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006 佐山氏のコレクションハウス②
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日が落ちた夜八時。私達の車は東京都下の閑静な住宅地を少し抜けた先の一軒家に到着した。
著名な映画コレクター佐山義之氏の邸は、玄関ポーチの灯りをともしてひっそりとそこにあった。
「一気に降りると目立つかもしれないから、まずは課長だけ挨拶に行ってきてもらえますか? 僕らはバス停の近くのパーキングにとりあえず行ってますから」
「分かった。後で連絡するから、その後二人ずつ時間を空けて来てくれるか?」
田代主任の提案で、西村課長だけが先に佐山邸に伺うことになった。私達は行きに見つけておいたパーキングに停める。コンビニとかでいいのでは? と聞いたら、我々の顔を知っている者が張っているかもしれないから念のため避けたとのこと。
そうか、懸念すべき相手が映画コレクターさんの場合、こちらの顔を知っていることは大いにある。特に田代主任は映画上映前のトークショーにもたまに出ることがあるし、映画評論も積極的に書かれているので、当館に通う映画ファンであれば知っている人も多いかもしれない。
「あの、佐山さんは具体的に誰かに収集品を狙われているかもしれないと、思ってたりしたんですか?」
もしある程度見当がついていたのなら、その方を注意して避けるということではいけないのだろうか。そういう単純な気持ちで聞いてみたが、全員に首を横に振られてしまった。
「日比野ちゃん、そういうことなら簡単なんだけどね。現在の著名なコレクターさん達は皆ジャンルは違うけれど、それはプライドの問題もあってね」
「プライド、ですか?」
意味が分からなくて戸惑っていると、尾崎係長が補足してくれる。
「あのね、コレクターさんが皆初めからジャンル被りしなかったわけじゃないんだ。それぞれに収集を始めて、たとえば当館に映画を見に来た縁で知り合い、お互いのコレクションの話をして、誰かが負けたと感じる。そうすると、その人はもうそのジャンルでは勝ち目はないから他のものを収集するようになる。だけど、その元々のジャンルに執着がないわけではない。かもしれないんだ」
「ここが難しいところで、当館でも常設展示を行っているだろう? その時に展示されているものを見て、他の誰かが同じものを持っていると言う。自分は手に入れられなかったものを持っている。そういう気持ちって、どう変わっていくか分からないだろう?」
「そりゃ僕達には彼らは皆善人さ。ただの映画好きの人だとしか思わない。だけど、生半可ではないコレクター同士のいざこざや内面はね」
「それほど危惧するということは過去に何かあったんですね」
全員が微笑むのできっとそういうことなのだろう。普通そうな人に限って変な場合もある。図書室にも映画好きを拗らせてるのか、特別上映作に合わせてものすごく難しい映画クイズを毎回自作で持って来られる方がいたり、館内案内の受付嬢にロマンポルノ特集の時だけ何度もタイトルを聞いてくるおじさんもいたし。
そうだ、映画好きがインドアで大人しいだけなんて幻想だ。特に当館のように上映回数が少なく、決められた席数以上に観客を入れないところは、そのチケットを手に入れるために早くから長蛇の列が出来ることもある。その行列での客同士のトラブルはもはや日常茶飯事だ。
それからこれは別の映画館スタッフから聞いた話だが、某人気SF映画のパンフレットを館名入りで作った時には、その表紙が指紋の付きやすい黒の光沢紙印刷であったこともあり、少しの指紋も許さず綺麗なものを手に入れたいと客の暴動が起こったとも聞く。人気のアニメ映画の原画を手に入れようと、その会社が契約している掃除業者になって侵入するなど、枚挙にいとまがないほどだ。
著名な映画コレクター佐山義之氏の邸は、玄関ポーチの灯りをともしてひっそりとそこにあった。
「一気に降りると目立つかもしれないから、まずは課長だけ挨拶に行ってきてもらえますか? 僕らはバス停の近くのパーキングにとりあえず行ってますから」
「分かった。後で連絡するから、その後二人ずつ時間を空けて来てくれるか?」
田代主任の提案で、西村課長だけが先に佐山邸に伺うことになった。私達は行きに見つけておいたパーキングに停める。コンビニとかでいいのでは? と聞いたら、我々の顔を知っている者が張っているかもしれないから念のため避けたとのこと。
そうか、懸念すべき相手が映画コレクターさんの場合、こちらの顔を知っていることは大いにある。特に田代主任は映画上映前のトークショーにもたまに出ることがあるし、映画評論も積極的に書かれているので、当館に通う映画ファンであれば知っている人も多いかもしれない。
「あの、佐山さんは具体的に誰かに収集品を狙われているかもしれないと、思ってたりしたんですか?」
もしある程度見当がついていたのなら、その方を注意して避けるということではいけないのだろうか。そういう単純な気持ちで聞いてみたが、全員に首を横に振られてしまった。
「日比野ちゃん、そういうことなら簡単なんだけどね。現在の著名なコレクターさん達は皆ジャンルは違うけれど、それはプライドの問題もあってね」
「プライド、ですか?」
意味が分からなくて戸惑っていると、尾崎係長が補足してくれる。
「あのね、コレクターさんが皆初めからジャンル被りしなかったわけじゃないんだ。それぞれに収集を始めて、たとえば当館に映画を見に来た縁で知り合い、お互いのコレクションの話をして、誰かが負けたと感じる。そうすると、その人はもうそのジャンルでは勝ち目はないから他のものを収集するようになる。だけど、その元々のジャンルに執着がないわけではない。かもしれないんだ」
「ここが難しいところで、当館でも常設展示を行っているだろう? その時に展示されているものを見て、他の誰かが同じものを持っていると言う。自分は手に入れられなかったものを持っている。そういう気持ちって、どう変わっていくか分からないだろう?」
「そりゃ僕達には彼らは皆善人さ。ただの映画好きの人だとしか思わない。だけど、生半可ではないコレクター同士のいざこざや内面はね」
「それほど危惧するということは過去に何かあったんですね」
全員が微笑むのできっとそういうことなのだろう。普通そうな人に限って変な場合もある。図書室にも映画好きを拗らせてるのか、特別上映作に合わせてものすごく難しい映画クイズを毎回自作で持って来られる方がいたり、館内案内の受付嬢にロマンポルノ特集の時だけ何度もタイトルを聞いてくるおじさんもいたし。
そうだ、映画好きがインドアで大人しいだけなんて幻想だ。特に当館のように上映回数が少なく、決められた席数以上に観客を入れないところは、そのチケットを手に入れるために早くから長蛇の列が出来ることもある。その行列での客同士のトラブルはもはや日常茶飯事だ。
それからこれは別の映画館スタッフから聞いた話だが、某人気SF映画のパンフレットを館名入りで作った時には、その表紙が指紋の付きやすい黒の光沢紙印刷であったこともあり、少しの指紋も許さず綺麗なものを手に入れたいと客の暴動が起こったとも聞く。人気のアニメ映画の原画を手に入れようと、その会社が契約している掃除業者になって侵入するなど、枚挙にいとまがないほどだ。
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