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第10話
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久しぶりに訪れたハンクス辺境伯のタウンハウスは、リアーナをあたたかく迎え入れてくれた。
「お久しぶりね、マーカスにジーン」
「リアーナお嬢様、お元気そうで何よりです」
「姉上!」
「ラウエル、もう着いていたのね。当家の方がいないのに申し訳ないけれど、姉弟そろってお世話になるわ。急だけどよろしくね」
笑顔を向けてくれるのはハンクス辺境伯家に長く務める二人と弟のラウエルだ。
幼い頃からアルフレッドをよく見ていたマーカスとジーンは、領主館にいた時に夫婦となり、今はタウンハウスで家令と侍女長として家を守っている。当然リアーナ姉弟とも長い付き合いなのだが、アルフレッドが騎士として王城勤務となった際に彼らもこちらに移ったので、会うのは数年ぶりだ。
「姉上、ひと息入れる時に僕もお茶に呼んで下さい」
「ええ。その前に少しお部屋で休ませてね」
ラウエルとはリアーナが王立学院を卒業してしまったので会う機会が減っていた。南部は遠いので、ラウエルも長期休暇の時くらいしか帰省はせず、普段は寮で生活をしているのだ。半年ぶりくらいに見る年子の弟は、背だけは伸びているものの温和な雰囲気のままだ。
ジーンに案内された部屋は、一般客間ではなくアルフレッドの隣だった。次期当主の妻が入る部屋ということで躊躇したが、すでに実家とハンクス家から届いた私宛のものが仕舞われているということなので、変に思われてもいけないのでそのまま使わせてもらうことにした。
「お嬢様は、周りがなんと言おうと正しくアルフレッド様の婚約者です。王女殿下が何をもってあのような事をおっしゃったのかは不明ですが、アルフレッド様がはっきり否定している以上、あのご発言は意味をなさないものです」
「······マリー、そうね。分かってるわ」
「さあ、少しお休み下さい。ラウエル様とのお茶の時に軽食も用意していただきますからね」
「ありがとう。マリーもほどほどにして休んでね」
一度髪を解いて横になると、思ったより体が疲れていたようだ。外されたアイビーグリーンのリボンを横目に、リアーナはようやく深く息を吐いた。
◇ ◇ ◇
ここに着いたのはお昼前だったが、時計を見るともう三時間ほど経ったらしい。
様子を見に来てくれたマリーに身支度を整えてもらい、ラウエルが待つお茶の席に向かった。
ハンクス家のタウンハウスにも領主館と同じように南部を思い起こせるような花が植えられている。日差しの違いか少し開花が遅れているものもあるが、眺めていると不思議と落ち着いて来た。
庭園に用意されたお茶やお菓子もリアーナの好みのものだ。ラウエルかマリーが準備してくれたのだろうか。このお茶は南部特有の花を混ぜたもので、さっぱりとした酸味が特徴的だ。甘いものが好きなリアーナにとって、普段であればこのお茶との取り合わせだといくらでも入る気がしてしまうのだが。
「こちらに来るのは久しぶりでしょう」
「そうね、学院を卒業してからは機会がなくて」
「王都の話ではないですよ、アルフ兄様のところにという意味です」
王立学院は王城から馬車で30分の距離にある。王都郊外の広大な王領地に建てられており、リアーナやラウエルは敷地内の寮を利用していた。当然このタウンハウスも、王城の騎士団だって遠いわけではない。
「ラウエルは来ていたの?」
「うん、まあ······時々」
「そうだったの。学院はどう? キャロラインとはうまく行っていて?」
キャロラインはスタントン子爵家の娘で、ご両親の領地は酪農――特に良質な乳牛を育てていることで有名だ。
二人は学院入学前に婚約したのだが、元々の相性がとても良かったようで、学院のカフェテラスでもよく仲睦まじく過ごしているところを見かけたものだ。
「それなんだけどね、あの、僕キャロと話してて気づいたんだけど······趣味って変わるものかな?」
「はい? 説明が足りないわ」
「あの······、姉上って昔は無口で強い男がかっこいいとか言ってなかった?」
うーん、と考えて思い出した。
「······寡黙な勇者様が龍と戦って国を救う話が好きだったことはあるけど、もしやそれ?」
「うん、それ」
「子供の時はあの児童書が好きだったからねえ。というか、ラウエルだってよく読んでたじゃない?」
「かっこよかったからね! ねえ、今もそういう人が好き······だよね?」
「あのお話が好きだっただけで、現実の男性の好みという意味では何とも言えないわね」
「え、違うの?」
「だってあの勇者様は、出生の秘密があって家を追い出されて、大変な目に遭われながら強くなって、母国の危機に一人立ち向かって救うのでしょう? 苦労したから寡黙になって、勇者となっても生家とはギクシャクしてるから、色んな人を助ける旅に出る······という児童書にしてはバックボーンが重めな話だしねえ。そんな男性を理想にはしないわよ、普通」
リアーナがあっさりと答えると、ラウエルは目に見えて落ち込み出した。
「やっぱりそうだったんだ······キャロに怒られる······」
「どうしたのよ?」
「キャロが、『好みは年齢とともに変化することがある』って言ったんだ。小さい頃苦手だった野菜が好きになったり、っていう話から派生してね。それでふと、アルフ兄様って好みは不変と思ってるんじゃないかなって」
「一体何の話なの?」
頭を抱え出したラウエルに、もっとしっかり話すように促すと、もごもごしながらもようやく全容が見えてきた。
「······ようするに、アルフレッドの態度は私の幼少時の好みに今も合わせてるんじゃないかという推測をしてるってわけね? で、それに気づいたのに訂正しなかったことをキャロラインに知られたら、ラウエルが彼女に嫌われるかもしれないってこと?」
「うん。まさか僕も7歳くらいの時に聞かれた事が今にまで影響してるなんて思ってなかったんだ! でもキャロが、『あんなに素敵なリアーナ様のことを邪険に扱うアルフレッド様を、義兄とはお呼びしたくないわ』って言ってきて」
「それで7歳の時に聞かれたことを思い出したの?」
「僕も当時は姉上より剣も弱かったし、アルフ兄様を独占したかったから、ちょっといじわるで言ったかも······ごめん」
しょんぽりしながら謝るラウエルは歳より幼く見える。元々田舎でのんびりと過ごしてきた弟なのだ。これでも家族やキャロライン以外の前では凛々しい青年としてやってるというのだから驚きだが。
「それならアルフレッドだって11歳。単にどういう男性がかっこいいと思うか聞いただけだったんじゃない?」
「でも! あの後からアルフ兄様は明らかに姉上の前では口数が少なくなったんだ! その時は喧嘩でもしたのかなって思ってたけど、あれからずっとだもの。僕もアルフ兄様を独占できるから嬉しくて、そのことはすぐ忘れちゃったんだ。だけどキャロは姉上の大ファンだし、二人の不仲の原因が僕の発言だったなんて知ったら、キャロは僕の事嫌いになるかも······」
最愛のキャロラインとの結婚を何より楽しみにしているラウエルにしたら、リアーナを大切にしないアルフレッドが結婚の障害なのだ。それでここに来たのか、とようやく弟の真意を理解したリアーナは、少し冷めてしまったお茶を飲み干した。
「とにかく、もし仮に発端がそれだったとしても、最近の私達はラウエルがいないとまともに話せないくらい深刻な状況だったし、婚約解消も時間の問題かなと思ってたのよ」
「そんな! 姉上はアルフ兄様のことが好きでしょう? いくらアルフ兄様に好き避けされていたとしても、理由を問いただしていたら······」
「突然わけもなく嫌われて、避けられて、私だってあの当時とても傷ついたのよ。はっきりとアルフレッドの口から嫌いと言われたら立ち直れないって、それなら白い結婚でいいかなって、それくらいには思い詰めてたわ」
リアーナがぽつりと呟くと、ラウエルがショックを受けたように息を呑む。
「それ······それでも結婚する気だったんなら、アルフ兄様のこと好きってことだよね? 他に渡したくなかったんでしょう?」
「そうよ! でも王命って言われたのよ! どうあっても翻せない! 別れることになっちゃうわ」
「嫌だ! アルフ兄様が本当の兄上になると思って楽しみにしてたのに! キャロー! どうしよう!!」
感情垂れ流しの弟に誘発されるように思いを吐露したリアーナは、それ以上に動揺して喚いているラウエルを見て大声で笑ってしまった。
「お久しぶりね、マーカスにジーン」
「リアーナお嬢様、お元気そうで何よりです」
「姉上!」
「ラウエル、もう着いていたのね。当家の方がいないのに申し訳ないけれど、姉弟そろってお世話になるわ。急だけどよろしくね」
笑顔を向けてくれるのはハンクス辺境伯家に長く務める二人と弟のラウエルだ。
幼い頃からアルフレッドをよく見ていたマーカスとジーンは、領主館にいた時に夫婦となり、今はタウンハウスで家令と侍女長として家を守っている。当然リアーナ姉弟とも長い付き合いなのだが、アルフレッドが騎士として王城勤務となった際に彼らもこちらに移ったので、会うのは数年ぶりだ。
「姉上、ひと息入れる時に僕もお茶に呼んで下さい」
「ええ。その前に少しお部屋で休ませてね」
ラウエルとはリアーナが王立学院を卒業してしまったので会う機会が減っていた。南部は遠いので、ラウエルも長期休暇の時くらいしか帰省はせず、普段は寮で生活をしているのだ。半年ぶりくらいに見る年子の弟は、背だけは伸びているものの温和な雰囲気のままだ。
ジーンに案内された部屋は、一般客間ではなくアルフレッドの隣だった。次期当主の妻が入る部屋ということで躊躇したが、すでに実家とハンクス家から届いた私宛のものが仕舞われているということなので、変に思われてもいけないのでそのまま使わせてもらうことにした。
「お嬢様は、周りがなんと言おうと正しくアルフレッド様の婚約者です。王女殿下が何をもってあのような事をおっしゃったのかは不明ですが、アルフレッド様がはっきり否定している以上、あのご発言は意味をなさないものです」
「······マリー、そうね。分かってるわ」
「さあ、少しお休み下さい。ラウエル様とのお茶の時に軽食も用意していただきますからね」
「ありがとう。マリーもほどほどにして休んでね」
一度髪を解いて横になると、思ったより体が疲れていたようだ。外されたアイビーグリーンのリボンを横目に、リアーナはようやく深く息を吐いた。
◇ ◇ ◇
ここに着いたのはお昼前だったが、時計を見るともう三時間ほど経ったらしい。
様子を見に来てくれたマリーに身支度を整えてもらい、ラウエルが待つお茶の席に向かった。
ハンクス家のタウンハウスにも領主館と同じように南部を思い起こせるような花が植えられている。日差しの違いか少し開花が遅れているものもあるが、眺めていると不思議と落ち着いて来た。
庭園に用意されたお茶やお菓子もリアーナの好みのものだ。ラウエルかマリーが準備してくれたのだろうか。このお茶は南部特有の花を混ぜたもので、さっぱりとした酸味が特徴的だ。甘いものが好きなリアーナにとって、普段であればこのお茶との取り合わせだといくらでも入る気がしてしまうのだが。
「こちらに来るのは久しぶりでしょう」
「そうね、学院を卒業してからは機会がなくて」
「王都の話ではないですよ、アルフ兄様のところにという意味です」
王立学院は王城から馬車で30分の距離にある。王都郊外の広大な王領地に建てられており、リアーナやラウエルは敷地内の寮を利用していた。当然このタウンハウスも、王城の騎士団だって遠いわけではない。
「ラウエルは来ていたの?」
「うん、まあ······時々」
「そうだったの。学院はどう? キャロラインとはうまく行っていて?」
キャロラインはスタントン子爵家の娘で、ご両親の領地は酪農――特に良質な乳牛を育てていることで有名だ。
二人は学院入学前に婚約したのだが、元々の相性がとても良かったようで、学院のカフェテラスでもよく仲睦まじく過ごしているところを見かけたものだ。
「それなんだけどね、あの、僕キャロと話してて気づいたんだけど······趣味って変わるものかな?」
「はい? 説明が足りないわ」
「あの······、姉上って昔は無口で強い男がかっこいいとか言ってなかった?」
うーん、と考えて思い出した。
「······寡黙な勇者様が龍と戦って国を救う話が好きだったことはあるけど、もしやそれ?」
「うん、それ」
「子供の時はあの児童書が好きだったからねえ。というか、ラウエルだってよく読んでたじゃない?」
「かっこよかったからね! ねえ、今もそういう人が好き······だよね?」
「あのお話が好きだっただけで、現実の男性の好みという意味では何とも言えないわね」
「え、違うの?」
「だってあの勇者様は、出生の秘密があって家を追い出されて、大変な目に遭われながら強くなって、母国の危機に一人立ち向かって救うのでしょう? 苦労したから寡黙になって、勇者となっても生家とはギクシャクしてるから、色んな人を助ける旅に出る······という児童書にしてはバックボーンが重めな話だしねえ。そんな男性を理想にはしないわよ、普通」
リアーナがあっさりと答えると、ラウエルは目に見えて落ち込み出した。
「やっぱりそうだったんだ······キャロに怒られる······」
「どうしたのよ?」
「キャロが、『好みは年齢とともに変化することがある』って言ったんだ。小さい頃苦手だった野菜が好きになったり、っていう話から派生してね。それでふと、アルフ兄様って好みは不変と思ってるんじゃないかなって」
「一体何の話なの?」
頭を抱え出したラウエルに、もっとしっかり話すように促すと、もごもごしながらもようやく全容が見えてきた。
「······ようするに、アルフレッドの態度は私の幼少時の好みに今も合わせてるんじゃないかという推測をしてるってわけね? で、それに気づいたのに訂正しなかったことをキャロラインに知られたら、ラウエルが彼女に嫌われるかもしれないってこと?」
「うん。まさか僕も7歳くらいの時に聞かれた事が今にまで影響してるなんて思ってなかったんだ! でもキャロが、『あんなに素敵なリアーナ様のことを邪険に扱うアルフレッド様を、義兄とはお呼びしたくないわ』って言ってきて」
「それで7歳の時に聞かれたことを思い出したの?」
「僕も当時は姉上より剣も弱かったし、アルフ兄様を独占したかったから、ちょっといじわるで言ったかも······ごめん」
しょんぽりしながら謝るラウエルは歳より幼く見える。元々田舎でのんびりと過ごしてきた弟なのだ。これでも家族やキャロライン以外の前では凛々しい青年としてやってるというのだから驚きだが。
「それならアルフレッドだって11歳。単にどういう男性がかっこいいと思うか聞いただけだったんじゃない?」
「でも! あの後からアルフ兄様は明らかに姉上の前では口数が少なくなったんだ! その時は喧嘩でもしたのかなって思ってたけど、あれからずっとだもの。僕もアルフ兄様を独占できるから嬉しくて、そのことはすぐ忘れちゃったんだ。だけどキャロは姉上の大ファンだし、二人の不仲の原因が僕の発言だったなんて知ったら、キャロは僕の事嫌いになるかも······」
最愛のキャロラインとの結婚を何より楽しみにしているラウエルにしたら、リアーナを大切にしないアルフレッドが結婚の障害なのだ。それでここに来たのか、とようやく弟の真意を理解したリアーナは、少し冷めてしまったお茶を飲み干した。
「とにかく、もし仮に発端がそれだったとしても、最近の私達はラウエルがいないとまともに話せないくらい深刻な状況だったし、婚約解消も時間の問題かなと思ってたのよ」
「そんな! 姉上はアルフ兄様のことが好きでしょう? いくらアルフ兄様に好き避けされていたとしても、理由を問いただしていたら······」
「突然わけもなく嫌われて、避けられて、私だってあの当時とても傷ついたのよ。はっきりとアルフレッドの口から嫌いと言われたら立ち直れないって、それなら白い結婚でいいかなって、それくらいには思い詰めてたわ」
リアーナがぽつりと呟くと、ラウエルがショックを受けたように息を呑む。
「それ······それでも結婚する気だったんなら、アルフ兄様のこと好きってことだよね? 他に渡したくなかったんでしょう?」
「そうよ! でも王命って言われたのよ! どうあっても翻せない! 別れることになっちゃうわ」
「嫌だ! アルフ兄様が本当の兄上になると思って楽しみにしてたのに! キャロー! どうしよう!!」
感情垂れ流しの弟に誘発されるように思いを吐露したリアーナは、それ以上に動揺して喚いているラウエルを見て大声で笑ってしまった。
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