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第21話
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「どこに行ったんだ、リアーナとビクトリア王女は!」
リアーナが使っていたとされる王城の一室。荒らされた室内浴室から縛られた侍女達が見つかったものの、主二人が消えている。
「アルフレッド、すまない。私が信用されてないばかりに······」
「今はそういうのはなしだ、ホフマン。部屋の状況から見て、実行犯はニール・フレッチャーと妹で王女付き侍女ミリアンだな。アルフレッド、この匂いは『蜜蜂の休息所』の特別サービスで出てくる精油か?」
ノーヴィックがアルフレッドに話を振ってくる。その名前の店は王女を護衛している時に数回同行したことがある。十中八九、店の奥で常連客のみに施されていたマッサージ用の精油だろう。ただ、あれは長く甘ったるい匂いが残るものだったが、これは少し香りが違うように感じる。
「団長、俺の感覚ですが、これは王女が普段使うものより高濃度に感じます。残る匂いも少し違うので、こっちの方が揮発速度の早いものだったんでしょう。······これだけの量をぶち撒けたら相当臭かったろうに、リア」
壊されたボトルと床の染みを見て、アルフレッドは答える。
あの後急いで宮廷医に診断を頼み、この不調は神経毒と眠り薬を掛け合わせることで生じた副作用だと判明し、目の治療をしてもらった。治癒魔法は効いたはずなのだが、まだ視界はぼんやりとし、あまり良く見えない。こんな時に役立たずになるなんてとアルフレッドは歯噛みしながら、残された痕跡から手がかりを探していた。
「あまり時間をかけたくない。探知魔法を発動しよう。お前の渡した、あの執着まみれのブレスレットに付いてるんだろ?」
「はい」
すぐに自分のブレスレットから信号を出し、リアーナの現在地を突き止め、地図で確認する。これはどちらか一方よりブレスレットに組み込まれた探知の魔法を展開すれば、少ない魔力で互いを呼び合うように位置を発信し続けるという代物だ。
これを作ったのはミカエル第三王子。彼がまだ婚約される前、ユーフェミア・オースティン公爵令嬢に密かに激しい執着を見せていた時に、ユーフェミア様を確実に囲い込むために作っていた拗らせ魔道具の一つと言えばいいのか。
一歩間違えば付きまとい変質者、素晴らしいとも恐ろしいとも噂されるミカエル殿下の発明品だが、個人的には思春期とは平等に拗らすものなのだ。王族であっても逃れることは出来ない。その鬱屈としたものを発明に昇華したのだから立派だと思う。
未来の妻にお揃いの魔道具を贈りたいと王立魔術研究所の魔道具課に相談した時のことだ。希望の付与魔法についてアルフレッドがあれこれ話していたら、いつの間にか担当が管轄長のミカエル殿下に代わっていて、意気投合したことは······人に言わない方がいいのかもしれない。
「リアーナは今も東方向に進んでいます。やはり旧市街方面ですね」
「そうか、東部と言ってもガルド難民は関係なさそうだな。不穏な動きをしてるのは······中央教会か」
ノーヴィックが素早く立ち上がり、廊下にいた侍従に言付けをした。現場の保全と、王女が行方不明になったことは公にするなとの指示だ。当然陛下には伝わるが、我々に求められているのは王女とリアーナの速やかな救出だ。周囲に動揺を悟られないようにエイベル統括長のもとに急ぐ。
「――統括長、すぐに出動要請を願います」
「うむ。雨宿りをする者が多い中、神官長一行は決勝を待たずに土砂降りの中を帰って行ったぞ。その後すぐ止んだのにな。確実にクロだ。
第三からはお前ら三人、後は第一の者を数名出す。それで向かってくれ。第三は現状で容疑者が出ているため、未調査の者を救出に加わらせるためにはいかんからだ。いいな?」
「はっ、申し訳ありません!」
エイベル統括長は、話しながらも頭で人員を選定したようで、横にいたアッテンボロー第一騎士団副団長に口頭で十名を挙げて、急いで準備するように告げる。その中に彼も入っていたのは心強い。近衛として臨機応変さが身についてるのはもちろんのこと、攻守のバランスが非常に良く、決勝ではまず勝てないだろうと思っていた方なのだ。
「しかしフレッチャーだと? あの家はザイルバーガー家の寄子だぞ。ノーヴィック、あそこも関係あるのか?」
「夫人が何も知らないのは確実です。金遣いが荒く早く跡を継ぎたがっている長男が嫌疑濃厚、当主の関与は不明です」
ザイルバーガー公爵家は建国より王家に忠誠心の厚い名家だ。エイベル統括長は一瞬難しい顔をしたが、すぐに切り替えて指示を出した。
「ならばザイルバーガー家の派閥は避けて人選しよう。俺はここに残り、黒幕について並行して調査する。それから追跡隊の者は全員オレンジバッジとイヤーカフを装着しろ! 後で指示を出すからな」
「はっ。漏れなく伝えます!」
早急に出立の準備に取り掛かるノーヴィック達に続こうとしたアルフレッドをエイベル統括長が呼び止める。
「······アルフレッド。妹が申し訳ないな。埋め合わせは必ずする! だからお前の婚約者と俺の妹を救出してくれ!」
「はっ。承知しました!」
◇ ◇ ◇
「では出発!」
エイベル統括長が選別した捜索隊は、雨で泥濘んだところで足を取られないように気を付けながら、馬を走らせて東へ進む。
「アルフレッド、彼女達の位置はどうだ?」
「ミカエル殿下から、より精度の高い魔法地図を借りてきました。リアーナ達は足取りを取らせないようになのか迂回をしながら進んでいますが、おそらくフレス街に行くものと思われます」
「やはり、ユール街ザイルバーガー邸には行かないな」
馬に乗っていても、ミカエル殿下の作ったオレンジバッジとイヤーカフのお陰で念話のように通信会話が出来るのは助かる。全員で情報共有しつつ作戦が練れるのだ。
ノーヴィックが重々しく頷くと、アッテンボローも話に加わって来た。
「ええ。フレス街の中央教会でしたら誰が行ってもおかしくありません。しかも彼女達は教会専用馬車の中でしょうから、まさかその中に王女が誘拐されて閉じ込められているなんて思いません。特に教会の馬車は、馬にかなり強い身体強化をかけています。おいそれと近づきませんから、ノーチェックで教会敷地内に入ると思われます」
「そうだな。第三が先日東部遠征に行った際、随分と盗賊が多かった。その中にガルド地区の者はいなかったが、今思えば第三をあそこにまで誘き出すための手だったのかもしれん」
ホフマンはその時のことを思い出したのか、思慮深く意見を口にする。
「今回のことは、ハプラムと我が国が強固に結びつくのを避けたい勢力があって、王女殿下を国内で降嫁させたかったのでしょうか? 例えばハンクス辺境伯家に。ガルド難民ならハプラムとの交流を喜ぶはずですから今回の敵ではないのでは? 彼らを迫害していた教義を持つルニラ真教をハプラムは潰しましたからね」
「おそらくはホフマンの予想通りだろう。うちの馬も身体強化をかけた上に、栄養価の高い薬草を食べさせている。もうすぐ追いつくぞ。気を引き締めていけ!」
「団長、王女の護衛騎士のイアン、それからリアにつけていたトビアスも後を追っているようですから、突入前に合流出来たらいいのですが」
「第一ならオレンジバッジははじめから付けてるんじゃないか? アッテンボロー、目的地に近づいたら通信してみてくれ」
「了解です」
ザイルバーガー家の目を避けながらユール街を抜けて、フレス街に入った。ここからは馬を降りて隊商宿に向かう。今は平服を着ているので騎士だとはバレないだろう。ムキムキのノーヴィック以外は。
団員の一人が馬を預かってもらう話をつけているところで、アルフレッドはノーヴィックに近寄って、今までむかむかしていたことを告げた。そうでないと、この人に全幅の信頼を寄せて突入が出来そうもないからだ。
「······団長、俺のブレスレットのことを散々言いましたけど、なにかいやらしいものをリアーナに渡しましたよね! 指輪なんて俺だってまだ贈ったことなかったのに!」
「あー? いやすまん。軽量で必ず身に着けていられるものとして選んだだけなんだが······いやらしくはないだろ」
二人のやり取りを聞いて、アッテンボローをはじめとする第一騎士団のメンバーが唖然としている。アルフレッドが色ボケして『俺のリア』って言い出したというのは本当だったんだな、と生ぬるい空気が流れ出す。
「二人ともあほですか! 今そんな事で揉めるな! 早く気合を入れ直せ!」
ホフマンが怒ると、「イアンと連絡つきました!」と団員の一人から声がかかった。
リアーナが使っていたとされる王城の一室。荒らされた室内浴室から縛られた侍女達が見つかったものの、主二人が消えている。
「アルフレッド、すまない。私が信用されてないばかりに······」
「今はそういうのはなしだ、ホフマン。部屋の状況から見て、実行犯はニール・フレッチャーと妹で王女付き侍女ミリアンだな。アルフレッド、この匂いは『蜜蜂の休息所』の特別サービスで出てくる精油か?」
ノーヴィックがアルフレッドに話を振ってくる。その名前の店は王女を護衛している時に数回同行したことがある。十中八九、店の奥で常連客のみに施されていたマッサージ用の精油だろう。ただ、あれは長く甘ったるい匂いが残るものだったが、これは少し香りが違うように感じる。
「団長、俺の感覚ですが、これは王女が普段使うものより高濃度に感じます。残る匂いも少し違うので、こっちの方が揮発速度の早いものだったんでしょう。······これだけの量をぶち撒けたら相当臭かったろうに、リア」
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あの後急いで宮廷医に診断を頼み、この不調は神経毒と眠り薬を掛け合わせることで生じた副作用だと判明し、目の治療をしてもらった。治癒魔法は効いたはずなのだが、まだ視界はぼんやりとし、あまり良く見えない。こんな時に役立たずになるなんてとアルフレッドは歯噛みしながら、残された痕跡から手がかりを探していた。
「あまり時間をかけたくない。探知魔法を発動しよう。お前の渡した、あの執着まみれのブレスレットに付いてるんだろ?」
「はい」
すぐに自分のブレスレットから信号を出し、リアーナの現在地を突き止め、地図で確認する。これはどちらか一方よりブレスレットに組み込まれた探知の魔法を展開すれば、少ない魔力で互いを呼び合うように位置を発信し続けるという代物だ。
これを作ったのはミカエル第三王子。彼がまだ婚約される前、ユーフェミア・オースティン公爵令嬢に密かに激しい執着を見せていた時に、ユーフェミア様を確実に囲い込むために作っていた拗らせ魔道具の一つと言えばいいのか。
一歩間違えば付きまとい変質者、素晴らしいとも恐ろしいとも噂されるミカエル殿下の発明品だが、個人的には思春期とは平等に拗らすものなのだ。王族であっても逃れることは出来ない。その鬱屈としたものを発明に昇華したのだから立派だと思う。
未来の妻にお揃いの魔道具を贈りたいと王立魔術研究所の魔道具課に相談した時のことだ。希望の付与魔法についてアルフレッドがあれこれ話していたら、いつの間にか担当が管轄長のミカエル殿下に代わっていて、意気投合したことは······人に言わない方がいいのかもしれない。
「リアーナは今も東方向に進んでいます。やはり旧市街方面ですね」
「そうか、東部と言ってもガルド難民は関係なさそうだな。不穏な動きをしてるのは······中央教会か」
ノーヴィックが素早く立ち上がり、廊下にいた侍従に言付けをした。現場の保全と、王女が行方不明になったことは公にするなとの指示だ。当然陛下には伝わるが、我々に求められているのは王女とリアーナの速やかな救出だ。周囲に動揺を悟られないようにエイベル統括長のもとに急ぐ。
「――統括長、すぐに出動要請を願います」
「うむ。雨宿りをする者が多い中、神官長一行は決勝を待たずに土砂降りの中を帰って行ったぞ。その後すぐ止んだのにな。確実にクロだ。
第三からはお前ら三人、後は第一の者を数名出す。それで向かってくれ。第三は現状で容疑者が出ているため、未調査の者を救出に加わらせるためにはいかんからだ。いいな?」
「はっ、申し訳ありません!」
エイベル統括長は、話しながらも頭で人員を選定したようで、横にいたアッテンボロー第一騎士団副団長に口頭で十名を挙げて、急いで準備するように告げる。その中に彼も入っていたのは心強い。近衛として臨機応変さが身についてるのはもちろんのこと、攻守のバランスが非常に良く、決勝ではまず勝てないだろうと思っていた方なのだ。
「しかしフレッチャーだと? あの家はザイルバーガー家の寄子だぞ。ノーヴィック、あそこも関係あるのか?」
「夫人が何も知らないのは確実です。金遣いが荒く早く跡を継ぎたがっている長男が嫌疑濃厚、当主の関与は不明です」
ザイルバーガー公爵家は建国より王家に忠誠心の厚い名家だ。エイベル統括長は一瞬難しい顔をしたが、すぐに切り替えて指示を出した。
「ならばザイルバーガー家の派閥は避けて人選しよう。俺はここに残り、黒幕について並行して調査する。それから追跡隊の者は全員オレンジバッジとイヤーカフを装着しろ! 後で指示を出すからな」
「はっ。漏れなく伝えます!」
早急に出立の準備に取り掛かるノーヴィック達に続こうとしたアルフレッドをエイベル統括長が呼び止める。
「······アルフレッド。妹が申し訳ないな。埋め合わせは必ずする! だからお前の婚約者と俺の妹を救出してくれ!」
「はっ。承知しました!」
◇ ◇ ◇
「では出発!」
エイベル統括長が選別した捜索隊は、雨で泥濘んだところで足を取られないように気を付けながら、馬を走らせて東へ進む。
「アルフレッド、彼女達の位置はどうだ?」
「ミカエル殿下から、より精度の高い魔法地図を借りてきました。リアーナ達は足取りを取らせないようになのか迂回をしながら進んでいますが、おそらくフレス街に行くものと思われます」
「やはり、ユール街ザイルバーガー邸には行かないな」
馬に乗っていても、ミカエル殿下の作ったオレンジバッジとイヤーカフのお陰で念話のように通信会話が出来るのは助かる。全員で情報共有しつつ作戦が練れるのだ。
ノーヴィックが重々しく頷くと、アッテンボローも話に加わって来た。
「ええ。フレス街の中央教会でしたら誰が行ってもおかしくありません。しかも彼女達は教会専用馬車の中でしょうから、まさかその中に王女が誘拐されて閉じ込められているなんて思いません。特に教会の馬車は、馬にかなり強い身体強化をかけています。おいそれと近づきませんから、ノーチェックで教会敷地内に入ると思われます」
「そうだな。第三が先日東部遠征に行った際、随分と盗賊が多かった。その中にガルド地区の者はいなかったが、今思えば第三をあそこにまで誘き出すための手だったのかもしれん」
ホフマンはその時のことを思い出したのか、思慮深く意見を口にする。
「今回のことは、ハプラムと我が国が強固に結びつくのを避けたい勢力があって、王女殿下を国内で降嫁させたかったのでしょうか? 例えばハンクス辺境伯家に。ガルド難民ならハプラムとの交流を喜ぶはずですから今回の敵ではないのでは? 彼らを迫害していた教義を持つルニラ真教をハプラムは潰しましたからね」
「おそらくはホフマンの予想通りだろう。うちの馬も身体強化をかけた上に、栄養価の高い薬草を食べさせている。もうすぐ追いつくぞ。気を引き締めていけ!」
「団長、王女の護衛騎士のイアン、それからリアにつけていたトビアスも後を追っているようですから、突入前に合流出来たらいいのですが」
「第一ならオレンジバッジははじめから付けてるんじゃないか? アッテンボロー、目的地に近づいたら通信してみてくれ」
「了解です」
ザイルバーガー家の目を避けながらユール街を抜けて、フレス街に入った。ここからは馬を降りて隊商宿に向かう。今は平服を着ているので騎士だとはバレないだろう。ムキムキのノーヴィック以外は。
団員の一人が馬を預かってもらう話をつけているところで、アルフレッドはノーヴィックに近寄って、今までむかむかしていたことを告げた。そうでないと、この人に全幅の信頼を寄せて突入が出来そうもないからだ。
「······団長、俺のブレスレットのことを散々言いましたけど、なにかいやらしいものをリアーナに渡しましたよね! 指輪なんて俺だってまだ贈ったことなかったのに!」
「あー? いやすまん。軽量で必ず身に着けていられるものとして選んだだけなんだが······いやらしくはないだろ」
二人のやり取りを聞いて、アッテンボローをはじめとする第一騎士団のメンバーが唖然としている。アルフレッドが色ボケして『俺のリア』って言い出したというのは本当だったんだな、と生ぬるい空気が流れ出す。
「二人ともあほですか! 今そんな事で揉めるな! 早く気合を入れ直せ!」
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