幼馴染をお休みして犬になります!?いや侯爵家令息を犬扱いは無理ですって!

来住野つかさ

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第08話 忠犬は御主人様に『躾』されたい

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 トビィと初めて会った日。
 私には楽しく遊んだ思い出の一頁だけれど、実はあの日以降アーロンは変わったのだそうだ。
 
 何でも当時の魔術の家庭教師が過剰な教え方をする方だったようで、『失敗は勉強不足なので努力を怠るな』と言って間違える度に手の平を棒で叩くような教育方針だったそう。
 だけどあの後、アーロンは『失敗も成功するための練習だから、その過程で怒らないでほしい』とはっきりと自身の意見を言ったのだとか。
 
 反省した家庭教師はギブソン侯爵家に今までの教え方を誠実に申し出て、やり方を改めるからどうかアーロンを教えることを続けさせてほしいと直訴したそうだ。
 
 ご両親はアーロンに話を聞いて、きちんと意見が言えたことをお褒めになり、双方話し合いの上でアーロンに合った勉強方法に変えてから、彼は目覚ましい成長を見せて行ったと――。
 
 
「······知らなかったわ」
「そうだね、家庭教師に怒られてばかりいるなんて恥ずかしくて誰にも言えなかったんだ。だけどクローディアがトビィの失敗にも笑って許しているのを見て、もし僕の先生もそうなら萎縮して出来なくなることもないのにと気づいたんだ。今では先生とも親や友人のように親しく過ごせる関係になったしね」 
 
 微笑みながらも、一つため息をついてから、アーロンは言葉を続けた。
 
「でも、学院に入学する前くらいから、君に会えなくなった。ポーリーンとは遊んでいるのに僕は駄目。家にも来てくれなくなったし、僕とトビィは捨てられたみたいに悲しかったんだ」
「······その時は」
「知ってる。ポーリーンから『クローディアはあることから男性が苦手になってしまった』と聞いたから」
 
 だけどね、とアーロンは自身の両手を強く組み固める。
 痛みを自分に与えているように、手が白くなって行く。 
 
「会えなくて寂しかった。でもクローディアのためと思って我慢していたんだ。それなのに入学式のあの時。ザカライヤ様に怯えるクローディアを見て、いつまでも離れてなんかいたら、僕は必要な時に君を救えないじゃないかと思った」
「あの時助けてくれたのにお礼も言えなくて、私······」
「気にしないで! あれから僕は男性を怖く感じるクローディアを、元に戻してあげないとって考えていた。でも違ったんだ」
 
 アーロンは立ち上がると、初めて私の横に座った。
 じっと私を見ている。
 もう逸らされることはない。
 
「クローディア、僕は幼い頃の大らかな君も、今の苦手を克服するために努力する君も、犬の僕と一緒に過ごしてくれる君も、初めからずっと好きなんだから、何も間違いなんかじゃないんだ」
 
 すっと心が軽くなった気がした。

 私はずっと男性に過剰に怯える自分がいやで周りに申し訳なくて、自分はもう駄目になってしまったんだと諦めていた。

 でも克服のための訓練に付き合ってくれていたアーロンは、今の私もいいのだと受け入れてくれたのだ。
 そして男性を怖がって逃げてしまった過去の私も『間違ってない』と言い切ってくれた。
 
「幼馴染として困ってる君の力になりたかったのも本当だけど、ただ君が好きだから一緒にいたかった。男嫌いでもクローディアが誰かと結婚しなくてはいけないのなら、僕でいいじゃないかと思って、君に話す前に先走って婚約の話を進めてしまったのは本当にごめん」
 
 アーロンは表情を緩めて、頬を掻きながらくすっと笑みを浮かべた。
 
「なかなか会えないうちに、誰かに取られてしまう前にと気が焦ってしまったんだ」 
 
 ああ、ようやく言えたよ、と笑いながら、残りのお茶を飲むアーロン。
 すっきりした顔で私を見ている瞳はいつもと同じように優しい。
 同じように見えるけれど。
 
 ――でもこの人は本当に私が好きで、幼馴染から婚約者になるのよね?
 
 私は急に恥ずかしくなってしまった。
 今までのあれこれを思い出したら恥ずかしさがさらに倍増してしまいそう。
 思わず顔を覆ってアーロンから顔の火照りを隠した。
 
「あの、アーロン、様」
「帽子がないと、また様付けに戻ってしまうの?」
「だって私、婚約者の方に愚痴を言ったり······、何より婚約者を犬扱いしていたなんて!」
「それは僕が好きでやっていたんだよ」
「でも······!」

 それにね、とにこにこしながらアーロンは手のひらを差し出してくる。

「犬になるのも楽しかったから、まだ続けたいなあ。だってまだ『お手』もしつけてもらっていないし」
しつけって?!」
「分かった、突然色々言って混乱したよね。今日はこれで帰るから、僕のこと落ち着いて考えてみてくれる?」
「ええ」
「それと、茶会発表会のこと。僕も君の仮婚約者として参加を希望しているからね」

 覚悟しておいてね、とアーロンは笑った。
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