたら日がだいぶ傾いていてる。カーテンは少しサイズが合わないのでこれだけは買い替えなければいけないのだけど、大体隠れればいいやと割り切り、辻堂刑事と西村課長に新住所の報告をした。

 辻堂刑事の方は、空き巣の件がまだ分かっていないため、しばらくは自宅周辺の巡回を行うようにしていること、職場への出勤も平気そうなら止めないがもし気になることがあれば連絡してくるようにと心強い言葉をくれた。

 西村課長には、諸々片付いたので明後日から出勤したい旨報告すると、無理しないなら良しと言われた。また池上のことは、現段階では任意で調査を受けているだけなので、容疑者でもないのだけど、溜まった有給を使って休んでいるそうだ。
 「私は信じていないしな」という言葉を聞いて、込み上げてくるものがあったが、とにかくまたよろしくお願いしますと言って電話を切った。


 簡単にそうめんを茹でて食べ終えると、チャイムが鳴った。恐る恐る見に行くと、先程挨拶をした隣の住人だった。騒がせるのでとお菓子を渡したのを気にしてくれたのか、ぶどうを沢山買ったからと言ってお裾分けしてもらう。まだ冷蔵庫が冷えていないので冷たいものは嬉しかった。

 無心になってぶどうを食べていると、つらつらと色々なことを思い出してくる。

 『夜を殺めた姉妹』のことが知りたくて図書室に調べに行った時、井ノ口がこの作品のことを親切に色々と教えてくれた。観た後の今にして思うと、彼の言っていた内容はちょっと穿ち過ぎという気がしないでもない。映画では悪魔の伴侶の選び方にしても、悪魔が性別を超えた存在だとか姉妹が悪魔の力を得て利用しようとしたなどという明確な説明シーンはなかった。
 もしかしたらどこかの論文にそういう考察があったのかもしれないし、井ノ口自身に記憶の改ざんがあったのかもしれない。映画は不思議なもので、私もたまに全く違うシーンやラストを観たような気になっている時がある。
 映画を観た時に感じたものや思い出した記憶が綯い交ぜになってしまうのだろうか。存在しないシーンをまた観たいと思ってしまうこともあって、脳とは厄介なものだと笑ったものだ。······池上と。

 でも――富樫甲児自身は自作の説明をほとんどしないと聞いたことがある。上映前に田代主任が言っていた「映画はどのように見ても感じても自由なものです」というのは、富樫がよく言っていたインタビュー泣かせの言葉として有名だ。たとえ的外れな批評でも感想でも、冨樫は一切反論することはなく、「撮り終えたものは観客のもの」と言い切り、次作のことばかり考えていると。
 それなら、井ノ口のあの詳細な大悪魔の説明は、何を根拠にしていたのだろう。

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

紙の本のカバーをめくりたい話

みぅら
ミステリー
紙の本のカバーをめくろうとしたら、見ず知らずの人に「その本、カバーをめくらない方がいいですよ」と制止されて、モヤモヤしながら本を読む話。 男性向けでも女性向けでもありません。 カテゴリにその他がなかったのでミステリーにしていますが、全然ミステリーではありません。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...