79 / 131
079 『夜を殺めた姉妹』特別観覧①
しおりを挟む
「山森さん、すみません。今言いかけていたこと······」
「あ、えっと、そうそう。良かったらさ、明日外でランチしない?」
「いいですね。暑さも和らいで来たし、外に出る気になりますね」
「本当? じゃあそうしようよ。今日は映画観られないからさ、後で話教えてね」
「承知です。お店あんまり分からないんで決めてもらっていいですか?」
「うんうん、もちろん。明日弁当なしねー」
「はい明日ー。お疲れ様です」
いそいそと帰宅して行く山森を見送ると、今度は尾崎係長に声をかけられた。
「日比野さん、悪い! 今日の特観用にペットボトルのお茶を20本買って来てくれない? 冷えてるやつね」
「あ、はい。全部同じのでいいですか?」
「10本は先方に出すから必ず同じの。他は足りなければ適当でいいよ」
「分かりました。今から行って来ます」
「一人じゃ重たいから誰か連れてって」
「あ、えと」
こういう時、いつも付き合ってくれるのは歳も近い池上だ。だけどこの頃どうも考え過ぎてしまって、気安く声をかけにくい。どうしようかと思っていると、ちょうど本を抱えて戻って来た田代主任と目が合った。
「日比野ちゃ······」
「あの、田代主任。すみませんが、そこのコンビニまでご一緒してもらえませんか? 特観用にドリンク買うんですけど持てそうもないので」
「へ? ああ、いいけど。······今から行くの?」
「長めに冷やしたいので、お願いします」
どこかの映画祭でもらった館のお使い用トートバッグを二つ用意して戻ると、何故か大笑いをしている田代主任の横を池上が大股で去っていった。
閉館後。守衛さんに確認をお願いしておいた方々が大ホールに参集したとのことで、私達もお客様と館長のお話を邪魔しないように目礼だけして席に着いた。館内向け特観なので、資料課以外の人もちらほら来ているようだ。『神の位置』を見上げると、映写技師のおじさん達が嬉しそうに手を振って来る。お客様にバレますよ。
「これから冨樫甲児監督の『夜を殺めた姉妹』を上映いたします。この作品は同監督の『黄昏を纏いし姉妹』の続編と言われておりますが、その様相はまるで違うものです。『黄昏』では裕福な家に生まれた姉妹の柔らかな日々に迫りくる斜陽、そして世の荒波に立ち向かおうとする姿を描き、続く『夜』では結局荒波に飲まれてしまう姉妹が、ふとした事で怒りを知り、その怒りが様々な感情を芽生えさせていく······。いや、話し過ぎるのはやめておきましょう。
『映画はどのように見ても感じても自由なものです』。――それでは始めさせていただきます」
田代主任の口上終わりにあわせて緩やかにホールが消灯し、カタカタと映写機が動き出す。
スクリーンに白い光が灯り、その中にモノクロのタイトルが映し出される。カルト映画と呼ばれた『夜を殺めた姉妹』が始まった。
「あ、えっと、そうそう。良かったらさ、明日外でランチしない?」
「いいですね。暑さも和らいで来たし、外に出る気になりますね」
「本当? じゃあそうしようよ。今日は映画観られないからさ、後で話教えてね」
「承知です。お店あんまり分からないんで決めてもらっていいですか?」
「うんうん、もちろん。明日弁当なしねー」
「はい明日ー。お疲れ様です」
いそいそと帰宅して行く山森を見送ると、今度は尾崎係長に声をかけられた。
「日比野さん、悪い! 今日の特観用にペットボトルのお茶を20本買って来てくれない? 冷えてるやつね」
「あ、はい。全部同じのでいいですか?」
「10本は先方に出すから必ず同じの。他は足りなければ適当でいいよ」
「分かりました。今から行って来ます」
「一人じゃ重たいから誰か連れてって」
「あ、えと」
こういう時、いつも付き合ってくれるのは歳も近い池上だ。だけどこの頃どうも考え過ぎてしまって、気安く声をかけにくい。どうしようかと思っていると、ちょうど本を抱えて戻って来た田代主任と目が合った。
「日比野ちゃ······」
「あの、田代主任。すみませんが、そこのコンビニまでご一緒してもらえませんか? 特観用にドリンク買うんですけど持てそうもないので」
「へ? ああ、いいけど。······今から行くの?」
「長めに冷やしたいので、お願いします」
どこかの映画祭でもらった館のお使い用トートバッグを二つ用意して戻ると、何故か大笑いをしている田代主任の横を池上が大股で去っていった。
閉館後。守衛さんに確認をお願いしておいた方々が大ホールに参集したとのことで、私達もお客様と館長のお話を邪魔しないように目礼だけして席に着いた。館内向け特観なので、資料課以外の人もちらほら来ているようだ。『神の位置』を見上げると、映写技師のおじさん達が嬉しそうに手を振って来る。お客様にバレますよ。
「これから冨樫甲児監督の『夜を殺めた姉妹』を上映いたします。この作品は同監督の『黄昏を纏いし姉妹』の続編と言われておりますが、その様相はまるで違うものです。『黄昏』では裕福な家に生まれた姉妹の柔らかな日々に迫りくる斜陽、そして世の荒波に立ち向かおうとする姿を描き、続く『夜』では結局荒波に飲まれてしまう姉妹が、ふとした事で怒りを知り、その怒りが様々な感情を芽生えさせていく······。いや、話し過ぎるのはやめておきましょう。
『映画はどのように見ても感じても自由なものです』。――それでは始めさせていただきます」
田代主任の口上終わりにあわせて緩やかにホールが消灯し、カタカタと映写機が動き出す。
スクリーンに白い光が灯り、その中にモノクロのタイトルが映し出される。カルト映画と呼ばれた『夜を殺めた姉妹』が始まった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる