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第11話
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当面は帰れないというアルフレッドの言付けを聞いても、リアーナはさほど落胆しなかった。その代わり、外出はハンクス家の護衛と行動することと、時々第三騎士団の方が様子を見に来るから、このまま家に居てくれと書かれた手紙を見て、気分転換に外出することに決めた。
「ラウエル、マリー。家へのお土産も買いたいから、王都の商店街へ付き合ってくれない?」
「姉上、それならキャロも呼んでいいですか? 彼女は色んなアンテナを張っているから流行りのことにも詳しいですよ!」
「そうね、キャロラインにも会いたいから、ご都合聞いてみてくれる?」
ラウエルはすぐに使いを出したようで、昼食を摂った後、キャロラインがハンクス家にやって来てくれた。
「リアーナ様! まあ今日もなんてお美しいのでしょう! 眼福ですわ!!」
「大袈裟よ、キャロライン。お元気そうで何よりね」
「元気です! 今日はお誘いありがとうございます。何かお探しだとか?」
「ええと、色々と見て回りたいと思っているの。お土産やおいしいケーキも食べたいわ」
「素敵! ぜひぜひご一緒させてくださいませ」
「キャロ、僕のことも忘れないでね······」
キャロラインは橙色のドレスがよく似合う、元気で可愛らしい子だ。王都の中心地にスタントン領のチーズを扱った店を出していて、時間が空くと彼女もそこでお手伝いをしているらしい。なので王都の商店街のことは詳しいのだという。
「リアーナ様、もし良かったらお姉様とお呼びしてもいいかしら?」
「ええもちろん。いずれ本当にそうなるのを私も楽しみにしているわ」
「嬉しい!」
「キャロ、僕と結婚するのが嬉しいんだよね? 姉上に負けてる気がするんだけど······」
じゃあまずは、とキャロラインが女性が好みそうなお店をいくつかピックアップしてくれたので、順番に向かうことにした。マリーと念のため護衛のトビアスも一緒だ。
きらきらとした成分が混ぜ込まれた石鹸や、華やかな食器、繊細なつくりの日傘、色彩溢れる美しい光沢の刺繍糸にレース糸。あれこれ見ながらリアーナは、艷やかなのに吸水力も高いという新開発の布で出来たハンカチを沢山買い込んだ。それからハンドクリーム。日持ちする焼き菓子も領地へ郵送するよう頼んだ。
「お父様とお母様には、何か珍しいものを選びたいわね······」
そんな風に思っていたら、大きな花屋を見つけた。隣にはドライフラワーやリースの店も併設されており、ハーブティーなども売っているらしい。
「へえ、とてもお洒落なお店ね」
店内に入ろうと足を向けると、ぶわりと甘く重苦しい匂いが押し寄せてくるような感覚があった。自然のもののはずなのに、集めるとこんなに強い匂いになるのだろうか。ラウエルが鼻にしわを寄せて明らかに嫌そうにしているので、入るのは止めようと踵を返した時、キャロラインに「あちらに行きましょう!」と強引に手を引かれた。
えっと思っていると、しばらくしてビクトリア王女とアルフレッドがその店から出てくるところが見えた。あちらは気づいていない様子だが、王女が彼の腕に抱きつきながら、豪華な場所に乗り込んで行った。
誰がどう見てもデート中だ。アルフレッドは隊服を着ていたので護衛のつもりなのかもしれないが、隣のビクトリア王女の表情にはそう書いてあった。
馬車を目で追ってしまうリアーナに、キャロラインがことさら快活に声をかけた。
「お姉様、わたくし喉が乾きました。おすすめのお店へお付き合い下さいますか?」
◇ ◇ ◇
「あのお店――『蜜蜂の休息所』は最近とみに女性人気が高いのですが、わたくし······あまり良いとは思えないのです」
「どうしてだい、キャロ」
プチケーキが六種類選べる紅茶セットを頼み、めいめいで楽しんでいると、内緒話をするようにキャロラインが声を潜めてそう切り出した。
「我が家は日頃から動物と親しんでおりますでしょう? なので昔から香料のたぐいはあまり付けないようにしているんです。動物は話せないのに、その匂いが動物を刺激する嫌なものだったら可哀想じゃないですか。もちろん良い匂いのものは好きですし、精油やポプリなら自然由来のものですから、少し香るくらいならいいかなんて思っていましたの。ですが」
そこまで話して、キャロラインはさらに声を落として続けた。
「あそこの店、通ると頭が痛くなるのですよ」
「匂いのせいかしら?」
「そうなのかもしれません。でもお姉様、自作のものや他のお店のポプリであんな風になったことありませんわ」
「たしかにね。私にもきつい匂いのように思えたわ」
「やっぱり! それにポプリや焚いていない香木があんなに匂うかしら? はじめは精油でもこぼしたのかと思ったのですが、取り扱ってないって言うんですよ。製造過程でドライフラワーに精油を染み込ませてるのかもしれないんですが、どうにもあの店のものは匂いがきつすぎる気がするのです」
先程の二人を思い出してしまった。ビクトリア王女もご用達なのだろうか、彼女からも甘い香りを強く感じたものだ。
「あそこはドライフラワーが主なの?」
「他はハーブティーと、リース。最近はポプリや香木も人気だそうですよ。ポプリは可愛らしいサシェに入れられて、流行ってるみたいですわ。なにせあの匂い、社交界でもよく嗅ぎますもの。皆さんがあのポプリをドレスに忍ばせるものだから、流行りとはいえ鼻が馬鹿になりそうですわ」
「そうなのね。あのお店の匂い、なんだか特徴的だったわ」
「ええ。甘ったるい、なんだか纏わりつくような薔薇かなにかの匂いです。南部にはない花だと思います」
「キャロはそれを使ってないんだね、良かった! あれ臭いっていうか変だよね」
女性陣の話に入らず黙って聞いていたラウエルが、突如口を挟んできた。
「なんだか頭がしびれるような匂いがしたよ。人工のなにかだと思う」
◇ ◇ ◇
キャロラインとまた会う約束をして帰宅すると、実家から早便が届いているという。
「姉上、何が書かれてるんです?」
「······早すぎるわ、王女様がもう手を回しているらしいの」
父宛にビクトリア王女から婚約解消するようにという手紙が届いたらしい。どういうことなのか説明がほしいからひとまず会って話そう、という連絡だった。
アルフレッドと結局何も話せていない。それで王女の言いなりになって手続きをさせられるのも癪に障る。
「ねえ姉上、アルフ兄様に会いに行こうよ」
「そうね······」
アルフレッドに薬を盛った件はあれから進捗があったのだろうか。まだならば食事にも困っているのか。リアーナが考え込んでいると、マリーがやって来た。
「お嬢様。マーカスがアルフレッド様の着替えを持って行くそうなのですが、お話し合いをなさるならこちらから騎士団へ行くのはどうでしょう?」
「そうだ、行こう! 僕も一緒に行くよ!」
◇ ◇ ◇
先触れを出してもらい、着替えと軽食、それから第三騎士団の方に先日のお礼も込めて焼き菓子をいくつか用意をして、姉弟はアルバーティン王国騎士団棟を訪れた。
アルバーティン王国騎士団は、その名の通りアルバーティン王国に忠誠を誓っている騎士のことで、王城の敷地内に宿舎や執務用の騎士棟などが用意されている。
アルフレッドは第三騎士団に所属しているので職務としては王城内外の警護が主だ。王族警護は第一騎士団の管轄なのだが、国王陛下とジョエル王太子殿下の外遊が重なった時に、一度人手不足を理由にビクトリア王女殿下の警護を担当したことがあるらしい。その時に気に入られて今の状況になっているのだと思う、とアルフレッドも話していた。先日のあれは、それがまた起こったのだろうか。それとも国の意向か、アルフレッドの希望か。
「アルフ兄様としっかりお話出来るといいですよね。僕はついでに鍛錬場を見学させてもらおうかなあ」
どこかのんびりとしたラウエルの横に、護衛のトビアスが戻って来た。
「門兵には話が通っているようで、いま案内の方が来てくれるそうです」
「ありがとう。でもトビアスは王城のことをよく分かっているようね」
「ええ。アルフレッド様のおかげで、辺境伯騎士団と王国騎士団の交流が増えましたからね。私もこちらで研修に参加させてもらったことがあるのです」
アルフレッドが話していたことだ。トビアスを見ていると、その試みはしっかりと実を結んでいるらしい。
「そうなの。それで今はタウンハウスの護衛なの?」
「違いますよ、私は若奥様の護衛になる予定で、辺境伯での選抜試験をクリアしたのです」
「選抜試験?」
「ええ。リアーナ様のそばに変な輩は置けませんから、自分で言うのもあれですけど武力と人柄も加味して選ばれたのです」
恥ずかしそうに頭を掻くトビアスはアルフレッドよりも年上だろうに、少し可愛らしく見えた。
「選考はアルフ兄様が?」
「もちろん。それから領主様ご夫妻も選考に参加して下さいました」
「わあ、姉上すごい! じゃあトビアスは姉上付きの護衛なんだ?」
「そうですよ。これからよろしくお願いします」
そう言って頭を下げているところに、案内役の従僕が来て「こちらです」と声がかかった。
「ラウエル、マリー。家へのお土産も買いたいから、王都の商店街へ付き合ってくれない?」
「姉上、それならキャロも呼んでいいですか? 彼女は色んなアンテナを張っているから流行りのことにも詳しいですよ!」
「そうね、キャロラインにも会いたいから、ご都合聞いてみてくれる?」
ラウエルはすぐに使いを出したようで、昼食を摂った後、キャロラインがハンクス家にやって来てくれた。
「リアーナ様! まあ今日もなんてお美しいのでしょう! 眼福ですわ!!」
「大袈裟よ、キャロライン。お元気そうで何よりね」
「元気です! 今日はお誘いありがとうございます。何かお探しだとか?」
「ええと、色々と見て回りたいと思っているの。お土産やおいしいケーキも食べたいわ」
「素敵! ぜひぜひご一緒させてくださいませ」
「キャロ、僕のことも忘れないでね······」
キャロラインは橙色のドレスがよく似合う、元気で可愛らしい子だ。王都の中心地にスタントン領のチーズを扱った店を出していて、時間が空くと彼女もそこでお手伝いをしているらしい。なので王都の商店街のことは詳しいのだという。
「リアーナ様、もし良かったらお姉様とお呼びしてもいいかしら?」
「ええもちろん。いずれ本当にそうなるのを私も楽しみにしているわ」
「嬉しい!」
「キャロ、僕と結婚するのが嬉しいんだよね? 姉上に負けてる気がするんだけど······」
じゃあまずは、とキャロラインが女性が好みそうなお店をいくつかピックアップしてくれたので、順番に向かうことにした。マリーと念のため護衛のトビアスも一緒だ。
きらきらとした成分が混ぜ込まれた石鹸や、華やかな食器、繊細なつくりの日傘、色彩溢れる美しい光沢の刺繍糸にレース糸。あれこれ見ながらリアーナは、艷やかなのに吸水力も高いという新開発の布で出来たハンカチを沢山買い込んだ。それからハンドクリーム。日持ちする焼き菓子も領地へ郵送するよう頼んだ。
「お父様とお母様には、何か珍しいものを選びたいわね······」
そんな風に思っていたら、大きな花屋を見つけた。隣にはドライフラワーやリースの店も併設されており、ハーブティーなども売っているらしい。
「へえ、とてもお洒落なお店ね」
店内に入ろうと足を向けると、ぶわりと甘く重苦しい匂いが押し寄せてくるような感覚があった。自然のもののはずなのに、集めるとこんなに強い匂いになるのだろうか。ラウエルが鼻にしわを寄せて明らかに嫌そうにしているので、入るのは止めようと踵を返した時、キャロラインに「あちらに行きましょう!」と強引に手を引かれた。
えっと思っていると、しばらくしてビクトリア王女とアルフレッドがその店から出てくるところが見えた。あちらは気づいていない様子だが、王女が彼の腕に抱きつきながら、豪華な場所に乗り込んで行った。
誰がどう見てもデート中だ。アルフレッドは隊服を着ていたので護衛のつもりなのかもしれないが、隣のビクトリア王女の表情にはそう書いてあった。
馬車を目で追ってしまうリアーナに、キャロラインがことさら快活に声をかけた。
「お姉様、わたくし喉が乾きました。おすすめのお店へお付き合い下さいますか?」
◇ ◇ ◇
「あのお店――『蜜蜂の休息所』は最近とみに女性人気が高いのですが、わたくし······あまり良いとは思えないのです」
「どうしてだい、キャロ」
プチケーキが六種類選べる紅茶セットを頼み、めいめいで楽しんでいると、内緒話をするようにキャロラインが声を潜めてそう切り出した。
「我が家は日頃から動物と親しんでおりますでしょう? なので昔から香料のたぐいはあまり付けないようにしているんです。動物は話せないのに、その匂いが動物を刺激する嫌なものだったら可哀想じゃないですか。もちろん良い匂いのものは好きですし、精油やポプリなら自然由来のものですから、少し香るくらいならいいかなんて思っていましたの。ですが」
そこまで話して、キャロラインはさらに声を落として続けた。
「あそこの店、通ると頭が痛くなるのですよ」
「匂いのせいかしら?」
「そうなのかもしれません。でもお姉様、自作のものや他のお店のポプリであんな風になったことありませんわ」
「たしかにね。私にもきつい匂いのように思えたわ」
「やっぱり! それにポプリや焚いていない香木があんなに匂うかしら? はじめは精油でもこぼしたのかと思ったのですが、取り扱ってないって言うんですよ。製造過程でドライフラワーに精油を染み込ませてるのかもしれないんですが、どうにもあの店のものは匂いがきつすぎる気がするのです」
先程の二人を思い出してしまった。ビクトリア王女もご用達なのだろうか、彼女からも甘い香りを強く感じたものだ。
「あそこはドライフラワーが主なの?」
「他はハーブティーと、リース。最近はポプリや香木も人気だそうですよ。ポプリは可愛らしいサシェに入れられて、流行ってるみたいですわ。なにせあの匂い、社交界でもよく嗅ぎますもの。皆さんがあのポプリをドレスに忍ばせるものだから、流行りとはいえ鼻が馬鹿になりそうですわ」
「そうなのね。あのお店の匂い、なんだか特徴的だったわ」
「ええ。甘ったるい、なんだか纏わりつくような薔薇かなにかの匂いです。南部にはない花だと思います」
「キャロはそれを使ってないんだね、良かった! あれ臭いっていうか変だよね」
女性陣の話に入らず黙って聞いていたラウエルが、突如口を挟んできた。
「なんだか頭がしびれるような匂いがしたよ。人工のなにかだと思う」
◇ ◇ ◇
キャロラインとまた会う約束をして帰宅すると、実家から早便が届いているという。
「姉上、何が書かれてるんです?」
「······早すぎるわ、王女様がもう手を回しているらしいの」
父宛にビクトリア王女から婚約解消するようにという手紙が届いたらしい。どういうことなのか説明がほしいからひとまず会って話そう、という連絡だった。
アルフレッドと結局何も話せていない。それで王女の言いなりになって手続きをさせられるのも癪に障る。
「ねえ姉上、アルフ兄様に会いに行こうよ」
「そうね······」
アルフレッドに薬を盛った件はあれから進捗があったのだろうか。まだならば食事にも困っているのか。リアーナが考え込んでいると、マリーがやって来た。
「お嬢様。マーカスがアルフレッド様の着替えを持って行くそうなのですが、お話し合いをなさるならこちらから騎士団へ行くのはどうでしょう?」
「そうだ、行こう! 僕も一緒に行くよ!」
◇ ◇ ◇
先触れを出してもらい、着替えと軽食、それから第三騎士団の方に先日のお礼も込めて焼き菓子をいくつか用意をして、姉弟はアルバーティン王国騎士団棟を訪れた。
アルバーティン王国騎士団は、その名の通りアルバーティン王国に忠誠を誓っている騎士のことで、王城の敷地内に宿舎や執務用の騎士棟などが用意されている。
アルフレッドは第三騎士団に所属しているので職務としては王城内外の警護が主だ。王族警護は第一騎士団の管轄なのだが、国王陛下とジョエル王太子殿下の外遊が重なった時に、一度人手不足を理由にビクトリア王女殿下の警護を担当したことがあるらしい。その時に気に入られて今の状況になっているのだと思う、とアルフレッドも話していた。先日のあれは、それがまた起こったのだろうか。それとも国の意向か、アルフレッドの希望か。
「アルフ兄様としっかりお話出来るといいですよね。僕はついでに鍛錬場を見学させてもらおうかなあ」
どこかのんびりとしたラウエルの横に、護衛のトビアスが戻って来た。
「門兵には話が通っているようで、いま案内の方が来てくれるそうです」
「ありがとう。でもトビアスは王城のことをよく分かっているようね」
「ええ。アルフレッド様のおかげで、辺境伯騎士団と王国騎士団の交流が増えましたからね。私もこちらで研修に参加させてもらったことがあるのです」
アルフレッドが話していたことだ。トビアスを見ていると、その試みはしっかりと実を結んでいるらしい。
「そうなの。それで今はタウンハウスの護衛なの?」
「違いますよ、私は若奥様の護衛になる予定で、辺境伯での選抜試験をクリアしたのです」
「選抜試験?」
「ええ。リアーナ様のそばに変な輩は置けませんから、自分で言うのもあれですけど武力と人柄も加味して選ばれたのです」
恥ずかしそうに頭を掻くトビアスはアルフレッドよりも年上だろうに、少し可愛らしく見えた。
「選考はアルフ兄様が?」
「もちろん。それから領主様ご夫妻も選考に参加して下さいました」
「わあ、姉上すごい! じゃあトビアスは姉上付きの護衛なんだ?」
「そうですよ。これからよろしくお願いします」
そう言って頭を下げているところに、案内役の従僕が来て「こちらです」と声がかかった。
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