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後編
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その夜、ロクスター家はひっそりとこの国の歴史から消えた。
領地が隣接しているサンセット伯爵家が旧ロクスター領を吸収して運営を担うこととなったので、現サンセット伯爵である魔術師長は非常に大変そうである。
ロクスター子爵の弟スターツ男爵は、赤ちゃんの頃から可愛がっていたトッティが実の父の元へ帰ってしまい、寂しそうにしているらしい。なんでも霊様からのお預かり児だと分かっていたが、本当の息子のように接してきたのだという。
そして急に消えた兄家族はトッティと共に幸せに暮らしているのだ、と断言した。
サンセット魔術師長もスターツ男爵もはっきりとしたことは言わないが、ロクスター家は一家ごと精霊界に行き、トッティと一緒に時々戻って来ることもあるらしい。ただ王国民ではなくなったので、子爵ではなく異国民として、ということなのだそうだ。
「トッティ!」
ミレーヌは自身を迎えに来たトッティに駆け寄ると、ワンピースの裾をひらめかせながらくるりと一回転してみせた。
「この刺繍、すごく可愛いね」
「そうでしょう? お母様に習って裾全部にお花を入れてみたのよ!」
「すごいな、ミレーヌは」
「ねえ、今日はピクニックでしょう? わたくしサンドウィッチとダークチェリーのプディングをこしらえたのよ」
「楽しみだな! 敷物とバスケットは僕が持つから早く行こう」
喜びが全身から溢れているミレーヌと、それを見てさらに嬉しくなるトッティ。
二人は彼女の両親に挨拶をして、光草の丘へと歩いて行った。彼女達の進んだ後には蝶の妖精が舞い、光を浴びたとりどりの花が揺れた。
「気をつけて行ってらっしゃいね!」
「はーい! お母様にもお弁当作ってありますから、食べてくださいね」
「分かったわ」
母に手を振るミレーヌを見て、トッティは笑みを深くする。
あの侯爵家がその後どうしたかとか、ロクスター家がいなくなった王国がどのように変わっていくのかなど、ミレーヌは何も知らないのだから当然気にもしていないだろう。ミレーヌの家族と、スターツ男爵家とサンセット伯爵家。これらの狭い交友関係で育まれていたミレーヌの世界。もしあの国に何かあればミレーヌが愛している者達にだけ加護を強めればいいのだから。
ようやくこちらに引き込めた。
そう笑っているトッティの暗い心はミレーヌには決して見せない。彼女は自身の意思でこちらに来たのだ。彼女の両親も。
ああ、可愛いミレーヌ。
結局14年も人間界にいたけれど、あちらの世界の理など何も理解できなかった。だけど、ミレーヌを穢そうとする者はすべて敵である、という簡単なルールだけはどの世界に生きていても共通だ。
生まれた時からミレーヌを欲していたのだから、当然彼女は手に入れる。そしてそれを阻害するものは容赦しない。それたけだ。
今だって自分との昼食のために、白いシーツを敷く場所をあれこれ考えているミレーヌはとても愛らしい。
「ねえ、ここでいいかしら? どう思う?」
「ミレーヌのお気に召すままに」
「もう! トッティのことでもあるのよ?
ピクニックなんだから、良いところに座った方がご飯もおいしいでしょう?」
「ここがいいな。ねえ、食べ終わったら膝枕してくれない?」
「もうお昼寝のことなの? お散歩は?」
「お腹いっぱいになったらお休みしないと。ほら、いつも動けなくなるのはミレーヌでしょう?」
「今はもうそんなに沢山食べないわ!」
小さい時の失敗をからかうと、すぐ顔を赤らめるミレーヌも可愛い。
「天気がいいから日向ぼっこもしたいんだよ。ミレーヌの膝枕でね」
「······いいわよ」
照れていてもしっかり返事をくれるミレーヌも魅力的だ。トッティは思わずミレーヌの色づく頬にキスをした。
「トッティ!!」
「さあ! ここに敷いて、ランチにしよう」
威勢よく広げたシーツが明るい日差しを受けてたなびいた。
領地が隣接しているサンセット伯爵家が旧ロクスター領を吸収して運営を担うこととなったので、現サンセット伯爵である魔術師長は非常に大変そうである。
ロクスター子爵の弟スターツ男爵は、赤ちゃんの頃から可愛がっていたトッティが実の父の元へ帰ってしまい、寂しそうにしているらしい。なんでも霊様からのお預かり児だと分かっていたが、本当の息子のように接してきたのだという。
そして急に消えた兄家族はトッティと共に幸せに暮らしているのだ、と断言した。
サンセット魔術師長もスターツ男爵もはっきりとしたことは言わないが、ロクスター家は一家ごと精霊界に行き、トッティと一緒に時々戻って来ることもあるらしい。ただ王国民ではなくなったので、子爵ではなく異国民として、ということなのだそうだ。
「トッティ!」
ミレーヌは自身を迎えに来たトッティに駆け寄ると、ワンピースの裾をひらめかせながらくるりと一回転してみせた。
「この刺繍、すごく可愛いね」
「そうでしょう? お母様に習って裾全部にお花を入れてみたのよ!」
「すごいな、ミレーヌは」
「ねえ、今日はピクニックでしょう? わたくしサンドウィッチとダークチェリーのプディングをこしらえたのよ」
「楽しみだな! 敷物とバスケットは僕が持つから早く行こう」
喜びが全身から溢れているミレーヌと、それを見てさらに嬉しくなるトッティ。
二人は彼女の両親に挨拶をして、光草の丘へと歩いて行った。彼女達の進んだ後には蝶の妖精が舞い、光を浴びたとりどりの花が揺れた。
「気をつけて行ってらっしゃいね!」
「はーい! お母様にもお弁当作ってありますから、食べてくださいね」
「分かったわ」
母に手を振るミレーヌを見て、トッティは笑みを深くする。
あの侯爵家がその後どうしたかとか、ロクスター家がいなくなった王国がどのように変わっていくのかなど、ミレーヌは何も知らないのだから当然気にもしていないだろう。ミレーヌの家族と、スターツ男爵家とサンセット伯爵家。これらの狭い交友関係で育まれていたミレーヌの世界。もしあの国に何かあればミレーヌが愛している者達にだけ加護を強めればいいのだから。
ようやくこちらに引き込めた。
そう笑っているトッティの暗い心はミレーヌには決して見せない。彼女は自身の意思でこちらに来たのだ。彼女の両親も。
ああ、可愛いミレーヌ。
結局14年も人間界にいたけれど、あちらの世界の理など何も理解できなかった。だけど、ミレーヌを穢そうとする者はすべて敵である、という簡単なルールだけはどの世界に生きていても共通だ。
生まれた時からミレーヌを欲していたのだから、当然彼女は手に入れる。そしてそれを阻害するものは容赦しない。それたけだ。
今だって自分との昼食のために、白いシーツを敷く場所をあれこれ考えているミレーヌはとても愛らしい。
「ねえ、ここでいいかしら? どう思う?」
「ミレーヌのお気に召すままに」
「もう! トッティのことでもあるのよ?
ピクニックなんだから、良いところに座った方がご飯もおいしいでしょう?」
「ここがいいな。ねえ、食べ終わったら膝枕してくれない?」
「もうお昼寝のことなの? お散歩は?」
「お腹いっぱいになったらお休みしないと。ほら、いつも動けなくなるのはミレーヌでしょう?」
「今はもうそんなに沢山食べないわ!」
小さい時の失敗をからかうと、すぐ顔を赤らめるミレーヌも可愛い。
「天気がいいから日向ぼっこもしたいんだよ。ミレーヌの膝枕でね」
「······いいわよ」
照れていてもしっかり返事をくれるミレーヌも魅力的だ。トッティは思わずミレーヌの色づく頬にキスをした。
「トッティ!!」
「さあ! ここに敷いて、ランチにしよう」
威勢よく広げたシーツが明るい日差しを受けてたなびいた。
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