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倣え
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それはまるで乱舞する炎の蝶である。大きく羽ばたく羽が火の粉を散らしながら高速に動き出す。グレンの周りを飛び回っていた蝶はいつの間にかレインの眼前へと迫り、その火力は水で作られたレインの体を一瞬で蒸発させる。
「やべ……」
形が崩れる寸前で魔力を注ぎ直し、魔力体を維持する。
「その身体、いつまで拘ってられる?」
グレンはレインの魔力体の存在には気づいている。初めて会ったその日に見破られた。ただし、レインの本当の正体については気づいていない、まさか猫だとは一ミリも思っていないことだろう。
バレても構わないのだろう、だが、それは負けを認めるようなものだと思うのだ。
再生した肉体に魔力を波うたす。鼓動の如く流れた魔力は全身に強化を付与し、筋肉が軋むような幻聴をレインの鼓膜に響かせながら、炎蝶の横を通り過ぎる。陽炎はレインの進行方向に沿ってゆらめき、グレンを認識するのに若干の阻害効果を付与してくる。
魔術師にとって近距離戦は致命的なものである。それに加えて、レインの現在の速度は人間ではあり得ない……人類最速であるのは間違いない。チーターの如き速さはグレンの表情を一瞬変えさせ、
「はえーな」
それだけで終わった。伸ばし殴りかかろうとする腕を掴み、投げ飛ばされる。空中で体勢を立て直すと同時に『水球』を放つが、それはグレンに接近することすら叶わずゆらめく陽炎によって妨害された。
含められた魔力量の差以上に、魔力の密度による差がでかい。レインの魔術はグレンに通用することはないだろう。コスト度外視で攻撃を仕掛けない限りは……。
「くっ、もう一度!」
となればレインができる策は接近戦しかない。今度は単調な攻撃は仕掛けない。
レインの特級魔術師たる二つな所以である『変形』を駆使するのだ。
殺傷能力はもちろんながら高いため、基本人に使うことはないのだが相手が同じ特級魔術師ならば別だろう。
「初めて見たな」
右腕は水の刃とな離、グレンが操る炎蝶を切り崩していく。
「それだけで終わりじゃないよな?」
「っ!?」
炎蝶を捌きながら自分の自由に動ける領域を確保するために動いていると、突如としてグレンがレインの間合に入り込んでくる。右腕は刃に変形させているせいで、振ってもすぐ掴まれてしまうだろう。
「『制限解除』」
「うお!?」
グレンの首元スレスレを刃が走り抜ける。背後に周り、もう一度仕掛け直すが、立て直された状態ではグレンに当てることはできない。刹那の少しの体重移動でそれら全てを躱される。
「急に早くなった?お前……何をした?」
グレンの顔に初めて警戒の色が見える。小手先の『変形』は通用しない。だから、『身体強化』の倍率を上げた。制御が効くギリギリのところである。
「雷の魔術?いや……違う。使えないはずだ」
雷の魔術に、反射神経などを上げる類のものがあった気がする。残念ながら、レインにそれは必要はない。なぜなら猫であるから。少なくとも人より優れた反射神経は持ち合わせている。レインが最も必要なのは、魔力操作の速さとそれに呼応する強化術だ。
「いきますよ」
「かかってこい!」
グレンの拳に炎が宿る。その炎の色は青く、さっきの炎蝶よりも火力は高い。レインの魔術が一瞬で蒸発するような火力の炎以上がまだあるのだ。
今制御できる『身体強化』ギリギリでレインは駆け出す。炎蝶を避けながら、ほぼ一直線に進み、眼前に立つグレンへと向けて蹴りを放つ。グレンの燃え盛る手に足を掴まれる。溶けて消えそうな足を魔力で復元しながら、レインは体を捻りその高速から抜け出すともう片方の足で上段から振り下ろす。
それを受け流すグレンの開いた胸元に向かって向かってレインは『水槍』を投げる。いくら蒸発するとは言っても、この至近距離であれば蒸発する前に当てることができるはず。
「っと……」
背後にバックステップで回避するグレンを先回りするようにレインはグレンよりも早く回り込む。アルフレッドがやっていた視線誘導にはならず、もちろん捕捉されてしまうのだが、水槍の軌道を少し変えればこれも実用化できそうだ。
「肉弾戦は趣味じゃねえんだがよ」
「え?」
レインの目にはそれが、迫る岩に見えた。咄嗟に水の防護壁を展開し、顔面に迫ってきたグレンの拳をギリギリで受け止める。それは明らかに人間が出していい速さを超えていた。
「こう見えて、身体は毎日鍛えてるんだ」
「うっそ……」
アドバンテージである身体能力の差が今一瞬で埋められた気がした。いや、埋められたのだ。最初から、見切られていたが手加減されていただけ。
「いいのか、それで?そこで諦めるか?」
「はっ、んなわけ」
レインは拳を握り込む。今まで通りのレインの戦法じゃ通じない。レインの『身体強化』はまだ実用的ではあるが、それも微々たる差にしか過ぎないことがわかった。となれば、新しい戦術を考える必要がある。
レインの持つ『水』は普通であればグレンの『火』と相性が良く、少ない魔力で押し勝つことができるはずなのだ。
レインの魔力は魔力体やその他にだいぶ割かれてしまっているものの、グレンの『火』を削り取るにはまだ十分量残っているはずだ。
となれば、レインが取る選択肢は一つしか残っていない。倣え、真似るのだ。
「ん?なんだ?」
魔力が空間を埋め尽くすように……グレンが炎蝶から発せられる熱で空間を支配したように、レインもまた水でこの空間を支配するのだ。雨雲から落ちてくる雨水のように、その空間にぽつりぽつりと雨が降り始めた。
「やべ……」
形が崩れる寸前で魔力を注ぎ直し、魔力体を維持する。
「その身体、いつまで拘ってられる?」
グレンはレインの魔力体の存在には気づいている。初めて会ったその日に見破られた。ただし、レインの本当の正体については気づいていない、まさか猫だとは一ミリも思っていないことだろう。
バレても構わないのだろう、だが、それは負けを認めるようなものだと思うのだ。
再生した肉体に魔力を波うたす。鼓動の如く流れた魔力は全身に強化を付与し、筋肉が軋むような幻聴をレインの鼓膜に響かせながら、炎蝶の横を通り過ぎる。陽炎はレインの進行方向に沿ってゆらめき、グレンを認識するのに若干の阻害効果を付与してくる。
魔術師にとって近距離戦は致命的なものである。それに加えて、レインの現在の速度は人間ではあり得ない……人類最速であるのは間違いない。チーターの如き速さはグレンの表情を一瞬変えさせ、
「はえーな」
それだけで終わった。伸ばし殴りかかろうとする腕を掴み、投げ飛ばされる。空中で体勢を立て直すと同時に『水球』を放つが、それはグレンに接近することすら叶わずゆらめく陽炎によって妨害された。
含められた魔力量の差以上に、魔力の密度による差がでかい。レインの魔術はグレンに通用することはないだろう。コスト度外視で攻撃を仕掛けない限りは……。
「くっ、もう一度!」
となればレインができる策は接近戦しかない。今度は単調な攻撃は仕掛けない。
レインの特級魔術師たる二つな所以である『変形』を駆使するのだ。
殺傷能力はもちろんながら高いため、基本人に使うことはないのだが相手が同じ特級魔術師ならば別だろう。
「初めて見たな」
右腕は水の刃とな離、グレンが操る炎蝶を切り崩していく。
「それだけで終わりじゃないよな?」
「っ!?」
炎蝶を捌きながら自分の自由に動ける領域を確保するために動いていると、突如としてグレンがレインの間合に入り込んでくる。右腕は刃に変形させているせいで、振ってもすぐ掴まれてしまうだろう。
「『制限解除』」
「うお!?」
グレンの首元スレスレを刃が走り抜ける。背後に周り、もう一度仕掛け直すが、立て直された状態ではグレンに当てることはできない。刹那の少しの体重移動でそれら全てを躱される。
「急に早くなった?お前……何をした?」
グレンの顔に初めて警戒の色が見える。小手先の『変形』は通用しない。だから、『身体強化』の倍率を上げた。制御が効くギリギリのところである。
「雷の魔術?いや……違う。使えないはずだ」
雷の魔術に、反射神経などを上げる類のものがあった気がする。残念ながら、レインにそれは必要はない。なぜなら猫であるから。少なくとも人より優れた反射神経は持ち合わせている。レインが最も必要なのは、魔力操作の速さとそれに呼応する強化術だ。
「いきますよ」
「かかってこい!」
グレンの拳に炎が宿る。その炎の色は青く、さっきの炎蝶よりも火力は高い。レインの魔術が一瞬で蒸発するような火力の炎以上がまだあるのだ。
今制御できる『身体強化』ギリギリでレインは駆け出す。炎蝶を避けながら、ほぼ一直線に進み、眼前に立つグレンへと向けて蹴りを放つ。グレンの燃え盛る手に足を掴まれる。溶けて消えそうな足を魔力で復元しながら、レインは体を捻りその高速から抜け出すともう片方の足で上段から振り下ろす。
それを受け流すグレンの開いた胸元に向かって向かってレインは『水槍』を投げる。いくら蒸発するとは言っても、この至近距離であれば蒸発する前に当てることができるはず。
「っと……」
背後にバックステップで回避するグレンを先回りするようにレインはグレンよりも早く回り込む。アルフレッドがやっていた視線誘導にはならず、もちろん捕捉されてしまうのだが、水槍の軌道を少し変えればこれも実用化できそうだ。
「肉弾戦は趣味じゃねえんだがよ」
「え?」
レインの目にはそれが、迫る岩に見えた。咄嗟に水の防護壁を展開し、顔面に迫ってきたグレンの拳をギリギリで受け止める。それは明らかに人間が出していい速さを超えていた。
「こう見えて、身体は毎日鍛えてるんだ」
「うっそ……」
アドバンテージである身体能力の差が今一瞬で埋められた気がした。いや、埋められたのだ。最初から、見切られていたが手加減されていただけ。
「いいのか、それで?そこで諦めるか?」
「はっ、んなわけ」
レインは拳を握り込む。今まで通りのレインの戦法じゃ通じない。レインの『身体強化』はまだ実用的ではあるが、それも微々たる差にしか過ぎないことがわかった。となれば、新しい戦術を考える必要がある。
レインの持つ『水』は普通であればグレンの『火』と相性が良く、少ない魔力で押し勝つことができるはずなのだ。
レインの魔力は魔力体やその他にだいぶ割かれてしまっているものの、グレンの『火』を削り取るにはまだ十分量残っているはずだ。
となれば、レインが取る選択肢は一つしか残っていない。倣え、真似るのだ。
「ん?なんだ?」
魔力が空間を埋め尽くすように……グレンが炎蝶から発せられる熱で空間を支配したように、レインもまた水でこの空間を支配するのだ。雨雲から落ちてくる雨水のように、その空間にぽつりぽつりと雨が降り始めた。
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