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002 映画コレクター佐山氏亡くなる②
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国立映画資料館は、その名の通り国が運営する映画資料を収集、保存、復元、研究、公開する館だ。他の館と大きく違うのは、来館するお客様に公開するものが全て映画に関わるもので、メインは映画上映というところだろう。
国内外の映画資料の中には当然映画フィルムも含まれる。別の場所に分館と呼ばれる広大な敷地面積のフィルムの収蔵庫があるのだが、そこに隣接した形で大きい資料――たとえば撮影用の映画カメラや映写機なども各種置いてあり、館に常設されている資料展示室の展示品入れ替えや、他館に貸し出しする際に私も立ち会いに行くことがある。
フィルムの方は、ここの収蔵庫では室温5℃、湿度35℃前後に統一して一定の室温を保って保管されている。映画上映が決まったフィルムをここから運ぶ場合には、水滴が出ないように段階的に室温を上げた保管場所に移しつつとなる。
何となく学生時代から映画が好きでよく見ていた私は、ここでの資料整理の仕事が募集されているのを見て呑気な気持ちで入ったクチだ。思った以上に多種多様の資料が未整理のまま倉庫に溜まっている現状を見て、初日に呆然としたことを覚えている。
大学を出てここに務めるようになって一年半ほどだが、まだまだ分からない事だらけだ。
「いやあ、紙って重いよね。ポスターが一枚なら楽なんだけど、それを何万枚も保管するとなると、いくらデータベースに入力してナンバリングしておいても、それを取り出すのが恐ろしい重労働だよね」
「本当ですね! 明日筋肉痛になりそう」
「日比野さんはまだ若いでしょ! でも歌舞伎の若様が映画ポスターと一緒にコラムを書くって言ってるんだもん。希望するものは全て出しておかないとね!」
今日は館地下収蔵庫のポスターゾーンに来て、調査資料課の同僚・山森美香とともにポスターを持ち上げながら、歌舞伎の若様が求める作品のポスターを取り出していた。若様の希望するポスターの映画で美術監督を務めていた沢本清彦は、それのみならず紙関係のデザインも手掛けていた方で、同世代のポスターと比べてもちょっと洗練されていて人気がある。
「沢本清彦のポスター作品は、この独特の書体と写真を使わずにイラストで作るのがおしゃれだよね」
「サワモト書体、私も好きです。こういうノートがあったら買いたいくらい」
「売れそう! でもうちってミュージアムショップとかやらないもんね。図録とニュースレターくらいで」
「そこまで大風呂敷広げられないし、著作権の問題とかあるんじゃないですか?」
結局、大汗をかきながら歌舞伎の若様のコラム一年間分のポスターを取り出して、私達は席に戻った。全てのポスターを専用の収納棚に入れるには分類とナンバリングを終えてからでないと難しい。重複がありすぎるのなら、それも含めて保管すべきか等考えなければならない。しかもポスターも二番館、三番館での上映のものと、初公開されたものでやはり違うし、そもそも収納棚の設置場所にも限りがあるのだ。そして怖ろしいことに未整理のダンボールの山を減らさないと、これ以上収納棚すら置くことが出来ない。保存し続けていくというのは増え続ける資料との格闘だなとつくづく思う。
ヘトヘトになっている私達を見かねた他部署の上司にお茶をご馳走してもらい、しばし二人で休憩スペースを陣取って休んでいると、館長室から同じ調査資料課の面々がドヤドヤと出て来た。
「お疲れ様です! ······なんかありました?」
早速山森が声をかけると、いつもより少し険しい顔の西村一朗課長が声を落として答えてくれる。
「ああ。君らは佐山コレクションって知ってるか?」
「ええ、もちろん。著名な映画コレクターさんですよね? うちにも多く寄贈してくれている」
「その佐山義之さんが亡くなった」
国内外の映画資料の中には当然映画フィルムも含まれる。別の場所に分館と呼ばれる広大な敷地面積のフィルムの収蔵庫があるのだが、そこに隣接した形で大きい資料――たとえば撮影用の映画カメラや映写機なども各種置いてあり、館に常設されている資料展示室の展示品入れ替えや、他館に貸し出しする際に私も立ち会いに行くことがある。
フィルムの方は、ここの収蔵庫では室温5℃、湿度35℃前後に統一して一定の室温を保って保管されている。映画上映が決まったフィルムをここから運ぶ場合には、水滴が出ないように段階的に室温を上げた保管場所に移しつつとなる。
何となく学生時代から映画が好きでよく見ていた私は、ここでの資料整理の仕事が募集されているのを見て呑気な気持ちで入ったクチだ。思った以上に多種多様の資料が未整理のまま倉庫に溜まっている現状を見て、初日に呆然としたことを覚えている。
大学を出てここに務めるようになって一年半ほどだが、まだまだ分からない事だらけだ。
「いやあ、紙って重いよね。ポスターが一枚なら楽なんだけど、それを何万枚も保管するとなると、いくらデータベースに入力してナンバリングしておいても、それを取り出すのが恐ろしい重労働だよね」
「本当ですね! 明日筋肉痛になりそう」
「日比野さんはまだ若いでしょ! でも歌舞伎の若様が映画ポスターと一緒にコラムを書くって言ってるんだもん。希望するものは全て出しておかないとね!」
今日は館地下収蔵庫のポスターゾーンに来て、調査資料課の同僚・山森美香とともにポスターを持ち上げながら、歌舞伎の若様が求める作品のポスターを取り出していた。若様の希望するポスターの映画で美術監督を務めていた沢本清彦は、それのみならず紙関係のデザインも手掛けていた方で、同世代のポスターと比べてもちょっと洗練されていて人気がある。
「沢本清彦のポスター作品は、この独特の書体と写真を使わずにイラストで作るのがおしゃれだよね」
「サワモト書体、私も好きです。こういうノートがあったら買いたいくらい」
「売れそう! でもうちってミュージアムショップとかやらないもんね。図録とニュースレターくらいで」
「そこまで大風呂敷広げられないし、著作権の問題とかあるんじゃないですか?」
結局、大汗をかきながら歌舞伎の若様のコラム一年間分のポスターを取り出して、私達は席に戻った。全てのポスターを専用の収納棚に入れるには分類とナンバリングを終えてからでないと難しい。重複がありすぎるのなら、それも含めて保管すべきか等考えなければならない。しかもポスターも二番館、三番館での上映のものと、初公開されたものでやはり違うし、そもそも収納棚の設置場所にも限りがあるのだ。そして怖ろしいことに未整理のダンボールの山を減らさないと、これ以上収納棚すら置くことが出来ない。保存し続けていくというのは増え続ける資料との格闘だなとつくづく思う。
ヘトヘトになっている私達を見かねた他部署の上司にお茶をご馳走してもらい、しばし二人で休憩スペースを陣取って休んでいると、館長室から同じ調査資料課の面々がドヤドヤと出て来た。
「お疲れ様です! ······なんかありました?」
早速山森が声をかけると、いつもより少し険しい顔の西村一朗課長が声を落として答えてくれる。
「ああ。君らは佐山コレクションって知ってるか?」
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