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受験生レイン
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その試験会場は意外にも喋り声が絶えず、緊張感が皆無であった。帝都魔術学校では、基本的に貴族が受験に来る。すでに社交界で顔見知りとなっている子供たちにとって、すでに十分な教育を受けてから臨んだ試験会場はもはや会話を楽しむスペースとなっているのだ。
そんな中受験番号を手に座席に座っているレインは雰囲気に愕然とする。
「なんだ、この馬鹿みたいな会話……」
レインよりも三歳年上の周りの子供達は、三歳年上とは思えないほど幼稚な会話をしていた。どこどこの貴族が何をしただの、将来は立派な貴族になるだの……なんのために魔術を学びにきたのだと叫びたい。
だが、レインにそこまでする勇気はなかった。あまりにものけもの感がすごかったのだ。誰だこいつというオーラが漂っているのだ周りから。
「うぅ……なんだか騙された気がする」
そんな感じで机に突っ伏していると、
「ねえ、君。ちょっと後ろ通っていい?」
「え……?」
顔をあげると、そこには白い長い髪を編んでいる女の子がいた。赤い目は若干つり目だが優しそうだ。
「あ、うん」
「どうも」
爽やかな笑顔で椅子を引いたレインの後ろを通って隣の席に座った。
「隣なのよ、よろしくね」
「よ、よろしく?」
「あはは、緊張しなくていいのに」
「べ、別にそういうわけじゃないけど……」
ガチガチになっているレインはまた机に突っ伏しようとしてその少女に頬を掴まれた。
「私、リシルっていうの。あなた……平民、だよね?」
「へい……そうだけど」
貴族たちは仲間意識が強くて、市井の民を嫌う傾向にあると事前に伺っている。流石に偽の貴族家名を用意するまでの時間的余裕はなかったらしく、レインは平民としてここに受験しにきていた。
「名前は?」
「レイン、です」
「そっか、これから長い付き合いになりそうだし、仲良くしましょ?」
「は、はあ……」
レインの目で見てもリシルは美しかった。こう、顔のバランスがあまりにも整いすぎているのだ。顔が黄金比でできている……しかもパーツ自体も美しい。
「綺麗だね」
「ふぇ?」
思ったことを呟いてみると、リシルは時が止まったかのように動かなくなった。
「あ、ごめん。つい……」
「あ、あぁ?別にいいのよ?うん……レイン君はちっちゃくてかわいいね」
お返しとばかりにいたずらっ子の顔で笑うリシル。
「そうかな?えへへ、ありがとう」
「っ!」
容姿を褒められるのはレインは嫌いではない。なぜなら『師匠』が考えてくれた身体であるからだ。身長から体重、容姿も全て『師匠』によって作られた。この身体こそがレインの理想の自分なのである。
「れ、れ、レイン君は今幾つなのかな?十二歳には見えないけど……」
「九歳だよ」
「飛び級ってことね!すごいじゃない!優秀なのね!」
「ありがと!」
そう笑っていると、リシルが頭に手をポンとおく。だが、はっと我に返ったように手を引っ込めた。
「あ、ごめんなさい……弟みたいでつい」
なんで謝罪するのかがわからないレインは小首を傾げる。
「別にいいよ?撫でられるの好きだから」
※猫だからである。
「え?撫でてもいいの?」
「うん、リシル……さん?」
再び伸びてきた手は躊躇するように空中でピクピク動いている。レインは徐に頭を手に近づけて擦り付けた。猫としての習性が人間の身体でも出てしまう。
「ふぇ!?」
「リシルさんの手、あったかくて気持ちい」
「あ、ああ……ふふ、お姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」
「お姉ちゃん?」
「……きゅぅ~……」
なぜだかリシルが机に突っ伏してしまった。耳が若干赤い気がするのは気のせいだろうか?
「リシルお姉ちゃん?」
「っ!?やっぱりリシルって呼んで!それは……破壊力が……」
「?」
なんだかよくわからなかったが、レインはとりあえず了承し試験の対策に移るのだった。
♦️
ぶっちゃけていって仕舞えば、筆記テストは簡単であった。初級魔術師が中級魔術師に上がる時の昇格試験にあった筆記テストよりも簡単だ。時たまにサービス問題……子供のお遊びのような問題があるのがまた腹立たしかった。
(魔術を馬鹿にしているのか?)
決してそんなつもりはないのだろうが、ふとレインはそう思ってしまったのだ。ここへレインは学びにきているのだ、とんでもない発見を探すため……とか、そんな突飛もないことではない。ただ単純に今ある知識の一歩先を見たいのだ。
※特級魔術師に教えれることがあるとは誰もいっていない
「次は実技試験ね~」
「そうだね……」
「なんだか憂鬱そうね、難しかった?」
「そういうわけじゃないよ、リシルはどうだった?」
「ふっ、簡単ね!」
「そっかぁ~」
やっぱりあれは全員受からせるための問題だったのか。なるほどなるほど……。
「ただ、実技はやっぱり不安ねー。どの先生と戦うことになるのかしら?」
「先生と戦うの?」
「そうよ、元上級魔術師のような先生と戦って、今ある技術を評価してもらうの」
なるほど、ここからが本番というわけか。要は、自分がどれだけ『使える』か示せというわけだろう?なら、手加減している余裕はない。上級魔術師は無論だが、深い知識を持ったエリートたちである。
若輩であるレインが通用する相手なのかは疑問だが、それでもどうにか活路を見出さなければならないな。
上級魔術師に勝つためには。
「それでは、受験番号を提示してください」
監督官の教師の声に従い受験生たちは動き始める。どうやら、自身の属性の得意属性と当ててくれるようだ。
レインでいうなら水に弱い炎の属性を持つ教師だろう。
レインよりも受験番号が一個前のリシルは先に受験番号を監督官に見せていた。
「君は……なるほど、『三属性』か。好きな属性を一つ選んでください」
三つも属性が使えるのか!レインは一つの属性しか使えないから、とても羨ましいことこの上ない。多分、相当珍しい部類だろう。
「えっと……」
ふとリシルが後ろを向く。後ろにいるのはレインである。
「ねえ、君属性何?」
「水だけど」
「じゃあ、私水属性で受けます」
そんなふうに決めてしまっていいのか?三つも属性が使えるのなら、一番得意なもので受ければいいのに……。
レインも監督官に受験番号を見せてから、水属性の列に並ぶ。
「じゃあ、次私だからいってくるね」
「うん、頑張ってね!」
「ん~、かわ!」
「なんて?」
「なんでもないわー!」
走って駆け出すリシル。リシルはやっぱり美しい容姿のようで、周りは笑顔で走り出す彼女を目で追いかけるのに必死なようだ。
「おう、次は君か」
「はい、よろしくお願いします」
そして、軽く戦闘が始まった。
上級魔術師……教師の方は明らかに手加減をしているようで、炎を使って軽くリシルをあしらっている。
「はあ!」
「無詠唱ができるのか!これは有望だ!」
無詠唱で発動するリシルの中級魔術『水槍』は威力こそあり、貫通力も高いため、炎の壁も突破できるほどであるが、今回は相手が悪かった。上級魔術師である教師の火魔術はそもそもが超高温であるため、リシルの水ですら一瞬で蒸発してしまう。
なのにも関わらず、試合ができているのは一重に教師が攻撃を当てずに尚且つ、受験生の攻撃を全部受け止めているからだ。
「なるほど、ここまでだな」
「はぁ……あ、ありがとうございました」
「魔力量も優秀だな、君は将来大物になれるさ」
魔力欠乏で辛そうなリシルの顔が一気に明るくなる。
「は、はい!」
どうやらリシルは本気で魔術を学びたいようだ。
「これはいい人を見つけたな……」
レインが密かにワクワクしていると、次の指名が入った。
「君は……」
「レインです」
受験番号と名前を聞いて、その教師の表情が一気に曇った。
「レイン君か。すまない、君には試験のレベルを上げさせてもらう」
「え?」
突然のことに驚きを隠せないレイン。周りもいきなりの難易度アップに驚いている様子だ。
「君だけは本気で相手をするようにと、上から言われているんだ。どうしてかはわからないが、『死にたくなかったら、死力を尽くせ』と……首にはされたくないからな。悪いが、全力で相手をさせてもらうぞ」
そう教師が構える。
とはいったものの、本当に全力でやって仕舞えば子供を怪我させてしまい問題につながってしまうと考え、その教師は手加減する気でいた。
だが、教師はまだ知らないのだ。今目の前に立っている受験生が『七魔導』の一人である特級魔術師のレインであるということに。
「死にたくなければ……」というのは、首になりたくなければという意味ではない。文字通り……死力を尽くして生き残れという意味であった。
「わかりました……じゃあ、僕も全力で頑張ります!」
と、レインは意気込む。
だが、勝負はそこから一瞬であった。
そんな中受験番号を手に座席に座っているレインは雰囲気に愕然とする。
「なんだ、この馬鹿みたいな会話……」
レインよりも三歳年上の周りの子供達は、三歳年上とは思えないほど幼稚な会話をしていた。どこどこの貴族が何をしただの、将来は立派な貴族になるだの……なんのために魔術を学びにきたのだと叫びたい。
だが、レインにそこまでする勇気はなかった。あまりにものけもの感がすごかったのだ。誰だこいつというオーラが漂っているのだ周りから。
「うぅ……なんだか騙された気がする」
そんな感じで机に突っ伏していると、
「ねえ、君。ちょっと後ろ通っていい?」
「え……?」
顔をあげると、そこには白い長い髪を編んでいる女の子がいた。赤い目は若干つり目だが優しそうだ。
「あ、うん」
「どうも」
爽やかな笑顔で椅子を引いたレインの後ろを通って隣の席に座った。
「隣なのよ、よろしくね」
「よ、よろしく?」
「あはは、緊張しなくていいのに」
「べ、別にそういうわけじゃないけど……」
ガチガチになっているレインはまた机に突っ伏しようとしてその少女に頬を掴まれた。
「私、リシルっていうの。あなた……平民、だよね?」
「へい……そうだけど」
貴族たちは仲間意識が強くて、市井の民を嫌う傾向にあると事前に伺っている。流石に偽の貴族家名を用意するまでの時間的余裕はなかったらしく、レインは平民としてここに受験しにきていた。
「名前は?」
「レイン、です」
「そっか、これから長い付き合いになりそうだし、仲良くしましょ?」
「は、はあ……」
レインの目で見てもリシルは美しかった。こう、顔のバランスがあまりにも整いすぎているのだ。顔が黄金比でできている……しかもパーツ自体も美しい。
「綺麗だね」
「ふぇ?」
思ったことを呟いてみると、リシルは時が止まったかのように動かなくなった。
「あ、ごめん。つい……」
「あ、あぁ?別にいいのよ?うん……レイン君はちっちゃくてかわいいね」
お返しとばかりにいたずらっ子の顔で笑うリシル。
「そうかな?えへへ、ありがとう」
「っ!」
容姿を褒められるのはレインは嫌いではない。なぜなら『師匠』が考えてくれた身体であるからだ。身長から体重、容姿も全て『師匠』によって作られた。この身体こそがレインの理想の自分なのである。
「れ、れ、レイン君は今幾つなのかな?十二歳には見えないけど……」
「九歳だよ」
「飛び級ってことね!すごいじゃない!優秀なのね!」
「ありがと!」
そう笑っていると、リシルが頭に手をポンとおく。だが、はっと我に返ったように手を引っ込めた。
「あ、ごめんなさい……弟みたいでつい」
なんで謝罪するのかがわからないレインは小首を傾げる。
「別にいいよ?撫でられるの好きだから」
※猫だからである。
「え?撫でてもいいの?」
「うん、リシル……さん?」
再び伸びてきた手は躊躇するように空中でピクピク動いている。レインは徐に頭を手に近づけて擦り付けた。猫としての習性が人間の身体でも出てしまう。
「ふぇ!?」
「リシルさんの手、あったかくて気持ちい」
「あ、ああ……ふふ、お姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」
「お姉ちゃん?」
「……きゅぅ~……」
なぜだかリシルが机に突っ伏してしまった。耳が若干赤い気がするのは気のせいだろうか?
「リシルお姉ちゃん?」
「っ!?やっぱりリシルって呼んで!それは……破壊力が……」
「?」
なんだかよくわからなかったが、レインはとりあえず了承し試験の対策に移るのだった。
♦️
ぶっちゃけていって仕舞えば、筆記テストは簡単であった。初級魔術師が中級魔術師に上がる時の昇格試験にあった筆記テストよりも簡単だ。時たまにサービス問題……子供のお遊びのような問題があるのがまた腹立たしかった。
(魔術を馬鹿にしているのか?)
決してそんなつもりはないのだろうが、ふとレインはそう思ってしまったのだ。ここへレインは学びにきているのだ、とんでもない発見を探すため……とか、そんな突飛もないことではない。ただ単純に今ある知識の一歩先を見たいのだ。
※特級魔術師に教えれることがあるとは誰もいっていない
「次は実技試験ね~」
「そうだね……」
「なんだか憂鬱そうね、難しかった?」
「そういうわけじゃないよ、リシルはどうだった?」
「ふっ、簡単ね!」
「そっかぁ~」
やっぱりあれは全員受からせるための問題だったのか。なるほどなるほど……。
「ただ、実技はやっぱり不安ねー。どの先生と戦うことになるのかしら?」
「先生と戦うの?」
「そうよ、元上級魔術師のような先生と戦って、今ある技術を評価してもらうの」
なるほど、ここからが本番というわけか。要は、自分がどれだけ『使える』か示せというわけだろう?なら、手加減している余裕はない。上級魔術師は無論だが、深い知識を持ったエリートたちである。
若輩であるレインが通用する相手なのかは疑問だが、それでもどうにか活路を見出さなければならないな。
上級魔術師に勝つためには。
「それでは、受験番号を提示してください」
監督官の教師の声に従い受験生たちは動き始める。どうやら、自身の属性の得意属性と当ててくれるようだ。
レインでいうなら水に弱い炎の属性を持つ教師だろう。
レインよりも受験番号が一個前のリシルは先に受験番号を監督官に見せていた。
「君は……なるほど、『三属性』か。好きな属性を一つ選んでください」
三つも属性が使えるのか!レインは一つの属性しか使えないから、とても羨ましいことこの上ない。多分、相当珍しい部類だろう。
「えっと……」
ふとリシルが後ろを向く。後ろにいるのはレインである。
「ねえ、君属性何?」
「水だけど」
「じゃあ、私水属性で受けます」
そんなふうに決めてしまっていいのか?三つも属性が使えるのなら、一番得意なもので受ければいいのに……。
レインも監督官に受験番号を見せてから、水属性の列に並ぶ。
「じゃあ、次私だからいってくるね」
「うん、頑張ってね!」
「ん~、かわ!」
「なんて?」
「なんでもないわー!」
走って駆け出すリシル。リシルはやっぱり美しい容姿のようで、周りは笑顔で走り出す彼女を目で追いかけるのに必死なようだ。
「おう、次は君か」
「はい、よろしくお願いします」
そして、軽く戦闘が始まった。
上級魔術師……教師の方は明らかに手加減をしているようで、炎を使って軽くリシルをあしらっている。
「はあ!」
「無詠唱ができるのか!これは有望だ!」
無詠唱で発動するリシルの中級魔術『水槍』は威力こそあり、貫通力も高いため、炎の壁も突破できるほどであるが、今回は相手が悪かった。上級魔術師である教師の火魔術はそもそもが超高温であるため、リシルの水ですら一瞬で蒸発してしまう。
なのにも関わらず、試合ができているのは一重に教師が攻撃を当てずに尚且つ、受験生の攻撃を全部受け止めているからだ。
「なるほど、ここまでだな」
「はぁ……あ、ありがとうございました」
「魔力量も優秀だな、君は将来大物になれるさ」
魔力欠乏で辛そうなリシルの顔が一気に明るくなる。
「は、はい!」
どうやらリシルは本気で魔術を学びたいようだ。
「これはいい人を見つけたな……」
レインが密かにワクワクしていると、次の指名が入った。
「君は……」
「レインです」
受験番号と名前を聞いて、その教師の表情が一気に曇った。
「レイン君か。すまない、君には試験のレベルを上げさせてもらう」
「え?」
突然のことに驚きを隠せないレイン。周りもいきなりの難易度アップに驚いている様子だ。
「君だけは本気で相手をするようにと、上から言われているんだ。どうしてかはわからないが、『死にたくなかったら、死力を尽くせ』と……首にはされたくないからな。悪いが、全力で相手をさせてもらうぞ」
そう教師が構える。
とはいったものの、本当に全力でやって仕舞えば子供を怪我させてしまい問題につながってしまうと考え、その教師は手加減する気でいた。
だが、教師はまだ知らないのだ。今目の前に立っている受験生が『七魔導』の一人である特級魔術師のレインであるということに。
「死にたくなければ……」というのは、首になりたくなければという意味ではない。文字通り……死力を尽くして生き残れという意味であった。
「わかりました……じゃあ、僕も全力で頑張ります!」
と、レインは意気込む。
だが、勝負はそこから一瞬であった。
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