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第5話

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 今夜の宿泊先に到着した。ここはナトギータ街唯一の宿屋で、当然全員のベッドはない。携帯用の毛布で一部屋に雑魚寝をする者、馬車や近隣の馬小屋で暖を取る者、不寝番の者などなどは持ち回り当番制で決まるらしいが、リアーナ達と団長、副団長は融通を利かせてくれている。

 部屋で休めない者もいると聞いて、自分達だけ特別扱いをされるのは申し訳ないとリアーナは思ったが、女性である以上鍵のかかる場所にいてくれとノーヴィックに厳命された。

 不用意な気遣いは相手に負担をかけることもある、ということを今回学んだ気がする。

 温かい具沢山スープとパン、骨付きソーセージがたっぷりと用意された食事を終えると、リアーナ達は彼女の部屋の隣――団長、副団長の部屋に通された。

「さて、また防音魔法をかけさせてもらうよ」

 ノーヴィックはそう言って、部屋全体へ軽やかに魔法をかけた。

「後でカールソン嬢の部屋にも結界も張っておくが、それで構わないかな?」
「ええ、助かります」

 そう答えるリアーナを、アルフレッドが気遣わしげにこちらを見やって来た。

「リア、聞いているんだよな? 俺が倒れた理由を」
「はい」
「勝手に話してすまないが、婚約者相手に嘘の診断を告げるわけにも行かないのでね。それで、今回の件アルフレッドとも相談したのだが、やはり侍女さんにも協力してもらった方が良いと思うので、あなたも話に参加してもらえるかな? 他言無用で」
「承知致しました。この場で見聞きしたことは他の方には決して口外いたしません。私のことはマリーとお呼び下さい」
「ありがとう、マリーさん」

 マリーがノーヴィックに向けて神妙に礼をしたのを受け、彼は話を続けた。

「前回は、アルフレッドが昏睡したのは誰かに薬を盛られたから、というところまで話したと思う。騎士団内には自生している毒草の汁が傷口より入り込み寝込んだが、大事に至るものではないと周知し、その後怪しい動きがないか様子を見ていた。カールソン嬢達が来てからは特に何も起きていないが、それは医師の見守りがある中でアルフレッドが昏睡していたので、動きようが無かったとも言える」
「団長が俺の病室に結界を張っておいてくれたお陰でもあります」

 アルフレッドがそう言うと、ノーヴィックはようやく目元を緩めて微笑を見せた。熊のように大柄なお姿だが、武術だけでなく繊細さを求められる結界魔法なども得意だというのは、さすが第三騎士団を取りまとめるに相応しい方なのだろう。

「目を覚ましてからは、アルフレッドには医師の手による病人食を摂らせていたので手が出せなかっただろうが、このような野営を含む移動時には人の出入りも多く、監視が難しい」

 ノーヴィックは一度言葉を区切り、リアーナに目線をよこした。深刻な話だったはずなのに、どこかからかうような色を浮かべているのは何なのだろう。リアーナが不思議そうにしていると、パンと手を打ってノーヴィックがこちらに向き直った。

「そこでだ。カールソン嬢には今以上にアルフレッドとベタベタいちゃいちゃしてもらい、周りから遠巻きにされるようにしてほしい。それから、彼の食事はすべて自分が用意するという、可愛いわがままを発動する女性になってもらいたい。そうすればおいそれと混入事件など起こせないだろう?」
「はい?」

 聞き間違いかと思い、問いかけたつもりなのにノーヴィックは強引な笑顔を見せた。

「おお、良い返事をありがとう! 繊細な女性には酷なお願いだったが、快諾してもらえてホッとしたよ。マリーさんもそういうわけだからよろしく頼む。君は料理も出来そうだものな」
「はい。実家では通いの料理人しかいなかったので、料理は実践で学んでいますからお任せ下さい。良い機会ですからお嬢様にもお教えしますわ」
「えええ」

 リアーナを置いて話がどんどん進んでいく。
 ようやくラブラブ演技を一つこなしただけなのに、更にハードルを高く設定されてしまった。あの高みに届くのかしら、とリアーナが呆然としていると、アルフレッドが硬い表情のまま頭を下げてきた。 

「リアーナ、すまない」
「え」
「あれ以来、他人の作った食事がどうにも怖くてな。さっきも俺だけ携帯食をかじっていたんだ。それを団長に相談したばかりに······」
「そうだったの」
「だか団長の指示だからというわけではなく、その、料理を作ってくれると嬉しい」

 そう言われてしまうと断れない。糖度を上げた偽装ラブラブはさておいても、食事に不安があるのは大問題だ。人目があるとこっそり料理も作れなかっただろうし、干し肉や果物ばかりだと食べた気もしないだろう。

「分かったわ。私、料理って鶏や魚の丸焼きしかしたことないんだけど、マリーに習っておいしいのを用意してみせるわね!」

 力こぶを見せようとするリアーナをマリーが窘めている姿に、ノーヴィックはぽりぽりと頬をかいた。

「それがカールソン嬢の素か······」
「ありがとう。リアのご飯楽しみにしてるよ」

 

     ◇     ◇     ◇



 翌朝。少し早起きしたリアーナは、わがままを発揮して「婚約者のご飯を作りたい」と言って、まんまと宿屋の厨房に入り込み、朝食のパンをもらって豪快なサンドイッチを作った。
 卵を茹で、厚切りのベーコンを焼き、途中途中で味見という名の毒見を行い、中に挟んだものに問題はないと判断したリアーナ達は、朝稽古をしている団員達のもとに行って演技スイッチを入れた、

「アルー! おはよう!」

 ぶんぶんと手を振るリアーナに周りがギョッとしているが、構わず駆け寄りアルフレッドに抱きついた。

「リア、おはよう。よく眠れたか?」
「眠れたけど、その間はアルと離れていたからさみしかった······」
「そうか」
「でもね、せっかく一緒にいられるのだからと思って、今日はアルのために朝ご飯を作ったの! 食べてくれる?」
「もちろんだ。着替えてくるから、一緒に食べような」
「早くね!」

 会話中リアーナの髪を撫でていたアルフレッドの手が離れたかと思ったら、つむじにキスが贈られた。驚いて一瞬で顔を真っ赤にしたリアーナを見て大笑いした彼は、宿屋に向かいながらも早速周りの団員に冷やかされている。

 ノーヴィック団長の指示でラブラブ度を上げるためとはいえ、すごいわアルフレッド。口も利いていなかった相手に、恥ずかしげもなく『溺愛』を演じられるなんて······。

 リアーナがちょっと悔しく思っていると、サンドイッチの籠を持ったマリーがそばに寄ってきて大いに褒めてくれた。

「お嬢様、アルフレッド様に無邪気に一心に愛を込めるお姿、とても良かったです! その間は誰もそばに近寄れませんでしたし、作戦成功ですよ」
「そ、そうかしら?」
「お嬢様の即興劇エチュードがあってこそ、アルフレッド様も自然に出来たのですよ。お嬢様の功績です!」
「そうね! 甘い空気感を作ったのは私よね!」

 部屋に移動しながらも、先程の演技を思い出して満足気にしていると、マリーが「これは、より高みに行くための要望なのですが」と言葉を添えてきた。

「あとは······もう少しだけ、抱きつく時の速度を落とした方が今以上に見栄えがすると思います」
「速度?」
「嬉しくて駆け寄って飛びつくのは大変可愛らしいです。ですのであと少し勢いを減らされた方がより糖度が上がる気がします。イメージとしては、モジモジしながらも気持ちが抑えられずにペタンとくっつく。これです」

 きょとんとするリアーナに、マリーは分かりやすく的確なアドバイスを贈る。リアーナの抱きつき方は若干強過ぎて稽古のようなのだ。
 
「マリーって本当にすごいわ! まるで演出家みたいよ! そうなのね、それなら今度は速度を落とすわ」
「恋愛小説で読みました。モジモジが焦らしになるのです。『糖度を上げて速度を落とす』です」
「任せてちょうだい! 『糖度を上げて速度を落とす』ね!」
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