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059 美術セットは悪魔の祭壇④
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井ノ口の指し示した本――沢本清彦著『わが映画美術理論』は、世界的にも評価の高かった映画美術監督・沢本清彦のインタビュー形式の部分と図面やスチル写真などの資料的な部分とで構成されており、ほぼ全ての作品を網羅していて読み応えのありそうな本だ。別冊は彼が手掛けた美しい映画美術セットとポスター広告の写真集となっていて、これだけでも価値がありそうな豪華さだ。
別冊の方に『夜を殺めた姉妹』の祭壇の写真があった。ライバル社の息子を捧げて祈ろうとする邪教集団。泣く姉妹をしばり上げて、闇司祭の格好をした大男が大きなハサミのようなものを振り上げている。
「何をしているところなんでしょうね。黒ミサ?」
「これはね、大悪魔を呼び出して結婚するところだよ」
「けっこん? marryの結婚ですか?」
あの祭壇ってそういう意味だったの?
誰かと結婚したい願いを叶えるために悪魔を呼び出すのではなくて、悪魔と結婚したいから呼び出すってこと?
「そうだよ、大悪魔が降り立ってその場に居る中で最も相応しい相手を伴侶に選ぶ。元々、相応しい相手が居なかったら降りて来ないんだ。契を交わすとその者はもう人に非ず、自ら願いを叶える力を得ることが出来る」
恍惚として話す井ノ口の横で、複雑そうな顔で池上が首をひねっている。
「それ本当に富樫の作品なの? 今までと作品の系統が全然違い過ぎて」
「でも女の情念という意味では悪魔を利用してまで······という共通項があるんだよ」
池上の疑問もよく分かる。何だかこのスチルに映る邪教の徒は皆男性のようだが、現れた大悪魔は中性的というか女性のように見える。
「何だかこれって」
「どうかした?」
「······大悪魔って男性なんですか? 女性としか結婚しないんですか?」
「ふふふ、大悪魔に性別はないんだよ。望まれた相手には性別があるだろうけど、魂に惹かれるのだからね」
作品を思い出しているのか、井ノ口はうっとりするような瞳で話していたが、本を閉じた。
「まあとにかく後は作品を観てみることをおすすめするよ。ネタバレしそうで怖いから。これは借りて行く?」
「事務室でもう少し見させてもらってもいいですか? 後で返しに来ます」
「いいよ。来館者から貸し出し依頼が来たら連絡するから、外には持ち出さないようにね」
「ありがとうございます」
事務室へと戻るエレベーターを待ちながら、池上が私が抱えていた本を取り上げてこちらを覗き込んだ。心なしか不機嫌な表情を浮かべている。
「ねえ日比野ちゃん」
「はい?」
「この『夜を殺めた姉妹』のことって誰かに聞いたの? だから調べてるの?」
「······実は先日、八頭女史から」
「ああ。それでなんだ」
「ちょっとここでは言いにくいので、お話するなら後でがいいんですけど」
「え、ああ、ごめんね。一人で抱え込まないで欲しかったんだ。日比野ちゃんさえ良かったら話を聞くよ」
池上が少し態度を軟化させた。何だろう?
「池上さん、ありがとうございます。パンもおいしかったです。だから後で感想聞いて下さい」
「うん、分かったよ」
ようやく笑顔を見せた。
別冊の方に『夜を殺めた姉妹』の祭壇の写真があった。ライバル社の息子を捧げて祈ろうとする邪教集団。泣く姉妹をしばり上げて、闇司祭の格好をした大男が大きなハサミのようなものを振り上げている。
「何をしているところなんでしょうね。黒ミサ?」
「これはね、大悪魔を呼び出して結婚するところだよ」
「けっこん? marryの結婚ですか?」
あの祭壇ってそういう意味だったの?
誰かと結婚したい願いを叶えるために悪魔を呼び出すのではなくて、悪魔と結婚したいから呼び出すってこと?
「そうだよ、大悪魔が降り立ってその場に居る中で最も相応しい相手を伴侶に選ぶ。元々、相応しい相手が居なかったら降りて来ないんだ。契を交わすとその者はもう人に非ず、自ら願いを叶える力を得ることが出来る」
恍惚として話す井ノ口の横で、複雑そうな顔で池上が首をひねっている。
「それ本当に富樫の作品なの? 今までと作品の系統が全然違い過ぎて」
「でも女の情念という意味では悪魔を利用してまで······という共通項があるんだよ」
池上の疑問もよく分かる。何だかこのスチルに映る邪教の徒は皆男性のようだが、現れた大悪魔は中性的というか女性のように見える。
「何だかこれって」
「どうかした?」
「······大悪魔って男性なんですか? 女性としか結婚しないんですか?」
「ふふふ、大悪魔に性別はないんだよ。望まれた相手には性別があるだろうけど、魂に惹かれるのだからね」
作品を思い出しているのか、井ノ口はうっとりするような瞳で話していたが、本を閉じた。
「まあとにかく後は作品を観てみることをおすすめするよ。ネタバレしそうで怖いから。これは借りて行く?」
「事務室でもう少し見させてもらってもいいですか? 後で返しに来ます」
「いいよ。来館者から貸し出し依頼が来たら連絡するから、外には持ち出さないようにね」
「ありがとうございます」
事務室へと戻るエレベーターを待ちながら、池上が私が抱えていた本を取り上げてこちらを覗き込んだ。心なしか不機嫌な表情を浮かべている。
「ねえ日比野ちゃん」
「はい?」
「この『夜を殺めた姉妹』のことって誰かに聞いたの? だから調べてるの?」
「······実は先日、八頭女史から」
「ああ。それでなんだ」
「ちょっとここでは言いにくいので、お話するなら後でがいいんですけど」
「え、ああ、ごめんね。一人で抱え込まないで欲しかったんだ。日比野ちゃんさえ良かったら話を聞くよ」
池上が少し態度を軟化させた。何だろう?
「池上さん、ありがとうございます。パンもおいしかったです。だから後で感想聞いて下さい」
「うん、分かったよ」
ようやく笑顔を見せた。
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